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2.こんにちは闇の住人

 平太は散らばる小銭を、かがみながら拾い集めていく。


 路地は大人二人くらいが並んで通れる程の広さで、そこかしこにポリバケツのゴミ箱が横倒しになりゴミが散乱していた。


 換気扇からは暖かい風と料理の匂いが流れてくる。おかげで寒くは無いが、腹は減ってくる。

 しかも、この後はバイトだ。夜勤だから少しでも寝ておかなければならない。しかしながら。


「あと、500円足りない」


 小銭をぶち撒けるまでは2759円入っていた筈が、今は2259円しか無い。

 500円玉が奥の方まで転がってしまったのだろうか?


 正直、奥には行きたくないなと思う。さっきの叫び声が気になるからだ。しかし、金はもっと大事だ。拾っておきたいとも思う。


 頭の中の天秤は二つの事柄を巡って少し揺れるが、お金の重さには勝てなかった。

 何より、探さなければこの先後悔するだろう。


 さっさと見つけて退散しよう。

 平太は上体を起こして、奥の方に目を凝らす。路地の奥にキラリと光る物を見つけた。


「あったあった」


 平太は軋む背骨を伸ばし、立ちくらみでフラつきながら、500円玉の前に立つ。


「お金、お金、お金〜」


 即興で作った歌を口ずさみつつ、500円玉を拾い上げた。






 五百円玉を摘んだ指からねちゃりと液体が伝った。


「ひぃ!?」


 平太は驚き、半歩引こうとするが、足を滑らせて尻餅を付く。

 尻が濡れるのを感じる。それが血だまりだと理解してしまった。


 平太が尻餅を付いた事で、僅かな光が暗闇の中に横たわる何かを照らした。


「......させない......の世界......守らなければ」


 全く動かないソレは、壊れたおしゃべり人形のように同じ言葉を繰り返していた。

 声の低さからして男性のようだ。


「だ、大丈夫ですか?」


 平太は震える声で訪ねる。




 ガバリ。

 倒れている人が平太の足を掴む。

 ゾンビみたいだ。

 平太は驚きジタバタと悶えた。


「う、うわぁ!! すみません」


「ヒュー......を託す。絶対......ヒューアイツに......渡してはならない」


 その人は顔を上げず、握り拳を平太に突き出す。

 平太が恐る恐る手を差し出すと、クシャクシャになった紙を平太に手渡した。


「早く......逃げろ」


 挙げられた手は、糸の切れた人形のように血だまりへ落ちた。


「に、逃げろってどういうことだ?」


 平太は震える声を絞り出した。

 頭は既に真っ白になっていた。


「どういうことだろうね?」


 倒れている人の背後。

 闇の奥から変声器を通したような声がした。


 カツンカツンと足音が近づく。

 声の持ち主は確実に近づいてきている。


「落ち着いて。別に君には危害を加えるつもりはないよ」


 暗闇の中に全身黒で統一された細身のシルエットが浮かんだ。


「今、倒れた男に紙を貰っただろう? それを渡してくれないかい? 勿論、イエスと言ってくれなきゃ......」


 暗闇の中で銀色に輝く光が動く。


「そこの男のように死ぬしか無いけど」


 ピタリ。平太の鼻先に刃物が突き付けられる。

 心臓が高鳴り、喉が乾く。

 なんで俺だけがこんなことになるんだ。

 そんなことを考えていた。


「黙ってたらわからないん......」


 刃物を持った男が言い終わらない内に、平太からナイフが離れる。


「早く、逃げろぉぉ!!」


 倒れていた男は起き上がり、ナイフを持つ男の下半身に組み付いていた。


 言われるまでもない。

 平太はぬかるみに足を取られながら、通りに向かって駆け出した。

 足元が滑り、血だまりに倒れこむが、直ぐに立ち上がり、必死に走る。




 暗闇を抜けて通りに出ると、駅へと向かう。

 なりふりなど構っていられない。

 人を突き飛ばしながらひた走った。


 駅の近くには交番がある。

 早く警察に助けてもらわなければ。

 そんなことを考えていると、背後から大声が響いた。


「人殺しだ。人殺しが逃げたぞ」


「え?」


 刃物を持った男は逃げ出したのか?

 平太は内心喜びながら振り返る。しかし。


 歩く人々の視線は平太に注がれていた。


「え? なんで? 俺じゃ......」


 人々は平太から離れようと、平太を中心に円を作る。

 そして、それぞれが言いたいことを叫んだ。


「キャーーー」


「警察だ。警察を呼べ!!」


 ハッと平太は自分自身を見る。

 血に塗れた体は身の潔白を証明するには難しい。

 平太はハメられたのだ。


 遠くからサイレンの音と、拡声器を通した明瞭な声が聞こえる。


「皆さん警察車両が通ります。左右に避けて下さい」


「俺じゃない。俺じゃないんだ」


 平太は誰に言うでもなく呟いた。

 路地に戻れば、黒尽くめの男に捕まってしまう。

 かといって、このままここにいれば警察に捕まってしまう。


 警察に捕まれば、学校で有ること無いこと噂されるかも知れない。


 平太は全身から滝のような汗を流していた。

 呼吸は乱れ、落ち着きがなくなる。


「逃げなきゃ」


 平太はそう言うと、駅に背を向け、走り出した。

 人波をかき分けひた走る。


 平太を避ける人、捕まえようとする人、逃げる人、それぞれから逃れるように走る。


「捕まったら終わりだ」


 その一言が平太をつき動かしていた。


 いとくり通りを抜け、畦道の用水路に身を隠す。

 幸い、追って来た人々は平太に気づかず、見当違いの方向へ去っていった。

 日が暮れ、視界が悪くなったお陰だろう。


「どうしよう」


 逃げたのは不味かったかも知れないな。

 平太は腕を摩りながら体を丸める。

 さっきまでは逃げるのに必死だったが、安心した途端、寒くなってきた。


 家に帰れないな。

 絶対、オヤジに怒られるだろうから。

 そしたら、また......。平太は取り留めもない考えに押しつぶされそうになる。


 ダメだ。

 平太は顔を左右に振り、勤めて明るいことを考えることにした。

 何か無いかと考えると、真っ先に手渡された紙を思い出した。

 平太は握り締めていた紙を広げる。


「なんじゃこりゃ?」


 白紙の真ん中にぽつんと「I out key ago」と書いてあった。

 こんな紙切れの為に俺は殺人の容疑を被ったのか?

 平太は苛立ち、紙を千切ろうとしたその時だった。


「少年よ。鬼ごっこは楽しかったかい?」


 平太の後ろで声がした。

 咄嗟に逃げようとするが、バチバチと言う音と共に平太の意識は暗闇に吸い込まれていった。

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