12.円卓の騎士達
「まあ、理論を理解して貰ったところで、
君に頼みたい事は彼ら4人と一緒にゲームキャラクターとして過去へ戻り、君が見たパスワードを入力する。もしくは、3人のゲームキャラクターを退治して欲しい。どうだい? 簡単だろう?」
「......パスワードを入力するだけなら簡単ですね」
黒柳は、平太の答えに深くうなづき、足を組み直した。
「それじゃあ質問タイムを......」
「待って下さい」
黒柳の言葉を切るように、園崎が不安そうな顔で挙手をした。
「教えて欲しい。平太君はパスワードを覚えてるのかい?」
この場にいる全員の視線が平太に注がれた。平太は顎をさすり、メモに書かれていた言葉を、古くて忌々しい呪文を唱えるように声を出した。
「ああ。確か、英語で『I out key ago』と書いてあった」
それを聞いてそれぞれがホッとしたような顔をする中、園崎だけは顔に張り付いたニコニコ笑顔を崩した。それは明らかな動揺だった。
「『確か』じゃ駄目なんだよ。本当に『I out key ago』で合ってるんだよね? 英語の文章にしてはグチャグチャだけど」
「ああ。合ってるよ。間違いない」
表情が変わる程の食い付きに、平太は若干引いたような返事する。なんなんだコイツ。何度も言わせるなよ。平太の思いと真逆に、園崎は言葉を重ねた。
「本当に? 明らかに英語の文法がおかしいんだけど。日本語訳してみてよ」
「なんなんだよ。『私は前に鍵を外へ出した』だろ」
「絶対に無いね。それだけは絶対に無いよ」
「まあまあ。落ち着けよ」
剛力が園崎の目前で手を振り、横から声を掛ける。熱くなった園崎は、獣のようにキツイ視線を剛力に向けた。
「確かにoutは動詞じゃ無いぜ......。平太の日本語訳に合わせるなら『out』の前に『go』をつけないとダメだな。だけど、園崎もそんなに噛み付くなよ。パスワードは平太しか知らねぇんだ。入力してダメだったら、考えりゃ良いだろ」
園崎は何か言いたげに口をパクパクさせたが、シュンとしたように押し黙った。部屋の空気が一段階淀む。重苦しくて息苦しかった。
「そういえば『Over the world』内に有るって言われてる伝説が、鍵に関するものだったな」
黒柳は背もたれに体重を預けて斜め上を見ながら呟く。話の内容を切り替えつつも、関わりたくなさそうな雰囲気だった。
剛力が調子を乱されたように半笑いを浮かべる。
「いきなり話逸らすなよ......。それに『key of the Lucina』なんてのは都市伝説だと思うぜ」
「『女神ルキナの鍵』ね。
ギリシャ神話の誕生を司る女神が洗脳まみれの世界を誕生させたとは皮肉な物ね」
「あははー。そんな厨二病みたいな話聞いた事ないよー」
昴と速水が小馬鹿にするように笑った。黒柳は逸らした視線を戻し、女性二人に笑いかける。
「そうだろうな。ゲーム原作に登場するアイテムだ。知らなくて当然だろう」
「原作が有ったのか。あのゲーム」
暮凪は興味深げに唸り声を挙げた。黒柳は楽しそうに話を続ける。
「ああ。
原文はもう見ることが出来ないがね。とあるサイトで一時期公開されていたんだが、いつの間にやら消えていたらしい。今あるのは昔読んでいた人が覚えている限りで書いた奴だけだ」
「ふーん」
速水が興味無さそうに携帯電話を取り出した。剛力はやつれたように頭を抱える。
「雑学なんか良いだろ。戦う相手について教えてくれ」
黒柳はキャバクラで話をするおじさんのような雰囲気から一転して、キリッとした真面目な顔をした。
「そうだった。話の流れが変わって忘れてたよ。先に謝っておく。依頼しておいて申し訳ないが敵についてわかっているのは名前だけだ」
「名前だけですか? 攻略法と居場所くらい調べて下さいよ」
園崎の眉根が上がる。またか? 平太の心で膨れ上がる恐怖と裏腹に、黒柳は軽くいなした。
「スマンソン。まあ、良いだろ。どうせ過去に戻れば時間が有るんだ。ゆっくり調べてくれ」
剛力がその言葉を聞いて、顔をしかめた。考える顔もゴリラのようだった。
「時間がある? 一週間前にしか戻れないんじゃ無かったのか? 」
「ああ。一週間前までにしか戻れない。だが、タイムマシンには20回分チケットがあるんだ。つまり、5人で4回は過去に戻れる」
黒柳の言葉に昴と平太以外の全員が息を飲む。何を驚いているんだろう? 剛力があわあわと口を動かした。
「一週間を4回!? 約一ヶ月じゃないか!」
一ヶ月分過去で過ごせるって事なのか。それって案外ヤバいんじゃない? 一ヶ月あれば何だって出来るんじゃないか? 黒柳は全員の動揺を心底嬉しそうに観察していた。
「ああ。それだけあれば充分だろ。ただし、過去の自分に合うことだけは禁止な。タイムパラドックスとかなんとかあるらしいから」
一人だけ表情を崩さない昴が問う。
「もし、会ったとしたらどうなるのかしら?」
「消えるんだろうな。多分」
暮凪が割って入って笑う。自嘲気味で影の入った笑み。何か知っているのだろうか? 平太は思わず「怖っ」と声を漏らした。
「気を付ければ問題無いよ」
黒柳が優しく言った次の瞬間だった。ドンとダンプカーに吹き飛ばされたかのような爆音がした。平太は椅子から転げ落ちた。
天井からは埃が降り、そこかしこに亀裂が走った。他の面々はどこ吹く風と言ったような表情をしていた。
「な、なんなんだ? 一体?」
平太がやっとのことで声を絞り出すと、部屋の扉が開いた。そして、扉よりも大きな体を屈めて女性が入ってくる。
「あいつら中々やるわねぇ」
「春子さん!! 大丈夫ですか?」
入ってくるなり膝から崩れる春子を、剛力が支える。剛力は顔を真っ青にして春子の手を握った。
「大丈夫よぉ。それより出入り口を爆破して塞いで来ちゃったわぁ。ごめんなさいねぇ」
「そんなこと気にしないで下さい!! 貴方の命の方が大事ですから!! この後は、俺らが何とかしますから!! そんなに気にしないでで下さい!!」
剛力が言い切ると同時に、バンと昴が机を叩いて立ち上がった。ツカツカと春川に目もくれず、部屋から出て行こうと扉に手を掛けた。昴はこちらに背を向けたまま声を挙げた。
「私は寝るわ。出発は明日の朝で良いわよね」
「ああ。それで良い。ゆっくり休め」
黒柳は両肩をすくめて、他のメンバーに笑いかけた。暮凪は出て行く昴の背を追いかけて部屋から出て行く。
「どうしたんだ。一体?」
カオスな空間を前に剛力が動揺した表情を浮かべる。それを見た速水は剛力から視線を逸らした。
「あはは〜。本当に剛力ゴリラはダメダメだね〜。園崎くんも落ち込んで無いで私に勉強を教えてよ〜」
「あ、う、うん。だけど、こんな時に」
「良いから。やる。決定」
「......ハイ」
園崎は速水のゴリ押しに段々と元気を吸い取られ、言われるがまま部屋を出て行った。
「黒柳さん!! 春子さんを医務室に連れて行きます!!」
「そんなに心配しなくても大丈夫よぉ。7.62弾を何発も受けただけだからぁ」
「早く手当しないと死んじゃいますよ!?」
剛力は春子とコントをしつつ、部屋から出て行く。ボケもツッコミもしている場合じゃ無いから、さっさと連れて行けよ。平太は思いつつ、現在の状況を見て一言呟いた。
「そして、誰も居なくなった」
「それな」
黒柳もヘラヘラと笑う。何だか気が合いそうだった。
「さーさー。
俺らは俺らで準備しようぜ。
ゲームキャラクターの設定をやらなきゃな。
『Let's play game!』ってな」
「うん? 『Shall we game?』じゃないんですか? 」
「......中学校から英語やり直して来い」
黒柳に肩を叩かれつつ、平太達は会議室を後にした。




