聞かぬ人たち
日が照りつける、地響きを鳴らして進む。
目標は迫る敵軍、互いに負けられぬ。
だが戦いに勝敗は常であり、必ずや勝者と敗者が生まれる。
引き分けた、なんて状況も勝者と敗者で別れるのだ。
真の引き分けは互いに利益も損失もない状況か、互いに全てを失うか。
「華雄、張遼両隊は前進。 呂布隊の両翼前方に付いて離れるな」
負けは不要、当然引き分けも要らない。
ならば必要なものは一つだけ。
「……蜂矢か? いや、それでは……」
勝利、勝つことにこそ意味がある。
「張勲が軍師ではないか、となれば……」
その勝利を手繰り寄せるために知る必要がある者、連合軍を操る軍師を判別しなければならないが。
おそらくは各軍の知恵者、軍師らが寄り集まって策を練ったのだろう。
少なくとも統率は取れている、連合軍は足並みを揃えて進軍してきている。
報告では劉備軍が先頭を進み、連合軍の両翼は劉備軍の斜め後方に位置していると言う。
こちらの受けの弧月陣に対して、攻める蜂矢陣を組んでいる。
「戦闘が始まれば個別に動くか? ……流石に強みがあるか」
当然ある程度協調して動くだろう、しかしそれがどこまでなのかは判断がつかない。
それぞれの動きは各軍の軍師の采配に寄る、持ちこたえられるかそうでないか、見切りの線引きはそれぞれ違う。
つまりそれぞれの動きは各軍の軍師に委ねられ、一つの意思の下に動くのではない。
「……骨が折れるか、しかし骨が折れる程度で諦めるのは些か早すぎるのもまた事実」
骨を折られるだけで屈服するほど潔くはない、勝利を得たいのであれば命を賭けねばならない。
「全軍前進、争いを望む者たちを尽く打ちのめせ」
そうして馬、伝令が乗った馬が慌ただしく駆けてくる。
「伝令! 伝令だ! 道を開けろ!」
大声で叫びながら目的の旗のもとへ駆けた。
風で揺れるのは紺碧の張旗、目的の人物のもとにたどり着くと同時に伝令は告げる。
「大将軍代官より伝令! 華雄隊と足並みを揃えて前進、また呂布隊とも距離を離し過ぎること無く進めとの命です!」
「あい、わかった。 ごくろーさん」
馬上での伝令から命令を聞き、張遼はそれを承諾。
確かに聞いたと伝令に返して送り出した。
「さーて、大将軍代官様の命令や。 進むで」
臨時の大将軍、袁紹は皇帝から一時的に任じられ。
大将軍となった袁紹の代わり、玄胞は代官として軍勢に従事。
実態としては肩書きに然程意味はないが、はっきりと決めておけば物事の滞りは少なくなる。
「了解、張遼隊前進!」
張遼の副官が命を発し、それに従い張遼隊が動き出す。
董卓・袁紹軍の左翼に位置する華雄隊もほぼ同時に動き出した。
「うちの相手は曹操か、やるとは聞いとるけど」
馬上で相手をすることになる敵のことを考え、その間にも連合軍との距離が縮まっていく。
「大将が何でもできる完璧超人に、知略において肩を並べる事が出来る存在が数えるほどしか居ないだろう軍師三人に、猪突猛進だが武勇ならかなりの猛将とその妹の冷静沈着で弓の名手……」
これから戦う相手、玄胞から教えられた曹操の事を思い返す。
連合軍の中で将兵含めておそらくは最も精強であろうと、一番苦戦する軍勢を相手取る事に対して張遼は。
「……なんや、うちが一番楽しくなるやないか?」
笑って呟く、孫策に対する華雄、劉備と連合軍中核と言える袁術に対する呂布、そして張遼に対する曹操。
華雄の後ろには趙雲、自分には顔良と文醜が付くが連合軍にも同様に支援する部隊がつく。
数の上では勝ってはいるが簡単には行かない、間違いなく右翼が一番の激戦になる。
「打ち負かせって事やろな、負ける気なんかこれっぽっちもなさそうやし」
玄胞は張遼であれば勝てると踏んで選んだのか、はたまた別の理由があって張遼を曹操に当てるのか。
「ま、なるようになるか。 しっかり期待に答えるっちゅーのもわるかない」
馬上でぶら下げていた右腕、その手に握るは飛龍偃月刀。
それを肩に乗せ、顔には笑が張り付く。
「そろそろ矢が飛んでくるで、当たらんように盾をしっかり構えーや」
そう言う張遼が持つのは飛龍偃月刀ただ一本、上方より飛来するだろう矢を受け防ぐ盾は持ち得ない。
「そーら、きたでぇ!」
遠戦より始まる開戦、反董卓連合軍と董卓・袁紹軍による弓合戦。
両軍から上がるのは矢、右翼の張遼隊と左翼の華雄隊の兵は共に矢避けの盾を斜め上に構えて矢の雨に曝された。
降り注ぐ矢を受け止め、矢が刺さる音を怒涛に鳴らす盾に混じり悲鳴が所々聞こえる。
矢を受けて出来た亀裂に運悪く刺さる別の矢によって亀裂が拡大し、盾が割れて体に突き刺さる矢によっていくつもの苦痛の声が挙がる。
その中で張遼の技量が冴え渡る、張遼と跨る馬に降り注ぐ矢は煌く一閃にて激しい音を立てて弾かれる。
飛龍偃月刀が軌跡を描き、柔肌を貫かんとする矢を突き、払い、切り落とす。
長物である偃月刀が張遼の手元で踊り、矢の一切の侵入を拒む結界と成す。
曝されれば呆気無く命を奪っていく通り雨のような矢の豪雨、しかしそれを持ってしても一流の武人である張遼に僅かな傷を付けることはできない。
「張遼隊──」
矢の雨が降り止むと同時に声が上がる、馬共々無傷の張遼は飛龍偃月刀を曹操軍へと向けて手綱を引き。
「進めえええええっ!!」
鬨の声を上げながら前進する、重なる足音が響き、さらに上空を矢の雨が通りすぎていく。
当然張遼隊を前に引き下がるような真似はしない曹操軍も、鬨の声を上げながら前進。
槍を突き出し、剣を振り上げ、盾を構えて正面から衝突。
隊を引っ張る将である張遼も曹操軍に突っ込み、馬上で飛龍偃月刀が翻り刃を赤く濡らす。
命を絶たれた者は地に伏すか、生きていても払われ空を飛ぶ。
一騎当千の将に為す術もなく曹操軍の兵は討ち取られていくも、当たり前にそれを見過ごす将など曹操軍には居ない。
張遼が曹操軍兵士を討ち取るならば、張遼を見つけ駆け寄る者もまた張遼隊兵士を斬り伏せ、あるいは跳ね飛ばしながら討ち取る。
「早速来よったか!」
「そこの者! 貴様が張遼と見た!」
同じく馬上で声を荒げながら、張遼に向かってきたのは曹操軍随一の武人、夏侯惇。
七星餓狼を振るい、邪魔な張遼隊兵士を薙ぎ払いながら迫る。
夏侯惇が身に纏う覇気、それを感じ取った張遼は一流の武人であると判断。
「猪突猛進やな、もしかして夏侯惇か!」
「誰が猪突猛進だ!! 張遼! 貴様に一騎打ちを申し込む!」
夏侯惇の視線は張遼に釘付けでありながら、張遼隊兵士を討ち取りながら迫る。
それを前にして張遼は。
「断るっ!」
手綱を引き馬の腹を蹴って曹操軍の中に斬り込んでいく。
「な、なにっ!? 臆したか、張遼!」
曹操軍に勢い良く斬り込む張遼の勇猛果敢さに、一騎打ちの申し出を受けると思い込んでいた夏侯惇は声を上げる。
一方の張遼は追いかけてくる夏侯惇を尻目に、曹操軍の兵をすれ違い、吹き飛ばしながら討ち取っていく。
「悪いなぁ! うちはアンタを相手にしとる暇無いんでな!」
張遼は自分を殺す、おそらくは全力を持って戦える夏侯惇の一騎打ちの申し出はとても魅力的であった。
だがそれの一騎打ちを断ったのはそれだけの理由がある。
「負けられへん! だからあんたとは打ち合わへん!」
夏侯惇が言うように、その行為は臆病者と罵られても仕方が無いだろう。
しかしそれを甘んじて受け入れる理由、董卓を守ると言う譲れない思いがあったからこそ。
玄胞にも一騎打ちは避け、出来るだけ敵兵を減らすよう動くように命じられている。
張遼が夏侯惇に確実に勝てる保証がない、もし戦って張遼が負ければそのまま曹操軍は押しこんでくる。
だからこそ玄胞は張遼に一騎打ちを許さず、全体の勝利を優先するように強く言いつけた。
「くっ、待て張遼!」
「待てと言われて待つ奴なんて居らんやろ! どうしても戦いたいっちゅーんなら追いついてみせい!」
張遼はそれに理解して納得する、だから命令に従い夏侯惇との一騎打ちを断った。
「ぬぅ! 速い!」
曹操軍を切り裂き縦横無尽に駆ける馬、その馬上で飛龍偃月刀が曹操軍兵を討ち取っていく。
夏侯惇はそれを見ながらも、張遼の巧みな馬術によって追いつけない事に歯噛みする。
しかし張遼は深く曹操軍に斬り込まない、張遼隊とぶつかる曹操軍の最前線、そこから五間から六間(約9メートルから10メートル)ほどで次々と曹操軍兵士を蹂躙する。
「そらそらそらぁ! 張 文遠のお通りや!」
十、二十、三十と瞬く間に曹操軍兵士の命を散らせる張遼。
まさしく手が付けられない、このまま追いつけずしてやられるだけかと夏侯惇が煮え滾った時。
「っ! ちぃ!」
何かに気付いた張遼が慌てて飛龍偃月刀を振るうが間に合わず、一本の矢が張遼の馬の頭部側面に深く突き刺さって絶命。
馬が激しく転倒するも、張遼は飛び降りて着地と同時に飛龍偃月刀を振るって周囲を一掃する。
「秋蘭か! 助かった!」
張遼の馬を狙撃したのは夏侯惇の妹の夏侯淵、見事な弓の腕前にて張遼の馬を射抜き足を止めたのだ。
すぐさま夏侯惇は張遼の元へ駆け寄る、敬愛する曹操より張遼を捕らえよと命じられていたために身を奮った。
「張遼! もう逃しはせん!」
曹操軍兵士は張遼より距離を取って槍衾を形成していた、そこに夏侯惇が割って入り無理矢理にでも一騎打ちの体制が整う。
「……油断しとったつもりはないんやけどな、してやられたわー」
周囲を敵に囲まれても余裕を持って立つ張遼、左手で後頭部を掻きながら声を漏らしていた。
「先ほど貴様は言ったな、戦いたいなら追いつけと」
夏侯惇は馬から降りて足を踏み出す、獰猛な笑みを浮かべて、漲る闘志を溢れさせて七星餓狼を握る。
「確かに言った、けどな、まだあんたはうちに追い付いてない」
「なに?」
どこをどう見ても張遼は孤立し、夏侯惇があと十歩も足を進めれば剣戟を交わせる距離。
この状況で追いつかれていないと言い張るには無理がある。
「意味がわかっとらんようやな?」
「……ああ、確かにわからん。 だが一つだけわかることがある」
夏侯惇は七星餓狼を構える。
「……私は今、貴様に追いついたと言うことだ!」
弾けるように夏侯惇が駆け出す、一秒もすれば張遼とぶつかり合う。
「姉者! 避けろ!!」
はずであったが張遼の後方、槍衾を割って現れたのは夏侯淵。
声を上げて矢を番えた弓を構えるその瞬間、夏侯惇の後方、槍衾の一角が吹き飛んだ。
「だりゃー!」
「ええい!」
現れたのは両刃の大剣、斬山刀を振り抜いて曹操軍兵士を吹き飛ばした文醜に。
その斜め後方で大槌・金光鉄槌をぶん回して放り投げていた顔良。
そして背後には張遼隊と文醜・顔良隊の兵士が曹操軍兵士を無理やり押し込んで戦線を上げていた。
「おわっ!?」
迫る金光鉄槌を夏侯惇が避けたその隙に張遼は駆け出して、夏侯淵は文醜と顔良に向けて矢を放った。
「こういう事や、それに一騎打ちは断ったやろ。 少なくともうちとアンタは一対一で戦えんっちゅうことや!」
隙を見せずに張遼は曹操軍兵士を薙ぎ払い。
「あぶなっ!?」
辛うじて夏侯淵が放った矢を防いでいた文醜の傍に寄って、さらに曹操軍兵士を薙ぎ払う。
「まあ言いたい事は分かる、うちだってアンタと一騎打ちをやりたい。 でもな、それは出来んのや」
出来ることなら一騎打ちで決めたい、だがそれは賭けであり、今は博打を打つ必要などどこにもない。
「猪々子、斗詩、行けるやろ? と言うかぶん投げとったけどええんか?」
「はい、手加減出来なさそうですし」
「むむむ、やっぱりあれの方が強そうに見えるんだけどなぁ」
文醜が斬山刀を構える隣で、顔良は斬山刀をそのまま小さくしたような片手剣を手に持っていた。
「仕方ないよ、文ちゃん。 安景さんも手加減は要らないって言ってたし」
本来顔良は小回りの利く武器、軽い片手で扱えるような武器を使った攻撃法を得意とするが。
文醜が大金槌の方が強そうに見えると勧められて使っていて、賊相手なら十分過ぎるほどではあるが一騎当千の将を相手取るには重荷になる。
だからここで大金槌を捨てて、身軽で扱いやすい剣を使う。
とは言えこれを夏侯姉妹に振るうわけでもなく、素早く曹操軍兵士に一撃を加える顔良。
「そういうことや、悪いなぁ惇ちゃん」
「ふん、逃がすと思うか?」
「姉者の言う通りだ、覚悟してもらおう」
当然逃がす気など無い、文醜と顔良はともかく張遼は捕らえて連れてこいとの命があるので安々と逃がしてやる理由など無い。
「へぇー、うちらに相手してていいんか?」
「問答無用!」
張遼の言葉など聞く耳持たず、夏侯惇が一気に飛び掛かって張遼に斬り掛かる。
「ちょ!? 人の話は聞かんかい!」
反射的に構えた張遼は、夏侯惇の鋭い一撃を柄で受け止める。
「お前たちの話など興味はない、玄胞がどんな手を使ってこようとも華琳様と軍師たちが防ぐ」
夏侯淵は言いながら弓、餓狼爪に矢を番えて弦を引き絞る。
信頼して目の前の事に全力を尽くす、それが夏侯姉妹に今出来る事。
「……しゃーない、猪々子! 斗詩!」
こっちの話など聞く耳持たない、ただ戦うことだけを要求してくる二人に張遼は決断する。
夏侯姉妹が言う通り安々と逃がしてはくれないと、おそらくねちっこく食らいついてくるだろう。
それを利用するか、だが夏侯惇はともかく夏侯淵がそれに乗ってくるかと考えるも否。
「よっしゃ! やっぱこうでなくちゃな!」
「うー、安景さんに怒られちゃうよ……」
張遼と文醜の表情には一騎打ちではないにしろ、まともに戦えることで笑みが浮かんでおり。
顔良は同じく向こうが逃がす気はないと考えたのか、しょうがないと落ち込みながら武器を構える。
「それじゃあ行くで!」
「遠慮はいらん! 全力で掛かって来い! 秋蘭、そっちは任せるぞ!」
張遼と夏侯惇は鍔迫り合いからお互い弾かれるように距離を取り。
「でりゃああああああっ!」
「だああああああああっ!」
得物がぶつかり、火花を散らす。
「任せろ、姉者」
その一方で夏侯淵は返事、文醜を狙って矢を撃ち放つ。
「文ちゃん!」
「当たってやるかよ!」
分厚い幅広の斬山刀を盾にして夏侯淵に右から迫り、顔良も身軽となった機動力で左から迫る。
「袁家の双璧、その名に相応しいか見せてもらおう」
そうして張遼は夏侯惇に、文醜と顔良は夏侯淵とぶつかる、己が望む未来へと繋げるために全力を持って刃を交えた。
三○無双状態!
張遼VS夏侯惇と文醜顔良VS夏侯淵
なぜ命令を聞かないのか by玄胞 郷刷