20.現状
『password is incorrect』
画面一杯に表示された赤く点滅する文字を見て平太は固まった。どういう意味だろうか? いや、違う。この画面が出て来たということは......。平太が必死に頭を回転させていると、園崎は画面を横から首を伸ばして覗き込んだ。
「『password is incorrect』つまり、『パスワードが違います』だそうだ。何か言いたい事はあるかな?」
平太は恐怖でガクつく体を抑え、園崎の方を向いた。園崎は、無表情だった。何の考えも、感情も読み取れない。最初から期待していなかったとでも言いたげだった。
「文字の入力ミスがあったかもしれない。やり直すから少し待って下さ......」
平太は園崎から視線を逸らし、ノートパソコンに向き直った。キーボードにもう一度指を置こうとしたその時、太い腕が平太の視界を遮った。剛力の腕だった。
「人が刺されているタイミングで見たメモだ。気が動転していたっておかしくは無い。そうだろ?」
平太は背中に冷たい何かが走るのを感じた。周囲の目線が痛い。皆はどう考えているのだろうか? 使えない役立たず? それとも......。平太は顔を上げることが出来なかった。
「園崎。お前もだ」
「何のことですか?」
「ちっと言い過ぎだぜ。パスワードが違うことも予見されているから、俺らがここまで来ているんだろう?」
「......。そうですけど」
「なら良いじゃないか。元々やる予定だった仕事をするだけだ。夕凪くんが居る分、人手も増える訳だしな」
平太が顔を上げると、剛力と目があった。彼はニヤリと笑顔を浮かべて親指を立ててみせた。助かった。平太は胸が空になる程の息を吐いた。
「......わかりました。もういいです。だけど、夕凪くんのジョブを教えてください。これからの戦いが有るので」
「あははー。私も気になってたんだー。剣士、それとも弓兵?」
諦めたような声を出す園崎とは逆に速水が身を乗り出して来た。
平太は胸が震える程、感動していた。剛力のお陰で皆からの槍で刺されるような視線は消えていた。平太は頬を引きつらせるくらいまで吊り上げて笑みを作った。
「棒使いです!!」
シンと空気が静まり返る。髪の毛を弄りながらそっぽを向いていた昴でさえ、口を開けてこちらを見ている。全員が唖然としていたと言うべきだろうか?
「ちょっと待って、もう一度言ってくれないか? 今なんて? 聞き取れなかったんだ? そうとしか......」
園崎が目を何度も瞬かせながら言う。平太は聞こえ無かったのかと思い、もう一度声に出した。
「棒使いです」
剛力が呆れたような声を出した。
「平太......。お前は何でそんなジョブを選んだんだ?」
「え......? 黒柳さんに選んで頂いたんですけど......」
平太の言葉に剛力は舌打ちをしてから地鳴り程の大きな声を出した。
「あの野郎!! よーやるわ本当に。はっはっは」
その一言に全員がビクッと肩を震わせた。何かしてしまったのだろうか? 平太は思わず下を向き、唇を噛んだ。そんあ様子を見かねてか、昴が顔を引きつらせながら笑う。
「落ち着きなさいよ。悪気があってやったわけじゃないでしょう? 」
悪気なんてある訳ない。平太は昴を睨んだ。
「棒使いってだけで何でソコまで言われるんですか? ジョブなんてどれも同じじゃあ......」
昴はそれを聞いて肩を竦めた。そこへひとしきり笑い終わった剛力が割って入る。
「違うんだ。棒使いは別格なんだぜ。棒使いは敵の武器を奪うことのできる唯一のジョブだからな」
「良いジョブじゃないですか。相手を無力化出来るんじゃ......」
「それにはジョブの熟練度が高くなければならない。一月下積みをしてやっと二割の確率で武器が奪えるくらいだぜ。1日2日で出来るようなことじゃぁない。よっぽど運が良いか、確実に奪える状況じゃなければ無理だ」
「え......でも、何かは出来るでしょう?」
「無理だ。棒使いは棒しか使えない。ゲームバランスを整える為だ。武器を略奪出来ない棒使いは、肉の入っていない肉まんと一緒だ」
そんな馬鹿な。そんな事を言ったら僕の存在は。腕を組んでいた昴が静かに口を開く。
「つまりは役立たずってことね」
グサリと沈み込むように突き刺さる一言だった。真っ二つに裂けた胸の中心が自分を残して地の底へ落ちて行ったかのようだった。
「あははー。気にすることないよー。元から期待なんかしてないから」
速水は大きく伸びをして笑った。平太は何の反応もせずに俯いた。早く布団に入って寝たい。何もしたくないし、何も考えたくない。そもそも、黒柳がやった事のせいで、何故僕がここまで言われなければならないのか?
「平太。おい。聞いてるか?」
剛力が平太の頬を叩く。
「そう気にするな。こっからはチーム戦だ。確かに難しいジョブでもやりようはいくらでもある。俺の言う通りにしていれば問題は無いさ」
剛力の優しい言葉ももう平太には届かなかった。
そして、平太達は店を出た。外に出ると、樹木に遮られた弱々しい光が平太の顔を照らす。そこは森の中に居るかのようだった。
平太は上を見た。先程入っていた建物はどうやら樹木をくり抜いて作られた建物だったようだ。樹木の至るところに窓や煙突が見える。
また、周囲に数えられない程の樹木があり、それぞれに窓が付いている所を見ると、中身も似たようになっているのだろう。
乱雑に生えた樹木ハウスの森の中をゾロゾロと一行が進んだ。
平太は逃げるタイミングを見計らっていたが、園崎の突き刺すような視線に捕らえられ、逃げることができなかった。
そのうち、森を超えて街に近づいた。屋台が並ぶ道と照らすような太陽。そして、誰もいない閑散とした街がそこにあった。
まさに、人だけを消したようだった。屋台には武器や果物、果ては焼いている肉が並んでいた。
「人だけが消えた......」
平太のボソリと呟いた事を聞いていたのか、園崎が誰に言うでもなく呟く。
「プレイヤー達が操られているからな。誰も居ないのは当然といえば当然なんだろうが......。コレはコレで怖いな」
平太も内心「怖いな」と思いつつ、とても会話する気分では無かったので、返答はせずに歩き続けた。
街の中心に着くと、剛力が車の鍵の様な物を取り出した。そして手に持った鍵を何も無い場所へ突き刺し、回す仕草をした。
ガチャリ。解錠された音がすると同時にそれは現れた。艶やかに磨かれた青い円柱が五つ電車のように並んだ乗り物だった。平太が初めに乗った物と色違いのようだ。
そのまま待っていると、前から二つ目の円柱が半分が開き、縦に並んだ座席と折りたたまれた階段が現れた。メンバーは階段を登り、黙々と座った。
「さあ、二回目のコンテニューだ。『shall we game?』と行こうぜ」
剛力が平太に笑いかける。それを聞いたのか園崎と速水が鼻で笑った。平太はもう既に何もかもがどうでも良かったが、せめて楽に過ごせる未来が来ることを祈った。




