17.灼熱の風を熾して
平太は洗濯機の中の衣類のようにグルグル回り続けた。体が細かくバラバラに千切られるように感じる。フードプロセッサーの中とも言えるだろうか?
永遠に続くかに思われた苦悩は突然ブレーキが掛かり、動きが止まった。
目の前に『Over the World』と書かれた画面が現れ、その内に落ちるような、引きずり込まれるような感覚と共に両足が付いた。
2030年10月10日 13:00
「はぁー。はぁー」
空気が足りない。脳が焼け付くほど熱い。目すら開くことが出来ない。腹の中がグチャグチャに掻き回されたかのようだ。死にそうで吐きそうな感覚を味わっていると、突然体が軽くなった。
そよそよと風が頬を撫で、パンの良い香りを運んできた。人々の雑踏と話声が聞こえてくる。平太は静かに目を開けた。
「...すごい」
平太は目を大きく見開いた。目の前には平太の見たことの無い世界が広がっていた。熱い太陽の光が注ぐ青空の下、何百人もの人々が道を行きかっていた。
剣や防具を付けた男女が歩きながら談笑しており、人間の姿をした者も居れば、オオカミの顔に人間の体をくっつけたような者も居た。
整備のされていない道の端には縁日に出るような出店がこれまた山ほど並び、元気な売り子が商品であろう剣や薬を高く掲げ、大きな声を出していた。
「これがゲームの中!?」
平太は思い出したように自分の手を見た。そこには毛皮を赤く着色したような指ぬきグローブ。頭に手をやれば二本の棘が付いた革張りのヘルメットがあり、左腕には丸い木の盾、右手に棒があった。
「凄い! 凄い! 」
平太は思わず飛び跳ねた。ジャンプをする度に防具が揺れ、固い部分が体に当たる。少し痛い。本当にリアルだった。
「痛みすらもリアルだなんて本当に凄いゲームだ!!」
平太が感動してそう叫ぶと隣から声を掛けられた。
「ご満悦そうね。そんなに良いことでもあったのかしら」
「良いことなんてもんじゃないよ!!」
平太が声がした方向へ笑いながら振り向くと、そこには真っ白な少女がいた。
白雪のような肌とそれよりも更に真っ白なボブカットの髪。白と灰色で彩られたセーラー服の胸には薄い灰色のリボンが飾られていていた。かわいいというより、冷たいナイフのような尖った美しさを持つ綺麗な少女だった。
「どなたですか?」
「良い度胸ですね。このタイミングでそんな質問が出来るとは」
平太は顎をさする。そもそも今来たばかりだ。会うどころか顔すら見たことは無い。
「はじめましてだと思うんですけど」
「.......そうですか」
少女は黙ると首を折って俯いた。なんなんだコイツ。平太は少女に背を向けた。
そして、気付いた。周囲にPCが居なくなっていることに。
活気に溢れて通りは人っ子一人居らず、出店は全て店仕舞いしていた。
「あれ? さっきまで沢山いたのに......」
「少年......。少年.......。その少女は危険だ。早く逃げろ」
うん? 平太が耳をすますと、風に乗って消え入りそうな声が聞こえて来る。少女が危険? どういうことだろう?
平太はもう一度少女向き直った。そして、後悔した。少女の周囲を囲うように青い炎がとぐろを巻いていた。
「わからないのなら......思い出させてあげましょう......。もっとも、思い出した頃には......灰となって揺蕩うのでしょうけど」
少女は胸の前で両手に作った半円を合わせるような仕草をした。合わさると同時に手の隙間から禍々しい蒼い炎が漏れる。
白髪の少女は平太の目を真っ直ぐ見て、両手を前に突き出した。そして、熱量を帯びた火炎は丸い玉となって平太の方向へ放たれる。
平太は全身をバネのように使い、右側へ跳躍する。火炎弾は足のつま先を擦り、ギリギリを抜けていった。
全身で転がるように着地し、体勢を立て直す。本能で避けちゃったけどここまでしなくて良かったかも。
平太がそう思ったのも束の間。大気が震える程の爆音と共に、ガラガラと平太が避けた先の建物が崩れた。
「逃げちゃダメじゃない。焼けないわ」
白髪の少女は笑う。その目は殺人鬼のソレに近かった。なんで俺がこんな目に合わなきゃいけないんだ!! 平太は反転すると涙ながらに走り出した。ここで走らなければ死んでしまう。
平太はここ一番の気合を入れる。
「どこへ行くんですか? 逃しませんよ!!」
白髪の少女は右手から焔を立ち昇らせた。
焔は龍のようにうねりながら天高く昇る。少女は昇った焔を体操選手が操るリボンのようにクルクルと操ると平太に向けて放った。
焔の鞭は、平太の右足に絡みついた。
平太は走り続けようとするが、思い切り足を引かれ、空高く放り投げられた。
「嘘だろ!?」
「大人しく焼かれなさい!!」
平太は空高く、傀儡人形のように踊る。
白髪の少女は待ってましたと言わんばかりに火炎を放った。
平太は唇を噛む。
逃げる事は出来ないならば、防ぐしか無い。平太は目の前に迫る火球を前に盾を構えた。全身を隠しきれない小さな盾は頼り無いが、今はコレに掛けるしかない。
盾を構えてしばらくすると、ズンと沈み込むような衝撃を感じた。
平太はタイミングを合わせ弾き返す。
それは奇跡と言えた。
平太の跳ね返した火球は少女に向きを変え飛んで行った。
白髪の少女は口の端を吊り上げて笑った。
「私に炎を返すとは良い度胸ですね!!」
白髪の少女は最小限の回避動作を行うと、右手を火球に差し出した。火球は手に当たると同時に時間が止まったかのように静止した。
少女は左手で、もう一つ火球を作った。そして、輝く二つを合わせる。光が明滅し、落下し始めている平太の顔にまで熱風が当たった。
「コレで終わりです!!!」
少女は焔溢れ出る両手を振り抜いた。
対して平太は落ちていく。迫る地面に対して時間は無い。しかし、火球もまた平太を焼かんと迫る。
平太は混乱した。落ちるよりも先に火球が来るのだろう。だが、落ちたら痛いじゃ済まなそうだ。
平太は覚悟を決めてもう一度火球に対して盾を構えた。
「あれ?」
いつの間にか盾が半分無くなっていた。平太が状況を飲み込めずにいると、もう半分も落ちていき、残ったのは貧相な取っ手だけだった。
そして、平太は、炎に包まれた。
「ぎゃああああああああああああああ」
熱い。熱い。呼吸が出来ない。肉が髪が焼けていく。目が開けない。
助けて。助けて。
なんで俺ばかりがこんな目に遭わなければいけないんだ!! 平太は這いずる虫のように空でのたうちまわる。
そして、気づいた。目の前は地面だ。もうどうしようもない。
きっとこのまま死ぬのだろう。
嫌だ。嫌だ。
「........死にたくない」
平太が死を覚悟したその瞬間、何かが平太の体を抱きとめた。
「よう。楽しそうな事してんじゃねぇか。俺も混ぜといてくれよ」
男は懐から紐が付いた赤い筒を取り出すと、燃える平太に紐の先端を当てる。赤い筒に篝火が灯ると同時に男は平太の足に付いた炎の鎖を断ち切って脱出を図った。
後に残された赤い筒は、炎を吸い込み大爆発を起こした。余りの閃光と衝撃、痛みから平太は静かに意識を離した。




