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悪路神の火  作者: yuyuyu
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第三話

 

 草木も眠る丑三つ時…などではなく、大抵の人は今頃夢の中であろう夜中の三時、俺は静まり返った街中を走り抜ける。


 俺の後ろをビルの側面、地面、果ては街灯など様々な物を蹴り追いかけてくる大きな肉塊。黒い外套を纏い、手には巨大な肉切り包丁。俺よりも大きな肉切り包丁を持ちながらも振り切れない速度で追随してくる足はごつく、大きい。それに比例するかの様に腕も太く俺の体の横幅位あるだろう。外套から出ている頭は目以外の全てを包帯で覆われている。その目には生気など宿っておらず、黒く染まった網膜だけが的確に俺の姿を捉えている。


 俺は一つ息を吐くと急停止し、進行方向を百八十度変えそのままデカ物に突っ込んでいく。


 両掌をクロスして腰に構える。


 「【宗原火】」


 一言短く、呟く。


 手の平に仄かに暖かい感触が生まれ、両掌から紅い炎を出現させる。


 そのままデカ物に肉薄し、腕を振り上げ、勢い良く振り下ろす。それをデカ物は肉切り包丁で防ぐ。防いだ場所から火花が散りけたたましい音をたてる。俺は空いた左手でデカ物の胴を薙ぐべく水平に振る。デカ物は肉切り包丁に籠めていた力を緩めるとバックステップで避ける。そこで一度お互い距離をとり、睨み合う。


 次に動いたのはデカ物だった。巨大な肉切り包丁を頭上に掲げ無造作に地面に叩きつける。するとそこから風圧が飛び、砕け散ったアスファルトの礫までもが猛スピードで襲ってくる。


 「ちっ、【姥ヶ火】」


 両掌の炎を消し、掌を口元に当て炎を吹き出す。


 アスファルトを溶かし、轟音をたてながら風圧と礫を飲み込みデカ物までもを包み込んだ。


 肉を焦がす嫌な臭いに思わず鼻を押さえる。


 玄覚さんに依頼が終わった事を伝えようと携帯電話を取り出した次の瞬間、身を炎に焦がし、肉切り包丁を振り上げながらデカ物が肉薄してくる。


 「しまった!」

 

 とっさに身を捩り紙一重で攻撃を回避するが風圧だけで、吹き飛ばされ近くにあるビルの壁に背中からめり込む。


 「ぐぅ!」


 背中に走る痛みに耐えながら顔を上げると、視界一杯に広がったのはデカ物がいる夜の街並みなどではなく鈍く光る鉄の塊だった。

 

 とっさに顔を横に回避するが体までは避けきれずに肉切り包丁が肩を深く切り裂いた。


 「いっつう」


 肩口から大量の血が失われ、体温が下がっていく。


 二撃目をくり出そうと再度腕を上げ、振り下ろそうとするデカ物の攻撃を辛うじて回避する。しかし風圧までは回避し切れずまたもや吹き飛ばされる。


 今度は風圧の勢いを利用して大きく距離をとる。


 「ぐるるるるるる」


 先程の攻撃で仕留め切れなかったせいか低い唸り声を上げる。


 「ふぅ」


 肩に暖かいものを感じる。横目で肩を覗き見ると真紅の炎で傷口が包まれていた。常人ならば慌てるところだが俺にとってはこれで正常だ。炎が消え、傷跡を確認してみると破れた服に血がベットリと付着しているものの肩深くまで切り裂かれた傷は跡形も無く消えている。


 よしっ、試しに手に力を籠め感触を確かめる。…問題ないな。


 「【宗原火】」


 再び炎を掌から噴射させる。…ただし今度は両手からではなく、右手だけに。片手だけに炎を噴射させた事により大きさは先程の二倍程になっている。掌から吹き出る炎がアスファルトに触れるとジュウと音をたてて溶け消える。


 「はあぁぁ!」


 気合と共にデカ物に近づき一閃。


 デカ物が先程と同じ様に肉切り包丁で防ごうとするが……甘い!


 肉切り包丁に触れる一瞬前に、火力を上げる。


 威力を増した炎は糸もたやすく肉切り包丁を断ち切り、そのまま一気にデカ物を真横に両断した。


 切り口は高熱で焼いた事で血は一滴も垂れず、焼け焦げた臭いが鼻を突く。


 「この臭いは…土?」


 鼻に突いた臭いは肉が焦げる様な臭いではなく、土を焼いた時のそれだった。


 まさかと思い、上下に両断されたデカ物に駆け寄り比較的近い下半身の方を見てみると傷口が土になっていた。


 「ゴーレムか、恐らく本来肉体に土を使うところを妖怪の肉体を本体に使ったんだろう。これじゃあ玄覚さんが妖怪だと断言出来ない訳だ。これなら他にゴーレムを操っている術者がいるな」


 色々とゴーレムの体を調べようとしたとき、グチュっという音が聞こえてきた。


 「あれ……?」


 背中に激痛が走る。振り返ってみるとそこには上半身だけを使い、肉切り包丁を俺の背中に生やしたデカ物がいた。


 「ゴフッ、わ…忘れてた」


 ゴーレムの対処法、それは額にあるemethしんりからeを消し去りmethに置き換えなければならない。ここしばらくゴーレムと戦ってなかったから忘れてた。


 口に生臭い臭いが広がり、赤い液体が滴り落ちる。


 背中にささった刃は背中を貫通し、前―――恐らく胃を貫き―――から飛び出ている。


 「あっちゃー、玄覚さんに油断するなって言われたばかりなのにな」


 振り返り手の平をデカ物に翳す。


 「消し飛べ【渡柄杓】」


 手の平に熱が収縮し、紅い球体を生み出す。


 熱線を高速で放出させ、手の延長上に居たデカ物を地面ごと完膚なきまで消し飛ばした。


 「くぅ…いつつ……」


 体から飛び出ている肉切り包丁を引き抜く。その際、肉が擦れまたもや激痛に晒されるが何とか我慢する。


 程なくして炎が俺の体を包み込み、傷を完治させる。


 俺は携帯を取り出し玄覚さんに連絡をする。そろそろ四時になるが何時もならこの時間玄覚さんはもう起床しているだろう。


 二、三回コールがなった後いつもどうり声音で玄覚さんが電話に出る。


 そこで今回の件はゴーレムに妖怪の肉体を使っていた事、術者がいる事を簡単に伝える。


 『了解しました。術者はこちらで探しておきます。お金は何時もの口座に振り込んでおくので確認してください』


 軽く返事をし携帯電話を切る。


 「うん?」


 突然背後に気配を感じ咄嗟に振り返る。


 「気のせいか」


 夜が明け始めた街を急いで家路に着いた。






 家に帰った俺は血だらけになった服を洗うために洗濯機に放り込み、体に付着した血を洗い流すために風呂場に入る。


 習慣になった風呂場での動作をこなし、髪えお整えてリビングに向かってみるともう五時を少し過ぎていた。


 残り三時間弱の貴重な睡眠時間を少しでも多く確保するべくベットにそそくさと向かっていった。




 ベッドに寝転がり、眠る事二時間玄関のチャイムが鳴り眠りから強制的に起こされた。


 「ったく、誰だよこんな朝っぱらから」


 時計を見るとまだ七時…これで新聞の勧誘だったら新聞ごと体を火達磨にしてやる。


 そんな物騒な事を考えながらドアを開けると見知らぬ初老の男性が立っていた。立派な白い口髭を蓄え、背筋をピンと伸ばし、両手には風呂敷包みを持っている。


 予想外の出来事に何て返せばいいのか分からなくなり、声を出しあぐねていると向こうからアクションを起こしてくれた。


 「わたくし桃園家、詩織様の専属執事をしております、轟宗師とどろきそうしと申します。どうぞ宗師とお呼び下さい」


 「あ、はい、どうも……」


 急な事に俺の寝不足の頭では処理しきれず、つい乾いた返事をしてしまう。


 「この度は、詩織様からのお届けものと伝言を預かって参りました」


 そういって差し出してきた風呂敷包みを俺に渡す。


 受け取ったそれからは布越しでも分かるくらいに良い臭いを発していた。


 「あの、これは?」


 「風呂敷包みの中身に関してはこちらを。…付け加えますに、御嬢様の手作りで御座います」


 その言葉と共に手紙を一通風呂敷の上に置いた。


 「では、私めはこれで」


 言うが早いか颯爽と身を翻した宗師さんは年齢を感じさせない足取りで去っていった。


 「宗師さんって人歩いてここまで来たんだよな? 車の音聞こえなかったし。詩織の家からここまで軽く二、三キロはあるぞ。それを汗一つかかずに来たのか?」


 宗師さんの格好を思い返してみると完璧に着こなした燕尾服、汗一つ無い顔、極めつけは最後の歩き方。


 「あの人只者じゃないな、絶対……てか、何で俺の家の場所知ってんだ?」


 俺の呟きは勿論本人に聞こえる筈は無いのだが、俺は背筋に薄ら寒いものを感じ慌てて家に引っ込んだ。


 風呂敷包みを解いてみると中から高そうな漆塗りの木箱が出てきた。蓋を開けてみると中にはオカズとご飯がぎっしり詰まっていた。


 なぜに、と思い手紙の方を見てみるとこんな事が書かれていた。


 『燈火の事だからきっと爛れた食生活を送っているだろう』


 手紙に書かれていたのはそれだけだった。


 「ああ、だからさっき手作りって」


 弁当の中身を凝視する。朝からこれはハードだと思うが作ってくれた手前残す事も出来ず、箸を持ってきて食べ始める。


 最初に卵焼き……うん、美味い。詩織って料理できたんだな。意外な事実に少々驚きながらも、弁当の中身を食べ進める。うん、美味いは美味いんだけどちょっと味が薄いかな? 


 手早く弁当を食べ終え、少し早いが学校へ行く準備を終える。この時まだ七時半。学校はここから二十分もかからないから、八時半に家を出れば間に合う。


 暇だから早く学校に行って中を探検してみるか。転校してきて一週間以上経つけど未だに全部の教室を見て無いからな、少し興味がある。


 そうと決まれば早速実行、荷物を持って学校へ向かった。





 見上げる程の建物―――確か十五階建てって行ってたっけ―――である俺が通う高校。


 部活動が盛んで特にスポーツの分野が抜きん出ているとか。野球では甲子園の常連、サッカーでも全国は当たり前、陸上に関してはオリンピックの選手まで出したとか。


 そんな高校の門を潜り抜け、敷地内へと入る。…するとどこからか掛け声が聞こえてきた。どっかの部活が朝錬でもしているのかと思い、何気なく立ち寄ってみた。


 みて見るとどうやら陸上部の部活だったようで男子女子入り混じってグラウンドに描かれた白いトラックを走っている。


 今は距離別にタイムを測っているのか、一斉にスタートしている。


 その中でとてもとても会いたくない奴を見つけてしまった。


 「深海って名前だっけ? アイツ陸上部なのかよ。触らぬ神に祟りなし、だな」


 幸い深海は俺には気付いていない様で、ばれない中にさっさと逃げるか。前みたいにギャーギャー朝っぱら言われんのもやだし。……だからと言って昼や夜なら良いって訳でも無いけど。


 「燈火君こんな時間にどうしたの」


 突然背後から声を掛けられて思わず飛び上がりそうになるのを必死に堪える。振り返ってみるとそこには、俺にのクラスに委員長である歌貝望が立っていた。


 「よ、おはよう」


 「うん、おはよう!」


 朝からなんと元気な事だろうか、見ているこっちも元気になってくる…気がする。歌貝の服装はいつも見慣れた学校の制服ではなく、俺が今さっきまで見ていた陸上部のユニフォームと同じものを着ている。首元まで有る髪を普段は下ろしているが、今日は運動するためか、サイドポニーにしている。


 余談だがうちの学校は制服以外にも、学校指定のジャージならそれを着て登校していい事になっている。俺は動きやすさ重視でジャージをいつも着ている。


 「歌貝って陸上部だったんだな」


 「そうだよー、中学の時は全国大会まで行ったんだ!」


 「へえ、凄いな。専門は?」


 「三千mだよ」


 「速いのか?」


 「三千mならほぼ負け無し」


 「ほー…って、ん? ほぼって事は誰かに負けたことあるのか?」


 するとギクッと肩を揺らし、少し苦笑いしながら頭をポリポリと掻く。


 「うん、詩織ちゃんにね」


 そこで見知った名前が出てきて少し驚いた。まさかここで詩織の名前が出てくるとは。すると歌貝がハッとして慌てて詩織に関する説名を付け加えていく。


「あ、詩織ちゃんって言うのは本名桃園詩織って言ってね二年生だけどうちの陸上部のエースなの」


 へえ、そんなに足速かったんだ。小さい頃は運動音痴だったのになあ。時は人を変えるって言うけど、あまりに劇的な変化に今度は驚きを隠しきれなかったようで歌貝に怪訝がられる。


 「どうしたの? そんな驚いた顔して」


 「あ、何でもない。続けてくれ」


 適当に誤魔化すと先を続けるよう促す。


 「それで、すっごい美人で成績優秀、おまけに人当たりも良いときた。そんな彼女を放って置く男子がいるはずもなく次から次へと―――」


 「その情報今いるか?」


 段々話がずれてきているのを察知し話を途中で遮る。


 「おっと、少し話しがずれちゃったね」


 話の軌道修正を終え喋り続けること五分弱ようやく歌貝の話は終わった。


 「何つうか、すごいな」


 「そうだよね! 凄いよね詩織ちゃん」


 「いや、俺が言いたいのはそっちじゃなくて、友達のことをそんな長く、しかもスラスラ褒めれるなんて凄いなって」


 「え! そ、そうかな? そんな事言われたの初めてだよ」


 俺の言葉がそんなに意外だったのか顔を赤くして、「もういくね!」と言い残し去っていってしまった。


 時計を見ると八時半、九時に授業が始まるから他の部屋を見るのは諦めて教室に戻る事にした。最後に陸上部の方を見ると、後片付けしている陸上部員の姿が目に入った。


 




 他の人より一足教室に入ると俺の机に、弁当箱が置いてあった。その上には手紙が置かれていた。


 覗いてみるとまた詩織からだと言う事が分かる。手紙には『今日の放課後話がある。屋上に午後六時に来てくれ』と書いてあり、最後に桃園詩織よりと小さく書かれている。これはチャンスだな。結局昨日、謝れ無かったからこの機会に謝ろう、弁当を鞄に入れそう思うのだった。



 百合ちゃん先生の授業も、移動授業も無く、一~六時限全てを睡眠に費やした俺はスッキリした頭で屋上に向かう。もちろん弁当はキッチリいただいた。……味薄かったけど。まだ五時半と約束の時間には早いがまあ問題無いだろう。


 屋上に着いた俺は屋上の更に上にある給水搭に登り寝転がる。今日は晴天で強い日差しを浴びた金属で出来た給水搭は熱せられ、結構な温度を持っているのだが、元来俺は熱に強い体質で五、六十度程度の温度は屁でもない。


 ジュウ、っと何とも香ばしそうな音を立てながら寝転がる。日が落ちるのも大分遅くなってきた今日は長い日差しを浴び、体がポカポカしてきて徐々に眠くなってきた。…いかん、眠気は完全にとれたと思っていたが、まだ体に残っていたか…眠くなってきた。ポケットに入れっぱなしの携帯を時計代わりに見ると、もう二十分も立っておりあと十分しかない。俺は少し、本当に少しだけのつもりで目を閉じた。




 ふと視線を感じ飛び起きる。次いでゴンと鈍い音が辺りに響き渡った。


 「いっつ!」


 ポウッと紅い炎が覆った額を擦りながら辺りを見ると、俺のすぐ横に俺と同じ様に額を擦りながら恨めしそうな瞳で俺を見ている詩織の姿があった。


 「もう少し静かに起きれんのか?」


 ジトーとした目で俺を見てくる詩織から目線を逸らし、携帯電話の時刻表示をみて見るとそこには六時十五分と表示されていた。


 「わりぃ、寝過ごした」


 「む、まあ、時間どうり来ていた事だし、今回は大目に見よう」


 あれ? 前の詩織だったらここで説教してもいい筈なのに。そういや、食生活の不摂生がばれた時も溜息つかれただけだったよな。


 「あっ、ひょっとしてさっき起こそうとしてくれた?」


 額と額がぶつかった時の事を思い出す。


 「う、うむ。まあ、そうだな。駄目だぞ、人と約束しているのに寝過ごす何て」


 最初になぜ言い淀んだのか分からないが、正論を言われてはぐうの音も出ない。…と言うわけで素直にまた謝る。


 「ごめん」


 「も、もうこの話は終いにしよう。本題に入りたい」


 そうだな、俺も謝らないといけないし。


 「歩きながらでもいいか? どこかの誰かが寝過ごしたせいでもう下校時間までもう時間が無い」


 「悪かったな、寝過ごして」


 俺の方も話しは有るし、そっちの方が都合がいいな。


 俺達は給水搭を降りて昇降口に向かった。








 歩きながらふと気付いた事が一つある。


 「詩織って普段車で送迎してもらってんじゃねーの?」


 「いきなりどうしたのだ?」


 「偶に黒塗りの長い車が学校前に止まってるんだけど、あれ詩織んとこの車じゃねえの?」


 「あれは姉さんが乗ってる車だ。私はいつも陸上部の練習も兼ねて毎朝ランニングしながら学校に通っているぞ」


 そうか、詩織は陸上部だったっけ。


 「陸上部のエースなんだってな」


 俺が詩織にその事を伝えると、詩織が驚いた顔をしてこちらを振り向いた。


 「何だよ? そんな驚いた顔して」


 「なぜお前がその事を知っている?」


 「聞いたんだよ、友達に」


 すると先程よりも驚いた顔をした詩織が俺に訊ねる。


 「燈火に転校してきて二週間足らずで友達を作れるコミニュケーション能力が有ったとはな」


 なんて失礼な事をのたまうか、この幼馴染は。でも、あれは歌貝の方から話しかけてくれた事だからあんま自慢出来る事じゃないけど。


 「余計なお世話だよ」


 俺がそっぽを向くと詩織がスマンスマンといいながら俺が顔を背けた方に回ってくる。


 「そういや、今日の弁当ありがとう。美味かったよ」


 俺が思い出したように告げると詩織がこちらに詰め寄ってきた。


 「ほ、本当か? 本当に美味かったか!?」


 「お、おう」


 その勢いに押され思わず頷いてしまう。本当は少し味が薄かった事も言おうと思ったのだが、言えなくなってしまった。


 「そうか、そうか」


 詩織が満足したかの様に頷き、言葉を繋げてくる。


 「なら、これからは私が弁当を作ってやろう。燈火の爛れた食生活を直すためにな!」


 「いや、いいって。毎朝大変だろう? 陸上部の練習もあるだろうし」


 「そのくらい何とも無いぞ?」


 「いや、本当に大丈夫だって」


 「そしたら、燈火の食生活が治らんではないか」


 「栄養バランス考えながら食べるようにするから大丈夫だった」


 「しかし…」


 なおも不服そうな詩織を何とか説き伏せ、一安心する。悪いな詩織、お前の弁当は確かに美味いんだけど、少しばかり味が薄いんだ。でもそんな事言ったら、今度こそ説教が始まりそうだし。


 「むう」


 心なしか少し顔に影を落とす詩織の横顔を見ると、とてもじゃないが耐えられず、思わず話題を変えてしまう。


 「あ、あのさ、俺に話しがあるって手紙には書いてあったんだが、それってどんな話しなんだ?」


 手紙に書いてあった内容を思い出しながら聞く。


 「それはだな―――」


 「あ、やっぱ俺に先に話させてくれないか?」


 「へ?」


 詩織の言葉を遮る。


 「いや、俺も詩織に謝んないといけない事があるし」


 「?」


 詩織が何の事か分からないといった風に俺を見上げる。その時ちょうど上目遣いに俺を見上げる形になり少しドキリとしたのは内緒だ。


 「あー、その、改まって言うのは凄く恥かしいんだけど―――」


 背筋が寒くなり覚えの有る感覚が体を支配する。これは…殺気! 鞄を放り捨て詩織を引き寄せると大きくそこから飛び退いた。その時に詩織は手に持っていた鞄を落としてしまうがそれは仕方の無い事だろう。


 「と、燈火!? 一体何を―――」


 詩織の疑問は鈍い破砕音と共に掻き消された。俺と詩織が一瞬前までいた場所に大きな肉塊が落ちてきた。


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