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終わらない人

 華雄と張遼対夏侯惇、二対一と言う武人であれば卑怯だの恥を知れだの罵られてもおかしくはない状況。

 しかしこの場に口汚く罵る輩は存在しない、それが対峙する当人であってもだ。


「さっさと終わらせるぞ、張遼!」

「わかっとる、華雄は好きに動いたらええ!」


 華雄にそう返す張遼、その二人の視線は対峙する武将に注がれている。

 その睨み合いなどすぐに終わり、事が動いた。


「どぉりゃあああああ!」


 華雄が踏み込む、踏み込んで金剛爆斧を振り下ろす。


「ぬるいわ!」


 重撃、常人なら防いだとしてもそのまま押されて、切り殺される力強い一撃を夏侯惇は難なく押し返して弾く。


「ぬぅ!」


 激しい金属音を鳴らし、僅かに仰け反った華雄へと夏侯惇が踏み込むが。


「確かにぬるいなぁ!」


 華雄の左後方、夏侯惇の体を貫いて余りある鋭い突きが飛び出る。


「ちぃ!」


 また激しい金属音を鳴らす、七星餓狼を盾にして辛うじて防御が間に合った夏侯惇は後退し、それを隙と見たか華雄が踏み込みながら薙ぎにて攻撃を繰り出す。

 傍の兵卒から見れば竜巻もかくやというものであった、金剛爆斧が荒れ狂うように振り回され、その旋風に開いた一瞬の隙からは飛龍偃月刀の刃が飛び出してくると言う。

 一騎当千に相応しい武が存分に振るわれて、竜巻のような猛攻を受けきる夏侯惇。

 差はあれど共に一騎当千、個々では引けを取らずとも二人掛かりでは守りに入らざるをえない。

 むしろ称賛されるべきであろう、生半可な者なら数合と持たず切り裂かれる攻撃を凌いでいることに。


「……惇ちゃん、ほんま凄いで。 できるなら一騎打ちを続けたかった」


 張遼が感嘆に呟く。

 決して二人は手を抜いていない、隙あらば強引に攻撃を捩じ込むほどに攻める。

 それでもなお討てずに居るのは夏侯惇と言う戦いの才覚の塊だからか、しかしそれほどの才を持ってしても無傷とは行かない。

 華雄と張遼の熾烈な波状攻撃に手傷を負い続ける、一つ二つの小さな切り傷なら夏侯惇とて問題にはしないだろう。

 だがそれが数十ともなれば話は違う、防げる攻撃とそうでない攻撃の二種が織り交ざって夏侯惇の体至る所に傷を作る。

 腕を切り落とそうとする攻撃、足を払おうとする攻撃、腹を裂こうとする攻撃、頭を叩き割ろうとする攻撃と、致命傷へと繋げる切っ掛けを狙う。


「くっ、さっさと……!」


 全力を込めた攻撃が精々掠めるだけ、その事実が華雄を苛立たせる。


「ぐっ!」


 見て分かるほどの大振り、本来の夏侯惇なら鼻で笑って軽々と防いで、そのまま華雄に切り込んでいただろう。

 だが完全に避けることすら叶わず、ほんの僅かに金剛爆斧の切っ先が夏侯惇の胸を掠めた。

 飛ぶのは赤い水滴、僅かずつではあるが全身から流れる血は確実に夏侯惇の体力を奪っていく。

 その状況を前に湧き上がるのは怒り、ろくに反撃できずに攻撃されている状態など夏侯惇は好まない。

 情けないと感じながらもそれを覆す手はなく、ただただ不利な状況になり続けていることに歯噛みする。


「おのれ!」


 未だ気勢は衰えず、しかし傍から見れば傷だらけの血だらけ。

 浅いとはいえ傷は傷、傷口の一つや二つ気合でも込めれば出血を止められるが数十もの傷となるとそうも行かない。

 その上常に全力で動いているのだ、如何に気合を込めようと出血を強いられる。

 また一つ、更に一つ、二つの暴風が重なり竜巻となって夏侯惇に死を押し付けてくる。


「ぐぅっ!」


 夏侯惇は自身を叱咤する、負けてなるものかと全力を尽くす。

 迫り来る刃、刀身に手を添えて、七星餓狼で受け止める。


「……! 華雄!」

「わかっている!!」


 そこで体勢が崩れた、華雄が振り下ろした一撃を完全に受け止める事が出来なくなっていた。

 ほんの僅かだ、ほんの僅か膝が曲がり腰が落ちて足を完全に地に着けた。

 英傑と呼ぶに相応しい二人からすれば、それは夏侯惇が見せた大きな隙。

 切り込むには十分、華雄は押しつぶす勢いで金剛爆斧に力を込める。

 押し留める華雄の左隣から、滑るように張遼が踏み込み渾身の突き。


「これで!」


 夏侯惇の腹を貫いて余りある一撃、守ることも避けることも出来ない一閃。

 今度こそと、夏侯惇を討てれば曹操軍を切り崩す起点となる。

 故に、事を終わらせる。


「華琳様、お許し下さいっ!」


 それは瞬きよりも短い一瞬の交差の後、決着が着いた。


「……ようやった」


 倒れるのは二人、立っているのは一人。

 立って倒れている二人を見下ろしていたのは張遼。

 張遼から見て、右手には右脇腹から左胸下を深く切られて仰向けに倒れる華雄。

 左手には左肩から腰まで深く抉れて、うつ伏せに倒れ伏す夏侯惇。

 まさに一瞬、瞬間的な攻防により勝敗が着いた。


「……うっ、ぐぅぅぅっ!」


 血だらけの夏侯惇、痛みに耐えるうめき声を上げながらまだ立とうとして右腕を動かしている。

 まさに執念であろう、ただ一点の忠誠心で傷ついた体を動かす。

 普段ならば敬意の一つでも払うが、現実を知る者として哀れみを抱いていた。


 なぜこうなったのか、一瞬の交差の内に何が起きたのか。

 常人なら見逃すそれを、張遼は確かに捉えていた。

 夏侯惇のその実力はまさに一騎当千、今の攻防は華雄の奮戦がなければ討たれていた。

 単純な連携、華雄が上から押さえつけている間に張遼が一突きで終わらせるつもりであった。

 だが夏侯惇はその状況を認めず、守りでも回避でもなく、攻撃で一転させようとした。


 伸し掛かる金剛爆斧、夏侯惇は下から押し返すのではなく前に出て滑らせた。

 上半身を屈めて踏み込み、飛んでくる飛龍偃月刀の刃を右脇腹を浅く切り裂かれる程度に抑え。

 七星餓狼を支える左手から力を抜いて傾け、得物を小擦れ合わせて火花を散らしながら華雄の懐に入り込んで斬り上げた。

 斬られて飛ぶ血しぶき、次いで張遼へと仕掛けようとした夏侯惇に、側面から石突きの一撃を打ち込んだ華雄。

 その結果、打ち込まれた石突きが夏侯惇の腰から左肩まで抉り抜けた。


 華雄が食らったのは深い切り傷であるはず、その一撃で絶命してもおかしくはないほどの攻撃。

 だと言うのに、華雄は体を動かした。

 斬られて底にあったのは憤怒であろう、終わりとも思える一撃を受けてなお体を動かしたのは感情。


「終わりや」


 その華雄の奮戦により、夏侯惇を討ち果たせた事は間違いなく評価される。

 引いては曹操軍を撃破する足がかりとなる、戦功第一であってもおかしくはない。

 勿論、生きて帰れたらの話ではあるが張遼は華雄を死なせる気はない。

 華雄の反撃がなければ、恐ろしい速度で踏み込んできた夏侯惇が懐に入り込んでいた。

 華雄自身に張遼を助ける気があったかどうかは関係なく、結果として助けられて、このまま見捨てる事が出来るほど張遼は薄情ではない。


 倒れている華雄はまだ呼吸をしている、医療兵に見せれば助かるかもしれない。

 故に手早く、飛龍偃月刀を振り上げ。


「させる、もんかぁぁぁぁ!!」


 怒号、周囲の兵士を吹き飛ばして現れたのは大鉄塊。

 一直線に飛来する塊に張遼は。


「でえええええい!」


 鉄塊に向かって飛龍偃月刀を振り下ろす。


「ぐぅっ!?」


 耳に大きく響く重く鈍い金属音、火花を散らしてぶつかり合う得物。

 張遼は堪らず大きく後退する、鉄塊に叩きつけた飛龍偃月刀を握る腕が痺れるほどの衝撃。


「……なんちゅう、威力や」


 一撃の重さで比べれば先の夏侯惇の攻撃よりも重い、張遼からすれば鉄球を投げつけてくるなど鴨にしかならないがこれは勝手が違った。

 大の大人が丸まった程の大きさの鉄球、そんな物が高速で飛来する。

 そのくせ引っ張り戻すのは同じかそれ以上に速い、それを実現しているのは外見に見合わぬ恐るべき怪力。

 その怪力で投げつけられる鉄球が、体に当たれば目を背ける光景になる。

 実際鉄球に当たり吹き飛ばされた兵士の大半は命を落とし、見るも無残な状態に成り果てていた。


「時間を掛け過ぎたっちゅーことか……」


 二対一、数の利を持って素早く仕留めるつもりであったが、それが出来なかった以上敵の援護が入ってきても何らおかしくない。

 夏侯惇の不利を悟って、早々に救援を送ってくるのは当然と言えよう。

 少なくとも曹操は信頼と過信を取り違えない、よって救援として許緒を送り込んできた。

 この状況は華雄と張遼の失態と言うより夏侯惇の奮戦であろう、それがなければ次の目標は文醜と戦っている夏侯淵に向いていた。

 戦場は常に変化し続ける、大きく変わる前に決することが出来なかったのはかなりの痛手になることもままある。


「………」


 張遼は視線を動かす、倒れる二人に鉄球を構える少女、離れた所では文醜と夏侯淵が追いかけっこに勤しんでいる。

 あの鉄球を掻い潜ってでも夏侯惇に迫るか、華雄を連れ帰るか。

 どちらを優先するか考え、張遼は口を開いた。


「なあ、ちょっと話──」

「春蘭様から、はなれろぉぉぉ!!」

「のわっ!?」


 慌てて身を屈め、迫った鉄球を辛うじて避ける。


「ちょ、待ちーや!」


 許緒はお構いなく鉄球を引っ張り戻し、もう一度鉄球を投げつける体勢に入る。


「あんたは夏侯惇を助けに来たんやろ! だったら話を聞きーや!!」


 許緒は投げつけようとした体勢で止まる、だがすぐにでも投げつけられる状態。


「……そうや、助けに来たんなら話は聞かんとな。 お嬢ちゃんは惇ちゃんを連れて帰りたいんやろ? うちもそっちの倒れとる華雄を連れて帰りたい、やったら──」

「ぐぅぅっ! 張、遼!」


 怪我と出血による満身創痍であろうに、上半身を起こす夏侯惇。

 だが立ち上がれるほどではないのか、息を切らしながら張遼を睨む。


「まだだ……、まだ終わってはいない!」


 まだ戦える、負けてはいないと夏侯惇は主張するが。


「そんな状態で言われても説得力ないわ」


 全身傷だらけで左腕は動かない、立つこともままならない。

 そんな状況を見て「はいそうですか、戦いを続けましょう」と言える張遼ではない。


「……まだ!」

「そっちのお嬢ちゃんが来んかったら終わってたもんが言うんやないっ!!」


 張遼は一喝して夏侯惇から視線をずらし、許緒を見て。


「どないする? うちは惇ちゃんを連れて帰るのを見逃す、代わりにうちが華雄を連れて帰るのを見逃す。 当然途中で約束破って襲ったりはせーへん、お互い悪い話や無いと思うんやけど」


 そう言われた許緒の視線は泳いでいた、夏侯惇を見たり未だ戦っている夏侯淵へと往復している。


「迷うことないやろ、うちが信用出来んならそこら辺におる兵にでも背負わせたらええ。 それが嫌なら……」


 途端、張遼から吹き出る殺気。


「お嬢ちゃんも惇ちゃんも、向こうに居る夏侯淵もうちがどうなろうと全力で殺す」


 当然向こうが戦いたいと言うなら応じる、その代償が華雄の死であっても戦うだろう張遼。

 真正面から当てられ、迷っていた許緒は鉄球を下ろし。


「春蘭様!」


 夏侯惇のもとに駈け出した。

 あまり華雄に近寄ってほしくはないが、武器である鉄球を置いたために動かなかった張遼。


「季衣!」

「だめですよ! 華琳様が危ないなら連れ戻して来いって!」


 怪我の手当ての心得が無い者でも、夏侯惇の怪我は危なく見えるほど。

 見た目相応の歳である許緒は、血だらけの夏侯惇の状態を見て危ないと判断した。


「……はよ連れてってくれんかなぁ」


 張遼が呟けば、許緒が夏侯惇を無理やり抱き上げて曹操陣営側へと駆け出していく。

 抱き上げられた夏侯惇は何かを叫んでいたが、素早く駈け出した許緒のお陰でよく聞こえなかった。

 最後まで見送ることなく、張遼は駆けて華雄の側に寄り傷を見る。

 華雄は完全に意識を失っており、傷口からは止めどなく血が流れ出ていた。

 そんなに持たない、そう判断した張遼は華雄を抱き上げ。


「猪々子!」


 待ちやがれー! と夏侯淵に逃げられ叫んでいた文醜を呼びかける。


「夏侯淵は放っておき! 主力は潰したんやから本番はこれからやで!」


 あの怪我を負った夏侯惇はもう前線には出てこれないだろう、少なくとも一日二日で出られるような浅い怪我ではない。

 十全に動けるようになる頃には、疾うにこの戦いは終わっているはず。


「あれで出てこれるんやったら……」


 おかしい、本当に人なのか怪しむ他なくなる。

 少なくとも自分があれだけ血を流し怪我を負えば動けるとは思えない。

 出てきたとしても、意思だけが先行して体は置き去りになる。

 そうであれば、次はなく確実に討ち取る。


「……くっそー、もうちょっとだったのに!」


 得物を失った夏侯淵を討ち取れなかったことが悔しいのか、文句を言いつつ合流する。

 強力な突貫力のある武将を退けられた、間違いなく曹操軍前曲の戦力は減少した。

 これ以上望むのであれば、他のものを犠牲にする必要があるだろう。


「うっわ、これって……」


 深く切り裂かれ開いていた華雄の傷口を見て、文醜が表情を歪めて言った。


「ここで死なれたらたまらんわ。 猪々子、すぐ戻ってくるから少しばかりここは頼めへんか?」

「いいけど。 あ、斗詩の様子も見てきてくれ!」

「わかった、じゃあ頼むで」


 張遼隊の奥に引っ込み、華雄を抱きかかえたまま馬に乗って駆け出す。


「連合の左翼を削った、次はどう動くんやろな……」


 連合もこのままではないだろうと、それを見越して玄胞がどう動かして来るのか。

 読み違いの失敗で負けるような真似は避けてほしいところと、馬上で揺られながらの張遼であった。

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