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知る人

一刀、頑張る

「此処を任せたい、頼めるか」


 板挟みだった、無理だと、出来るはずがないと叫びたかった。

 すぐそこまで紺色の死が迫っている、少し頭が回る程度の、小さな農村の庶人である男にそれを抑えるすべはない。


「やってみせます、お任せください」


 だが頷いた、今自分は任せられるだけの立場。

 怖くてもやらなければならない、輝くような理想を現実のものとするために。


「……頼む」


 この方でなければいけない、あれを止められるのは今この場においてこの方と、この方の妹様しか居られない。


「ご武運を!」


 隊長は強く頷いて、馬に跨って駆けて行く。

 あの刃の暴風を止められるのは、関羽様と張飛様しか居られない。

 今この場は関羽様と張飛様で持っている、要であるお二人が抜けるとあれば戦線崩壊も簡単に起こすだろう。

 そうなれば全滅もあり得る、我々が見た希望も一緒に消えてしまう。

 だからここでなんとしても食い止める、できなくてもやるのだ。


「……ここで抑えるぞ! 奴らを天の御遣い様のもとへ行かせるな!」


 押し潰さんと迫る紺色の軍勢に、関羽隊副長の男は一層身を固めて向き合った。






「ぎゃあ!」


 悲鳴が上がり。


「く、来るなっ!」


 恐怖が蔓延し。


「………」


 鬼神の前に上がるのは血肉のみ、単体で複数を切り裂くのはまさに刃の暴風。

 触れれば両断され、遮るもの無く蹂躙する。

 あっという間に目減りする劉備軍、対する劉備軍の将は遠巻きでその苛烈さに舌を巻く。


「……深く踏み込んで来ません、これじゃあ……」


 劉備軍の策の片翼を担う諸葛亮は苦しげに言う、非常に手を出しにくい位置で暴れられている。

 深くはなく浅い所、もし呂布に何かあれば一点突破で救援に向かうことが出来る距離。

 包囲して捕縛、などと言う策を使うには兵の厚さが足りない。

 袁術と曹操より借り受けた兵士たちを加えても足りず、ならば深い所まで誘い込もうとしても乗ってこない。

 言わば嫌らしい位置、頼みの関羽と張飛を持ってして突破できる突貫力は慄くほど凄まじい。


「……朱里ちゃんの言う通りです」


 ぐっと帽子の鍔を両手で握って俯いたのはもう一つの片翼である鳳統、劉備軍が数万の軍勢だったなら力尽くでも囲い込めるが。

 たった数千の兵力では到底足りないし、同様に他の策を行えるだけの余裕が無い。

 それを何とかするのが軍師の仕事ではあるが、全体を動かすのが軍師であってその全体が少なければ策は限られてくる。

 無い袖は振れない、今の軍師二人を言い表すならそれが的確であろう。

 決して過小評価していた訳ではない二人だが、伊達や酔狂で『飛将軍』と呼ばれていないことを実感していた。


「……ご主人様」


 連合軍両翼は当然戦闘中であり、救援を期待できるような状況ではない。

 ならば後方の袁術軍を頼みの綱にするのもあるが、態度から見るに劉備軍が全滅しようとさほど気に掛けはしないだろう。

 敵の圧力を受け流す事や引いて袁術軍を無理矢理戦闘に参加させる事も考えたが、そうなったら恐らく踏み込んでこずに連合軍両翼を側面から攻撃し始める。

 連合軍の指揮系統を破壊して混乱させるような行動ではなく、連合軍全体を擦り減らすような攻撃の仕方に玄胞の意思を見た諸葛亮と鳳統。

 ただの一人として許す気がないのではと、やはり思わずには居られなかった。


「……朱里、雛里」


 二人の視線を受けて呟いたのは北郷 一刀、不安げな表情の諸葛亮と鳳統に優しげに語りかけた。


「ちょっと厳しいかな?」


 一刀も内心は不安に満ち溢れている、見てわかるぐらいに激しい戦いを強いられている状況。

 自分の死も十分にありえる状況に、恐怖を抱かないわけがなかった。

 それでもその不安を表に出さずに居られたのは、単に皆が頑張ってくれているからこそ。

 皆が一生懸命頑張っているのに、自分だけ恐怖に震えていることなんて出来なかったから。

 自分よりも小さな女の子たちが気丈にも振舞っている姿に、弱音を吐いて震える姿を見せるなんて男として情けないし自分を立ててくれている皆に申し訳が立たないと一刀。


「……はい」

「愛紗たちは無事なんだろ?」


 二人が頷く、呂布は二人を突破した後無視して兵に攻撃を加えている。

 こっちの武将を倒す気がないと言うか、それよりも兵士を減らすことに重点を置いて行動してる事に少しだけ感謝した。

 本気で二人と戦っていたら、討たれていたかもしれない。

 確か歴史では虎牢関で関羽と張飛、そして劉備の三兄弟でようやく呂布を追い払う事が出来たはず。

 流れる風評や二人を突破したことから実力は本物、二人に足止めをさせることは失敗だったかもしれないと一刀は考えた。


「呂布の足を止める策って他に無いかな?」


 関羽と張飛で止められなかった以上、何か他の策で足止めをして話し合える状態にする必要がある。


「……難しいです、愛紗さんと鈴々ちゃんの二人で止められなかった以上……」


 誘いにも乗ってこず、誇れる武将の二人でも止められず、強引な囲い込みをする兵力もない。

 単身でも部隊を壊滅させることが出来そうな武将が、削りに徹することが如何に厄介か身を持って痛感する一刀。


「二人は今どこに居るんだ?」


 多分、愛紗と鈴々は呂布を追いかけているんだろうと一刀。


「二人は呂布の正面に回るように動いています」


 真っ向から仕掛ける、兵士たちを薙ぎ払っているとは言え、その速度は微塵も衰えていない。

 普通に追いかけてもただ時間が掛かるばかり、だったら回りこんで一撃に掛けるつもりなんだと判断した。


「……そう簡単に向き合えるかな」


 呂布が武将を討ち取るより兵士を討ち取ることの方を優先するなら、愛紗たちと打ち合うのは時間の無駄になる。

 なら正面に回り込もうとする二人を見れば、方向を変えて接触するのを減らそうとするだろう。

 愛紗たちも二対一で足止めを出来なかったから、一対一で向かい合うのは出来ればしたくないはずと考えた一刀。


「こっちで何とかするしか無いか……」

「……策があるのですか?」


 諸葛亮の問いに一刀は頷く。


「俺が囮になる」


 それを聞いてまっさきに声を上げたのは劉備。


「そんな! ご主人様が囮なんて!」

「しょうがないよ、無理矢理にでも誘いに乗ってもらわなくちゃ」


 劉備軍の武将を避ける、だが劉備軍の大将ならどうだろうか?

 劉備軍と呼ばれているが、実質主としているのは天の御遣いである北郷 一刀。

 天を称するなら皇帝と同格とし、唯一無二を汚すようなもの。

 正しく皇帝であるならば、一刀の存在は天を騙る不敬者で誅さなければならないだろう。

 呂布はその漢皇帝の臣下、果たして天の御遣いが目の前に現れても避けて兵士を討って回るだろうか?


「呂布は止めなくちゃいけないし、話だって聞かなくちゃいけない。 向こうが来ないならこっちから行くしか無いよ」


 深く踏み込んでこない相手を誘うなら、深く踏み込むだけの餌を用意しなくちゃいけない。


「……だったら、ご主人様だけ行かせることなんて出来ないよ」

「はい」

「その通りです」


 一刀の覚悟を見た三人は、傍に寄って一刀の手を取った。

 一刀とて幾つもの戦場に身を置いてきた、しかしそれは安全な場所ばかりだった。

 周りは兵で固められ、軍師の諸葛亮と鳳統、そして劉備と一緒と言う侵されてはならない領域でのことだ。

 これから出向くのはその『安全』が無いと言っていい場所、狙われる可能性は大いにあって話し合うことも出来ずそのまま……と言うこともあり得る。

 その可能性に至った一刀を、三人は受け止めようとしていた。


「皆で行けば怖くない! 必ず愛紗ちゃんと鈴々ちゃんが守ってくれるよ!」

「桃香様の言う通りです!」

「……ですからご主人様」

「……ごめん、ありがとう」


 感謝の言葉、死がすぐにでも襲ってくる所へ行く恐怖を受け止め、分かち合うために震えていた手を取った三人。

 そこまでされて情けないと、一刀は手を握り返す。


「行こう、呂布を止めないと」


 四人は動き出した、願いを未来にするために。






 馬乗で揺られながら、死神さえも切り裂くのではと思う程の剛撃が旋風のように吹き回る。

 悲鳴と、苦鳴と、血と、首が飛ぶ。

 そこに容赦など無く、まるで庭に生えた雑草を刈り取るかのような坦々とした作業。

 これは戦闘ですら無い、少なくともそれを行う少女に何の危険も伴っていない。


「………」


 淡々と、坦々と、死が劉備軍を抉っている。

 一振りで五つの命が失われ、二振りで二桁の乗る。

 それを何度も繰り返せば、劉備軍にとって重大な出血となる。

 そうして呂布は方天画戟を片手で振り回しながら、視線は周囲へと移している。

 やるべきことはそれだけ、武将が襲ってきても手早く返り討ちか、時間が掛かるならいなして兵士を掃討すればいい。


 それが呂布に与えられた仕事、しかしそれを邪魔する者は当然居る。

 周囲を見渡せば馬が劉備軍をかき分けて追いかけてきていた、その都度呂布は進路変更のために手綱を引く。

 何度目か、既に百を超える劉備軍兵士を叩き斬ってから動きが変化し始めた。

 進行方向の劉備軍兵士たちがわずかに下がりだしていた、それとともに大将旗も動き出していた。

 当然呂布隊の兵士は下がった分だけ前進する、戦線の後退は罠でもない限り下がるのは好ましくない。


 これを見て呂布は素直に進路を自身の隊へと向ける、敵が怪しげな動きをしたらすぐ下がれと玄胞の命令。

 だから帰りに首を幾つも刎ねて、隊の中へ戻った呂布。

 そのまま奥に向かって目指すのは陳の旗下、自然と兵の群れが割れて道が出来、見つけたのは陳宮。


「呂布殿~、流石ですぞ!」


 下馬した呂布に飛びつく陳宮、ずり落ちないよう抱いた後に頭を撫でて一言。


「敵が動いた」


 その一言で陳宮の顔つきが変わり、『呂布の軍師』としての表情を浮かべた。


「……前線をわざと下げたのなら、呂布殿を誘っているのですぞ」


 素早くそう結論付けた陳宮、呂布が戻る前に連絡を受けて知っていたがためにそう判断した。

 認めたくはないが、敵の軍師は自分より出来ると確信してしまった。

 そう思ったのは駆け引き、兵の押しと引きが全て受け流されたためだ。

 呂布隊と劉備軍の戦力差は倍以上、普通であれば激しい攻勢に出ていないとはいえそう長く持つはずがない。

 陳宮は攻略しようと何度も攻め立て繰り返したが、結果は劉備軍が受ける損害の倍以上の痛手を被った。


 強く押し込んだ時には固い守りに入って損害を減らし、その間に緩みが出た箇所には鋭く突きこんで来る。

 ありえないですぞ! と、地団駄を踏むくらいに読まれて読みきれなかった。

 一気呵成に鎧袖一触で終わるはずだったのにと、軽くはない損害を負っていた呂布隊。

 それでも戦力差は覆らない、数は絶対的であり、このまま駆け引きを繰り返したとしても劉備軍は間違いなく壊滅する。

 となれば頭が回る相手の軍師ならどうしたいか、そこまで考えて『敵将を排除して混乱を招きたい』と結論付けた。


「……だったら皆でいく」

「……はいですぞ!」


 ばっと両手を上げて頷く陳宮、下ろしてもらってすぐに命令を出す。


「前に出る、後ろをお願い」

「お任せするのです!」

 

 強く頷く。


『今までは陳宮殿は呂布殿の力に助けられていただけ』


 脳裏に過ぎったのは玄胞の言葉。

 呂布におんぶにだっこはもう終わり、今日から二人で一つの力になるべく陳宮は変わりだす。


「決して呂布殿を見失ってはならないのです! 全員で悪い奴らを倒すのですぞ!」


 駈け出した呂布に、鬨の声を上げて付いて行く呂布隊の兵士たち。

 一丸となった呂布隊の士気は限界がないかのように上がっていく、この戦いを一刻も早く終わらせるのだと燃え上がっていた。






「来ました!! 先頭は呂布です!」


 その報告を聞いたのは一刀、予想の中の一つと同じ状況になっただけ。

 そう自分に言い聞かせて、なりふり構わず全軍突撃を仕掛けてきたような状況を見た。

 呂布を先頭にして、呂布隊が一斉攻勢に出た。

 勢いはとてつもなく、まるで劉備軍の兵士がまとめてダンプカーに跳ね飛ばされているような錯覚さえ受ける。


「行こう!」


 その状況は駄目だ、劉備軍の皆は平和のために戦っている。

 自分たちの失敗で死んでいった人たちと、今命を落としかけている皆のために一刀は走りだす。


「愛紗たちは!?」

「もう私達の前方に出ています!」


 そのまま前に出れば濁流のような呂布隊の攻撃で命を落としてしまうだろう。

 だからそれを一度止めなければいけない、そうしないと話をするどころではないから。

 そうなると一刀たちは関羽と張飛を当てにするしか無い、彼女たち以上に強い者は劉備軍に居ないからだ。

 それを聞いた関羽と張飛は己を恥じた、腑甲斐無く呂布の突破を許して大きな損害を出してしまったから。

 あそこで呂布を止めていられたら、死者の数は圧倒的に少なかったはずだとそう考えた。


 その結果があって、もう一度呂布を止めてくれと頼まれたのだ。

 それは失敗してしまった自分をまだ信頼してくれていると、敬意の念を大きくするには十分だった。


「……鈴々、呂布は必ずここで止める」

「わかっているのだ!」


 そう返事をした張飛は、蛇矛の丈八蛇矛の柄を強く握る。

 止められなければ一刀たちが死んでしまう、それだけは駄目だと力を込める。


「行くぞ!」

「おうなのだ!」


 その一言で道が開く、見えたのは死の血風。

 駆け出すは関羽と張飛、狙うは呂布への一撃。


「ご主人様は!」


 靭やかな足が地面を蹴って走り、まるで吹き抜ける風の様に距離を詰める。


「やらせないのだーっ!」


 先行は関羽、呂布の右手から青龍偃月刀を斜めに振り下ろす。


「はぁーっ!!」

「……弱い」


 だがいとも容易く関羽の剛撃を方天画戟で受け止め、弾こうとした矢先に。


「もう一発なのだっ!」


 青龍偃月刀の後ろから重ねて、丈八蛇矛を全力で叩きつける。

 互いの穂先が耳障りな音を立てて擦れ、火花を散らして大きく離れた。

 土煙を上げながら滑るように後ろへ押し返された呂布、完全に勢いが無くなり止まった時には関羽の張り上げた声が周囲に響いた。


「我々は戦いに来たのではない!」


 宣言するように、周囲にも聞かせるように。


「そうなのだ! 話を聞きたいだけなのだ!!」


 丈八蛇矛を一回転させて石突きを地面に当てる張飛。


「我々は洛陽の様子を……っ!?」


 言い切る前に関羽は息詰まる、ゆっくりと上体を上げた呂布を見て気圧されたのだ。

 右手に持っていた方天画戟を左手でも支えて、構えを取った。

 そう、先の一撃は呂布にして少し危なかったと、手加減してやれば一撃を貰うかもしれないとそう判断せざるをえないものだった。


「………」


 無言で構える姿は可憐な少女ではない、悪鬼羅刹を屠る鬼神。

 それを見て関羽と張飛は無意識に息を呑む、こうして対峙しただけで呂布は自分たちより強いと理解してしまったからだ。

 関羽と張飛だけではない、周囲の兵士たちも手を止めるほどの圧力。

 目を逸らしたらその瞬間に呂布に殺されるのではないかと、そう錯覚してしまうほどのもの。

 誰もが呂布の一挙一動に気を払う、見逃してはならないものだと本能が訴えかけてくる。


 そうして呂布の呼気、吐いた息だけで関羽と張飛の体が強張る。

 びりびりと肌に突き刺さる敵意が、かつて無いほどの緊張を齎す。

 話し合う為には武器を下ろすべきだ、それが今必要なことであるのは理解しているのに、意思に反して武器を下ろしたくないと本能。

 呂布が動く、ゆったりとした動き、それは攻撃の体勢。

 拙い、来るとそう判断した瞬間。


「待ってくれっ!!」


 関羽と張飛の後方、息を切らして動けない兵士たちを割って抜けだしてきたのは一刀たち。

 呂布の視線は関羽と張飛から、一刀たち一行に向けられた。


「俺達は戦いに来たんじゃない! 確かめに来ただけなんだ! 洛陽の様子を! 本当に董卓が悪いやつなのかどうか!!」


 一息で言い切る、でなければ拙い気がした一刀。


「教えてくれ! 本当に董卓は洛陽で圧政を敷いているのか!? 皇帝を捕まえて言いなりにしているのか!?」


 喉が渇く、呂布に見られただけで体から水分が一気に抜け出したような感覚さえあった。

 叩きつけられる殺意に、腰を抜かして失禁せず、声を張り上げられただけでも一刀には上出来すぎた。

 その一刀を見た呂布は、脳裏の言葉が浮かんだ。


『呂布殿、中央で攻撃するにあたって重要なことが一つあります』


 茶色の髪と瞳、自ら輝くような見たことのない服。


『劉備軍の中に劉備とは違った、変わった衣服を身に纏うもう一人の指導者が居ます』


 陳宮とそれほど変わらないように見える少女を引き連れて。


『知っていると思われますが、風評で広がる天の御遣いとやらですね』


 油断すれば一撃を加えてくるだろう武将を配下として。


『天を自称するのは非常に拙い、取って代わるつもりがあるやもしれないので皇帝陛下もいい気分はしないはずです』


 明らかに毛色の違う人物。


『宦官の専横からの乱れを利用してのし上がるつもりでしょう、真実を知らない民からの信望を集めているのも大陸に戦乱を呼ぶ要因となりえます』


 この男は。


『わかりますね? この大陸に天は二つと要らない。 ですから、天の御遣いは──』


 居ない方がいい。


「っ!?」

「ご主人様っ!」

「愛紗っ!」


 辛うじて反応できた関羽が、爆ぜるように駈け出した呂布と立ち尽くす一刀の間に割り込んだ。


「ぐうっ!?」


 薙ぎ払われた方天画戟の一撃を、青龍偃月刀を盾にして受け、まるで風に吹かれた木の葉のように吹き飛んだ。


「お兄ちゃん、駄目なのだ!」


 言いながら張飛が踏み込み、大岩でも貫く剛力の突きを繰り出す。

 しかし呂布は方天画戟を手元で回転させるだけで防ぎ、回転の勢いを殺さぬまま丈八蛇矛を上から叩き落とす。

 穂先が地面に深々と突き刺さる丈八蛇矛の上を滑るように方天画戟が張飛の首へと向かい、引けない丈八蛇矛を張飛は力一杯右足で蹴りあげた。


「あっつっ!」


 張飛の頭上を方天画戟の穂先が奔り、左手親指の薄皮が飛ぶ。

 よろめくように後退する張飛が次に目にしたのは、更に踏み込んで横薙ぎを繰り出していた呂布。

 張飛は石突きを地面に打ち付けて丈八蛇矛を縦に置き、関羽と同じように吹き飛ばされた。

 一刀や劉備たちはそれを見ているしか出来なかった、何が起こっているのか殆どわからなかった。

 ただわかっていたのは、命を守る盾が吹き飛び、死が目前に迫った事だけ。


 悠然と体勢を整える呂布、方天画戟の穂先が一刀に向いた後振り上げられる。

 その剛力無双の一撃は、一刀を両断してなお威力が有り余るだろう。

 数秒後に迫る死を見て、一刀は呟く。


「……本当に、董卓は悪かったのかよ」


 もしかしたら悪くないかもしれないと、ただの噂で実は良い人なのかもと。

 確証もないままふらふらと漂って、その結果がこの状態。

 自分だけならまだ良かった、だけど後ろには劉備や諸葛亮、鳳統だって居る。

 平和を願ってやまない皆が、自分のせいで死んでしまうことがとてつもなく悔しかった。

 失敗を取り戻そうとするのが遅すぎた、情けなくて、涙が零れ落ちそうなほどに、後悔がどんなものか初めてわかった一刀。


「……悪くない」


 悔しみながらの一刀の問いかけに、振り上げた方天画戟を留めてぽつりと呂布は返す。


「月も、詠も、恋も、ねねも、霞も、華雄も、空だって、誰も悪くない」


 ゆっくりと構えを解いて、方天画戟の矛先を一刀に向ける。


「悪いのはそっち」


 呂布が話に乗ってきた事で、一刀は間違えないようにもう一度聞いた。


「……本当に誰も悪くないのか?」


 呂布は頷く。


「……それに」


 じっと一刀を見つめる呂布、見つめられる一刀は呂布を見つめ返して言葉を待つ。


「居ない方がいいって」

「居ない方がいい?」


 誰が、と聞こうとして見つめられた意味がわかった。


「……俺が、居ない方がいいのか?」

「なんで、ご主人様が居ちゃいけないの?」


 一刀の存在を否定されたことに、隣の劉備が我に返って理由を問う。


「……空が怖がるって」


 そら、これまでの事から多分誰かの真名だと当たりをつけた。


「……その人は、えっと……」

「劉協、えらい人」


 呂布の口から出た姓名を聞いて、こぼすように諸葛亮が呟いた。


「皇帝、陛下……」


 その事実は大きかった。

 宦官や黄巾党の惨状を見て平和を願い、彼女たちの旗になることが皇帝を恐れさせた。


「天は二つも要らない、だから居ないほうがいいって」

「……それは、誰が言ったのですか?」


 鳳統が聞く、呂布の話を聞いていれば誰かから聞いたような口ぶり。

 では天の御遣いが存在してはいけないと、そう断ずるのは一体誰なのか。


「玄胞」


 そうして呂布の口からこの戦いにおいて、最も重要な位置に居るだろう姓名が挙がった。

一刀もげろと念じてももげない、ハーレム健在ッ! ハーレム健在ッ! ハーレム健在ッッ!


なぜ呂布は攻撃をやめたのか、それは……一刀の瞳が捨てられて雨に濡れた子犬の瞳と似ていたから(嘘です)


あと空さん、誰の真名かわかりますね?

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