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巧言の人

 命令に従わない、と言うのは中々勇気がいるものだ。

 どんな命令であれ従わなければならない、と言うのは命令する立場の言い分でしか無い。

 口では了解しても、心では不満を漏らし、内容によっては恨みもするだろう。

 それでも従うのは規律を守らなければならないのは、軽くはない罰があるから。


 人は一人ではなく、群も一人ではない。

 無数の人が集まり形成されて出来上がるもの、軍は群れでその巨大さ故に纏まらなければならない。

 規律を厳守し、それを破るものには罰則を課す。

 でなければ軍は軍として機能せず、有象無象の集まりでしかなくなる。


「……貴女も兵を束ねる将軍なのですから、その程度は理解して欲しいものです」


 五千ほどの兵を残して、進んでいく玄胞隊を見送るのは隊長である玄胞。

 背中を向けたまま語りかける相手は、後ろ手に腕を縛られ胡座の状態で足も縛られて身動きの取れない華雄。

 猿轡までして、完全に自由を奪うも視線は射殺さんばかりの睨み。


「……外してください」

「……ッ、貴様は!」


 玄胞の合図で猿轡を外された華雄は当然吠えるが、まるで聞こえていないかのように前に出る。


「……玄胞様」


 周りの親衛隊が華雄に近づかぬよう制止を掛けたが、玄胞は不要だと手を振る。


「強かったですか?」


 華雄の前に出て、膝を着いて聞いた。


「なに?」

「孫 伯符は強かったですか?」


 睨みから怪訝な表情になった華雄は、その後に歯を食いしばって答えた。


「……虎の子は虎だった、だが私はまだ負けておらん!」


 その主張は当然だった、弱いと断じたなら遅れを取った華雄自身も弱いことになる。

 己を貶めず、負けてはいないと主張する華雄。


「……なるほど」


 それを聞いた玄胞は笑った、面白可笑しくて声を上げる大きな笑みではなく、ほくそ笑んだような表情だった。


「負けていないのならどうしますか? 我儘な子供のように喚き立てて縄を解けと叫びますか?」

「わかっているのなら早く解け!!」

「そうしてまた孫策のもとに向かうのですね? では忠告しておきましょう、貴女に次はない。 得物を振りかざして、孫策に討たれる。 それが貴女に待ち受ける出来事ですが──」

「ほざけっ!」


 それこそ噛みつかんばかりに歯軋りで音を立てる華雄。


「幾らでもほざきましょう、次に見えれば貴方は死ぬ、孫策に負けて死ぬ」


 それを聞いて大きく軋んだ、華雄を縛る縄が今にも弾け切れそうに音を立てた。


「ならばどうすればいいか?」


 周囲の親衛隊がそれぞれの得物を強く握り警戒するが、玄胞は気にせず更に近づいて呟く。


「強くなれば良い、誰にも負けないほどの高みに登れば──」


 華雄の瞳を見つめながら、誘惑の言葉を掛けようとした所に親衛隊の壁が開いた。


「報告! 顔良将軍が負傷した模様!」

「……状況は」


 華雄から視線を外して振り返り、膝を付いている伝令に問う。


「張遼将軍と夏侯惇の戦いは継続中、顔良将軍は負傷し、文醜将軍は夏侯淵の弓を破壊したとのことです」


 それを聞いた玄胞は、予想よりも良い報告に少し表情を歪める。

 現状から鑑みれば良い推移ではあるが、正直な所文醜と顔良の二人が夏侯淵の傍まで迫ることは出来ない可能性が大きいと判断していた。

 下手をしなくても射殺される、実際に見た過去の夏侯淵と現在の集めた夏侯淵の情報から腕前は恐ろしく立つためにそう考えていた。

 それなのに得物を破壊するまで迫れるとは、二人の能力を低く見すぎていたかもしれないと玄胞。


「となれば手が足りないか」


 考えをまとめ、華雄に向き直りながら言う。


「拘束を解いてください」

「……よろしいのですか?」

「ええ、手を上げるなら間違い無く処断されますから」


 言われても玄胞の安全のために躊躇う第一親衛隊の隊長、それも玄胞に『早く』と呟かれて華雄の拘束を解く。


「貴女には右翼に行ってもらいます、張遼殿は曹操軍の夏侯惇と打ち合っているでしょうからこれを救援に向かってください」

「左翼は、孫策はどうする気だ!」


 素早く立ち上がった華雄は、腕についた縄の跡を一度擦って玄胞に言った。


「あれはどうにでもなります、問題は中央と右翼。 まだ文醜は戦えるでしょうが無為に消費したくありません、ですので貴女は夏侯淵を牽制しつつ、夏侯惇を張遼殿と一緒に討ち取ってください」

「放っておけと言うのか、奴を!」

「……おかしいと思いませんか?」

「回りくどい言葉など要らん! さっさと言え!」


 今の状況に対して玄胞は問うが、華雄は知ったことかと続きを強要する。


「敵右翼の曹操軍は将兵ともに精鋭、層も厚く手こずるのは必至。 ですが中央の劉備軍の武将は相当なものでしょうが、兵は寄せ集めに過ぎない。 だと言うのに未だ劉備軍は健在で、呂布隊は突破できずに居る」


 考えられる理由は軍師と武将が非常に巧みであるか、呂布が意図的に劉備軍の掃討を行なっていないか。

 無論後者をする理由は呂布には無く、前者である可能性が高い。

 本来の戦力差であれば鎧袖一触が良い所であるはず、それが出来ていないとなれば予想以上に屈強であったということ。

 となれば華雄を送り込んで状況の打破を狙いたいが、顔良が戦力外になった右翼、曹操も放っては置けない。


「今貴女に膠着している状況を打ち破ってもらいたい、当然これは命令であり断る権限は貴女にはない。 それでも不服として従わないと言うのであれば、貴女は皇帝陛下の名の下に罰を課されることになります」


 既に華雄が命令に背き、左翼の状況を悪化させたと洛陽に使いを出している。


「その時は貴女は間違い無く将軍職を解かれ、重ねた罪状のもとに刑罰を与えられます。 当然それを不問とさせるには命令に従い、曹操軍の夏候淵を討ち取るか、最悪夏候姉妹を退けるか」


 やはりと言うか、それを聞いて華雄が怒りに煮え滾っていた。


「先ほどの貴女が放った言葉は己の武を汚していることに気が付いてもらいたい、貴女と孫策の一騎打ちを見た他の将は本当に貴女が負けていないと賛同してもらえると思っているのですか?」

「ならばなぜ退かせた! 汜水関で貴様が言ったことはただの騙りか!」


 強く強く、常人ならば慄き気絶しかねないほど殺意が乗った視線を華雄は向けた。

 玄胞が差し出した短刀のお陰で運良く助かった、認めたくはないが見過ごせない事実。

 なればこそ死力を尽くして戦わねばならない、それにより死ぬとしても己を欺くことが出来ないからこその憤り。


「いいえ、事実です。 しかし私にとって貴女は死んでほしくなかった、だから退かせました」


 一つため息を吐いて、玄胞は話を続ける。


「どうも武人の皆は自分を大切にしようとしない、残念ながら私は武人ではないので貴女方が言う誇りとやらはわかりかねます。 命を懸けるに相応しいと言うのも……」


 そう言いかけた玄胞は喋るのを止め、もう一度ため息を吐いた。


「こんな事を言い合っている場合じゃありません」


 踵を返して背中を向け、周囲の親衛隊に命じる。


「将軍の得物を持ってこさせてください」

「おい! まだ話は終わっていないぞ!」

「一騎打ちで貴女は敗れた、それを見取ったのは趙雲殿。 負けと判断されたのが不服であれば、そうなった原因である貴女自身の不甲斐なさを責めてください」


 華雄が不覚を取らなければこうはならなかった、そう言って話を終わらせる玄胞。


「……孫策は早々負けるような者ではない、再戦を願うのであればこれから貴女が死なぬよう精進することです」


 親衛隊の一人が華雄の金剛爆斧を持って走り寄ってくる、そうして差し出された金剛爆斧を引ったくるように華雄は手に取る。


「言っておきますが、夏候姉妹は恐らく孫策よりも強いですよ。 特に姉の夏侯惇は一騎当千の猛者、隙を見せなくても正面から叩き切られる可能性が高い」


 言い切って遥か遠く、玄胞は曹操軍が居るの方向を指さして。


「示してください、もう一度孫策と戦える資格があるかどうか。 無ければ死に、有れば生きる。 自然の摂理に則った単純な結果を見せていただければ、例え陛下であっても貴女と孫策の再戦を邪魔させません」


 孫策よりも強いと言わしめた夏侯惇、単純な強さで測るのであれば華雄は死んでしまうかもしれない。

 だが身を燃やし尽くすような執念が、その結果を覆すことももしかしたらあるかもしれない。

 天が定めた運命をも乗り越えるのであれば、華雄はさらなる高みに登ることが出来るかもしれない。


「運良く助かったのは天命か、それとも本当にただの偶然か」

「……玄胞、あの短刀を出せ」


 話を断ち切ってそう言われて、懐から短刀を取り出すのを躊躇う玄胞。


「……あの約束を果たすつもりですか?」

「いいからさっさと出せ!」

「理由をお聞かせ──」


 華雄が動く、目の前にいた玄胞も含めて周囲の誰も反応できない速度で手を伸ばした。


「……いいか、しっかり覚えておけ。 次はない、もし一騎打ちを止めるような真似をすれば殺す」


 華雄が玄胞の首を絞め上げ、指を深く食い込ませながらあっさりと持ち上げて言う。

 周囲の親衛隊は得物を華雄に向けて、その手を離せと大声を上げるも華雄は鼻で笑う。


「……ふん」


 華雄は手を放し、尻餅をついて大きく咳き込む玄胞を見下ろした後。

 緩んでいた玄胞の懐に手を突っ込み、割れた鞘に入った短刀を奪い取る。


「退け! 邪魔だ!」


 その短刀を腰に、正面からでは触れられない背中の方へと結びつけ。

 周囲の親衛隊に一喝して、向けられた切っ先や穂先など全く恐れずに歩き出す華雄。

 親衛隊が割れて華雄は近場の兵から馬を奪い、前線へと駈け出していった。


「お怪我は!?」


 親衛隊の隊長が走り寄り、座り込む玄胞に声を掛けて気が付いた。

 咳き込みながらも玄胞の体は震えていて、その評定には笑みが張り付いていた。


「んんっ……、はぁ……。 はは、これなら……」

「玄胞様……」


 もしや首を絞められ殺されかけたことで気が違えてしまったのでは、と親衛隊隊長は考えたがすぐに玄胞は立ち上がって指示を出し始めた。


「これより攻めに入る! 今まで以上に気を引き締めて望め!」


 そう号令をかける玄胞の顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。

死亡フラグは二度立つ


申し訳ないですが前回までの感想への返事はスルーさせて頂きます

返答に時間がかかりすぎますので、ちゃんと全て読ませてもらってますので返事欲しかった方には申し訳ありません

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