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思う人たち

「捨て置かなくて正解だったわね」


 曹操は虎牢関前に敷かれた董卓・袁紹軍の布陣を見て呟く。


「汜水関よりも堅牢無比な虎牢関を使ってくるのは当然、だけどお兄さんならその逆を行く。 予想が当たりましたね、桂花ちゃん」

「投石を確認する次第汜水関から引き上げるような男が、投石機の存在を無視するはずないわ」

「無視して無駄にさせる、二重に投石機を封じてくるとは」


 曹操軍の三軍師が重要であるからこそ無視して、投石機を運用できる場所を限定された。

 その上被害を最小限にして投石機を重荷に仕立てようとした玄胞に、それぞれが思いを吐く。


「なんだ? つまりどういう事だ?」

「虎牢関まで投石機を持ってこなければ、関攻めで苦労する必要があったと言うことだ、姉者」


 汜水関で投石機を見るなり撤退した事で、虎牢関でも同じような真似をするのでは無いか。

 運ぶのに時間が掛かるからといって投石機を置いてくれば、矢の雨を受けながら虎牢関に取り付かなければならなかったと夏侯淵。


「なるほど、あれを持ってこなければもっと早く着いていたということだな!」

「間違ってはいないが……」


 時間を惜しんで持ってこなければもっと早く着いていたが、関攻めは苦しくなる。

 だが連合軍、曹操軍は時間を惜しまず投石機を持ってきて、関攻めを楽にした。

 無論、全ては虎牢関前で行われる決戦を乗り越えてからの話。


「……消耗した状態で関攻めを強要してくるなんてね」

「この決戦も関攻めも、迅速に終わらせる必要がありますねー。 時間を掛けたらおそらく背後から来ますよ?」


 おそらくは背後から来る、それを想定して動かなければ現実となった際どうにもならなくなる。

 決戦の決着が長引けば同等数の董卓・袁紹軍と兵を削りあった後に背後から挟撃を受ける。

 決戦の決着が付いて関攻めを始めてこれも長引けば背後から、虎牢関と共に挟撃される。

 勿論虎牢関から出撃してくる可能性も十分にある、時間が掛かれば掛かるほど敗北に繋がる。

 ならば挟撃を遅らせるために汜水関に守衛を置くべきだと言う話が出たが、曹操はそれに大きく反対した。


 確かに汜水関で足止めを掛けるのは挟撃を受けるまでの時間を伸ばすことになる、だがその分攻める力を落とすことになる。

 どちらが正しいかはわからないだろう、やはり汜水関で足止めを仕掛けていれば、そう考えてしまう状況に陥るかもしれない。

 しかし、連合軍が勝つためには決戦を制し虎牢関を陥落させ洛陽に入らなければならない。

 少なくとも三つの戦いを制さなければならない、最初から数で負けている故に後方に兵を置いておく余力など連合軍には無い。

 だからこそ曹操は汜水関に兵を残すことを反対し、全力で攻撃を仕掛けなければ勝てないと聞かせた。


「さて、蹴散らすわよ」

「はいっ! あの時の借りを返させてもらうぞ、趙 子龍!」


 そしてそれが正しいかどうかの時が間近に迫る。

 己の、連合軍の不利を知ってなお奮い立つ。

 この程度の逆境など乗り越えてこそ覇王を目指すに足る。


「我が覇道、潰しに来るのは劉備でも孫策でもない、あの男か」


 一体何があって董卓に味方したのか、それは数奇な運命だったかもしれない。

 しかしこれが天命ならば全力を持って当たる、覇道を進むならば当然迎えることになる壁の一つ。

 曹操は微笑を浮かべて、背後に布陣していた自らの軍勢に向かって振り返り宣言する。


「皆の者、我が声に耳を傾けよ! そして聞こえぬ者のために復唱せよ!」


 胸を張る姿は威風堂々、五尺(約150センチ)とは思えない迫力を放っている。


「これより董卓・袁紹軍を討ちに掛かる! 皆の者、心して掛かれ! 怖気付いた時が真の敗北と心得よ!」






 それより僅か十分前、虎牢関に迫る連合軍の報を受けて郷刷は動き出す。

 虎牢関前に整列する董卓・袁紹軍の中央、十万を超える兵の内に一本の道。

 幅は並んだ兵士五人分ほど、空いたその道を境目に兵が向き合って乱れなく並ぶ。

 その兵の中に体半分ほど高くなる台の上に乗る、手に紙を持つ兵。

 一人ではなく体半分ほど抜け出ている兵が、点々と整列する軍の中に見えた。


 大規模な軍の列が整い、声を殺した静寂に包まれて一頭の馬。

 跨るのは郷刷、馬がゆっくりと進み鳴るのは蹄の音。

 郷刷が馬上で揺られながら見据えるのは遥か先、未だ見えぬ位置にいる連合軍。

 馬の歩みを止めることはせず、進ませながら一つ大きく息を吸った。


「──将兵の諸君よ! 決戦の時は来た!」


 腹の底から、全力を持って言葉を紡いだ。


「我々は今この時、この大陸の命運を決める岐路に立っている!」


 間近で郷刷の大声を聞く兵らは、これほど大きな声を人が出せるのかと驚きを見せる。


「何故の岐路か、大勢が欲し、望んでも訪れぬ平和への岐路!」


 その声になぞるのは紙を持ち台に乗る兵たち、その紙とは郷刷が口にする言葉を一文字一句を記した物。


「今この時、諸君は重々承知しているだろう! これより我々は戦いに赴くことを! では何故戦いに赴くのか、それは平和の兆しを掻き消そうとする愚かな者たちを討つためであると!」


 大声、弱まることを知らず打ち付けるように声を響かせる。


「記憶に新しい黄巾の乱! そしてそれを引き起こす原因となった宦官の専横! 争いを呼び込むその二つは取り除かれ、新たに即位なされた劉協皇帝陛下とその帝を支える董卓様、この御方たちにより平和は築かれる!

 だがそれを認めぬ者たちが居る! 中には知っている者たちも居るだろう、我らが守る洛陽にて董卓様が圧政を敷いていると言う風評を!

 ではその流れる圧政の風評とは何か? 洛陽の民に無用な重税を課したか? それとも洛陽を守る諸君らに民を虐げるような真似をさせたか?

 否! 我々は洛陽にて董卓様が圧政を敷いていない事を知っている! 重税も、民を虐げる真似も、決して行なっていないことを知っている!

 それではなぜ存在しない圧政が行われていると、大陸全土に知れ渡るほどに風評が流れているのか! それは董卓様を快く思わない強欲な者たちの手によるものである!


 そう、それはこの虎牢関、ひいては洛陽へと攻めこまんとする連合軍の諸侯らによって行われたものである!

 これは許されることか!? 否! この大陸に戦火を齎さんとするこの行為は決して許されるものではない!

 諸君らは許せるか!? 権力を握りたいがために無辜の民を危険に晒すことを!

 諸君らはどうだ! 唯一無二の家族、愛しき恋人、親しき友、大事な人達が傷つけられる事を許せるか!?

 私は決して許すことはできない! 私の家族! 平和の為尽力してくれる部下たち! そして私が敬愛する主を傷つけようとする者は許せない!


 だからこそ我々は立ち上がったのだ! だからこそ我々は駆けつけたのだ!

 無用な争いを起こそうとする愚かな者たちを討つために! 来たる平和を失わないために!

 我々袁紹軍は平和を望んでいる! 諸君らはどうだ!?

 このような愚かしい戦いに駆り出されることを、死ぬかもしれぬ戦に向かわせられることを、このような状況を作り出した連合軍を許せるか!?

 許せぬのなら意思を示せ! 許せぬのなら手に持つ武器を掲げよ!」


 郷刷は右手に握り拳を作り、大空へと高く掲げる。

 そしてこれ以上無いほどに声を張り上げる、内に秘める思いをすべて吐き出すように。

 それに呼応して見る間に武器の絨毯が広がった。


「ならば我々は平和を願う仲間である! 平和を守るための戦友である!

 隣に居る者の顔を記憶し忘れるな! 隣に立ち、背中を守る戦友を心に刻みこめ!

 彼の者は英雄である! 隊を率いる武将でも、策を練る軍師だけでもない! この一戦に参加する全ての将兵が英雄である!

 そして死を恐れよ! 守るべきモノは大切な者だけではない! 諸君らが大切に想う者たちもまた、諸君らを大切に想っているのだ!

 この戦いに勝利し生き延びよ! そして平和の礎を築くのだ!」


 郷刷が言い切ると同時に、まるで巨大な爆発が起こったように鬨の声が上がる。


「全軍前進! 愚者に我々の力を思い知らせるのだ!」


 手のひらを広げながら前へと腕を振り下ろし、それに続いて大銅鑼が鳴らされた。

 響き渡る大銅鑼の音は董卓・袁紹軍を動かし、反董卓連合軍を殲滅せしめんと殺意をむき出しにする。


「足並みを揃えよ! 決して突出するな! 戦友を信じて進め!」


 董卓軍九万、袁紹軍六万、合計十五万も兵が峡谷を進む。

 それは地響きと言って良い、何十何百何千何万と重なる足音は進行を阻む者たちを打ち砕くであろう音。

 その姿は勇士と言って差し支えないだろう、これから戦う相手はこの大陸に戦乱を起こそうとする者たち。

 董卓軍兵士の出生は洛陽がある司隸を中心とするが、その他漢十二州の出身も居る。

 それぞれの州に、群に、県に家族が居る、生業として兵士をしているから当然戦になれば防具を纏い得物を持って戦う。


 それが大陸全土に争いを巻き起こすための戦いであるなら、それを治めるために尚更全力を尽くす。

 自分の命は大事だ、だが家族の命も大事。

 大陸が乱れれば自分だけではなく、当然家族にも危険が及ぶのだ。

 戦に巻き込まれ、高い税に食い物を持っていかれ、落ち延びて賊に成り下がった者からによる強奪や殺傷。

 もし家族がそんな目にあったりすれば泣き叫び憎悪に塗れるだろう、そんな辛い世界など大多数が必要としていない。


 だからこそ、戦乱を望む者たちを叩き潰す。

 洛陽に向けて進んでくる者たちを、家族を守るために打ち砕く。

 一人一人、末端の兵卒でさえもその思いを胸に秘めて足並みを揃えて進む。


「……守りたい、それは誰であろうと強くする思いなんですよ。 貴女はそれを覚えて……、いえ、知らないのでしょうね」


 喉を押さえその足音に埋もれる小さな呟きの中、戦いが始まる。

次からバトる、やっといくさがはっじまっるよー

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