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見えなかった人

久しぶりに


 ただ去来したのは『希望』と『失望』。

 それを代償に得たのは『己の無能さ』の認識であろう。

 言い換えれば『驕り』でもある、観たものが絶対であるとどこかで思っていたのだろう。

 いや、推測自体は正しいかもしれない、ただそれを当てはめるにはまだ早すぎた。

 そう考えて理解して納得した、『間違っていたのは自分』であったと。








 洛陽への帰還、それは盛大な凱旋となった。

 刃を向けて迫って来た反董卓連合軍の実数は十万もの大軍、それを迎撃して撃退せしめたのは救援に来た袁紹軍を傘下に収めた董卓軍。

 威風堂々、民を、都を、帝を守るに足る姿に歓声が沸き起こる。

 大通りを進む兵と馬上に跨る将の姿に喜んでいた、何せ董卓軍が負けていたら自分たちが住むこの街を荒らされたかもしれなかったから。

 有りもしない偽りの理由で攻めてくる、長年住んでいる街を、家を荒らされるのは憤慨するの十分な理由。


 更に都に入り込んできた兵が略奪などを行うかもしれない、酷くなれば武器を振るわれるかもしれない。

 そう言った『負けた側』の存在が奪われるのは常であり、軍勢を統べる者が厳命しなければ兵が好き勝手に行うのも珍しくない。

 そんな不安が董卓軍と助成した袁紹軍の大勝利によって無くなった、故に諸手を上げて喜んだ。

 今後の不安もあるがそこまで悲観する者は極少数であり、その小さな声は大多数の歓声で掻き消えた。


 そんな洛陽の民から受ける莫大な賞賛に上機嫌の袁紹、さらには皇帝から簡単に褒められたので舞い上がっていた。

 それこそ一言二言の極々短い言葉であっても袁紹にとっては大層喜べるものだったが、その皇帝の対応に表情を強張らせるのは賈駆。

 如何に董卓軍を使われたとはいえ、反董卓連合軍を蹴散らせたのは助成した袁紹軍の力。

 特に最後の連合軍が金色の波に飲まれて消えていく様に、虎牢関の上から見ていた賈駆は言葉が出なかった。

 果たして袁紹軍の助成を無くして連合軍に太刀打ち出来たか、賈駆とて負ける気はないが気持ちと結果は同じにはならないことなど当たり前にある。


 例えば汜水関で見せられたあの投石機、あれは絶対に壊さなければならないと無理やりにでも出撃させていたらどうなっていたか。

 玄胞の言う通り出撃させた将は戻ってくることはなかっただろう、そして起こるのは破城の攻撃。

 それにより壊された狭き門を潜り抜けてくるのは暴虐的な質の武人たち、対抗できるであろう者は居らず、忽ち汜水関が連合軍に制圧されただろう。

 当然その戦闘による兵への被害も笑えない規模になったはず、次の戦いとなる虎牢関も汜水関の二の舞いになるであろうことは簡単に予測できた。

 それをさせなかった玄胞に戦功がある、そしてその玄胞を擁する袁紹の功績と成る。


 言わば今回の戦いにおける最大の戦功は袁紹と成り、それに対する皇帝の反応は非常に不味いもの。

 絶大な勝利を手に入れさせた存在を、手厚く報いるべき臣下に一言二言で終わらせた状況は全ての面を持って不和を引き起こしかねない。

 今後間違いなく他の朝臣はこう思うだろう、『いくら陛下のために功績を挙げても、陛下は報いてくれないだろう』と。

 その考えに至った賈駆は身振り手振りの全力で劉協へと伝えようとするが、劉協は疲れを理由に話を聞くどころか会うことすら拒否した。

 勿論そんなことを許さないのは賈駆、親友である董卓を使ってまで危険性を説いた。


 『信賞必罰』は絶対であり、軽んじれば陛下自身に返ってくると、もう必死としか言えない賈駆の姿に気圧されて色々と頷いた。

 王にとって『徳』は絶対に必要とするもの、今回の対応はその徳を欠く行為であり、『易姓革命』が起きかねないことであると手に汗握って説明した。

 今回の戦いも易姓革命の前段階だったと言ってもいい、もし負けて誰かに捕らわれて庇護と言う名の監禁を受けた後、何れ禅譲を迫られていたはずだ。

 そうなればいかに漢王朝の皇帝足らんとしても傀儡の人形にしか成らないだろう、時が過ぎれば皇帝ですらなくなる。

 つまり『宦官が居た時の生活に戻りたいのか』、『皇帝でなくなってもいいのか』と賈駆。


 皇帝であろうとする劉協にとって、皇帝でなくなると言うことが想像できなかった。

 劉協は皇帝であり、皇帝は劉協である、逆に言えばそれだけしか無かった。

 今よりも更に幼い頃から物事を教わらずに育ってきた、余計な知恵を持つのは宦官たちにとって不都合であったからだ。

 住まう御殿より外に出ることは叶わず、知識を学ぶ書物もまともに与えられなかった。

 周りは十常侍の息のかかった者たちで囲まれ、身も心も自由であったことは一度足りともなかった。


 それを壊し、本当の皇帝として自由としたのは董卓。

 もっと深くの原因が宦官の専横だったり、袁紹の挙兵であったりするが、当の劉協からすれば宦官に連れ去られたあの時助けてくれた董卓のお陰。

 限りなく小さく狭かった世界が際限なく広がり、本当の意味で大陸を治める漢王朝の頂点たる皇帝となったのはその時だ。

 不自由がない『今』を齎したのは董卓だ、その『今』がなくなるのは一体どういうことか?


「……いやだもん」


 鬼の形相とも言える賈駆から視線を落として、劉協は呟く。


「い、いやだもん……、朕は皇帝なんだもん……」


 床に敷かれた赤絨毯にぽたぽたと丸い染みが出来る。


「月が居なくなるのはいやだもん!」


 知ってしまったが故の拒否、嘗て耐えれた生活は今となっては無理。

 無知であったがための自由を引き換えに、知恵を持ったがための束縛を劉協は手に入れた。

 だからこそもう以前の状況は選べない、子供であっても好きな方を、良い方を選ぶのは人としての性。

 理性的な大人であっても時には激情に飲まれることもある、より感情的な子供であれば自制するのは困難。

 劉協が被っていた皇帝と言う仮面があっと言う間に外れ、泣きじゃくりながら嫌だと呟く。


 その姿に董卓は優しく抱きしめながら、『大丈夫ですから』と宥める。

 賈駆は賈駆で突然現れた劉協と言う子供に困惑を隠せなかった、董卓ほど多く接していないが故の未知。

 皇帝として振る舞う姿しか見えなかった、だからこその混乱とも言えた。

 二の句を継げなくなった賈駆は結局その後の処遇を条件付きで認められた、それが尤もやってはならない事であったのが余計に賈駆を困らせた。

 これを玄胞に報告しなければいけないことが心労の原因、下手をしなくても叛心を持たせるには十分な内容だったから。


「……はぁ」


 そうして護衛とともに洛陽の街のとある場所に出向く賈駆。

 本来なら呼びつける立場ではあるが、実際の力関係は同等か上と言うふざけたものであるがためにより難しくしている。

 重い足取りでようやく着いたのは、金色の鎧を纏った兵に囲まれた宿。

 外どころか中も兵で守られているだろう宿の前に進み出ると、一人の兵が声をかけてくる。


「賈駆様ですね? 玄胞様が中でお待ちです」


 頷いた賈駆は護衛の兵に待つように命じ、先導するために歩き出した兵の後を追う。

 宿の入口、階段、廊下、玄胞が待つであろう部屋に至るまで金色が視界からなくなることはなかった。


(……警戒してるわね)


 物々しい警備だった、袁紹軍兵の顔も決して緩んではいない厳しいと言って良い表情。

 連合軍を蹴散らして敵の居ない洛陽で、未だ警戒を解かずにいる理由を賈駆は察してしまった。


(警戒対象は……、私達ってこと……)


 董卓・袁紹軍は連合軍と言う敵を打ち払った、董卓軍だけで倒せない敵はもう居ない。

 見るべき敵が居なくなった後に目に入るのは、敵を打ち払った強大な味方。

 その力を恐れて排除しようとするのでは? そう考えられていると確信する。

 同時に仕方がないかとも納得する、罪を押し付けようとした相手をどうやって信じればいいのか。

 自分なら信じない、せいぜい利用する程度でそれ以上はあり得ない。


(……仕方ないじゃない)


 終わった後の今なら袁紹を引き入れたのは間違っていなかったと言える、そうしていなければ確実に負けていた。

 袁紹の力は天秤を傾ける、それももうひっくり返せないほどの力。

 今後もそれは変わらず、大陸全土にその強大な力が知れ渡るだろう。

 警戒しないほうがおかしい、簒奪を狙ってくるのではと考えてもおかしくはない。


(……どうすれば良かったのよ)


 今となっては誠心誠意頭を下げて頼み込めば良かったかもしれない、皇帝の名を使って召集するのも良かったかもしれない。

 しかしそれは袁紹の人柄をある程度把握出来た今で思えることで、過ぎ去り過去になったあの時は知らなかったし舌先で何とかするしか無かった。

 外から見れば袁紹は王朝の崩壊を見越して力を蓄え、簒奪でも狙っているのではないかと思えたほどの異様さ。

 その強大さから危険視されて罷免されてもおかしくはなかったはずなのに、宦官が健在だった頃から変わらないその力に相当上手く立ち回っていたのは想像に難しくない。

 内も外も異常であり、騒がれている天の御遣いなんてものよりもよっぽど危険。


 だからこそ無理してでも引き入れる価値がある、悪逆等と言われる親友よりもよっぽど目を惹くからだ。

 頭の回る者なら誰だって袁紹を、その背後に居る玄胞を見る。

 今回の戦いで完全に目は移ったはず、その手腕が脅威に値すると確実に警戒する。

 故に賈駆の目的は達せられた、味方に付けた時点で成功とも言えた。

 尤も玄胞は見抜いていたからあれだけのことをやった、目を向けられるから野心を持った諸侯の大部分を刈り取った。


 賈駆とてこの戦いで碌でもない諸侯の力を削げればいいと考えていたが、玄胞は削ぐ所か思いっきり始末しに掛かった。

 目を向けてくるなら目を向けられなくしてやろう、そう言わんばかりの行動。

 実際見たわけではないが間違いなく金色の波に飲み込まれ、命を落とした諸侯が存在する。

 報告では末端の兵が着られるわけもない華美な鎧を着けている、槍に貫かれていたり剣に切り裂かれていた遺体が見つかっている。

 縦しんば命からがら逃げ出せたとしても、戦力の再建は時間がかかるだろう。


 そしてその時間は与えない、主だった中立の諸侯には既に討伐の勅命を放っている。

 逃げ込んだとしても追い打ちの攻撃にさらされるだろう、またこの勅命に従わぬなら連合軍と同じ末路を味合わせると言う意志も見せた。

 結果的にどちらに転んでいようと想定の範囲内、全体から見れば賈駆の掌の上と言える。

 ……勿論今この時まで、ではあるが。


「玄胞様、お連れしました」


 案内の兵がとある部屋の前で、泊まっている部屋の主に声をかける。


『入ってもらってください』


 扉の向こう側から聞こえる入室を許す返事、それを聞いて賈駆は小さく深呼吸。

 全て掌の上で終わるかどうかはここで決まる、最後の最後で連合軍以上の敵を作りたくはない。

 案内の兵が横にずれて扉を開く、賈駆は意を決して入室。

 着席を促されて座る、対面にはいつもと変わらずの玄胞。

 そうして玄胞から求められたのは今回の結末、洛陽への帰途につく際に賈駆と話し合った処遇に就いてだ。


 袁紹への褒美よりも先に切り出す辺り、玄胞が間違いなく意識しているのを賈駆は感じ取った。

 だからこそ出そうになった溜息を抑え、隠すことなく事の顛末を一から十まで全部話し始めた。






 己は見識の視野が狭かった、考えが偏っていたのだ。

 この物事はこう見える、だからこれはこうなるはずだから、結果はこうでなければいけない。

 それは単純な決め付けでしか無い、自分的に見て、大衆的に見て、この結果になるのは当然と考えていた。


「……玄胞、あなたはどうしたいの?」


 話し終えた賈駆は、言葉を発しなかった玄胞に尋ねる。

 可能な限り敵対する意思、危険視せずに排除しない旨を玄胞に説いた。

 信用されないことは分かっていての発言、それでも示して置かなければならないため。


「……従わなければならないのですね?」

「……勅命よ」


 再度沈黙に包まれる、理を持って動くのであれば当然の成るはずの結末が訪れなかったため。

 共に今後の行動を頭の中で描く、そうするのは面倒な事になってしまったから。


「……こちらとしては、今後も陛下に忠を捧げる所存。 敵対することは無きものと考えてもらって構いません」


 それを聞いた賈駆は内心で大きな安堵を吐く、ここで董卓軍と袁紹軍が敵対すると今までの戦いがまるで意味のないものになってしまうから。

 互いにこれ以上の戦乱を望まないための判断。


「……助かるわ、敵対なんてしたくないもの」


 袁紹陣営としては董卓陣営と戦う気はなく、その逆も同じ。


「……まさかと言うよりも、よくよく考えればあり得たことよね」


 賈駆の吐露、それは皇帝に対しての物。

 これは予測なんだけど、と断って玄胞に話し始める。


「居なくなる事に対して物凄く怖がってたわ、多分周りの人が皆居なくなったことから来るものだと思うわ」


 結末の認識、劉協には負けた際の結果を理解していると賈駆は見た。

 父の、母の、兄の、祖母の死。

 それぞれの死に、それぞれの悲しみを持った劉協。

 董卓に寄りかかってしまったのもそこからくる寂しさ故のもの。

 『月が居なくなる』と言ったのも、居なくなる事は死ぬ事だと理解していたのだろう。


 死ぬ事で居なくなる悲しみ、それを劉協自身が認識しているかどうかはわからないけど、今回の処罰に対して反映されているのではないかと語る。


「その結果が誰も極刑に処さない、と言うことですか」


 処罰は与える、だが殺しはしない。

 皇帝の器量の大きさを示す事にはなるが、反逆ほどの大罪に対しては余りにも軽すぎる。

 受刑者たちからすれば喜ばしいことではあろうが、玄胞と賈駆からすれば余りな内容。

 こんな結果になるのであれば、無理を押してでも潰しておくべきだったと後悔する。


「……子供、だったわ」

「……そうでしょうね」


 でなければこんな結果になっていない、劉協を大人でも子供でもない、『皇帝』としか見ていなかったための結果。


「だとしても、押し付けられるのは困るのですがね」


 それを聞いた賈駆は体を縮こませる、厄介の塊を袁紹、と言うより玄胞に押し付けることになったからだ。

 今回の戦いで味方になったのは袁紹だけ、その上逆賊たちを殺さずに置くと決まってしまった。

 当然そんな奴らを洛陽に置いておくことなど出来ない、となれば消去法で頼れるのが袁紹だけに成る。

 危険視する玄胞であれば、決して油断せず常に監視するだろうと言う予想も賈駆にあったがための判断。


「はぁ……、仕方ありません、勅命とあらば従わなければなりませんから」


 不審な動きをした、そう言った理由で天の御遣いを処断することは出来ない。

 だが他のやりようがない訳ではない、殺さず生かさずの手段などいくらでもある。


「……いいの?」

「良くはないでしょう、それでも平和を願うなら従うまでです」


 問題はこれを彼らに知られないこと、殺してはならぬことを盾に動かれかねない。

 無論そのような暴挙に出るようであれば、勅命に背いてでも全力で殺しにかかると玄胞は決めた。


「……それでは正式な辞令を主の前でお願い致します」

「わかったわ」


 大事な話が終わって二人して席を立ち、袁紹が待つ部屋へと向かう。

 今の賈駆は皇帝の使い、袁紹は最上級の礼を持って出迎える。

 部屋の中央で頭を垂れて膝をつき、書状を開いて皇帝からの勅命を読み上げる賈駆。


「──袁 本初に陛下より勅命を告げる、逆賊韓馥の討伐と并州、幽州、青州の平定を命ず。 また、逆賊本郷一党の厳重なる監視と抑止に努めよ」


 その他活躍に対する報酬等を述べ、賈駆より差し出された書状を恭しく受け取る袁紹。

 そうして古き時代の終焉と、新たなる時代の幕開けを迎えた。

皇帝こと劉協のイラストは恋姫英雄譚からご確認ください、皇帝を書き始めた当初は居なかったからショウガナイネ。

また紹介ページ見てからの推測で書いておりますので、原作の劉協とは間違いなく違うと思われますのでご了承の程宜しくおねげぇします。

と言うかなんで諡号で書かれてんだろう、普通に劉協じゃ為だったんだろうか……。


あと活動報告の方でアンケートやります、話の展開に対するものではないので答えてもいいと思われる方はどうぞ気軽にお書き込みください。

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