次を考える人
「えーっと、聞き間違えちゃったからもう一回言ってみて、お姉様」
趙雲と戟を交わした後、自軍に戻ってきた馬超。
その中で従妹を探して見つけ、趙雲と交わした会話を聞かせた。
だがその従妹は耳が遠くなったのか、耳に手を当てもう一度と催促してきた。
「だから! 董卓って人は悪くなくて、悪いのはれんごむうぅ!?」
大声をあげようとした馬超の口を素早く塞いだのは馬超より頭半分ほど背の低い少女。
馬超の翠色をした衣服と同じ趣向の、橙色の衣服を纏い片鎌槍片手に慌てていた。
「たんぽぽっ! いきなり何するんだよ!」
「お姉様こそ何言ってるのよ!」
きょろきょろと周りを見渡してからたんぽぽと呼ばれた少女、馬 岱が怒鳴り返す。
「こんなところでそんな事言ったら周りから襲われちゃうでしょ!」
本来ならば馬超をからかうような軽い口ぶりではあるが、まさしく命の関わるような言葉にいつもの口調は消え去っている。
「しょうがないだろ! 趙雲ほどの武人が命を賭けたんだ、あれが嘘だったなんて思えないんだよ!」
「だからって、董卓って人が本当に正しいのかわからないでしょ!」
馬超の言い分は趙雲を信じたのであって、洛陽の董卓や袁紹が悪くない人と言う証拠を出されたわけじゃない。
連合軍を、馬超軍を罠にはめるための甘い言葉だったりするかもしれないと馬岱。
「お姉様が趙雲って人を信じたいのはわからなくないけど、罠だったらお姉様だけじゃなくて皆危なくなるんだよ?」
手を広げて馬岱を言う、もし趙雲の誘いが罠であったら馬超軍は手痛い損害を受けるかもしれない。
もし壊滅でもしたら馬超軍が受け持つはずだった負担が他の軍に及ぶ、最もその影響を受けるのは近い孫策軍であり、中央前曲を受け持つ劉備軍も引っ張られるように壊滅させられるかもしれない。
それなりの足並みを揃えてはいるが、どこかが崩れればそこから一気に全体が崩れてしまうかも、そう馬岱は言う。
「叔母様だって皇帝陛下を助けてきなさいって言ってたよね?」
「だから助けなきゃいけないんだろ! 悪いのは董卓だって皆言ってるけど、本当に悪い事してるのか確かめてないし……」
皆董卓が悪いって言って、馬超も董卓が悪い奴かと流されて連合軍に加入した。
そうしていざ戦いとなって矛を交えたのが趙雲、交わした会話は批難の声。
「たんぽぽだって本当に董卓が悪いって言えるのかよ!」
「そりゃあ董卓が絶対に悪い! って言えないけどさぁ~、絶対に悪くない! とも言えないでしょ? お姉様が言う通り確かめたわけじゃないし、逆に風評通で悪い事をしてるって事もあるかもしれないし」
その趙雲さんが上の人に騙されてるってこともあるかもしれないよ? と馬岱。
「そ、それは……」
馬超の主張をそのまま反転した馬岱の言葉に思わず呻く馬超。
「趙雲さんの話が本当だったとして、お姉様はどうするの? 孫策さんのところでも攻撃するの?」
「いや、黄蓋殿にも話してたし……」
それを聞いた馬岱がうーんと唸る。
「それだったら……、孫策さんの所と同じでいいんじゃない?」
「なんでだよ」
「孫策さんが向こうに付いちゃって、わたしたちが応じなかったら孫策さんと戦わなきゃいけないし」
趙雲の言を信じて連合軍から離反したら周りは敵だらけ、戦ってる間に董卓・袁紹軍が来るかもしれないけど。
孫策と反対の行動を取れば間違いなく孫策と戦うことになる、孫策軍は精強だって聞くし戦わないならそれに越したこと無いよね! と馬岱。
「たんぽぽ、お前!」
事なかれと、どうでもいいように聞こえた馬超は声を荒げる。
だが馬岱は飄々として聞く。
「どうするの?」
「……あたしは趙雲殿を信じる!」
「じゃあ用意しなきゃね、気付かれないで準備できるかなぁ」
周りの連合軍から怪しいと思われないで、内応の準備、と言っても自分の心構えくらいしか無い。
馬超軍兵士に目の前や隣に見える連合軍兵士に対して、味方のふりして待っていよう、なんて言っても全員実践できるわけではない。
時が来たら『真の敵は連合軍、突撃!』とでも馬超が声を上げて攻撃を命じる、馬岱はそれに遅れず付いていくことだけ。
「お姉様、叔母様に任せるって言われたんだからお姉様が決めないと」
この馬超軍は馬騰から預けられた将兵、そしてそれを率いるのが馬超であるから馬超軍。
だから今、この軍勢の行く先を決めるのは馬超の他はない。
兵卒から従妹の馬岱も、全て馬超の指揮下。
「お姉様が信じるって言ったら私たちも信じない訳にはいかないでしょ? だったら全力で当たらないとね」
馬岱は馬超の支援、命令とあらば了解して動かねばならない。
納得していなくても、馬超がこうすると決めた以上それに従う。
当然個人的に嫌な事でもやらなくてはならないが、馬岱からすれば恐らくは馬超が考えていることは本当かもしれないと考えていた。
聞いた話からすれば、馬超は趙雲と本気で向き合い槍を合わせた。
単純明快猪突猛進な従姉ではあるが、武に置いては偽りを置かせない。
本気で戟を交えたなら、多分趙雲は本気で言ったのだろう。
もし趙雲が騙されていたとして、それが判明した時は趙雲と共に全力で董卓・袁紹軍相手に戦うことになるはず。
それこそ趙雲も納得して仕掛けた罠ならどうしようもないけど、全力でやったらしいから嘘ではないだろうと馬岱。
「それで、董卓さん側に付くとして孫策さんに合わせるの?」
「あ、ああ。 そうだな……、合わせなくていいんじゃないか?」
趙雲を信じて董卓側に付くことは決めた、孫策の判断は関係ない。
応じなかったら戦うし、応じたら肩を並べて戦う、それだけ。
「……叔母様、怒るかなぁ」
「………」
馬家の命運が馬超の判断で決まった、連合軍が正しければ当然馬一族は無くなってしまうだろう。
馬騰の性格からすれば、馬超に責はなく、命じた自分が悪い、だから罰を一身に受ける。
そう言い出しかねないことを馬岱は確信していた、だからこそどちらが悪いのかはっきりさせて、命を賭けて事の顛末を収めなければいけない。
「やだなぁ~、こういうの苦手なんだけどー」
馬岱は両手を頭の後ろにやり、愚痴のように呟く。
戦だから危ないのはわかっていたけど、より危ない方に突っ込んでいってしまった事にぶつくさ。
「……たんぽぽ、今なら──」
「お姉様! 今さらそれはなしだって!」
一言言ってくるりと馬超に背を向けた馬岱。
「それじゃあみんな~、もう少ししたら多分動くと思うから気合入れていってね~っ!」
馬岱が手を上げて、背後の将兵に声をかける。
それに対して、声を上げて応えた。
「正念場ってやつ? お姉様も頑張ってね」
「たんぽぽこそ、遅れるんじゃないぞっ!」
馬岱の一言に不満気だったら悔しげだったりした馬超の表情は解れ、笑みを馬岱へと向けていた。
その頃、右翼の馬超軍の反対、左翼の曹操は響いてくる戦いの音を耳にしながら先を見据えていた。
「……桂花」
「はっ」
「あれは正面から来ないと思うのだけど」
「華琳様の仰る通りかと、我等を含め諸侯を欺くための策と思われます」
動いた玄の牙門旗は罠、曹操はそう判断し、確証を得るために軍師へと助言を求めた。
先んじて同意を返したのは筍イク、曹操と同じく玄胞は正面から来ないと断じる。
「風」
「はい~、桂花ちゃんと同じく来ないと思いますね~」
「それを行うほど愚かではないでしょうね」
「我々に仕掛けてくる戦力があるなら中央を狙うかと思いますよ」
曹操の問いかけに筍イクと同じく同意を返し、もっと効率的な行動に移していくだろうと予測を交えて程昱。
「稟」
「ここで常道に逆らうのは愚策でしかないかと、風と同じく玄胞殿なら薄い所、中央を狙ってくるでしょう」
「なればこその呂布か、やはり惜しいわね……」
戦いは数、小で大を打ち破る軍師の策があっても差が大きすぎれば覆せない。
今戦場に出ている実数はともかく、動員できる兵力に余裕がない連合軍と、虎牢関や洛陽に詰める兵で余裕がある董卓・袁紹軍。
両軍の兵力を数にして知っている者であれば、董卓・袁紹軍の有利と断じるだろう。
だがそれに胡座をかいて連合軍の中で一二を争う力を持つ曹操軍を攻め立てようなど、軍師であるならば愚か者と罵られよう。
つまり郭嘉が言う常道とは弱い所を狙うこと、強者である曹操を避けて弱者であるその他の諸侯を攻撃して連合軍兵士の数を減らす狙いだと見た。
「右翼は動いてないわね?」
「一進一退のようで、こちらと差ほど変わりがないという報告が」
「そして我が軍も足踏みしている……、春蘭たちもそう変わっていないでしょう?」
「未だ張遼と文醜・顔良双方の撃破に至ってはいません」
郭嘉の言葉に曹操は頷き、地響きのような音を鳴らしているはるか前方の前線を思う。
「……次の行動が鍵でしょうね、捨ておくのも不利を招く」
恐らくは前々から仕込んでいた策なのだろう、こうなることも予見していたのかもしれないとあたりをつける曹操。
その為に三人へ曹操を危険視していると言った情報を与えた、敵対した時に先入観を利用して罠へと落としこむための策。
「……これじゃあ弱いわね」
三人を手放した理由、どうせ利用するならこのような見え透いた状況に使ってくるなど勿体無い。
それだけで手放すには贅沢過ぎる、必滅の機会にこそ最も花開く策になるだろうにと、そこまで考えて一つ浮かんだ。
「……なるほど」
曹操は傍に控える三人の少女を見た。
荀イク、程昱、郭嘉の三人は見られていることに気がついて視線を返す。
「……華琳様?」
考えた通りであったのなら、満たすに足りなかったものが有ったということ。
「桂花、風、稟」
「はっ」
「比べなさい、私とあの男を」
曹操が言い放った一言に、それぞれが表情を変えた。
「そんなっ、玄胞とは比べようが─」
「人は一人では立てない、我が覇道足り得るためには必要よ」
戦ってこその覇道であり覇王、全ての者が我が道にひれ伏すのならそれは覇道とは呼べない。
「あの男、玄胞が私を覇王とする。 いえ、玄胞だけではない。 今この場に居る諸侯も、居ない諸侯も全て、私が覇を成すための存在」
出来なければ覇道など、ただの夢想でしか無かったということ。
「私に足りないものがあればすぐに言いなさい、玄胞が持ち得て私が持ち得ないものがあるならば手に入れようじゃないの」
この世に完璧なものはない、曹操も全てを出来るとは思っていない。
それでも完璧たらんとするには、学ばなければならない。
無論、無意味であれば学ぶことなど無いが。
「……わかりました」
荀イクはしぶしぶと、程昱は飴をなめながら、郭嘉は素直に頷いて応えた。
「……こうでなくちゃね」
玄胞を思い、曹操は笑う。
「春蘭たちに伝えなさい、全力を持って討ち滅ぼせと。 恐らくは張遼たちは時を置かずに違う行動を起こすでしょう、その時に我が軍は乗じるわ、罠であってもね」
「はっ」
曹操の命を傍で聞いていた伝令が前線へと馬に乗って駆け出す。
そうして遅々としていた戦場が、急激な動きを見せようとしていた。
馬岱さんがよくわからん、掴みにくいわ
あと本当の意味で完璧超人になった曹操……、終わりじゃね? この話的な意味で