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割り込まれる人たち

2011年最後の投稿になってしまった

 左右の華雄と張遼隊、僅かに遅れて呂布隊が反董卓連合軍と衝突して数分後。


「前曲は接敵したか」

「はい、華雄、張遼、呂布の三隊は交戦中とのことです」

「分かりました、文醜・顔良隊と趙雲隊も支援に入ったのですね?」

「はい、それぞれ支援に回っております」

「予定通りか……そうでなくては困るが、下がって良し」

「はっ!」


 今死闘を繰り広げているだろう前曲から遠く離れた後曲、そこで引っ切り無しに飛んでくる状況報告の伝令を相手取りながら遠くの前曲を見る玄胞。

 懐から取り出した木箱、袁紹から賜った眼鏡を手に取って掛ける。

 視界は鮮明に映り、より確かな動きを目で捉えることが出来る。

 しかし述べ二十万を超える兵士が峡谷にひしめき合うため、反董卓連合軍と董卓・袁紹軍の端から端で距離を測れば一里(約3.9キロメートル)を超える。

 その距離では自軍の前曲すら見えない、当然相手の陣容など状況確認の報でしか知ることはできない。


「処理が上手く行くか、こちらの動きを読んで中曲も動かしてくるだろうが……」


 恐らくは董卓・袁紹軍の将を討ち取るか捕縛するか、無効化したいと反董卓連合軍の軍師たちは考えているだろう。

 そう思うのは反董卓連合軍が力押し出来る状態ではなく、如何に被害を抑えて敵軍である董卓・袁紹軍の効率よく消耗させるかが勝利を得るために必要なものと考えているため。

 その手段の一つが隊を率いる将を無効化する事、それは古来の戦よりの常套手段。

 知恵者が揃うであろう反董卓連合軍の軍師たちは、それを狙い玄胞を欺いて罠に嵌めるよう動いてくる。

 ならば全体を無駄なく使うために中曲も利用して戦力の削ぎ落としを狙ってくる。


「……玄胞隊の旗手隊は文醜・顔良隊の後方に移動せよ、伝令兵に二旗を本隊に定めよと通達。 趙雲隊と文醜・顔良隊に側面から劉備軍に攻撃、隊長が支援で手が回らないのであれば副隊長に指揮させよ」

 

 続け様に命令を出し、戦況の把握と平行して部隊の行動を決めていく玄胞。


「誘いに伸るか反るか、あるいは逆手に取るか」


 逆手に取りたいだろう、一気呵成に攻め込む機会が欲しいだろう。

 だが時機を見誤れば冗談では済まない被害に遭う、まさに今大勢が入り乱れる戦場では勝敗は兵家の常たる所以を含む。


「………」


 もう一度遥か遠くの見えない反董卓連合軍へと視線を向け。


「……玄胞隊前進、前線を押し上げる。 各隊にも現状維持、前に出ている将には後退せよと通達。 趙雲隊は華雄を後退させるために援護を強めよ、決して華雄を討たれぬよう趙雲に伝えよ」


 必ずや奴らは仕掛けてくる、だからこそ罠を置いておく。

 見える武力と見えぬ知力がぶつかり合い、今戦況が大きく動き出す。






 その玄胞隊が動き出して数分後、それを知らせるために一人の伝令がとある軍師のもとに駆け込んできた。


「伝令! 敵軍に動きあり! 玄胞隊が左翼へと移動しています!」

「なに? 曹操軍から討つつもりか……、わかった、下がれ」

「はっ!」


 頷いて下がる伝令、情報を伝えられた軍師は長く艶やかな黒髪を流して唸る。


「ここに来て押し込んでくるとは、いや……。 投石機があるとはいえ、そも出陣してきたのは積極的にこちらを滅ぼすためだろうが……」


 腕組みをして考えるのは周瑜、その拍子に豊満な胸が強調されるように押し上げられるが気にする者は居ない。


「奴らに待ちがない……、いや、奴は待とうとしていない……。 挟撃は予想でしかなかったか? だが守る側が攻めて、隠したいことに対して意識を逸らせる事も考えられるか……」


 常套とは外れているこの戦い、戦術、戦略でこういった事態など遥か昔の文献にも残っている。

 所謂奇策の類で知られるが、この度の戦いはそれとも外れている。

 攻めと守りの逆転、それすらも気にするほどではない些細な事で、大軍と大軍の正面衝突と言う単純な物へと変化している。

 考えるべき前提が玄胞の手によって覆された、切っ掛けとして曹操の投石機があったとは言え、こうも駆け引きが薄れる戦いへと突入するなど予想しにくい。


「……馬超軍に伝令、我が軍の側面からの攻撃を警戒のため前進されたしと伝えろ!」

「はっ!」


 劉備軍の動きもどこか怪しい、警戒するに値するには十分。

 下手をすれば劉備軍があっという間に殲滅されるか、起こって欲しくはないが命惜しさに降伏でもされれば曹操軍と共に要らぬ被害を被ることになる。

 さらに劉備軍後方の公孫賛軍も大きな痛手を負う、呂布隊の勢いが衰えなければそのまま本隊である袁術軍、孫策軍や曹操軍に襲い掛かる可能性は十分。


「……雪蓮、あまり長引かせるなよ」


 戦場では常に予断がならないとは言え、今回の戦いは経験してきたどの戦いよりも厳しい物になる。

 そう考えて、親友であり主の孫策に憂いの言葉を周瑜は空へと掛けた。






「はあああああっ!!」


 聞こえるはずのない言葉を聞きとったのか、今まで以上の裂帛の気合を込めて斬りかかったのは孫策。

 速度に趣きを置いた鋭い一撃には、当たればただでは済まない力も込められている。


「ぐ、ぬぅ!!」


 大気を切り裂く袈裟掛けの振り下ろし、常人では何かが空を切った程度にしか認識できないもの。

 それを柄で受け流したのは華雄、一歩後退って素早く柄を持ち替える。


「ぬるいわっ!」


 跳ね上がる金剛爆斧の石突き、孫策の腹へと目掛けて放たれるも。

 上半身の捻りから入る孫策の回避行動、右足を軸として絶妙な平衡感覚によって半身を残して左に回転。

 大胆に華雄へと背中を見せながら左足はより深く懐へと踏み込み、右手の南海覇王が右下からの逆袈裟で華雄の左脇腹へと奔る。


「っ!」


 ここに来て一層の切れを見せた孫策に、華雄はまさしく遅れを取った。

 得物の金剛爆斧は孫策に当たらず振り上げた形で頭上にあり、一方の孫策が振るう南海覇王は振り出している。

 扱う得物の重さ、取り回し、それが顕著に現れ、華雄は孫策に死命を制された。

 それでも武人の本能か、回避を取ろうと体が動く。

 しかし遅い、間に合わない、得物による防御も、回避も徒労に終わる。


「ッ、チッ!」


 その一撃は必殺であり、華雄と孫策、両者にとって当たるものと断言出来る攻撃であった。


「……命拾いしたわね、全く運が良い事」


 だというのに激しい音と共に距離を置いて両者が視線を交わす。

 孫策は南海覇王を振り抜いた体勢で立ち、華雄は膝を突いてしゃがむ。

 先ほどと違う所があれば華雄の傷であろう、腹には一筋の赤い線とそこからわずかに垂れる赤い血。


「ぐぅぅぅううう! おのれぇええええっ!」


 華雄は激昂する、孫策に遅れを取り討ち取られかけた事と。

 孫策の攻撃を避けようと動いた所に、腰に据え付けていた短刀が南海覇王の軌跡に乗り、致命的な一撃の軌跡がずれて華雄は九死に一生を得た事に。


「こんな物に……!」


 目の前に落ちていたのは括りつけていた紐が千切れた短刀、短刀の刀身が収められた鞘には深い傷が刻まれ、刃が身を覗かせ鞘としての機能は失われつつある物。

 それを左手で掴み取って、砕かんばかりに握り締め締め上げたように声が出た。

 約束を違えた時に玄胞の命を奪うだったはずの短刀に、得物を持たず後方に引っ込む軍師などに命を救われたなどと怒りを滾らせる華雄。

 短刀から孫策へと視線を移しながら華雄は立ち上がる、握り締める短刀を投げ捨てようとして。


「華雄将軍! 将軍に後退の命令が出ております!」


 伝令が一騎打ちの場となった開けた空間の後方、退路を確保している華雄隊の中から声を上げる。


「後退だと!? 後退など必要ない! 孫策を討って袁術軍を蹴散らす!」

「へえ、言ってくれるわね? 今死にかけた猪がよくもまあそんな大口叩ける、本当に突っ込むしか知らないのね」


 華雄の物言いに孫策はやれやれと肩をすくめて呆れる。


「貴様っ──!」


 それこそ割れんばかりに力を込めた左手に、チクリと痛みが走る。

 指先から流れ出たのは血、鞘から覗く短刀の刃が華雄の指を傷つけた。


「……忌々しい!」


 命令とは間違いなく玄胞から出た物、言った通り命令なぞ無視して孫策と打ち合い、その勢いのまま袁術軍にぶちかますつもりである華雄。

 しかし事実として玄胞が差し出した短刀に命を救われた、こんな物に命を救われた己にも腹が立つ。

 腹は立つが後退の命令を聞いて下がれば孫策の言葉が、突っ込むだけしか知らないと言う言葉が偽りと証明できる。

 だがそれを跳ね除けてしまうほどに怒りは収まらない、ここで孫策を殺すと言う選択しか華雄は選べなかった。


「将軍!」


 華雄は短刀を手放して金剛爆斧を構える、激怒を表情に写して斧頭を孫策へと向ける。


「……大変ねぇ、玄胞も」


 呆れ果てた孫策は南海覇王を構える、この次は無く確実に命を取ると。

 二度目の一騎打ちが始まろうとした時。


「確かに」


 華雄の左、孫策の右から孫策軍兵士が吹き飛ばされた。

 現れたのは金色の鎧を纏う袁紹軍兵士、その先頭には兵士たちの隊長である趙雲。


「後退の命令は確かに出たぞ、それに露払いをしてやったというのにその体たらくではな」

「趙雲、貴様!」

「……趙 子龍か、何をしに現れた」


 華雄は怒りの視線を趙雲に向け、孫策は趙雲が現れたことにより態度には現さないが内心で拙いと考えていた。


(まさか二人がやられた? 討ったのならそのまま蹂躙するか冥琳の所へ向かってもおかしくない……、だけどそれよりも討つべきは私という訳か)


 二対一、自身と同等かそれ以上の相手が敵となればあっという間に討ち取られかねない。

 しかし、危惧はあれどそれよりも強く湧き上がるのは趙雲と言う華雄よりも強い武人との戦いを求める気持ち。

 殺される可能性も十分にある事は理解していたが、二対一になる事がないのも孫策はわかっていた。


「これは失礼した、孫策殿。 一騎打ちの妨害など個人的にはしたくはないのだが、お互いそうも言っては居られますまい?」


 一度孫策を見て趙雲は笑い、華雄のもとへと歩み寄る。


「趙雲、邪魔をするとはどういうつもりだ!」

「それはこちらの台詞だ、撤退の命が出たというのに己の業に固執して将としての責務を放棄するとは呆れる」


 そう言ってから華雄の足元に落ちていた短刀を拾い上げる。


「それ以前に、借りた借りを返さぬとは随分と恐れ入るな」

「ぐっ……」


 押し付けるように短刀を華雄に差し出す趙雲、さっさと受け取れと催促して払い除けることが出来なかった華雄は渋々受け取る。


「そういう訳だ、我らの後退を見逃してはいただけませんかな、孫策殿?」

「……良いわ、見逃してあげましょ」

「それは重畳。 下がるぞ、華雄」

「待て! 私は認めては居らんぞ!!」


 手に持つ金剛爆斧を降ろさず、趙雲を睨みつけて言うが。


「玄胞殿は下がれ、と命じられた。 わざわざお主のわがまま、提言を受け入れ配置されたというのにこの結果。 そしてお主は後退を不服と思えば抗命とはほとほと呆れる」


 もう一歩華雄に近づき、呟くように趙雲は言う。


「あまり我を通しすぎると捨てられるぞ? お主の意見など一切合切無視して、華雄隊諸共力尽くで後に引っ込むことになるが、それでも構わぬのならこの場に残るといい」


 無論これは私の予想でもっとひどい事になるやもしれんが、どうする? と趙雲は軽く聞くも、その視線に剣呑な物が乗っている事に気が付く。


「それがどうした! 玄胞など後方に引きこもって口煩く指示を出すだけではないか!」

「………」


 そんな忠告など我知らず、あさり跳ね除けて言う華雄。

 それを耳に入れ、趙雲は心の底から呆れた。

 真に、これほど凝り固まった将を用いようと思ったのか。

 命令を聞かないと初めからわかっていただろうに、御せると見誤ったのか。

 華雄の事を頼むなど、何か琴線に触るものでも有ったのだろうか。

 何時ものごとく理解に苦しむと。


「……全く、手間を掛けさせる。 後退などせず、どうしても孫策殿を討ちたいのだな?」

「そうだ! さあ孫──」


 短刀を放り捨て邪魔になる趙雲を押し退けながら、視線を孫策に向ける華雄。


「ならば」

「ぐっ!? きさ……」


 意識が趙雲から外れた瞬間、趙雲の手元で竜牙が回転し、勢い良く石突きが華雄の脇腹を打つ。


「抗命は軽くはないぞ、華雄」


 恨みがましい視線を向けながら華雄は意識を失い前のめりに倒れて、趙雲が左腕で支えて軽やかに肩へと担ぐ。


「また見えることもありましょう、対峙した時は手加減は無用。 無論、華雄にも」

「ええ」

「では」


 軽く孫策に頭を下げ、金剛爆斧と短刀を拾い上げてから趙雲は一騎打ちの場から素早く引いていった。

 そんな武将の問答があっても、周囲では孫策軍と華雄隊、趙雲隊の兵士が死闘を繰り広げている。


「これはどうかしらねぇ……」


 趙雲は見逃して欲しいと言っていたが、実際は逆で孫策が見逃された形になる。

 勝つため、実を取りに行った結果がこのざま。

 一騎打ちの最中に横槍を入れるという、武人であれば憤怒するような行為を選んだのだ。

 趙雲が真に風評で聞くような武人であれば、一騎打ちの結果がどうなろうと手出しはしなかったはず。

 それをしたという事は『お互い様』な状況を切り抜けた結果、咎められることはない、咎めることは出来ないと判断してのもの。


 やっぱり尋常にするべきだったかも、とりあえずは祭が無事かどうか確かめなくちゃ。


「……華雄隊を押し返し、これ以上踏み込ませるな! 我ら孫呉は精兵だと教えてやれ!」


 孫策軍の兵が鬨の声を上げて、一層強く華雄隊と趙雲隊に攻撃を仕掛け。

 それを見ながら孫策は後方に伝令を送った。

孫策軍は連合軍の中じゃ安全な方、結構軽いんだ

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