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夜明け

 終わった……なんとか書きあげることができた――拓巳は目頭を押さえ、思い切り背もたれによりかかった。長時間押さえこまれていた背骨が、一斉に悲鳴を上げる。描き始めたのが二時すぎだったということは、かれこれ四時間になるのだろうか。窓の外も、既にいくらか白んできている。とりあえず、今夜はしのげたというわけだ。


 よろめきながら椅子から立ち上がると、拓巳は一階に降りて顔を洗い、それから台所で湯を沸かした。さすがに夜が明けたばかりでは、誰も起きてはこない。リビングのソファに深く腰を下ろし、インスタントコーヒーとクロワッサンだけの遅過ぎる夜食をとりながら、拓巳は退屈しのぎにニュースをかけてみた。

『……昨夜未明、市内に住むエンジニア、蓮田千影(27)が市に対する電子攻撃の容疑で逮捕されました。蓮田容疑者には過去3カ月の間に数十回にわたって軽傘市の中央管理システムに侵入、不特定多数の市民に怪文書を送信するためにシステムの一部を改変した疑いがあり当局はこれを重大なテロ行為として……』

 骨製のマグカップで両手を温めながらゆっくりとコーヒーをすすり、倍の時間をかけて長い溜息をついた。まだ薄暗いダイニングに青みがかった光を放つ買い替え時のディスプレイの中を、セキュリティに引っ立てられて小柄な女が歩いてゆく。

 あまりにあっけなく、遠く離れた解決を、拓巳は小さく口を開けたまま見守った。全てが意味を失ってしまった。夜中の逃避行も、半ば遺言のつもりで書き上げた記録も、見えない影に(さいな)まれて過ごした日々さえも――散々疑ってかかったにもかかわらず、結局正しいのは刑事の方だったのだ。

 とはいえ、手前勝手な無力感は事件が解決した安心感に勝るものではない。拓巳は静かに目を閉じてソファに沈み込み、しばらく徹夜の余韻に浸りそれから決然と起き上がった。  

 残ったクロワッサンを強引に押しこみ、コーヒーを一緒に飲み下すと、拓巳はカーテンを小さく開き、隙間から外を(うかが)った。東の空に映った炎に、色褪()せた夜が呑みこまれてゆく。強い光に目を細めながら、それでも瞳はそらさない。夜の燃え尽きる熱が、ガラス越しに部屋の中まで伝わってくる。

『当局は……市民に……ネットワークを……ために、端末器官の……必要だと……姿勢を……』

 画面の中では、まだニュースが続いている。「端末」と聞いて、メッセージの通知を切ったままだったことを思い出し、拓巳は慌ててメッセージを確認した。あの後で、木霊から何か連絡が来ていたかもしれない。メニューを開き、受信箱を選ぶと、果たしてそこには木霊の名前があった。あったが、送信は昨夜の十一時五八分、公園で会うより前だ。今更だが、拓巳は目を通すことにした。




『助けて! あいつがそこにいるの!』




 暁に染まった原生都市は、人々と入れ違いに深い眠りへ落ちてゆく――

さて、あなたには彼に出合うことが出来ましたか?

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