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21.遭遇

 全身がバラバラになり、渦巻きへ飲み込まれるように過去へ戻る。それはトイレに流されるような、地獄へ落ちるような、感覚で吸い込まれていった。


 そのうち、バラバラになった体は弾き飛ばされ、大地に両足がついた。人々の喧騒と暖かな陽の光を感じると同時に、脳が焼け付き、鼻の奥から噴き出した。


「大丈夫、平太? あなた鼻から血が出てるわよ」


 昴が引き気味に声を出した。平太は返事をしようとするが、脳が酸素を欲する余り、息継ぎばかりの「大丈夫です」を口にした。どれだけ呼吸しても足りない。このままでは死んでしまう。平太は半ば泣きそうだった。


「冗談だろう? 君はいちいちこんな息も絶え絶えになるのかい?」


 園崎が呆れたように蔑みの目を向けて来た。それはある時友達がカエルの死体に向けていた目と同じだった。『可哀想だけど、危険な場所に出ること自体が間違いなんだよな』と言っていたその時と全く同じ目だった。


「まあ、そう言うなって。あそこの店で少し休憩でもしないか? この先のことについて打ち合わせをしよう」


 そう言って剛力は笑うが、その顔には疲れが写っていた。全員が連れ立って歩く中、平太は最後尾をビクつきながら後ろを付いて行った。


 活気に溢れた通りの途中、カウボーイ映画に出てきそうな木製の建物が見えた。入り口には中途半端な大きさの両開き扉があり、平太が居るところまで酒臭い咽せ返るような香りと肉を焼く香ばしい香りがした。



 その中は、飲めや歌えやの大騒ぎだった。あるプレイヤーは机の上でコサックダンスを踊りつつ酒を煽っていた。その周りを取り囲むプレイヤー達も酒を煽ったり、引っ掛けたり、歌ったり、好き放題に楽しんでいた。


「酒も飲まずによく楽しめるわね」と昴の言葉に剛力が笑う。


「仲間と騒げれば何でも楽しいものさ。アソコの席が空いている。そこに座ろう」


 剛力は部屋の隅を指差した。一行は一席だけ空いた机に全員で座る。無言のままの面々を見かねたのか、園崎が口火を切った。


「......これからの話ですが。平太くんが頼りにならなかったということで、3体の敵を攻略していきたいと思います。誰から倒すべきでしょうか?」


 グサリと平太の心にナイフが刺さる。この人は相当平太の事が嫌いなんだろうなと思った。


「どちらでも良いわ。どうせ最後には、そいつらを全員倒すのだから。そうでしょ?」


 昴は髪を弄りながらニコリと微笑むと、速水は消え入りそうな声をあげた。


「出来れば、弱っちそうな奴から攻略したいなー。心の準備が欲しいしー。スプロロ・バン・ムルクだっけ? 武器を持って無くて、女の子を侍らせてる写真の男。あれだったら簡単そうじゃない?」


 その言葉を聞いて、赤いリーゼントを整えていた剛力は目を瞬かせた。


「おいおい。考えてみろよ。5対1だぜ。誰であろうと簡単だ。それだったら、辛そうな奴からやっていこうぜ。鎧で身を守っているのドン・セイポ・カオルとか良いんじゃないか? なあ、平太はどう思う?」


「......え?」


「彼に聞いたって無駄さ。それよりもさっさと準備して敵を倒しに行こう。彼も装備を持たせればそれなりになるだろうしね」


 平太が聞き返すと同時に、園崎はどうでも良いと言いたげに話を遮った。もう平太の事など、どうでも良いのだろう。独り消え入りたい気分で頭を抱えた。


「装備ねぇ。煙幕とか手榴弾とかの投擲系は武器と別に何個か持つことが出来たわね」


「......あははー。サポートは万全にねー」


 昴の声に抑揚の変化は無いが、速水は目を伏せていた。平太と関わりたくないという意思表示だろうか? そんな様子を見ていた剛力は「パン」と軽く手を叩いた。


「そうと決まったらさっさと買いに行こうぜ。飯を食ったらすぐにでも......」


「すみませーん。そこの人 『コピーロイド』は入りませんかー?」


 平太は後ろから声を掛けられて振り向いた。そこには少年が立っていた。中性的な顔立ちをしており、顔いっぱいに浮かべた笑顔にはエクボが出来ていた。半袖の白いワイシャツに青色のサスペンダーズボン。目深に被った茶色い帽子とおんぶ紐のような物で背負った少年より二回りも大きな人形が特徴的な少年だった。


「僕に言っているの?」


「あなた以外に誰が居るんですか? 折角、僕が良い物を説明してあげようとしているのに」


 少年は背中の人形を降ろして、平太に差し出した。それは顔も細やかな造形も無いデッサン用の人形を大きくしたようなものだった。


 少年と話をしていると後ろからカツカツと音が聞こえる。平太が振り返ると、園崎が苛立った様子で貧乏ゆすりをしていた。


「良い物ってコピーロイドのことかい? それだったら、お生憎だね。誰も買わないよ。どうせ、売れると思って買ったんだろうけど、君も勉強したと思って諦めるんだね」


 園崎の言葉に少年は「あはは」と笑った。


「お兄さん鋭いですねー。実は僕、借金し過ぎてて、今週中に完済出来ないとゲームオーバーになっちゃうんですよ」


「え? 彼はプレイヤーなんですか?」


 少年の言葉にひっくりかえったような声を出して平太は驚いた。


「当たり前でしょ? ここを何処だと思ってるのさ。『Over the world』だよ。望めば誰だって何にでもなれるのさ。商人でもヤクザでも正義の味方でも......ね」


「あのね。何処の誰か知らないけど。さっさとどっかへ消えなよ。君にかける時間が勿体無い」


 園崎は辛辣な言葉を少年に並べ立て、シッシと手で払うような動作をした。コイツ人間らしさが皆無だな。平太は腹のなかで嘲笑った。


「あっそう? 折角、女性ゲームキャラをコピーしてあんな事やこんな事が出来る夢の物を売ってあげようとしたのに......。また、何か欲しいものあったら言ってね。この酒場に何時も居るから」


 そう言って少年は平太達から離れ、酒に塗れた隣の席の男に声を掛けた。園崎は離れたのを見てからボソリと呟く。


「馬鹿言うなよ。コピーロイドは鍛錬用でしょ。自分と戦って乗り越える為のものをそんな風には使えないさ」


 試した事があるのだろうか? 平太は思った事を口にせず、胸の奥にしまった。

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