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コカコーラ・ベイビーズの黄昏  作者: 早乙女四季
2/10

ある寓話

『黄昏の道を歩いているすべての人たちへ』


◆コカコーラ・ベイビーズ

①コカ・コーラを日常生活の中で当たり前のように飲むようになった世代。

②空虚さと違和感を抱えた分裂・拡散・浮遊の世代。

(V・V・アプサンス著/園田博一訳『統一的明日はあるか?』一九七二年より一部抜粋)

 むかし、あるところに、ディドロ伯爵という男がいた。

 ある時、ディドロ伯爵のもとにとても綺麗なリボンのかかった箱が届いた。

 執事からその箱を受け取ったディドロ伯爵は、贈り主が誰かを確認したけれど、贈り主の名前は箱に記されていなかった。だから、プレゼントの贈り主がどこの誰であるのか、ディドロ伯爵には分からなかった。

 この世の中のたいていの人間がそうであるように、ディドロ伯爵もプレゼントを貰うことがとても好きな人間だった。中でも、綺麗なリボンのかかった箱に入ったプレゼントは特に好きだった。

 そういうわけで、ディドロ伯爵は、贈り主がどこの誰であるのかということを特に深くは考えようとしなかった。

 ディドロ伯爵が綺麗なリボンをほどいて箱を開けてみると、中にはリボンと同じぐらい綺麗なドレッシング・ガウンが入っていた。

「おや、これは、最近、街で話題になっている最新流行の部屋着じゃないか。なんて綺麗で洒落ているんだろう」

 ディドロ伯爵はひどく喜んだ。

 この世の中のたいていの人間がそうであるように、ディドロ伯爵も流行というものがとても好きな人間だった。中でも、街で話題になっている最新の流行というものは特に好きだった。

 さっそくそのドレッシング・ガウンに袖を通したディドロ伯爵は、書斎の壁にはめ込まれた大きな鏡に自分の姿を映してみた。

「ふむ。自分で言うのもどうかと思うが、なかなか良く似合っているじゃないか。お前はどう思う?」

 ディドロ伯爵は執事を呼んでそう尋ねた。

「良くお似合いでございます。旦那様」

 執事がそう答えると、ディドロ伯爵は機嫌よく頷いた。

 それからというもの、すっかりそのドレッシング・ガウンの虜になったディドロ伯爵は、書斎にいる間は、必ずそのドレッシング・ガウンを着て過ごすようになった。鏡の前に頻繁に立ち、ドレッシング・ガウンを身につけた自分の姿を眺めて満足していた。

 ところがある日、鏡を見ていたディドロ伯爵は、奇妙な違和感を覚えた。どこか何かが違うような気がした。

 一体何がおかしいのだろう?

 ディドロ伯爵は、鏡の中のドレッシング・ガウンを着た自分の姿を眺めながら一生懸命考えた。そしてあることに気がついた。

 ディドロ伯爵は執事を呼んだ。

「お呼びでしょうか? 旦那様」

「この書斎の机と椅子がどうも良くない。すぐに最新流行の机と椅子に取り替えなさい」

 ディドロ伯爵は執事に命じた。

「はい。かしこまりました。旦那様」

 執事がそう答えると、ディドロ伯爵は機嫌よく頷いた。

 最新流行の机と椅子は、すぐに書斎にやって来た。ディドロ伯爵は満足した。

 ところがある日、鏡を見ていたディドロ伯爵は、また奇妙な違和感を覚えた。鏡の中のドレッシング・ガウンを着た自分の姿を眺めて考えているうちに、またあることに気がついた。

 ディドロ伯爵は執事を呼んだ。

「お呼びでしょうか? 旦那様」

「この書斎のタペストリーと版画がどうも良くない。すぐに最新流行のタペストリーと版画に取り替えなさい」

 ディドロ伯爵は執事に命じた。

「はい。かしこまりました。旦那様」

 執事がそう答えると、ディドロ伯爵は機嫌よく頷いた。

 最新流行のタペストリーと版画は、すぐに書斎にやって来た。ディドロ伯爵は満足した。

 ところがしばらくすると、ディドロ伯爵はまた奇妙な違和感を覚え、鏡の中のドレッシング・ガウンを着た自分の姿を眺めて考えているうちに、あることに気がついた。

 ディドロ伯爵は執事を呼んだ。

「お呼びでしょうか? 旦那様」

「この書斎の本棚と時計がどうも良くない。すぐに最新流行の本棚と時計に取り替えなさい」

 ディドロ伯爵は執事に命じた。

「はい。かしこまりました。旦那様」

 執事がそう答えると、ディドロ伯爵は機嫌よく頷いた。

 最新流行の本棚と時計は、すぐに書斎にやって来た。ディドロ伯爵は満足した。

 そのようにして、書斎の中にある物は、次々と最新流行の物に取り替えられて行った。

 ある日、ドレッシング・ガウンをクリーニングに出したディドロ伯爵は、最新流行のソファーに座って鏡を眺めていた。そしてひどく奇妙な違和感に襲われて戸惑った。

 もう取り替える物は何もない。

 一体何がおかしいのだろう?

 不安になったディドロ伯爵は、改めて自分自身の目で書斎を眺めながら一生懸命考えた。そしてあることに気がついた。

 ディドロ伯爵は執事を呼んだ。

「お呼びでしょうか? 旦那様」

「今、ここにある物すべてを、すぐにこの書斎から出しなさい。そして、以前この書斎にあった物をすべてもとの位置に戻しなさい」

 ディドロ伯爵は執事に命じた。

「それは無理でございます。旦那様」

 執事は答えた。

「なぜだ?」

 ディドロ伯爵は尋ねた。

「以前、この書斎にあった物はすべて、既に処分してしまいました。もはや、この世の物ではありません」

 執事がそう答えると、ディドロ伯爵は妙に落ち着かない気持ちになった。

 執事はさらに言葉を続けた。

「そして、旦那様、あなたも既に、この世の物ではないのです」

 ディドロ伯爵はひどい恐怖を覚えて、キョロキョロと書斎の中を見回した。

「それは一体どういうことだ?」

 ディドロ伯爵は目の前の執事に尋ねた。

「ご自分の目で実際にご覧になることが、一番よろしいことでございましょう」

 執事は最後にそう言った。

 そして壁にはめ込まれた大きな鏡を指差して、黙って書斎を出て行った。

 ディドロ伯爵は壁の大きな鏡を見た。

 そして我が目を疑った。

 鏡の中の自分の姿は人間ではなかった。

 見たこともない異形のものになっていた。


(V・V・アプサンス著  園田博一訳

『ディドロ伯爵の喜劇 ,72』

 より一部抜粋)

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