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「ぶえっっきしっ」
トイレから戻る道で、叶は2回立て続けにくしゃみをした。
くしゃみは誰かが噂をしている知らせらしい。
1回は誰かが自分のことを褒めていて、3回は笑っている。
4回以上は風邪だ。
2回はなんだったけかと考えたが思い出せない。
どうせろくなことではない。
山崎か透子がしあに自分のことをあれこれ言っているのだろう。
昨日から徹夜だ。
今日の午後3時からある会議の資料が、つい1時間前に出来上がった。
もうそろそろ、全てプリントアウトされてるころだろう。
目頭を押さえ、眉間の皺を揉み、叶は深呼吸を一つした。
ここで眠いなんて言っていられない。
部屋の扉を開けたところで、叶が今、一番苦手とする人間の声が聞こえた。
「ごめんなさぁい、リカまたやっちゃいましたぁ」
出た。
茶色くて長い、ゆるいウエーブの髪。
仕事しに来たとは思えない、無駄に生地を使ったピンクのスカート。
目のやり場に困る、胸の大きく開いた薄手のブラウス。
やたらと目の周りが作りこまれていて、長すぎる睫毛がアンバランスすぎる。
「リカ、嫌われてるんですよぅ、コピー機に」
語尾がのびる、鼻にかかったような声。
叶はこの女が苦手だ。
どうにも苦手だ。