迫る人
すみません、短いです。
移転先にてこの話が掲載した時には、シーンの追加などで2~3倍に増えているはずです。
正味10時間ほどしか無いですが、楽しんでいただければと。
それと活動報告の方にて移転先のことを書いております、気になる方は活動報告の方を覗いてください。
「………」
冷静に、沈着に、現状の最適を導き出す。
左からは文醜、右からは顔良、素早く視線を向けて脅威となり得るのはどちらかを決める。
手に持つ五本の矢を餓狼爪の弦に番える、そして素早く、かつ正確に鏃を顔良へと向けた。
標的が自分だとわかるや否や、剣を持つ右腕を水平に胸の前に、左腕は右目を隠すように顔の前に斜めに置く。
急所となる心の臓と、同じく急所となる頭に出来るだけ当たらぬよう、腕の一本や二本犠牲にして守る算段。
そう判断した夏侯淵、だがそれでは甘いと言わざるを得ないのが夏侯 妙才の妙技。
左右から走りこんでくる袁家の双璧の片割れ、顔良へと向かって狙い澄まし引き絞った弦を解き放つ。
まるで餓狼爪に連射するための機構が付いているかのような射撃、大気を引き裂いて矢が顔良へと殺到する。
「っぅ!」
血が弾けた、あっという間に到達した一と二の矢が顔良の右の太ももに深く突き刺さって体勢を崩し、三の矢が鎧を貫いて右肩を抉って上半身を揺らす。
その衝撃か痛みか、それ故に握れなくなったのか顔良は剣を手放して走る速度を大きく落とした。
顔良の武器と機動力の喪失を見届けた夏侯淵は上半身を左へと動かす、顔良の無力化を成した次は文醜。
「とぉぉぉぉぅしぃぃぃぃぃ!」
重量のある大刀を持つ文醜は当然に遅い、名も無き雑兵と比べれば十二分に速いと言えるが、夏侯淵からすれば矢筒からを引き抜き、弦に矢を番えて狙い放つ時間があるほどに遅い。
叫びながらの文醜は斬山刀を振り上げて走り込んでくる、先のように幅広を利用して盾のように扱えばよいものを、と文醜の失態を憐れむ。
「終わりだ──っ!」
弦を引き絞る夏侯淵の指から、滑るように弦が離れようとして、眼前。
音を立てて弓が衝撃で揺れる、連動して弓に引っ張られて腕も動く。
そうして矢が狙った箇所へ飛ばず、文醜の右頬をかするに留まった。
夏侯淵の視線が左上へと動く、弓に当たって軌道を変えた剣は回転しながら山なりに飛んでいく。
「侮ったか!」
夏侯淵が視線を戻した時には文醜が眼前に迫り、肩が動き出していた。
怒号、そのまま怒りに駆られた体ごと突っ込んでくる。
「あたいのぉぉぉぉぉっ!」
夏侯淵は後方に飛ぶ、続くように文醜は上半身を右にひねる。
「かわいいぃぃぃぃぃっ!」
夏侯淵は矢筒に手を回すが矢を掴むには至らない、それをさせずにいたのは走るのではなく前に飛び込んでくる文醜。
「斗詩にぃぃぃぃぃっ!!」
肩からぶつかってくるように、腰、肩、腕、そして斬山刀を握る両手が連なって疾走る。
容易く人体を両断しうる一撃を受ける訳にはいかない夏侯淵、斬山刀の刃渡りをその目で捉えて計算。
文醜の攻撃を避けて体勢を整え、その勝利を得るための光明をたぐり寄せる。
「当たらん!」
紙一重、衣服にかすること無く斬山刀は豪快に空振り、袈裟懸けの一撃は大きく地面を抉るだけ。
爆発したような地面の傷跡に土煙、さらに飛んで後退する夏侯淵は矢を指で掴んで引き抜く。
そうして弓に矢を番えた瞬間、文醜は飛んでいた。
「だりゃあああああっ!!」
文醜は空中で斜めに一回転、強引に斬山刀を地面から引き抜きながら再度袈裟懸け。
ただ力だけで振り回す一撃は夏侯淵の予想以上に速く、弓を構えようとしたこともあり回避に遅れを取った。
「ぐっ、うっ!?」
斬山刀の切っ先は夏侯淵には届かなかった、だが手に持つ餓狼爪には届いていた。
餓狼爪の上端、張った弦を留める弓身が大きく歪んで減し曲がる。
その衝撃で夏侯淵の手から弾き飛び、地面に叩き落とされ反動で一度跳ねた。
文醜はまだ足りないと着地と同時に、地面を抉った斬山刀を動かさずに大きく踏み込む。
夏侯淵に背中を見せるように右に回転、斬山刀の柄に手を置いた腕が左から右へと動く、
「これでぇぇぇぇぇ!」
斬山刀を引っ張る、文醜の左肩が右から左へと流れ、遅れて腕とその先にある斬山刀が唸りを上げた。
それは致命的どころか絶命の一撃、当たれば上半身と下半身が泣き別れる一撃、なればこそ当たってやる訳にはいかないと夏侯淵。
右斜め後ろ、迫る斬山刀の刀身を僅かであるが遅らせ、なおかつ落ちた餓狼爪の近くへと寄るために回避。
そうして轟音と共に血と肉が飛んだ、痛みを堪えて地面を転がりながらの夏侯淵。
出来る、夏侯淵はそう判断した。
一介の武将にしては十分すぎる、袁家の双璧と言われるだけの力を持っていると。
動きを見て侮った面があっただろう、姉や主君との武を比べてしまったのだろう。
気を引き締めたつもりであった、それがこの結果。
夏侯淵は跳ねるように飛び起き、近場にあった使いものにならない餓狼爪を左手で拾い上げる。
「……あたいの勝ちだな!」
弓身が大きく歪み張りのない弦の餓狼爪と、腹部にあるえぐられた横一文字の裂傷。
今も血が裂けた衣服に染み込み続け、醜い傷跡を大気に晒していた。
「……ああ、お前の勝ちだ」
得物を破壊され傷を負った、深いとは言えないが放っておけば出血で死に至る。
対して文醜の傷はほんの浅い右頬のかすり傷、得物の斬山刀も健在でまだまだ戦える。
勝敗を見れば文醜の勝利と言えるだろう、読み違えたのは怒りを力に変えたからか。
(……これは駄目か)
傷口を確認して傷具合を確かめて、そう内心呟く。
明らかにこの傷は跡が残る、果たして傷物になった自分を華淋様は変わらずに愛してくれるか。
頭の中に浮かぶその残念を振り払い、視線を文醜、そして離れた場所で膝を着いた顔良を見た。
顔良は無手、周囲にも得物は落ちていない。
それは当然だった、なにせ顔良は左手で片手剣を夏侯淵に投げつけたからだ。
まさに失態、無効化したと勝手に決めつけてしまった。
得物を右手から取りこぼした顔良は、この怪我では距離を詰められないと判断して落下する片手剣を左手で掴んで投げつけた。
それが無ければ夏侯淵は安々と文醜の頭を射抜き、その後は引き絞った矢を張遼へと向けていただろう。
その懸命の行動が勝利を手繰り寄せ、文醜が夏侯淵の餓狼爪を破壊して手傷を追わせることになった。
「……だが文醜、今ここで私の命をくれてやる訳には……! 姉者!」
文醜からその後方へ、更にその後ろの夏侯惇を見て叫ぶ。
声が届いて張遼を打ち合っていた夏侯惇は、一足にて飛び退き距離を取った。
「秋蘭!」
横目で妹の様子を見て、叫び返す。
「奴らが来ている! ここで我らを潰す気だ!」
夏侯淵に言われて張遼隊と文醜・顔良隊の後方に夏侯惇の視線が向いた。
そうして目にしたのは、曹操軍と張遼隊と文醜・顔良隊がぶつかる前よりも遥かに近づいていた、大きくたなびく金地に黒の玄の旗。
「言ったやろ? うちの相手をしててええんかって」
張遼は夏侯惇に笑いかけながら言う、時間稼ぎのハッタリを言ってみただけであったが現実の物となったことに笑いを隠せないでいた張遼。
「ま、恨まんといてや」
任せると言われた手前、玄胞の予定にはない行動に少し苦い思いを抱きながらも張遼の笑みが獰猛なものへと変わっていく。
「悪いんはあんたらや、ここで倒れてもらうで!」
構え直した張遼の言葉に乗せ、土煙を上げて金色の軍隊が整然と、そして勢い良く鋭い牙を剥こうとしていた。