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返してくる人


 南皮への帰還はこれまでにない規模での凱旋となった。

 先触れによって袁紹軍が大勝して帰還することを知り、大陸の平和を守った勇士たちを一目見ようと南皮の住民が押しかけていた。

 南皮の守りを任されていた兵士たちがなんとか押し留めて整列させ、入城出来るように整えた。

 大通りに兵士たちが並び道を作り、大通りの端には住民が足の踏み場もないほどひしめき合っていた。

 数が数だけにざわめきもかなりのもの、人で賑わう市場よりも大きいだろう。


 その中で今か今かと待ち侘びて、城門の方角から声が上がってきた。


「来た!」


 誰かが言ったそれが呼び声となり、ざわめきが歓声へと変わり始める。

 あっという間だった、水面に出来た波紋のように城門から歓声が広がっていく。

 まず最初に城門を潜り、南皮へと入ってきたのは文醜隊である。

 その気性からか先鋒を務める命知らず共、それを纏める袁家の双璧の一人。

 文醜が馬上で歓声を受けながら一番に南皮へと帰還する。


 文醜の姿を認めた民衆は大声を上げて歓迎して、文醜は堂々として様になっている。

 なにせ袁家の二枚看板、万の軍勢を治める袁家の将軍職に付く武官の最高位。

 冀州内で袁家の双璧と言えば知らぬ者は居ないほどの知名度を誇り、見目が麗しい少女であればなおさらだった。

 並ぶ民衆は次々と文醜の名を呼び、勇将と褒め称える。

 それに応じてか、文醜は背中の斬山刀を抜いて天へと掲げ。


「帰って来たぜー!」


 大声で文醜は宣言する、その姿を目にする観衆は更なる歓声を上げた。

 自身の背の丈とほぼ同じ長さの大刀を軽々と掲げた、その自信満々の力強い姿に民衆は安堵を抱いたのだ。

 実情はどうあれ頼れる袁家の将帥、それが袁家の双璧の片割れ。

 熱狂冷めやまぬ間に文醜隊が通り抜けて次なる部隊、顔良隊が城門を潜って現れた。

 先頭は当然隊長を務める顔良、恥ずかしいのか馬上で顔を赤らめて控えめに手を振っている。


「アハ、アハハハ……」


 軽く手を振るたびに向いている方向から歓声が沸き上がり、視線を逸らすように反対の方向を見れば同じように歓声が上がる。


「うっ、ぅぅぅ……。 恥ずかしいよぉ……」


 大歓声の中で呟かれる言葉、現状のような極端に目立つ事を顔良は良しとしない。

 理由は簡単で恥ずかしいから、逃げ出せるなら逃げ出したくなるほどの状況。

 しかしそれを出来ないのは顔良の生真面目さがあり、この程度で逃げ出すのなら戦場には立てない。

 同時に『これはやるべき仕事』と玄胞に言い含められていたこと、戦争に恐れる民への鼓舞でもある。

 こうやって手を振っていれば皆の不安が薄れる、武器ではなく手を振るだけで良いならと考えた結果がこれであった。


 そんな顔良の内心など知らずに声援を浴びせかけられて顔良隊が通り抜けた後、次々と袁家の将兵が門をくぐり抜けて現れる。

 その度に歓声が送られ、平和を守る袁家に信頼が向けられる。

 金色の波が流れに流れて大取、大陸の平和を守る袁家の頭領が現れた。

 起こったのは大通りを通り過ぎていったどの将兵よりも割れんばかりの大きな歓声……ではなく、ちょっとした困惑を含んで控えめとなった声援が送られていた。

 何故ならば門をくぐって現れたのは大きな神輿だったから、それも豪華な彩りに飾られた、曹操辺りが見れば『馬鹿じゃないの?』と呆れるほど綺羅を磨いた物。


 南皮に入る前にわざわざ南皮から持ち出してきた神輿、目立ちたがりやの袁紹を乗せるためだけの代物。

 その豪華過ぎる神輿の中の、これまた豪華な椅子に袁紹が笑みを浮かべて座り、それを支えるのは親衛隊の猛者たち。

 金の無駄遣いに精兵の無駄遣い、唖然とする者も居る中で幾人かが大きな声援を送った。


「袁紹様ー!」

「きゃー! 素敵ー!」


 とある誰かの仕込みで用意されたおとりで若干棒読みな感じが否めないが、とりあえず褒めておこうと言った空気が生まれて袁紹を称える歓声が大きく広まる。

 それに気を良くした袁紹はいつも通りの高笑い、機嫌を表しているのか普段よりも背を反らしての大高笑い。


「皆さん! この冀州の支配者であり、袁家の頭領たる袁 本初が帰ってまいりましたわ!」


 返事は大歓声で、さらに気を良くする袁紹。


「おーっほっほっほ! 大陸の平和を乱す悪しき輩は、この袁 本初が叩きのめしてさしあげましたわ!」


 皇帝と大陸の平和は袁家が守ると声高々に宣言し、声を声援で掻き消されながらも続ける。


「これが高貴なる者の果たすべき使命! このわたくしが、わ・た・く・しが! 尽力して得た平和! 存分に堪能しなければ許しませんわよ!」


 歓声が大きくなりすぎてただの一人も、それこそ足元の親衛隊の耳にすら届かない言葉もそこそこに。

 とりあえずは大歓声の内に凱旋式が進んでいった。






 凱旋式が行われているその頃、南皮の内城に玄胞の姿があった。

 参加せずに先んじて城に戻り、仕事を始める準備に取り掛かる。


「出兵の間に特に問題は、平時と変わりはありません」


 留守を任せた文官の報告を聞きながら、玄胞は次なる命令を飛ばす。


「では規定の戦後処理に移りましょう」


 実際の戦場で武器を振るうのが武官の仕事なら、そこで発生したあらゆるものを計上するのが文官の仕事。

 事実上最上位の玄胞は軍を指揮する軍師であり文官も兼ねるので、帰陣した所で休みなど無い。


「全文官に通達、担当武官と共に慰問へ。 対応は規定通りで構いません」

「はっ」

「それと事前の通達通り今回参戦した全将兵に報償と休息を、同時に并州平定の出兵準備を。 数は三万、攻城戦用の編成で進めて下さい」


 ぞろぞろと付いてきていた幾人の文官たちが足を止め、頭を下げた後に各々がやるべき仕事へと散っていく。

 玄胞は振り向きもせずに、頭の中で数字を弾きながら自室へと向かう。

 まず手始めに行う戦後処理は『慰問』、戦争において戦死した兵士の家族に対する説明である。

 今回の戦いのような大勝であっても、実際に向き合って得物を振るい合えば無傷で居られるはずもない。

 事実連合軍へと切り込んだ際に、必死の抵抗に遭い命を落とした兵が居る。


 降伏勧告を聞かず捕まれば殺されると思い込み、文字通りの死に物狂いで武器を振り回した者も少なからず居た。

 それらと斬り合い、形振り構わない一撃を受けて命を落としたと言った具合だった。

 斬り合った者が一軍を預かる武将であれば、簡単にいなしてみせただろうが生憎一兵卒が受けてしまったのだ。

 結局言葉では止められないと、突き殺すしか手はなく、攻撃した者もされた者も両方命を落とす結末となった。

 そう言った光景がいくつか繰り広げられ、その数だけ死傷者が出た。


 慰問はその戦死者の家族へ、逝去されたと伝え遺品を渡し今後の待遇を説明する事。

 それに文官たちを駆り出すのは戦争を理解させるためだ、大凡戦争において無血で終わることは極めて少ない。

 矛を交えることが当然であり、実際に武器を手に取って戦うのは戦場に立つ兵士たち。

 遥か後方の安全な場所で書類を書いていればいいと考える文官は不要であるし、血気盛んに戦いを主張する武官も不要。

 戦いが終わった後に有ることを文武官共に理解して行動してもらわなければならない、それが玄胞が求める袁家の臣下だ。


 恐らく今回採用した文官たちの中で、なぜこんな事をさせるのだろうかと疑問がる者たちも居るだろう。

 そうして出向いた先で『生の感情』を目にすることになる、どの感情を目にするかわからないが心のどこかしらに思うことが生まれるだろう。

 よもやなんとも思わないようであったなら、今の袁家に必要はない。


「凱旋式が終わり次第、文醜と顔良を武装した状態で私の部屋に来るよう伝えて下さい。 その後に公孫賛を丁重に私の部屋まで連れて来るように」


 また何人かの文官が足を止めて頭を下げた後、この場から去っていく。

 その後も指示を出し続け、終わる頃には護衛の親衛隊だけになり玄胞の自室へと着いていた。


「二人が来たら知らせて下さい」


 部屋の周囲を守る親衛隊に告げ、自室に篭もって書類仕事に精を出し始めた。

 それから半刻も経たない内に外から声が掛かる。


「アニキー、来たぞー」

「……もう、ちゃんと挨拶しなきゃ怒られちゃうよ」


 何時もと変わらずの声の二人、それに声を返す。


「開いてますから入ってきて下さい」


 そう入室の許可を出せば、扉を開けて姿を見せるのは文醜と顔良。

 文醜は背中に斬山刀を背負い、顔良は腰に鞘に収められた斬山小刀を下げていた。


「武装してこいと知らされたんですけど」


 おずおずと顔良が問う、内城で武装することなどあまり無い故の質問。


「ええ、これから捕らえた諸侯の尋問を行うのでその護衛ですね」


 二人に視線を向けず、机の上の書簡に筆を動かし続ける玄胞。


「と言うと、襲ってきたら……」

「殺しても構いません」


 冷めた口調で許可する玄胞。


「りょーかーい」

「……そうですよね、わかりました」


 二人は当然と頷く、暴れるなら叛意有りと斬り殺されても何らおかしくはないのだから。

 そうして二人は、とくに文醜は玄胞の机に腰掛けるように体重を預けた。。


「なあアニキ、尋問ってすぐ終わる?」

「ええ、少し聞きたいことがあるだけなのでそう時間はかかりませんよ」

「よっしゃ、終わったら飯食いに行こうぜ斗詩!」


 笑顔で文醜が言う、今回出撃した袁紹軍将兵には与えられた休息中の、食事処での飲食は全て袁紹が肩代わりすることになっている。

 大通りに構える高級飯店だろうが寂れた路地裏の露天だろうが、いくら食べようと自分は一切支払わなくて良い。

 料金を気にせず良いためか、やけに嬉しそうな文醜だった。


「おかしいですね、将軍職に相応しい賃金を支払っていると思っていたのですが」


 曲がりなりにも袁家武官の最高位、一般庶民では一生掛かっても手にすることが出来ない金額を文醜に支払っている。

 巨大な邸宅を複数戸建てても余裕がある、その位の収入を玄胞は約束して履行している。


「わかってないなー、アニキは。 確かに使い切れないぐらいに貰ってるけど、それだけじゃあ美味い飯は食べれないだろ?」


 そう言って文醜は顔良に近づいて、勢い良く顔良に抱きついた。


「斗詩と一緒に食うから美味いんだって! 斗詩だってそう思うだろ?」

「……も、もう、文ちゃんったら!」

「そうですか」


 笑顔で言う文醜に頬を染めながら返す顔良、そして興味無さげに真顔で言う玄胞。

 いくら金遣いが荒い文醜とは言え、あの額を使い切っているのはおかしいと聞いてみれば惚気が返ってきた。


「それ以上は閨でやって下さい、今は護衛の方をしっかりとお願いしますよ」


 はーい、と返事をして離れた二人。

 それからしばらくして、部屋の外から声が掛かった。


『玄胞様、公孫賛様をお連れしました』

「部屋の中に入れてください」


 そう返せば扉が開かれ、姿を見せたのは数名の親衛隊と手枷と足枷をつけた公孫賛。


「そちらの椅子に」

「……わかった」


 手で指し示せば、公孫賛は頷いて椅子に座る。


「あなた達は扉の前で待機していて下さい、外ではなくそこですよ」

「はっ」


 親衛隊は扉の隣で背筋を伸ばして待機し、その間に文醜が動いて公孫賛の背後に回る。

 そして文醜はぽんっと両手を公孫賛の両肩に乗せ、少しだけ押さえつけるように力を込めた。


「それでは尋問をはじめましょうか、公孫賛殿」


 机に肘をつき指を組んで口元を隠しながら言う玄胞に、公孫賛は言い知れぬ雰囲気に息を呑んだ。

文醜は見目麗しい美少女、イイネ?

それと玄胞、渾身のゲンドウスタイル

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