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1.ある日の日常


「うーん」


 夕凪平太は嫌な寝心地の悪さで目を覚ました。

 机にうつぶせた顔を上げると口からヨダレが伝う。


 よだれを腕でぬぐい、もう一度眠ろうと体勢を直そうとした時、斜陽が平太の顔を照らした。


「また、やっちゃったかな?」


 平太は体を起こし、あくびを噛み殺すと頭を掻く。教室を見回すと、誰一人いなくなっていた。

 

 平太の席は廊下側の一番後ろだ。夕方の日が沈むギリギリまで夕日が席に届くことはない。


 眠くて仕方が無い。平太はあくびしながら、大きく後ろに伸びた。


 ポキポキと小気味の良い音を感じる。


 チラリと薄目で机の上のPC ディスプレイを見ると、画面の隅に2020年10月10日17時30分と表示されていた。


「今日もか」


 六時限目の数学が始まった途端に睡眠学習を始めたから、最低でも3時間は眠っていたのだろう。


 バイトの時間を考えるべきかもしれないな。


 そう思いながら机の横に掛けたカバンへ数学以外のノートを詰め込むと、席を立った。


「1、2、1、2」


 校門を抜け、ランニングをする野球部を尻目に帰路につく。無表情で走る奴もいれば、ふざけあっている奴もいる。


 聞くところによると、彼らは毎日夜9時まで練習しているらしい。


 無駄な事をしているなと平太は思う。


 平太が通う大浜高校は田舎の公立校だ。


 深い歴史が無く、平凡以下のバカが集まる高校と言える。


 唯一の利点は卒業後すぐに就職出来るところぐらいで、もちろん部活も弱い。


 野球部は夏の試合で二勝した事は無く、練習しても時間を掛けるだけだ。


 そんなゴミのような学校で勝てもしないのに努力することが平太には理解できなかった。


 そんなことを考えていると冷たい風が吹いた。


「寒っ」


 冬が近づいて来た証だろう。最近はどんどん寒くなっている。


 明日は手袋を持ってこよう。平太は考えることをやめ、手をポケットに突っ込むと、足早に駅へ向かった。


 歩いて四〇分。


 田と畑に挟まれた細い道を抜けた先に、駅まで続く活気に溢れた通りが見える。


 『いとくり通り』と呼ばれるソコは、道の左右に飲食チェーン店がこれでもかと並ぶ街一番の大通りといえる。


 朝から晩まで人波が途絶える事はなく、煌々とネオンが消えることのない光景は、まさに不夜城のようだった。


 その終端にはビルに取り付けられた巨大なテレビがあり、映画やファッションの広告を流している。


 平太は足取り重く、広告塔の下にある駅へ向かった。


 人々の隙間を縫い、追い越しつつ、いとくり通りを早足で進んでいく。


 視線を足元に固定し上げることなく歩き続けた。


 やましいことがあるわけでは無いが、出来るだけ早く抜けたかった。


 そんなおり良い香りがして顔を上げる。そこはハンバーガーショップだった。


 店内を覗くと、学生がヘッドマウントディスプレイを付けて、楽しそうにゲームをしていた。


 嫌なものを見た。平太はたまらず舌打ちを漏らす。


 ヘッドマウントディスプレイ通称HMD。


 虹色に光るサングラスのような形状をしたソレは、内側にゲーム画面を映し出すことができる機械だ。


 『さながらゲームの中に居るような感覚で遊べる』という売り文句で爆発的に売れ、持っていない人はほぼ居ないといえる。


 定価35000円のお値打ち品らしいが、余分なお金の無い平太にとっては手の届かない品だ。


「金があればな」


 平太はぼそりと呟く。もっとも、あればの話だが。


 どれだけバイトしても届かないが......。あったら......。


 そんなことを考え事をしていると、駅前の大きなテレビが見えて来た。


 日は既に沈みきり、街頭に暖かな明かりが灯り始めていた。


 そんな時だった。






「ぐああ!」


 店舗間の暗がりから消え入りそうな叫び声が聞こえ、平太は足を止めた。


 何だろうか?平太は周囲を見回す。


 他の通行人は気付かなかったようで、誰も足を止めない。


 換気扇から温かい風が吹く。


 料理のいい匂いに混じって、鉄のような臭いがした。


 ヤバそうだな。


 平太は半歩下がった。


 出来るだけ離れよう。


 その考えに囚われていると、背後からドタバタ走る音と怒声が響いた。


「邪魔だ!! どけ!!」


「いたっ」


 平太はチャリンチャリンという音と共に、暗がりへ突き飛ばされた。


 倒れる直前に手を付くと同時に、痺れたような痛みを感じる。


 手を擦りむいてしまっていた。


「つったってんじゃねえよ!! クソボケが!!」


 怒声は既に遠く、平太を突き飛ばした男は駅に向かって去っていった。


 人を突き飛ばしておいて、そんな言い方はないと思うのだが。なんと、いい性格をした奴なのだろうか。


「はー」


 平太は脱力したような溜息を付き、震える足に力を入れて立ち上がる。


 学生服に付いた埃をポンポンと払うと何かが足りない事に気付いた。


「あれ? 財布は?」


 財布を入れたポケットに手を突っ込むと、指が4本通る程の大きな穴が開いていた。


「なんてこったい」


 ポケットに残った『がま口』財布の口が開き、硬貨が暗がりの奥まで散らばっていた。


 平太は周囲に気を付けながら小銭を拾うことにした。

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