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先を見る人


「抜け目はないか」


 残念だと、声としてはそう感じられない物言いで木材と鉄の燃え滓となった投石機の前で言う玄胞。

 曹操が用いた投石機を鹵獲したいと思ってはいたが、そう簡単に渡してくれるとは思っていなかった。

 現に投石機は元の形がわからない状態になり、恐らくは解体してから油を撒いて火を掛けたのだろうと推測。

 その損壊具合は到底復元できる状態ではない、元がどういう形だったのか推測すら難しい。

 敵に渡したくはないから火に掛けるのは理解できる、だがそれだけに留まらず解体するほどに徹底するのは凄まじい有用性故。


 あれだけの距離の投石を可能とし、短い時間で解体してしまえるのは単純でありながら高度な技術で作られている事を示している。

 玄胞が運用するとしても間違いなく同じ処置をするだろう、それだけの性能をこの投石機だったものは持っていた。

 そしてそれを可能とする技師が曹操軍に居るということだ、今後曹操が再起してしまったらこれと同じ型の投石機が、もしかしたら更に優れた改良型が出てくるかもしれない。

 ますます持って曹操を逃したことは痛い、数千と言わず数万の兵よりも厄介だと言える。


「玄胞様、準備が整いましたのでご指示を」


 ごみとなった投石機の前で佇んでいたところに、背後から声が掛かる。


「わかりました」


 振り返って見上げる空には既に月が上がっている、薄暗くなっていた峡谷に月光が差し込んで僅かに明るさを取り戻す。

 連合軍敗残兵は大きく数を減らしながらも峡谷を離脱し、残るのは董卓軍と袁紹軍。

 その中で玄胞と賈駆の指揮のもと、両軍戦後処理に勤しんでいる。

 追撃を行わずその場に残った董卓軍は、袁紹軍による敗残兵蹂躙が終わり次第離反した軍勢の拘束を行った。

 全ての武装解除を勧告し、それに従って全ての将兵は武器を手放して、主要な将は全て手枷を嵌められた。


 拘束が終わり次第反董卓連合軍と董卓・袁紹軍の死者を峡谷から運び出し、汜水関を通って峡谷の外へと移動させて埋葬する。

 数万と言う遺体が峡谷のそこらかしこに転がっているのは見栄えも悪く、玄胞が伝染病の発生原因と成りうると話をして賈駆も承諾。

 主にその労働を反董卓連合軍を離反した劉備、孫策、馬超の三軍。

 この作業を行うのは当然の責任であり、これに反することは絶対に許されないと強制。

 それに反論すること無く三軍は作業に従事し、一睡もなく夜が明けるまで遺体を運び埋葬し続けた。


 そうしてまばゆい朝日を浴びながら、峡谷に存在する全ての将兵が洛陽を目指して移動し始めた。

 その中で金色の鎧の兵に守られて馬を駆け足で走らせる男が一人、玄胞がとある人物のもとへ向かう。

 同じく馬に乗り先導する袁紹軍親衛隊の後に付き、袁紹軍兵が道を開けて進む。


「あちらです」


 周囲の袁紹軍兵は全員武器を手に取っており、不意の事態が起こってもいいよう警戒を行っている。

 その理由は当然、半董卓連合軍を離反した軍の主要な将がおかしな動きをしないかの見張りである。

 この護送の一団に囲まれているのは劉備一行、全員姿を表した馬上の人物たちに視線を向けた。

 敢えて見えるように馬に乗せられているのは劉備、関羽、張飛、諸葛亮、鳳統、そして天の御遣いこと北郷 一刀。

 手枷を付けられた六人が揃って視線を向け、現れた人物が誰なのかと考える。


 見られる当の玄胞は耳打ちで誰が誰かを聞いて、馬を寄せてくる。


「貴方が天の御遣いですか?」


 一刀はそう聞かれて。


「……はい、そう呼ばれています。 貴方は?」


 玄胞に頷いて返す。


「ああ、私は玄胞 郷刷と申します」


 それを聞いて六人とも驚きの表情を浮かべる、袁紹を北の雄どころか一強の巨人にまで押し上げた噂の人物が直接尋ねてきたからだ。


「いくつか聞きたいことが有りまして参りました」

「あ、はい。 良いですよ」


 断る理由がない、一刀は頷いて耳を傾ける。


「貴方の出身は何処でしょうか?」

「……えーっと、日本の東京都台東区の浅草です」


 以前にも聞かれたこと、この大陸に多分落ちた後に目が覚めて劉備たちに会った時に聞かれたことを変わらずに答える。


「にほんのとうきょうと……ですか、それはどちらの方角に?」


 劉備たちに言った時も聞いたことがないと言われた、それは当然で一刀が生まれた時代よりもはるか昔の世界。

 だから正直に答える。


「今この世界には存在しないですね」


 日本の原型はこの大陸の東の海を超えたところにある島国だろうが、今は日本と言う国号ではないために厳密には存在しない。

 そもそも未来からタイムスリップとかタイムリープして来ました、なんて言ってもこの時代の人間からすれば意味不明な言葉にしかならない。

 つまり信じてもらえない可能性がかなり高いために一刀はこう答えた。


「なるほど……、少しその衣服を触らせてもらっても?」

「……どうぞ」


 玄胞は一刀を上から下まで一遍、腕を伸ばして袖口を人差し指と親指で摘んで軽くこする。


「……ふむ」


 それで満足したのか指を離す、そして離した指を眺めながら次の言葉。


「ところで流れている風評では流星に乗って現れ、この乱れた世を鎮静せし天の御遣いと聞きましたが実際の所はどうなのですか?」


 指から視線を外して一刀を見る、見られる一刀はこの大陸で初めて見た光景を思い出して語る。


「ここに来る前は学校に遅刻……、私塾かな、そこに遅刻しそうになったから全速力で走ってたら何かにぶつかった感じがして、気が付いたら幽州の啄郡に居ました。 桃香……劉備たちからは昼間に流星が落ちて、落ちたところに俺が居たそうで……」

「ほう、現れた所は風評と同じですか……」


 話を切って思案するように黙る玄胞、数秒の沈黙が流れ。


「……劉備殿はどなたですか?」

「あ、はい! 私です!」


 手枷の付いた手を上げる劉備、それを見て馬の足を緩めて劉備に近づいた。


「それで劉備殿は天の御遣いの風評を聞いたことは?」

「あります」


 うん、と深く頷く。


「それはどなたから? たまたま耳にしたのか、あるいは直接聞いたのか、どちらですか?」

「えっと、直接聞きました」

「管輅ですか?」

「はい!」

「そうですか、他の方も聞いたことは?」


 馬上で振り返って残りの四人を見る。


「ある」

「あるのだ」

「私もあります」

「あります……」


 関羽、張飛、諸葛亮、鳳統はそれぞれ聞いたことがあると答える。


「それも管輅からですか?」


 そう聞いて、全員がそうだと答えた。


「……わかりました」


 それを最後に興味をなくしたように手綱を引いて馬を操り、劉備一行から離れていく。


「あの! 俺も聞きたいことが!」

「時間がないので、もし次に会う事があれば聞かせてもらいます」


 にべもなく断り、親衛隊を引き連れて玄胞はその場を去った。

 ただ一言、聞こえぬように『惜しかった』と呟いて。






 そうして離れた玄胞が次に向かう場所は董卓軍、その一の軍勢である呂布隊。

 今回の戦において一番の問題……ではないが、問題視するには十分な問題。

 玄胞に取って裏切りと言うのは唾棄すべき最悪に近い事柄、戦術、戦略でなければ決して許すことは出来ない行動。

 そうさせる気はなかった、確実に叩き潰して居なくなってもらうつもりだった。

 それを崩したのは呂布、罪に問われるには十分な行い。


 なぜそうしたのか、それを問い質すために玄胞は呂布隊へと向かう。

 登る旗を目印に呂布の下へ向かい、時間も掛からずに面会した。


「お早うございます、呂布殿、陳宮殿」


 馬上の呂布とその前に座る陳宮、その二人に対して挨拶。


「おはようでございますですぞ!」

「……おはよう」


 結果から見れば大勝とも言える戦いの結果が嬉しいのか、両腕を上げての陳宮といつもどおりの寡黙さで返事をする呂布。


「少し話がありましてまいりました、宜しいですね?」


 呂布と陳宮の都合は無視しての言葉、怪我一つ負っていない二人に遠慮する理由がない。


「今回呂布殿に対しての処罰を検討する前に、話を伺いに参ったのです」


 唐突な罰則の宣言に対して、二人の視線が玄胞に向けられ。


「処罰ですと! 呂布殿は罰せられるようなことは……」


 陳宮が勢い良く言葉を放つも、尻窄みになって途切れる。


「陳宮殿は理解していましたか」

「………」


 じっと玄胞を見つめる呂布、ここでどうして? なぜ? と聞かれたのならば説明せずに戻るつもりであった玄胞。

 何が処罰の対象となったか理解していることに、多少なりとも残念がった。


「独断と命令違反、その行為が全体の危機を招きかねたことに対しての処罰です」


 そう、それは劉備たちに対する内応。

 それが如何に危険であったか、反董卓連合軍全体の策であったなら尋常ではない被害もあり得た事に対しての処罰。


「はっきりと言いまして呂布殿の行動はあり得ない、やってはいけないことです。 どうしてあり得ないかの説明は要りますか?」


 その問に頷き、順番に説明し始めた。


「まず呂布殿が説得したのが劉備ではなく他の諸侯で通常であれば問題としません、私とて褒章を与えることすれ処罰を考えることもなかったでしょう」


 言ってしまえば相手が拙かった、決して説得して内応させて良い相手ではない事が問題。


「呂布殿がどうして説得しようとしたのかは何となく推察できます、ですが説得するしない程度では済まない相手である事は事前に説明したはずです」

「……あの人は──」

「止めてください、それは全く意味が有りません」


 呂布が言おうとした言葉を遮る。


「彼がどういう人物であろうと、もう関係ない所まで来ていたんです。 彼が、天の御遣いが誰に対しても優しく、心を持って接する相手であったとしても、もう手遅れなんです」


 天の御遣いと詐称し、唯一無二で至尊なる天である皇帝に刃を向け、弓を引いた。

 どう足掻いてもそれは許されることではなく、統治者である皇帝が皇帝で在り続けるなら処断しなければいけない存在。


「分かっているのですか? 彼が天を名乗ったその時から、彼は死ななければいけない存在になった事を」

「………」


 天の御遣いを名乗る北郷 一刀がそのまま、天の御遣いのまま生き残るためにはこの戦いで勝つ必要があった。

 だがそれは大陸の乱れへと繋がり、大陸全土に広がる戦いになりえた。

 だからこそ全力で叩き潰した、潰すつもりで居た玄胞。


「もしかしたら風評通り乱れた世を鎮静させることが出来たかもしれません、ですが鎮静させるためには世が乱れてなくてはいけない。 その乱れを呼ぶ要因の一つが天の御遣いなのですよ」


 奸雄となった曹操を筆頭に、各々の諸侯が野心を燃やした時が今で、それを抑えられなかった皇室の不徳もある。

 この状況になった原因に天の御遣いは全く関係ない、罪が有るならばその時に生きていた、宦官などの野心を燃やした下種どもに他ならない。

 その状況を解決するために送り込まれたのが北郷 一刀であり、乱れた世を鎮静せし天の御遣いであったかもしれない。

 だが既に天の御遣いは意味が無いのだ、世を乱すのが今を生きる人ならば、世を鎮静させるのもまた今を生きる人。

 それが曹操であり玄胞、今になっては天の御遣いが天の御遣いで有り続けるならば世を乱す存在でしか無い。


「これは不幸でしょう、隠れて糸引く奴らに彼は利用されているのですから。 憐れむべき存在で有ることに違いは有りませんが、同情して彼を生かすことは多くの人を殺すことになります」


 天の御遣いを処断すれば大陸全土から皇室に対して非難が上がるのは目に見えている、それでもなお処断するのは今と後に生きる人のため。

 下らぬ戦乱を抑えるために、天の御遣いなど居らずとも治めていけると示すために。


「もう理解できているでしょう? 貴女がした事は多くの人を殺すことになり得るものなんです、ですから貴女には処罰を与えるのです」


 呂布はうつむき、陳宮は何と言えばいいのか呂布と玄胞へ視線を行ったり来たり。


「……陳宮殿」

「は、はい!?」

「呂布殿が彼らと話をした時、傍に居ませんでしたね?」


 そう聞かれて頷く陳宮、もし傍に居て呂布の独断を止めていなかったら陳宮にも処罰を与えなければならなかった。

 その処罰が必要ない事を確認して、もう一度呂布を見る玄胞。


「……性根が優しく、悪い子ではない。 ですが彼は間違えて悪いことをしてしまった、だから叱らなければならない。 そしてそれが悪いことだと周りの皆にも教えなかればならない、そうしなければ悪いことではないと考えてしまう者が居る。 それを理解してください」


 それを最後に馬の手綱を操る玄胞、親衛隊と共に呂布隊から離れていった。






「ふぅ……」


 溜息を一つ吐く玄胞、呂布は馬鹿ではないからあれで理解してくれるだろう。

 そう考えて今後の対策を練り始める。

 逃した諸侯はこれから始末すればいい、逃げ帰る場所は己が治めていた州であるのがほとんどだろう。

 此度の戦いに参加しなかった諸侯も、力を知って恭順を示すはず。

 従わなければ野蛮ではあるが力をちらつかせればいい、そうしなければ恭順しない者など早々に切ってしまったほうが後のため。


 これから少しは楽になるかと、肩の力を抜いた所に袁紹軍の兵が一人、馬に乗って追いかけてきた。


「玄胞様、どうしてもお会いしたいと公孫賛様が……」

「………」


 絶句では無いが、何故公孫賛が反董卓連合に参加しているのか理解しかねて言葉が出なかった。


「……公孫賛? 幽州の公孫賛?」


 それを聞いた兵が深く頷く。


「……一体何をやっているのか」


 言ってしまえば呆れた、本来はこんなことに参加している人物ではない。


「会いましょう、一応聞いておかなければ」


 そうして会うことを決め、出向いての一言目が。


「貴女は一体何をしているのです?」

「うっ……」

「こんなくだらないことに参加して、幽州は一体どうしたのです? 放って置けるほど安定しては居ないのでしょう?」


 会うなり攻められて言葉に詰まる公孫賛。


「た、確かにそうだけど、学友を見捨てるのは……」

「学友? それは誰です?」

「劉 玄徳、風鈴さんの寺子屋で一緒に学んだ仲で……」


 それを聞いて。


「……余計なことを」


 小さく呟き、公孫賛の話を切って問い質す。


「そんな事はどうでもいいのです、貴女はどれだけ重要な存在か分かっているのですか?」

「え? 私が重要って……」

「誰が匈奴や鮮卑を押さえているんですか、貴女は自分が思うほど軽くはないのですよ」


 北の幽州に居を構える公孫賛、白馬を駆り異民族相手に戦い『白馬長史』と恐れられている。

 言えば北の匈奴や鮮卑が漢に入り込むのを抑える抑止力、その巧みな馬術と騎兵戦術から侵入を躊躇うほど。

 公孫賛を軽い存在だと思う者は何も知らない無知、そう断言するほど公孫賛の存在は重い。

 もし公孫賛が居なければ冀州はともかく、その他河北三つの州は異民族に荒らされているだろう。


「……それで、話したいこととは?」


 一通り公孫賛の重要性を説いた所で本題を切り出す。


「いやな、劉備たちのことなんだけど……」

「無理です」


 聞くなり即断言、首も横に振ってできないと示す。


「どうしてと聞くのは駄目ですよ」

「……そこをどうにかならないか?」

「なりませんし出来ません、一時の感情で罪のない多くの庶人を殺すことなど私には出来ません」


 話はそれだけですか? と聞いて返事が無いことで終わりと判断した。


「……貴女を擁護する苦労の事も考えてほしいものです」


 馬を操って公孫賛と別れる、誰も彼も天の御遣いの助命を願う。

 どうしてもっと全体を見てくれないのか、理解に苦しんだがそれももう終わり。

 そうして新たな時代の到来に期待を寄せる玄胞であった。

風鈴さんは恋姫英雄譚における盧植先生の真名です、本人は出ません!

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