大きく溜息を吐く人
軽い負傷者を数十名出しただけに終わった賊討伐戦。
二万の軍勢を半分に分け、袁紹が率いて河北に帰還する一万と、玄胞が率いる残り一万。
玄胞は兵を率いて荒れ果てた街に入るなり盛大な歓迎を受ける。
街の中は家屋の扉や壁が壊れていたりして、街の中心とも言える大通りは荒んでいる。
それでも喜んで迎え入れるのはこれ以上荒らされなくて済むのと、見捨てられていないと言う安心感があってこそのもの。
「三千の兵に遺体の処理をさせろ! 残りは炊き出し急げ、仮設天幕や資材の搬入もだ! それに他にも賊が居るかもしれん、五百人ほどで警邏に当たらせろ!」
それぞれの隊に命を矢継ぎ早に出していく。
「程昱殿、こちらの監督を任せても良いですか?」
「お兄さんはどちらへー?」
「遺体の処理を」
「わかりました、お気をつけてー」
と、一人で馬に乗せたままでは危なっかしいので、程昱を抱えて一緒に馬から下りる。
「おおっ、これはこれは助かります」
「それではお願いしますね、程昱殿が判断できない事があれば知らせを遣わせてください」
もう一度馬上に上がり、この場の指揮は程昱が行うと周りの兵に言い含める。
そして馬を回頭させ、程昱に軽く頭を下げてから一部の兵を伴って街の外へと出た。
「道具は借りてきましたか? でしたら三百ほどの穴を掘らせてください、燃やす為の薪なども調達しなければいけませんね」
そう言った玄胞は数が多いと呟く、賊は迎え撃とうと平原に屯っていた奴らだけではないだろうと考える。
戦う事を避け街に潜んでいる者や、袁紹軍を確認してからすぐ逃げ出した者も居るだろうと。
流石にそのまま七千とはいかず、多少減っているだろうが四桁と言う数には変わりない。
「腐り始める前に終わらせたいですね」
そうして街に入らなかった遺体の処理をする隊が、賊の遺体をいくつかに分けて集めていた。
その中で眼に入るのは黄色、頭が割られていたりする遺体もあるが黄色い頭巾を頭に巻いた者が多くある。
ここまで数が多いと何らかの象徴性を持っているものにしか見えない。
玄胞としては勿論気になるが、今気にすべき事はそんなものではなく、この賊の一団がどこから現れたのかと言う事。
他所から入り込んできたならその抗議も考えなければならないし、嫌がらせと言う名の計略だったりすれば報復もしなければいけないと。
何人かには遺体を探らせ、どこに居た者か判別する持ち物を持っていないか調べるが早々見つからない。
結局十尺()穴が完成するまで探らせたが、どうにも判別出来る物が無い。
これは街に居るかもしれない賊に期待するしかないか、と玄胞は遺体から情報を得ることを諦める。
そうして穴の中に油や薪を投げ込んで火を付け、燃え盛る火炎となった所で遺体を投げ込み始める。
今日中には終わらないだろうと昼夜を交代で燃やすよう命じて馬に跨り、遺体の処理をした兵への報奨金を考えつつ街へと戻ろうとした矢先。
「玄胞様!」
馬に乗った兵が慌てて声を掛けてくる。
「どうかしましたか?」
「街を警邏していた部隊が賊を発見いたしまして、捉えようとしましたが逃げられ、家屋に逃げ込んで家主を人質に……」
「案内を」
すぐに馬を回頭させ、街へと駆け出す。
五分ほど掛かって街に戻り、音がごった返す大通りを避けて路地裏を進む。
そこからさらに数分、護衛の兵と共に賊が立て篭もっている家屋へ到着する。
「安景殿」
袁紹軍の兵と共に居たのは趙雲だった、右手には槍を持ち、焦れているように声を上げる。
「中に?」
「ええ、さっさと街の外に逃げれば良いものを」
「なるほど、数は?」
「三、一人であったなら代わりを申し出て打ち倒すのですが……」
趙雲の槍捌きでも一瞬で三人を討つにはかなり厳しい、そもそも槍を持ったまま近づくのも賊を刺激しかしないだろうが。
「私が説得しましょう。 子龍殿、詰める距離が無ければ三人を即座に打ち倒せますか?」
「三人どころか五人でもやって見せましょう、問題は詰める距離なのですから」
「分かりました、私が説得して賊を家屋から出させます」
「その出てくる隙に、と言うわけですかな?」
その問いに玄胞は頷く。
「承りましょう」
「感謝いたします、決して逃がさぬよう周囲を包囲してください」
「はっ!」
数十人の兵が散らばり、賊が逃げられないように配置する玄胞。
趙雲も動き出し、槍を片手に軽やかに賊が立て篭もる家屋の上へと上って行く。
視界に入りにくい上からの奇襲を行うのだろ、見上げる玄胞に少しだけ微笑んで一言。
「無理はなされるな」
「ええ」
そう言った趙雲に玄胞は頷き、家屋へと足を踏み入れる。
その途端大声が玄胞の耳に入る。
「なんだてめぇは!?」
それに対して冷静に返す玄胞。
「責任者ですよ」
一度室内を一遍して、夫婦らしい二人の若い男女を壁にするように居る賊を見る。
「それで、これからどうするので? その方々を使って馬でも用意させますか?」
「そうだ! 馬を用意させろ、てめぇは偉い奴なんだろ!?」
「ふむ、偉いと言えば偉いのですがね。 一つ、お聞きしたい事がありまして」
「うるせぇ! さっさと用意しろ!」
玄胞の声に聞く耳を持たない三人の賊、頭には街の外で見た痛いと同じように黄色い頭巾が巻かれていた。
「少し落ち着きましょう」
「ふざけるんじゃねぇぞてめぇ!」
「……はぁ、今貴方方の状況に気が付いているのですか?」
首筋に剣の刀身を当てられ、恐怖に震える男女。
それを見ながら玄胞は話を続ける。
「もしその二人に危害を加えれば、貴方方は間違いなく死ぬのが分かりますか?」
「うるせぇって言ってんだろうが!!」
癇癪を起こしながらさらに強く首筋に押し付ける男。
「分かりました、用意させますので絶対に殺さないでください」
勿論人質の二人を殺したとすれば、容赦無く三人の賊を血塗れにする用意が出来ている。
「ではこちらへ、馬ならもう用意してありますので」
玄胞は乗ってきた馬で代用し、一歩一歩後ろに下がって外に出る。
「立て! ほら歩け! 逃げようとするんじゃねぇぞ!! おい、馬が居るか見て来い!」
三人の中で命令を飛ばす男、後ろ手で掴んでいる女を無理やり立たせてゆっくりと進み出す。
下っ端と思われる、人質を持たなかった男が入り口から外を見て、馬が居る事を確認する。
「馬が居ますぜ」
「よぉし! そっちのてめぇ! ヘンな真似すんじゃねぇぞ!」
そう言われた玄胞は既に両手を挙げ、何も持っていないことを示している。
「ひひ、やべぇかと思ったが何とかなるもんだな!」
逃げれると確信したのか、嬉しそうに声を上げる賊。
下っ端の賊が左右を見て近くに誰も居ない事を確認してから外に出て、馬へと走り寄る。
それに続き、一人ずつ人質を取る二人の賊が家屋から姿を現したその時、『神槍』が襲い掛かった。
ふわりと趙雲が家屋の屋根から飛び降り、空中で槍の一突きを二度。
人質に押し当てる剣を持つ腕に、穂先が一瞬で突き刺さって引き抜かれる。
「っぎ!?」
痛みで反射的に剣を離し、それと同時に趙雲が着地。
取り回しが悪いはずの槍が、まるで小枝を振るうように翻って二人の賊の右太股に突き刺さる。
「捕らえろ!」
その光景に慌てて馬に跨る無傷の賊は、物陰から飛び出した複数の袁紹軍兵士に引き摺り下ろされ取り押さえられる。
趙雲は槍の穂先を倒れた賊に突き付け、動くなと睨みを利かせる。
「動くとその首が体から離れる事になるが、それでも良いのなら逃げてみせい」
通告する趙雲に、痛みと恐怖で動けなくなる賊の男たち。
「さて」
その様子に悠々と、先ほどまで賊が人質を取って立て篭もっていた家屋から出てくるのは玄胞。
「誰かある、彼らに何か暖かい物でも飲ませてやってください」
「はっ! 大丈夫ですか? こちらへ」
一人の兵士が賊から離れ寄り添っていた二人の男女に声を掛け、安全な場所へと移動させる。
「そちらの男をここへ」
兵士は馬から引き摺り下ろされ引っ立てられる賊の男を、趙雲の槍で突き刺された二人の賊の元へと移動させ無理やり座らせる。
「一つ聞きたい事が、答えてくれるなら命の保証はしましょう」
「しゃ、喋る事なんてなにもねぇぞ!」
残りの二人も口を噤み、何かを隠していると宣言しているかのような表情。
「貴方方はどこから来たんです? この袁家の領地に来た道筋を教えて欲しいのですが」
「………」
ぐぐっと万力で締め付けるように口を噤み続ける男たち。
「例えば他の者らと合流した場所とか、恐らく西か南かと思うのですがどちらから? 具体的な地名があると助かるのですが」
「………」
「安景殿、この者らはどうやら喋りたくないようだ。 喋りたくなるようにするべきでは?」
「だそうですよ? 別に貴方方が何か重要な事を知っているとか、私としてはどうでも良いんです。 知りたいのは貴方方が賊になる前に住んでいた場所です、それ以外は喋らなくていいですよ」
「……ほ、本当か?」
「ええ、約束しましょう。 そろそろ怪我の治療をしないと死んでしまいますが、良いのですか?」
怪我もそれなり、出血もある。
賊の三人は顔を見合わせて口を開いた。
「俺たちが住んでた所は……」
「住んでた所は?」
もったいぶる男に、玄胞は言葉をなぞり。
「……河南だ」
大きな溜息を吐いた。