想い願う人
華雄隊に後退の命令が届く十分前、黄蓋の死命を制し勝利を得る直前に第三者によって零れ落ちた。
叩き落され地面に穂先を食い込ませる趙雲が持つ直刀槍の龍牙と、その上から竜牙を抜かせまいと抑えつける十文字槍。
趙雲が竜牙を引き抜こうと巧みに牽制を掛けるが、それを見抜いて引っかかりもせず体勢の硬直を維持する少女。
「さぞや名のある将とお見受けする、名をお聞かせていただきたい」
これは拙いかと趙雲は竜牙を抑えつける武将が自身と比肩しうる者だと判断し、力尽くでも踏み込み槍の柄を滑らせて肩がぶつかる距離まで近寄る。
「……あたしは馬 孟起、西涼太守馬騰の名代だ」
肩をぶつけ、自身と黄蓋の直線上に馬超を置くように趙雲は動く。
黄蓋は既に趙雲と馬超から離れ、右手には矢を二本引き抜きいつでも矢を放てる体勢。
勝利までほんの少し、それこそ指先一つ分も無い距離であったのに一転して今にも討ち取られかねない状況に陥った。
「ほう、聞いた事がある。 西涼の馬超は力強い槍捌きに巧みな馬術を併せ持つ、無類無双の猛将であると」
「え? そ、そんな風評が流れてるのか!?」
「うむ」
趙雲の口から出た褒めるような言葉に、馬超は頬を少しだけ紅くして照れる。
「そして馬家は忠義に厚い者たちだと」
言い切って趙雲と馬超の視線が交差する。
「己が権力を掴みたいが為に無辜の民に犠牲を強いる連合軍に組するとは、所詮風評は風評であったか」
「なっ!? お前たちが皇帝陛下を操って民を苦しめてるんだろ!」
馬超は趙雲の言葉を耳にし、一転して表情が変わる。
そうしてギリギリと二つの得物が鍔迫り合い、互いに得物を封じ合っていた。
「我々が、いや、董卓が陛下を傀儡にして洛陽で圧政を敷いていると? なるほど、馬超殿はその目で見て感じ耳にして民の苦しみを聞いたというのだな?」
その中で趙雲は馬超がそうであると断定するに必要な理由を口に出す。
「そ、それは──」
しかし肯定の返事を返せず、明確な言葉を吐けず口ごもる馬超。
その様子に趙雲は追撃を掛けた。
「見れぬし聞けぬよな、何せそんな事などありはしないのだから」
そう言って趙雲は半歩体を下げる、可能な限り黄蓋から姿が見えぬよう動く。
その様子に黄蓋は弓をわずかに下げて足を動かした。
「馬超! 耳を貸すでない!」
巧みに馬超を盾にされては射ることは出来んと黄蓋、弓を構えたまま左右に移動する足取りで趙雲の隙を伺う。
当然趙雲は射られては堪らんと何とか調整して射線を遮る。
「悪い事は言わん、我らに手を貸すか軍を引け」
「……あんたらが悪い奴じゃないって証拠はあるのかよ!」
「では我らが悪だと言う証拠でもあるのか? 下らぬ風評に流され、戦乱を呼びこむ真似をしている貴公らの方がよほど悪と断じることが出来るぞ」
その一言に馬超はたじろく。
「そちらの御仁はどうだ! 貴殿の主たる孫策殿も権勢を振るいたいが為に民を虐げるか!」
「戯けが! 我らが主がそのような愚昧を犯すと思うか!」
「ならば得物を下ろし引け! 洛陽の様子を知らぬとは言わせぬぞ!」
「董卓と袁紹が悪でないならなぜ我らを迎え入れん? 風評が事実でないと示せるのなら安いことであろう、それをせんとなるとどう見ても董卓や袁紹が帝を操っているようにしか見えんぞ!」
それぞれの主張がある、己のため、他者のため。
誰もが譲れぬ行動原理によって動く、当然趙雲も譲れぬものを見つけての言動。
「偽りの風評にまんまと騙されて、徒党を組んで向かって来る者らを武器を下ろし迎え入れることが出来るか?」
「なに?」
「陛下は幼く物を考える事が出来んと思っているのなら大間違いだ、大挙して洛陽に迫る連合軍を危険視しておられる。 故に陛下に命じられ、こうして守りを固め迎え打ったのだ」
「……そ、それって、本当なのか?」
「これが偽りであればよかったのだがな、そうであったなら袁紹に付かずそちら側に居たであろうな」
「そ、それじゃあ……、本当に?」
冗談などの軽口を一切含まない、真実のみで塗り固められた趙雲の言葉に馬超は傾く。
「本当だ、真実を知れば連合軍に組みしたことを後悔するであろうな」
なおさら平和を求めている者であれば、と趙雲は付け加える。
「故に私は袁紹軍の将としてここに居る、戦端を開き大陸を戦火に沈めようとする愚か者たちを打ち払う槍と成らんが為に」
嘘偽りのない本心を馬超に叩きつける。
初めは興味と好奇心でしかなかった、風評に聞く玄胞と言う男がどれほどのものか気になっただけ。
己の槍が最も輝ける勢力を探し、今は魏の軍師となった三人と共に流浪して袁紹が治める冀州の南皮へと立ち寄った。
そうして目に入ったのは巨大な街だ、大陸中の様々な村や街を見てきた中でこんな街が有り得るのかと素直に感心した。
沸き立つ興味は大きくなりいざ蓋を開けてみればなるほど、尾びれ背びれが付きやすい風評に劣らぬ人物。
趙雲から見て中々に歪な男、話を聞くだけでは把握できない男であった。
試験を受け客将として袁家に入り、玄胞に付き合ってみれば何とも度し難い理想を掲げていた。
ただ夢や理想を口にするだけであったなら早々に袁家から離れていただろう、だが玄胞は現実を直視しての理想を実現しようと動いていた。
それは目に見える力となってそこにあり、荒唐無稽な理想が現実のものに出来るのではないかと頭を過るようになっていた。
ならばそれは天啓を得たと同じではないのか、己の武が、振るう槍が最も美しく最も過酷な理想を支えるのではないかと。
「我が言葉に共感せずとも良い、だが真実を己で確かめず非難するなど余りにも蒙昧すぎるぞ」
「………」
「これが最後だ、得物を下ろして引くか我らに手を貸せ。 貴公ほどの者が戦火を起こそうとする者に手を貸すでない」
「……本当に、本当にあんたらは悪くないのか?」
「我が武、我が誇り、我が魂に誓おう。 洛陽に関する悪しき風評は全て偽りであると」
そう言って趙雲は腕から力を抜いた、馬超からすれば致命的な隙。
槍を跳ね上げ致命的な一撃を馬超は加えられる、つまり馬超に死命を預けた。
それに驚き目を丸めて趙雲を見る馬超。
「……わかった、あんたを信じるよ」
「ほう」
「自分の命を賭けるなんて簡単にできることじゃない、だからあんたを信じる」
「馬超殿を騙すための詭弁かもしれんぞ?」
「それだったらもう動いてるだろ?」
馬超も槍を支える手に込めていた力を抜いていた、先ほどとは逆で趙雲が動けば馬超の命を奪うことが出来るだろう。
それをしていない以上、思いを込めた言葉は本物だと馬超は指摘する。
「……行け、ここは手を引こう。 だが戦いを止めることは出来ん、止められるほど軽くないことはお主もわかろう」
趙雲と馬超の言葉を聞いていた黄蓋も弓を下ろしていた。
その言葉の意味はこの場での戦いは収めるが、違う場所で出会ったのなら戦はなくてはいけないという意味。
「……孫策殿は本当に洛陽のことは知らぬのか?」
「知らぬ、……袁術に連れてこられただけじゃからの」
孫策たちには洛陽の様子を調べる余裕がなかった。
断ることはできないし、断れば袁術は色々と言ってくるだろう。
現状袁術に従うことしか出来なかった、それが今の孫呉の実情であった。
「ならば孫策殿に一つ伝言を」
「聞こう」
「その気があれば我々の行動に応じて欲しい、無論負けそうになったからなどと言う腑抜けた理由でこちらに付いてもらっては失望するが、と」
「戯けめ、お主の首魁に負けるほど策殿は温くはないわ」
笑みを作って黄蓋が言う、趙雲も同じように笑みを返し。
「馬超殿も考えて欲しい」
「……ああ」
趙雲を信じるといった手前、董卓・袁紹軍の内応に応じる結果になるのは当然。
裏切ることに罪悪感を感じながらも馬超は頷く、それからすぐ時を置かずに趙雲の後方から声が上がる。
「隊長! 後退の命が出ております!」
「……面白いぞ、玄胞殿は」
笑みを深める趙雲、獰猛と言える表情を作って言う。
そうして緩んでいた鍔迫り合いから趙雲は後ろに飛んで離れた。
「肩を並べられればいいのだがな」
素早く踵を返し、その健脚で趙雲隊に後退を命じながら下がる趙雲。
「……不用意に押し込むな! 新たな命が来るまで維持せよ!」
黄蓋も追撃を命じず、すぐに伝令を呼んで周瑜に事の顛末を伝えさせる。
「……なんだよ玄胞って」
「馬超! いつまでもつっ立っとらんで動かんか!」
「わかってるよ!」
趙雲ほどの武人が命を賭けるに値するほどのなにかを持っているんだろう玄胞に、少しだけ興味を抱いた馬超であった。
一刀と郷刷、接した時間が同じなら星はどっちに付いてただろうなぁ……?
反董卓連合編は後十話くらいかな?