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進んでいく人たち

 夜戦が始まり、練度で測れば一目瞭然の結果が連合軍に現れていた。

 突っ込んでくる金色の波を前に浮足立たずに迎え撃とうとする曹操軍に、既に統率が出来るのか疑わしく乱れている袁術軍。

 その他前曲の孫策軍も状況を理解しているために慌てずに佇み、劉備軍も多少の乱れを見せているがまだ戦える統率具合。

 確認できる範囲の状況から推察すれば、戦闘は十分に行えると荀イクは判断する。

 程昱と郭嘉も同意し、連合軍はまだ戦えると進言。


 それを受け取る曹操も戦うだけなら可能と見て頷く。

 事実曹操と三軍師の推測は正しく、戦力だけで見れば間違いなく戦闘になるだけの状態。

 だが今正しくても、数瞬後には正しくなくなることもままある。

 勢いを落とすこと無く迫ってくる袁紹軍、まるで後が無いような鬼気迫る前進。

 それを前に準備を整えた曹操軍、隣の中央、劉備軍も態勢を整えて、右翼の孫策軍も準備は整っているようだ。


 しかし前曲が準備万端であっても、それより後ろは進んでいなかった。

 特に袁術軍、もうすぐそこまで袁紹軍が迫っているというのに未だ纏まりを見せない。

 数しか取り柄のないのに、纏まることが出来なければ連合軍を押し潰す巨大な足手まといにしかならない。


「本当にこれだから!」


 地団駄を踏みかねないほど荀イクが怒りを露わにする、そう怒っても当然なくらいに袁術軍の状態は酷かった。

 隊列すらまともに組めずに右往左往、一応正規の袁術軍兵が統率を取ろうとしているも上手く行っていない。

 それどころか武器を捨てて逃げ出し始める者すら居る始末。


「伝令! 伝令!」


 あまりの酷さにおかしさすら感じ始めた頃、一人の伝令が飛び込んできた。


「本陣より伝令! 袁紹軍を受け止めた後、戦線を維持せよとのことです!」


 それを横目に聞く曹操、荀イクたちも難しいことを簡単に言ってくれると怒りを通り越して呆れる。


「……わかったわ」


 静かに返す曹操、そのこめかみには青筋が立っていた。

 最初と同じ戦術や戦略も何もない命令、現場の判断で動けるとは言え、自身が連合軍盟主になったほうがまだましだったかもしれないと後悔も出始める。


「待ちなさい、前曲で抑えるのはいいけれど袁術軍のあの状態は一体どういうこと?」


 前が揃っていても後ろで散らばって動かれると邪魔になる、あれでは支援すら出来ないのではないかと伝令に聞く。

 勿論その伝令に対してその後の命令を聞いているわけではなく、袁術軍陣地で、伝令を受けてきた時に見た光景を曹操は尋ねた。


「……自分が命令を受けた時は本陣も凄い慌ててて、皆混乱しているような感じでした」

「混乱していた?」


 たしかに袁紹軍は目前まで迫ってきているが、何も突然袁術軍が攻撃されたわけでもない。

 ここでの戦いが始まった時にはまだ隊列を組めていた、だが今の状況は酷いの一言。

 はっきり言ってここで混乱する要素が全くない、まるで……。


「……命令を受けた時、張勲は見たかしら?」

「いえ、今回は姿はお見せになっておりません」

「今回は? あなたは毎回直接張勲から命令を受けていたのね?」

「はい、今回は袁術軍の将の方でした」


 そこまで聞いて嫌な予感が急激に膨れ上がった曹操、横でそれを聞いていた三軍師も顔を顰めて曹操と同じ予測をする。


「……撤退準備よ、急ぎなさい」

「はっ!」


 曹操が苦しげに言い、三軍師は意を得て命令を飛ばし始める。

 周囲の曹操軍将兵はいきなりの撤退命令に浮足立ち、その中で親衛隊隊長である許緒が聞く。


「華琳様、なんで撤退するんですか? まだ戦えるんじゃ……」


 つい先程までまだ戦えると話していたのに、伝令の言葉を聞いて撤退準備に入るのか理解できなかった許緒。


「袁術はもう逃げてるわ」

「え? ええ!? 逃げたって袁術さんが!?」


 恐らくもう本陣には居ないだろう、今まで命令を出していた張勲も袁術と共に逃げ出したために袁術軍本陣は慌て、前線に命令が届かない故に上手く纏まることも出来ないでいると推測。

 上手く纏まれない大きな理由に不気味な袁紹軍があるだろう、袁術軍は戦う覚悟など何もない農民などを徴兵して無理やり兵に仕立てたのだ。

 それを誇りや何やらで掻き立てようとしても動くはずもない、もとより士気は低く袁紹軍の威容で心が折れた者が今逃げ出しているのだろう。

 ここまでその情報が届いていないのは、その大きさ故の鈍重さ。

 もしかしたら少しは物を考えられる武将や軍師が袁術軍の中に居て、総大将が逃げ出したことが知られれば袁術軍どころか連合軍崩壊は免れないと感じて口外禁止の命令でも出したのかもしれない。


「袁紹軍の攻撃に合わせて引くわ! 風!」

「お任せをー」

「後方にも撤退の旨を伝えなさい! 動かなければ力ずくで押し通るわ。 凛!」

「はっ!」

「側面にも注意を払いなさい、劉備も動くはずよ! 桂花!」

「お任せください!」


 笑える話だ、まだ連合軍は保っていると思えば既に崩壊し始めていたなんて。

 なぜ袁術が急に逃げ出したのかと考えれば、あれは袁家縁の者であった。

 不覚であるのは間違いなかった、董卓に味方する袁紹に気を取られすぎた。

 袁紹が敵となった時点で袁術は盟主として相応しく無いと糾弾するべきだった。

 奴が袁術の内側に手を入れていない筈はないと考えるべきだった。


 急に逃げ出した理由が不明であり、玄胞が袁術に何かしたと考えた方が収まる。

 予測が正しければつくづく玄胞の良いようにされている、あまりにも不利に押し込めてくる様は神算鬼謀とでも言うか。


「してやられすぎね」


 覇道を目指しながらのこの様は不甲斐ないの一言、立ちはだかる今の敵の姿はあまりにも大きい。


「季衣、逃げるわよ」

「いいんですか? まだ……」

「残念だけど、連合軍はもう持たないわ。 私達がここに残っても袁紹軍に押し潰されるだけ、だから撤退する用意をして置かなければいけないわ」


 袁紹軍と接触すれば、裏切り者が必ず出てくる。

 味方が敵になり混乱は加速し、連合軍はあっと言う間に狩り尽くされる。

 それが起こりうる条件は整っている、その証左が今まで隠れていた袁紹軍の突撃。


「季衣、よく見てなさい。 負けると言うのはこういうことよ」


 そう言われた許緒は躊躇った後に頷きを返す。

 話している間にも袁紹軍はすぐ目前に迫っている、既に一通りの指示は出し終えて突撃を受け流す態勢を整えた。

 距離が詰まり篝火の無い薄暗い峡谷を駆け抜け、連合軍が設置した篝火の光を受けながら金色の怪物が押し寄せた。


「全軍、備えよ!」


 曹操が腕を振りながら命令を出す、それから十数秒後に金色の怪物と曹操軍兵士が激突した。


「そうよ、上手く後退しなさい」


 程昱の上手い受け流しに頷きながらの曹操、自身も合わせて緩やかに後退し始めて。


「伝令! 伝令! 道を開けよ!」


 駆け込んできたのは荀イクの使い。


「なにがあった」

「劉備軍が離反した模様!」


 それを聞いてやはりと頷く、怪しい動きは裏切るためのものであったことが証明された。


「さらに孫策軍、馬超軍も呼応して袁術軍に攻撃を仕掛けているとの事です!」

「………」


 玄胞の牙は連合軍の中核にまで食い込んでいた、孫策と馬超はそのまま連合軍の右翼と言っていい。

 それがまるまる敵になったなど、今の曹操にこの現状をひっくり返す手段は思いつかなかった。


「……袁術軍を挟んでいるのが救いね、これより全軍撤退を開始する! 何人たりとも遅れることは許さないわ!」


 前線で巨大な牙を剥く袁紹軍を凌ぎながら曹操軍は後退を始める。

 士気も高揚であろう袁紹軍兵士を抑えながらも後退している様は、精強の兵と言っていいだろう。

 程昱の巧みな指揮もあって順調……、とは行かないのも戦の常。

 袁紹軍の巨大な牙の中に、あまりにも鋭い一撃を放つ磨かれた牙が一本。


「どけどけどけぇぇぇい!! この張 文遠が曹操の首ぃ、貰いに来たで!」


 一振りで五の曹操軍兵が吹き飛んだ、二振りで十の兵が吹き飛んだ。

 恐るべき猛将が曹操軍に食い込んでいく、それだけなら包囲して動きを止めることも出来たが追従するのは金色の兵。

 張遼に充てがわれたのは文醜隊の特に恐れを知らない猛者たち、張遼の開けた穴に雪崩れ込んで傷を大きく抉って広げていく。

 精兵であるはずの曹操軍兵士がまるで雑兵のように蹴散らされ、勢いを失うこと無く切り裂いていく。


「これはまずいですねー……」


 その光景に珍しく冷や汗を流すのは程昱、当然投入してくるとは考えていたが勢いが良すぎる。

 あれほどの武将を止められるのは曹操軍には夏侯惇しか居ないが、今は負傷して満足に動けない。


「……終わり、ですかねー」


 そうして目が合った、馬上にて曹操軍兵士を薙ぎ払う張遼と程昱は目が合ってしまった。

 張遼の進路が程昱の方へと向いた、視線が交差するほどの距離まで素早く張遼が曹操軍に食い込んできたのだ。

 程昱がこの場の指揮を出していると確信したのだろう、程昱を討ち取れば間違いなく混乱すると。

 暴虐の死が牙を剥いて程昱へ迫る、冴え渡る技が道中に一切合切死を押し付けて程昱のもとまで駆け寄ってくる。

 それを見ながら残念ですねー、と内心独り言つる。

 天に登る太陽をこの手で支えることが出来なくなることに、また不可思議な玄胞が一体何人であるか知れずに終わってしまうことに。


 迫る、迫る、迫る、もう逃げることは間に合わない。

 程昱を守ろうと動く曹操軍兵をなぎ払う張遼、その姿をまっすぐ見据えて終わりを受け入れた。

 のだが、張遼は飛龍偃月刀を手元で細かく動かした。

 その次の瞬間、高速で飛来した矢を叩き落とした。

 しかも一本や二本ではない、次々と射られて守りに入らざるを得なくなった張遼は進路を変えた。


 矢を射たのは夏侯淵、精密に次々と張遼に向かって矢を放ち続ける。

 そうして死が逸れたことに気が付き、程昱付きの兵が慌てて程昱を抱え上げて馬に乗って手綱を引く。


「行け! 華琳様には風が必要だ!」


 馬に乗せられた程昱が夏侯淵とすれ違い様に言われ、次々と後方への道が開かれる。

 一気に曹操のもとへと送られた程昱、そこには曹操だけが居た。

 許緒の姿が見えないことから、恐らく後退の突破口を今無理やり作っているのだろうと察する。


「それほど兵の質は変わらないと思っていたのだけどね」


 前を向きながらの曹操、程昱も頷いて返す。


「あれは困りますねー、本当に死ぬかと覚悟しちゃいましたよ?」


 精強な兵を率いる優れた武将、分かっていたことだが自身で体験するとこれほど恐ろしいものかと実感した程昱。

 ここから生き延びてまた立ち上がることができたら、もっと上手くしてやろう、そう決意して曹操から指揮を引き継いで再度生き残るために動き出した。






 連合軍は脆くも崩れ去った、連携と言うものを最初から持っていなかったが故にあっと言う間に個々の軍勢に成り下がった。

 そこに精強な袁紹軍兵を率いる右翼の張遼、中央の呂布、左翼の趙雲と凄まじい武を存分に振るう武将たちが薙ぎ払っていく。

 更には劉備軍、孫策軍、馬超軍が相次いで離反して残る連合軍に襲い掛かった。

 後方の諸侯軍はいきなりの裏切りに慌て、混乱をきたしてまともに動けなくなる。

 まともである軍勢は既に曹操軍だけ、無理やり後退して連合軍の友軍を引き裂く。


 そうしなければ噛み付かれるどころ丸呑みにされかねない、無理やり押し通られた諸侯は曹操の行動に憤慨するも、次いで押しかけてきた袁紹軍にあっと言う間に食い散らかされた。

 まだ残る諸侯軍、特に袁術軍の兵たちが逃げ回ってより混乱を誘発して更に崩壊が加速していく。

 余りにも速い速度で連合軍が消えていき、何とか袁紹軍の牙から逃れられた曹操軍と、それに引っ付いて逃げ出している他の諸侯。

 一大な連合軍の跡形もなく、敗残兵が来た峡谷を戻って逃げ出していく。

 そして袁紹軍、それを操っていた玄胞がさらなる地獄を連合軍敗残兵に押し付けた。


 虎牢関前での戦闘で連合軍が崩壊し始める少し前に、函谷関から送り出していた董卓軍が汜水関と虎牢関がある峡谷にたどり着いていたのだ。

 ここで多くの敗残兵が絶望した、峡谷の出口に陣取るは数万の董卓軍兵。

 満足に戦えるのは曹操軍のみ、その曹操軍の数倍以上居るのは董卓軍。

 更には逃げ遅れた連合軍を食い散らかして迫ってくる袁紹軍、どう考えてもここを突破することなど不可能だと。

 持っていた武器を落として、ここで死ぬのかと座り込む者が出始める中、動くのはやはり曹操軍であった。


 袁紹軍との撤退戦闘で半数近くまで減らされてなお、曹操軍は駈け出して峡谷の出口を塞ぐ董卓軍へと襲い掛かる。

 その姿を見て立ち上がる者、後に続く者が出て生へとしがみつく。

 鋒矢陣にて突破を図る曹操軍、全力で前進して無理やり押し込んでいくもその勢いはあっと言う間に削がれていく。

 食い込んで董卓軍の中に入り込むのは包囲される事と同意であり、それを承知で行くものの数倍の兵数は覆せず全方位から董卓軍兵に攻撃される。

 曹操も己の得物である死神鎌の『絶』を振るって切り裂くも、途切れること無く襲ってくる董卓軍兵にたたらを踏む。


 ここまでかと、気丈な曹操ですら諦めかける包囲殲滅の中で一陣の風の如く鈍色が瞬いた。


「うおおおおおお!!」


 燃え上がるような雄叫び、右手に七星餓狼を握って飛び出したのは夏侯惇。


「春蘭!? 止めなさいっ!!」


 左腕はだらりと垂れ下がって動きも精彩を欠く、それでもなお斬撃は董卓軍兵を切り飛ばす。

 塞がってもいない背中の傷からは血が溢れ出て夏侯惇を濡らすが、構わずに躍りかかる。

 曹操が制止を掛けるも聞く耳持たず、止まってしまえば曹操が終わってしまうことを理解しての行動。

 己の命を賭して愛する曹操を逃がす、その思いが夏侯惇を突き動かす。


「どぉけぇぇぇぇぇぇっ!!」


 その結果は阿鼻叫喚、魂の咆哮とも言える夏侯惇の雄叫びと瞬く間に死体を増やしていくその姿が董卓軍兵士を震え上がらせた。

 多数の返り血に浴びながら突き進む赤い姿は厄災の如く、それを止めることが出来る者は董卓軍の中には居なかった。

 触れた途端に両断する怪物に恐れ慄き、それこそ自然と道を開いてしまう圧力。

 その道を駆け抜ける夏侯惇に続くのはさらに半数以下に減った曹操軍、文字通りの決死の突破口を開いた夏侯惇に続いて曹操たちは駆ける。

 峡谷を塞いでいた董卓軍を突破した時、夏侯惇は糸が切れた人形のように崩れて倒れそうになるも曹操が無理やり抱き上げて峡谷を脱出した。







「……赤狼将軍? なんともつまらない結末ですね、これは」


 報告を聞いた玄胞が呟く、あと一歩の所で曹操を逃した。

 しかも曹操だけではなく、主要な将を全員逃したのは数千の兵を逃すよりも痛い。

 それを成したのは死に体の夏侯惇、こうなるなら呂布を向こうに付ければよかったと後悔。

 あの状況の中央ならば呂布が居らずとも押し切れたし、天の御遣いも退場していたことは間違いない。


「まったく」


 何事も思い通りに進まないことはあるが、おかしな幸運で計画が崩れたのは笑うしか無いのだろう。

 これからの後始末は董卓軍の将にこなしてもらう、皇帝に報告しなくてはいけないし、その前に事情を聞かなければならない。

 ため息を吐いた玄胞は、これからの展開を考えてまた一つため息を吐いたのだった。

反董卓連合編の戦いはこれで終わり、後は後始末の数話で反董卓連合編が終わります


多分最後の夏侯惇は通常の3倍

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