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殲滅準備を始めて進行する人

 趙 子龍、荀 文若、郭 奉孝、程 仲徳の四人を袁家の客将として迎え入れて五日ほど。

 四人に仕事を振り分け、上手く慣れ始めた頃。

 玄 郷刷がいつもの様に自室兼執務室で仕事をしている時、一人の文官が一枚の紙を持って部屋を訪れた。


「賊が現れた?」


 それは袁 本初が治めるこの領地に、商人を襲い街を荒らす賊が現れたと報告が上がる。

 被害が出て非常に困っているから追い払って欲しいとの嘆願書だった。

 それを聞いて玄胞としてはどこから現れた? と言う気持ちが強い。

 軍備もさることながら、内政面でもかなりの力を入れている。

 それは袁紹が座するこの街だけではない、領地内にある街全てに目を向け対処するようにしている。

 勿論全ての街が思いのままと言う訳ではない、だがよく上がる類の不満は対処法を記した竹簡を配って対処させている。


 玄胞は嘆願書を受け取り、それに視線を落とす。

 出来るだけ細かい点にも目を向けているため、他の領主が治める街よりも不満は少ないだろうと玄胞は考えていた。

 嘆願書を見るに領地の街の庶人が賊になったわけでは無さそうで、賊がどこからとも無く現れて商人を襲い街を荒らしているといった感じで書かれている。


(となると他所から流れてきたか)


 迷惑な事この上ない、治安が悪くなれば廃れると言うのは自明の理。

 発展を目指すなら限りなく治安の向上に尽力し続けれならない。

 内から現れるならこちらの不手際と言う事で対処も出来るが、領地外から問題がやってくるとなるとどうしても後手に回る。


「はい、死者も出ているようですので……」

「この街の兵はどうしましたか? 早々賊にやられないと思うのですが」

「数百程度なら問題ないと思われますが、何分数が……」


 襲われ荒らされた街に駐屯していた兵の数は3000ほどだったはず、優れた将が居ないとは言え厳し目にしている調練で練度も低くないはず。

 実際数百程度なら文字通り蹴散らすはずの戦力差なのだが、と玄胞。


「報告では七千を超えると」


 まさにどこから現れたと言う数でかなりの大規模な勢力。

 これほどとなると賊と言うより一つの軍勢と言った方が違いない、国境警備も置いている筈なのだがそう言った報告も上がらなかった。


(国境は連絡を出す暇も無くやられた?)


 夜に紛れて強襲でもしてきたか、その勢いのまま移動して街へとたどり着いたと、数の暴力に玄胞は眉を顰める。


「放ってはおけませんね、袁紹様に献策してきますので玉座の間に全将を集めるようお願いします」

「はっ!」

「あと出陣の準備を、兵数は二万、兵站から装備の準備を私の名で命じておいてください」

「に、二万ですか……」


 その大群に慄いたのか、文官の声が上ずる。


「二万です、内騎兵の数は五千ほど、弓兵も五千で残りは歩兵で、重装兵は必要ありません」

「はっ! お任せを!」


 そう重要な報告としてあげてきた文官は、玄胞の自室から頭を下げて出て行く。

 見送ってから玄胞は腰を上げる、やりかけの仕事をそのままにして兵と兵站、率いる武将と軍師を廻らせ考える。


「……計略で無ければいいが」


 湧き上がる一つの不安に、玄胞は歩きなら一つこぼした。







 場面は変わって袁 本初の自室、玄胞は大事な用があると袁紹に目通り。

 数が大きい賊が他の街で暴れていると、そう袁紹に具申する。


「なぁんですって!」


 膝を着いて頭を垂れる玄胞を前に、振り返りながら声を上げる金髪縦ロール。

 腰に手を当て、大きめの碧眼で玄胞を見下ろすのは玄胞の主である袁 本初。


「このわたくしの! 名門たる袁家の領地で! どこの誰とも知れない下賎な賊が暴れまわっているとおっしゃるの!?」

「御意に」

「安景さん! 出陣ですわ!!」


 と、詳しい話も聞かずに出陣を命じる袁紹だが。


「迅速な判断、真に英断だとは思われますがまずは策を用しましょう。 本初様は下賎な賊とは言え無策で突撃して力尽くで叩きのめすのと、華麗な策を用いて完全勝利を飾るのと、どちらがよろしいのでしょうか?」


 考え無しを玄胞は嗜める、それに対して袁紹は。


「それは勿論完全勝利ですわ!」

「でしたら玉座の間へ、既に将官を招集しております」


 立ち上がる玄胞は袁紹よりも頭一つほど高い、目線の高さの違いから袁紹を見下ろす事になるが。

 その顔には微笑が有り、一歩身を引いて勧める。


「行きますわよ、安景さん。 ちゃっちゃと策を決めて愚かで下賎な賊を殲滅しますわよ!」

「御意」


 ズカズカと部屋を出る袁紹の後に続く玄胞、その勢いのまま玉座の間へ。

 前に着くなり扉を自らの両手で押し開き、壇上にある玉座へと開く一直線の赤い絨毯。

 その端に袁家の武官と文官がずらりと整列し、その列より一歩前に出ている趙雲、荀彧、郭嘉、程昱の姿も見える。


「姫ー、遅いぞー」

「文ちゃん!」

「王たるもの、窮する場合で無ければ一番最後に顔を見せるものでしてよ」


 高笑いしながら赤い絨毯の上を歩み、壇上の煌びやかな玉座へと腰掛ける。

 後に付いていた玄胞は、軍師の定位置と言える玉座の隣に佇む。


「安景さん」

「はっ、此度の召集は賊の討伐に関するものです。 南皮の西に出現した七千もの賊に対し、討伐する為に兵を派遣する事となりました」


 七千と言う大群に各官から声が漏れるが、それを制するのは玄胞。


「この度の賊の発生はその規模から見て、領地の街から発生したものではないかと思われます。 恐らくは他所から国境を越えて入り込んできたのでしょう、勿論領内で発生した可能性もありますが、現状から見るにその可能性は低いと言わざるを得ません」


 一遍した後、するべき事を話し続ける。


「当家がやる事とは嘆願を受け入れ、弱者から全てを奪う下賎なる賊どもをその奪われる弱者へと叩き落す事。 つまりは賊の殲滅、一人たりとも逃さず葬る事です」


 よろしいですね? と二の次を告げずに同意を求める。

 それに対して。


「応ッ!」


 と力強い返事が返ってくる。


「本初様、兵を率いる将に客将の方々を用いたいのですが如何でしょうか?」

「安景さんにお任せしますわ」


 即答で返した袁紹に玄胞は頷く。


「感謝いたします、それでは趙雲殿。 貴女には兵を率いて前曲での活躍をして貰いたいのですが、よろしいでしょうか?」

「……なるほど、承りましょう。 して、兵は如何程に?」

「趙雲殿は騎兵を五千として敵陣を引き裂いていただき、後詰めとして郭嘉殿を副官として文醜殿に歩兵五千を率いて騎兵が逃した敵を討っていただきたい。 よろしいでしょうか?」

「分かりました」


 星と郭嘉が頷き、文醜もへーいと返事を返す。


「文醜殿、必ず郭嘉殿の声に耳を傾けてください。 それと適当に突撃など絶対にしないでください、したらしたで色んな罰を与えますから」


 そう言って玄胞は文醜へと念入りに言い聞かせる。


「そうですわよ、猪々子さん。 安景さんの言いつけを守らないとお仕置きされても知りませんわよ」

「わかってますってー、ってお仕置きなんて一度もされた事ないじゃないですか」

「……郭嘉殿、申し訳ありませんが文醜殿の事をお願いいたします」

「はぁ、分かりました」

「え、ちょっと! あたいはそんな突撃ばっかしてないって!」

「まあまあ、文ちゃん少し落ち着こうよ」


 そんな様子の文醜に、少し呆れ気味に郭嘉が頷く。

 玄胞は文醜の否定する声を流しつつ、話を続ける。


「荀彧殿と程昱殿は本陣での大局の推移を見て、戦略の立案を補佐していただければ」

「でしたら総軍は一万五千ほどですかー?」

「いいえ、二万です」

「……また随分と」


 二万、数の上では非常に大きい。

 だが袁家としては問題ない、財政は完全に余裕を持っている。

 倍にした所で問題は無いほど、有るとすれば袁紹軍ではなく賊軍の方だろう。


 七千が七千のまま動くとなると相当に消費が大きくなる、生き物であるからこそ糧食を消費して生きていく。

 だがその糧食を賄う為には調達しなければいけない、自身らで作るにも長い時間が掛かる。

 そうするのであれば賊になどならず、どこかの街で仕事をしていたほうがましだろう。

 だがそうはしない、真面目にせっせと仕事をするより、持っている誰かから奪ったほうが速いと言う、味わってはいけない甘い蜜を覚えてしまった。


 袁家の領内であれば仕事にあぶれさせる様な真似はさせない、街は日々発展し人手が足りないくらいなのだ。

 勿論袁家の領内は例外中の例外、仕事があって身を休める家がある。

 働いて金を稼いで、その金で食糧を買って腹を膨らませ、暖かい寝台の中で一日の終わりを過ごす。

 たったこれだけが出来ない者は全土に居る、だからこそそれを求め衣食住を得られる袁家の領内に移ってくるという状態。

 普通であればそれで良い、袁家はそれを笑顔で受け入れよう。


 だが不逞を働く者に笑顔など向ける必要が無い、行き成り現れて真面目に働いて得た金や食料を無理やり奪っていく輩などに慈悲をくれてやる意味は無い。

 故に撃滅、故に殲滅、故に破滅を袁家は賊に齎す。

 だからこそ二万と言う軍勢は過剰ではない、これは玄 郷刷の意思、ひいては袁家の意思。

 人の領内で横から掠め取っていくような輩を、袁家は全力で叩き潰すと言う宣言でもある。


「では、本初様」


 袁紹に向き直って、玄胞は一歩引いて頭を下げる。

 そうして袁紹は立ち上がり。


「さあ皆さん! 名門たる袁家の領内で不貞を働く賊を、雄々しく、勇ましく、華麗に殲滅ですわ!」


 武官、文官問わず拳を上げて声を出す。

 そうして官軍でさえ早々運用できない大軍が、賊の喉元を食い破ろうと動き始めた。

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