前篇:出会いはテンプレだったらしい
「ぼくの世界を取り巻くできごと」
「1.ぼくの世界が変わった日」の「9.初雪の月」でディアが「おつきあいしてます」とおにいさんを連れてくることになった、その馴れ初め。
「離してください!」
仕事が終わり、昼飯でも食べてから宿舎に戻ろうかと市場通りをぶらぶら歩いていると、そんな声が聞こえてきた。
このあたりは市場通りの中でも酒場や飯場が集まってて、若干ガラの悪い場所となっている。昼間から酒を飲んでるおっさんに若い娘が絡まれるなんてのは日常茶飯事だ。ありがちすぎる。
だが今、まだ制服を脱いでいない以上、スルーしてしまったらさすがに王都警備隊の一員としてまずかろう。仕方ないなと諦めて周りを囲む人々の間を割って見ると、おっさん数人で荷物を抱えたうら若い女性を囲み、彼女の手をがっちりつかみ上げていた。
テンプレ過ぎるだろ。
「あー、はいはい。おじさんはその手を離してあげてねー」
俺が声をかけておっさんどもに割って入ると、彼らは「お前はなんだ!?」と声を荒げ始めた。自分の制服を見せて「おじさん、早く手を離さないと詰め所まで来てもらうことになるんだけど」とにっこり笑うが、既に出来上がってるのか、ますますいきり立つばかりだ。もう仕事は終わったっていうのにめんどくせえ。
「あのねえ、さっさと手を離してくれないと、俺はおじさんたちを見逃すわけにもいかなくなるんだよ。そんなに檻の中で反省したい? ん?」
俺は彼女を掴むおっさんの手首を掴み、ぐっと力を込めてぎりぎり締め上げた。
「で、どうする?」
おっさんは「うっ」と呻いて俺から目を逸らし、「ち、仕方ねえな!」と言い捨てて引き下がった。よし、これで余分な仕事はしないで済んだ。残りのおっさんたちも、さすがに警備兵を相手に大立ち回りをする気にはならなかったらしく、三々五々散って行く。
「大丈夫でしたか? 怪我は?」
改めて絡まれていた女性を見ると、まだ若いお嬢さんというような歳の子で、すごくきれいな流れの魔力をまとっているなと思った。それから、俺の眼が彼女にかかっている魔法を示す魔力の流れを追って……。
──角?
いやいやいや、魔族にしては色が違うだろうともう一度よく見ると……彼女の姿に思わずガッツポーズを取りそうになる。魔力だけじゃない、何もかもがきれいなのだ。どストライクすぎる。生きててよかった。ちょっと角があるとかそんなのどうでもいい。角がなんだどうしたと言うんだ。
「……ずいぶん痣になってしまいましたね」
涙目の彼女が痛そうに擦っている手首には、くっきりと痣が残っていた。どんだけ強く掴んでたんだ、あのオヤジ。やっぱ反省させるべきだったか。
「ちょっと待ってください。打ち身とか捻挫とかによく効く薬があります。しばらくすると痛みがだいぶ落ち着きますから、当てておきましょう」
俺は常に持ち歩いてる応急手当用の湿布薬を取り出すと、そっと彼女の手首をとって痣に当て、手早く布を巻いた。
「ありがとうございます。何から何まですみません」
彼女が慌ててぺこぺこと頭を下げ始めるのを、俺は押しとどめた。
「いや、俺の仕事ですから気にしないでください。それより他に怪我はないですか?」
「はい、大丈夫です。それで、あの……警備の方なら、ヴァイエー通りって、どちらかわかりますか?」
彼女が俺の制服を見ておずおずといった風に尋ねる。もちろん、この王都内の地図なら俺も頭に叩き込んである。
「ええ、もちろん」
「ちょっと……その、道に迷ってしまって……初めて行くので……」と、少し恥ずかしそうに顔を赤らめる彼女の姿はめちゃくちゃ可愛い。
「送りますよ」俺は全力の笑顔で彼女に手を差し出した。「けど、よかったらその前に昼食でもどうですか。まだでしょう?」
がんばれ俺。逃がすな俺。やっと来たぞ俺。それから、ふと思い出す。
「ああ、自己紹介がまだでしたね。俺は王都警備隊第1隊第8小隊小隊長のルツ・フェルダタールといいます。今日はもう仕事は終わりなので、あとは帰るだけなんですよ。だから、昼食をご一緒してからその通りまでお送りするということでいいですか? 実は朝早かったもので、お腹が空いてしまってて」
俺が肩を竦めてそう言うと、彼女がほっとしたように笑顔を浮かべた。かわいい。
「私はディアです。ほんとうに、ありがとうございました」
さりげなく彼女の手を取り、あまり王都へ来ることがないという彼女とゆっくりと歩きながら、軽くこのあたりの説明をした。兄さまはあまり王都の中を案内してくれないからと、彼女は珍しそうに周りを眺めている。
そうして、ゆっくりできるようにしっかり話ができるように、少し静かな場所にある落ち着いた店へと彼女を案内した。俺の同僚情報では、女性連れならここに限るとイチオシされている小洒落たレストランだ。
案内された席について他愛もない話をしながら、彼女が魔法使いであることや、兄夫婦の新居を訪ねてきたことなどを聞き出す。俺もこの王都でもう10年近く警備隊で勤め上げてることなどをさりげなくアピールする。
「ところで、ルツさんは、王都で魔道具の買い取りをしてくれるお店を知ってますか?」
「魔道具ですか?」
「はい。実は、私は魔道具を作っていて、それで生計を立てたいと考えているんです。王都のお店は全然知らないので、買い取りをしてくれる信用できるお店をご存じだったら教えていただけないかと」
そういう彼女をよく見ると、たしかにいくつかの魔道具を身につけているようだった。これが彼女の作だとしたら、なかなかの腕だと言えるんじゃないだろうか。俺の眼に映る魔道具に込められた魔力は、緻密に無駄なくきれいにまとまっている。
ただ、いくらなんでもよくわからないものを軽く紹介するわけにはいかないし、これを今後も彼女に会う口実に繋げなければならないのだ。俺はしばし考えを巡らせた。
「だったら、俺の祖父の友人が王都で開いている店を紹介しましょうか。買い取りというより魔道具の販売の仲介のような店ですけど。
──ただ、紹介となると俺自身もきちんと確認してからでないと。ディアさんさえ構わなければ、作った魔道具がどんなものかを一度見せてもらってもいいですか?」
「はい……はい! ぜひお願いします。今日、いくつか持ってきているので……そうだ、兄の家に一緒に来て、そこで見てもらってもいいですか?」
「かまいませんよ」
彼女の顔がぱあっと明るくなる。よし、これで次へと繋いだ!
和やかに食事を終えた後、改めて彼女の兄夫婦の家の場所まで彼女を案内した。彼女が兄宅への訪問を告げると、中から「いらっしゃーい」という声が聞こえた。扉が開くのを待ち、出てきた人物に挨拶を述べようとし……「げっ」と、俺は思わず潰れたカエルみたいな変な声を出してしまった。
──どうして王都のアレがここにいるんですかと考えながら、ぎぎぎと首を動かして彼女のほうへと顔を向ける。たぶん俺の顔は今ものすごく引き攣っている。
「……あの、まさかとは思いますが、コレがあなたのお兄さん……?」
きょとんと目を丸くしてディアは首を傾げる。「いえ、ユールさんは、お義姉さんの魔法の師匠なんです。あと、姪の教育係兼ベビーシッターもしてくれています」
なんで王都のアレが師匠で教育係でベビーシッター?
「ああ、精霊の子かあ」王都のアレが、納得いったという風にぽんと手を叩くと、せーれー? と、アレの足元にしがみついてた子供が首を傾げた。この子も角があるのか。
「なんで、王都、出たんじゃ……?」
俺が引きつりながらそう言うと、アレはあははと笑った。「出ないよ。だってめんどくさいもん」とか、そんな当然のように言われても困る。おまけに予想外に軽く返されて、俺は思わぬ精神ダメージを負った。もん……王都のアレが「もん」か。
彼女は何故か慌てて、「あの、お知り合いだったんですか?」と俺と王都のアレをきょろきょろと見比べた。俺はどうにか立ち直ると、「いや、知り合いといいますか」……って、どう説明すればいいんだ?
「僕は知ってたよ。眼持ちの合いの子とか珍しいしね」
俺が言い淀んでいたら、こいつあっさりばらしやがった。
「眼?」
「そ。だから全部見えてるんだよ? もちろん、ディアちゃんのも全部」
「全部?」
全部、全部……と彼女はぶつぶつとしばし考えた後、さあっと血の気が下がり蒼白になった。すごい勢いで俺を振りむいて、目を見開いたまま口をぱくぱくとする。
「あの……全部って、見えてる、って?」
「だから全部何もかも。ね? そうでしょ、精霊の子?」
自分の頭の、角があるあたりを涙目で隠すように手をやる彼女に、アレが追い打ちをかける。お前は少し黙っていたほうがいい。
「えーと、いや、まあ……はい……見えてます。色も姿も全部、たぶん素のほうが」
しかし観念した俺が肯定の意を示すと、真っ青なまま、泣きそうな顔で彼女は震え出してしまった。俺は慌てて肩に手を置いて、彼女の顔を覗き込んだ。
「あ、いやちょっと待って。そんなに怯えないで落ち着いて」
「だって、お義姉さんの探知魔法でも大丈夫わからないって言ってたのよ? どうして見えるの? まさか、私、見えてるまま、王都の中を歩いちゃったの?」
なぜそんなに慌てているのかと思えば、どうやら、彼女は俺だけでなく、王都の他人全員に彼女の素の姿が見えたまま外を歩いたのだと考えたようだった。
俺はとにかく彼女を落ち着かせようと、ぐっと抱き寄せて背中を優しく擦る。役得である。
「落ち着いて、大丈夫です。問題ありませんから。見えてるのは俺にだけなんですよ。俺の眼が特別製なのであって、あなたの魔法が解けたわけじゃありません」
そこの王都のアレは腹を抱えて笑っている。こいつやっぱ性格悪いわ。できることなら締めたい。
どう見てもただのナンパです。ありがとうございます。