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姉の教え其の二、デレデレするな!(2)


御坂高校、多目的ホールの校舎五階にある一室。


扉の上には生徒会室と書かれたネームプレートが取り付けられており、それを幸薄げな少年が一人、疲労困憊の顔で見上げていた。


司郎だ。 勿論ミカンの紙袋は着脱済みである。



「はぁ……まいった。  まさかあの後パトカーにまで追いかけられるなんて」



そう、あの後の司郎は聞くも涙、語るも涙の苦労の連続だった。

逃げ続ける司郎に業を煮やした警官が、国家権力の元、パトカーを二台も使って追跡してきたかと思えば。 

POLICE、とデカデカと書かれたヘリコプターまで上空を徘徊する始末。


なんとか逃げきったものの、朝からドタバタの連続で満身創痍の司郎であった。


そんな司郎がやってきたのはここ生徒会室。

うっかり者の生徒会長、宮本 澪こと司郎の姉は、急いでいた為か、静の作ってくれたお弁当を忘れてしまっていた。

その為わざわざ生徒会室にいるであろう姉の本に馳せ参じたというわけだ。



「お弁当大丈夫かな?」



心配そうに風呂敷袋に包んだ弁当箱を見ながら、ドアに手を掛けスライドさせる、



「姉さんいます……か……部屋間違えました失礼します!」


「ちょ、待っ、」


──ガラガラッ!



微かに聞こえた忍ぶの声。 その声を掻き消すように、司郎がドアを壊れんばかりの音を立てながら勢いよく閉じた。



「ふう、疲れてるのかな……姉さんと忍先輩が、生徒会室で寝技の練習なんてするわけないよね」



司郎はそう呟きながら、額に手を当てたまま深くうなだれた。


その時だ。


ドスン、と地響きのような音が、生徒会室の壁を揺らした。


戸がカタカタと音を立てながら揺れている。 そして次の瞬間、凄まじい勢いで扉が開かれ、中から人影が飛び出してきた。



「司郎!!」


「ね、姉さん!? ってわぁ!」



開け放たれた扉から勢いよく飛び出してきたのは澪だ。 そのまま有無も言わさず司郎に覆い被さる様にし、熱い抱擁。

何事か喚きながら、司郎が澪のふくよかな胸の谷間に埋没してゆく。


とそんな中、生徒会室内。

本棚の前に突っ伏し、沢山の本の中に埋もれる、半裸の少女が一人、忍だ。


司郎を見つけた澪に、用済みと言わんばかりに巴投げを食らった無残な姿。



「うんんっ! わざと弁当を忘れた甲斐があったというものだな」



澪は満面の笑みで、司郎の顔に自分の頬をスリスリ。


まるで何年も離れ離れになっていた恋人のような感動の再開。 と、思っているのは澪のみだが。



「く、苦しいよ姉さん……って、わざと忘れたの? なんで? うわぁっ!?」



息苦しそうに顔を上げる司郎だったが、またも澪によって谷間の底へ。

愛情表現もここまで来ると、拷問に近い。



「弁当を忘れたら、きっと司郎が私の元に届けに来るだろうと思ってな。 ふふ、我が知略に抜かりなしだ」



そう言って、澪は背中に回した手に更に力を込め、再び司郎の顔に頬をスリスリ。


司郎の肌の色が、赤から青へと見る間に変色してゆく。

あわや司郎は窒息寸前、だがその直後、澪の動きがピタリ、と止まった。


そして突然鼻をクンクンと鳴らしながら、司郎の制服を嗅ぎ始める。



「ぷはぁっ! な、何?」



澪の抱擁から何とか抜け出す司郎。 しかしどうも澪の様子がおかしい。



「司郎から私以外の女の匂いがする……」



と、半分座った目で司郎をじろり。


蛇に睨まれた蛙と言おうか、司郎は澪のその一言で何やら察し、顔面蒼白のまま、凍り付けにされたように固まってしまった。


美桜だ。 おそらく今朝の一件の事だと、司郎はすぐに気付いたらしい。


ちなみに宮本家は恋愛禁止、特に女性とは親しくしてはならないという厳しい掟がある。 勿論発案者は澪。


すると、この切羽詰った状況の中、司郎達の背後に、手負いの虎こと忍の姿が。

積もった本をバラバラと振り落としながら、のそりと立ち上がり、両の拳をわなわなと震わせている。


背後に殺気じみた闘気を漂わせながら、忍は大きく息を吸い込み口を開いた、



「この、変態姉弟がー!!」



高校生ながらにして既に、レスリング界ではメダル候補とされている、忍の怒りが爆発した。


こうなるともう誰にも止めることはできないだろう。


忍はその場から助走し、地を思いっ切り蹴ってジャンプ。


澪の後頭部目掛けてドロップキックだ。



「甘いな忍!」



澪はジャストなタイミングでしゃがんで回避。

美しい黒髪をスレスレに、轟音と共に忍の両足がすり抜けていく、そこへ立ち尽くす司郎、



「えっ?」



揃えた両足の上靴が、司郎の顔面にめり込むようにクリーンヒット。



「ぐえっ! ぐおっ! ぶっ!!」



そのまま司郎は吹っ飛びながら壁に激突。 反動で一回転二回転、おまけの三回転目、止まった。



「うわぁっ! し、しし司郎君!?」



驚いて口元を両手で被う忍の前に、司郎が無惨に突っ伏す。


自分が蹴ったのだから文句は言えないが、あそこで弟を見捨てる姉もどうなんだと、忍は澪を睨みつける。



「心配するな。 司郎にもしもの事が無いように、私が毎日鍛えているんだ。 これしきの事で死んだりはせん」



そう言って澪は偉そうに腕を組み得意気に話す。


本当に実の姉か? と、忍は疑いの目で澪を見た。



「いててっ……頭がぐわんぐわんする……」



顔面に靴跡をくっきりと刻んだ司郎が、よろよろと壁に手をつきながら立ち上がった。



「ほ、本当に頑丈だな……」


「だろ?」



忍の唖然とした言葉に、平然とした顔で答える澪。

確かに頑丈だが、普通なら死人が出てもおかしくない攻撃だ。 これもわざと食らったというなら、もはや脱帽もの。



「うぅ、酷いよ忍さ……ん!?」



顔をさすりながらぼやく司郎の顔面が、見る間に赤面してゆく。 その視線の先は忍。 正確には忍の胸元。



「ん? どうした司郎君? 私の胸に何かついて……」



ない。

着ていない。

着ていたはずの制服がない。

あるのは胸元に巻かれた大きめの白いブラジャー。



「むっ? 良く見たらレース付き。 何だ、忍も色気づいてきたな」



などとニヤニヤしながら呑気に解説する澪をよそに、一瞬にして忍の肌は茹で蛸のように真っ赤に染まってゆく。



「み、みみみ見るなあぁぁぁぁ!!」



絶叫と共に、会長補佐にして現レスリング部主将、忍の剛腕が唸る。

見事な軌跡を描いたラリアットが、司郎の喉元をえぐるように命中。



「ぐえっ!!」



逆上がりを失敗したかのような格好で、司郎の体は廊下の壁に叩き付けられた。


わざと食らったにしては、今回は泡まで吹いている。

おそらく今頃お花畑で誰かに手招きされている所か。



「むう……さすがに今のはまずいな。 おーい、帰ってこーい司郎ー?」


「うわぁぁぁ!! 司郎君ごめん! つい!」



と、慌てて謝る忍だが、ついラリアットをする女子高生というのもいかがなものか。


幸薄げな少年の儚い寿命は、こうやって縮まってゆくのだろうか。



「やれやれ、これくらいで気絶してしまうとは、まだまだ修業が足りん証拠だな」



そう言って澪は腕を組み、首を横に振る。



「鬼かお前は……」



と言いながら制服を着直す忍、どっちもどっちである。


そんな二人をよそに、三途の川一歩手前で立ち止まったままの司郎。 時は一刻一刻過ぎていき、やがて何やら波乱を含んだ全校集会が、今始まろうとしていた。

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