やる事を見せながら思い出す人
袁 本初伝説
「それでは、必ず参加して貰う仕事をお見せします」
その後も一通り話した五人であったが、真名を預けたのは趙雲だけであった。
勿論玄胞にとって不満は無い、先ほど話した内容を認められる方だけと断ったのだから不機嫌になったりするわけが無い。
なるとすれば趙雲を除く三人、現に不機嫌とは言えずとも、何かしらの気持ちを持って玄胞を見ている。
言いたい事があるのなら聞くし、対応もするが今はその時ではないかと思っているのか黙って玄胞の後ろに付いて歩く。
そうして五人、一行は広々とした袁家の一角、正門から入って目の前に広場、そこで一心不乱に何かをしている兵士たちが見えた。
「ほう、これは……」
視線を細めて広場に座り込んで、黙々と得物や鎧などを整備している兵士たちを趙雲は見た。
数は200人ほど、少々趣味の悪い金色の鎧などが置かれて、少し目が痛いくらいに朝日を反射していた。
「彼らは兵士と言うよりこの屋敷の警備と本初様の護衛、親衛隊ですね。 今やっているのは見た通り、自身が使う武具の整備です」
剣や槍の刀身を綺麗に磨いて錆びぬよう油を塗っている者や、兜や鎧に具足と身を守る防具に隅々までひびなどが無いか確かめ磨いていく。
「調練の最初と最後には必ず武具の整備をさせています、戦いとなれば敵を討ち己の身を守る物ですから手抜きは一切させておりません。 これは親衛隊だけではなく階級問わず全軍に徹底させています」
「確かに、信頼できる者ならともかく、己が振るう物を他者に任せると言うのも少々気が引ける」
「騎兵は馬の世話もやらせております、武具の整備と同様己の足になる存在ですから」
「ほほう、中々考えておられますな」
「むしろ当然でしょう、命を出すだけの私と違い、前曲に出て戦うのは彼らなのですから。 最大限死なぬよう考慮するべきです」
「一兵卒のことまで考えているのですかー」
程昱の声に玄胞は頷く、自身に並外れた武力を持っていたなら軍を率いて前曲に自ら赴いていると玄胞。
そんな整備に一心不乱な親衛隊を見ていた五人に気づいたのか、一町(100メートルほど)で五人に一番近い男が立ち上がり。
「全隊、起立ッ!!」
号令に素早く立ち上がって整列する、その間三秒も無い。
そして整列が終わり、男は腹の底から押し出したような声を上げ。
「おはようございますッ!」
と頭を下げ挨拶、それに続き一糸乱れる大声で挨拶が聞こえてくる。
「おはよう! 今日も調練に励み、己を高めるが良い!」
「ハッ!!」
響かせるように腹の底から声を出して挨拶を返し、励ましの言葉を一つ返す。
「なんとも覇気が篭っていますな」
「自信とは態度に表れるものです。 実戦や相当厳しい調練を課していますので、それをこなしたと言う自信が付いているのでしょう」
五人は整備を終わらせた親衛隊が武具を着込む姿を見下ろす。
「調練の全ては戦に出るそのままの装備で行わせています、調練だからと言って戦うことだけをやらせても効果は薄いですから」
玄胞が言い切る前に親衛退院たちが鎧や具足を着込み、整列して正門から走りながら出て行く。
「それと戦いの何をしても基本となるのは体力ですから、走りこみの後、連携調練、得物を持っての対峙調練などを行います」
広場から走り去る一団を見送り、玄胞を先頭にまた歩き出す。
「調練については武官である子龍殿は必ず出てもらいます、他の御三方も時折参加してもらいます。 勿論一緒に得物を振るうわけではないのでご安心を」
視察も含め、兵がどれ程動けるか把握しておけば策も立てやすくなる。
早く動ければ動くだけ有利に働く、多くの場合にそれは当てはまると玄胞。
「さしずめ──」
「兵は拙速を聞くが、未だ巧久を睹ず、と言った所でしょうか」
「郭嘉殿の言う通り。 何にしても限界はありますので、早めに終わらせる事が勝利を掴む為のコツではないでしょうか」
「孫子の兵法ね、進軍速度、情報の伝達速度、そして相手を打ち倒す為の策を考え付く速度、軍師としてはどれも欲しい物でしょうね」
「確かに、自身の手足の如く機敏に動けるなら文句の一つも出ないでしょうな」
「ですが難しい話ですねー、全てが噛み合わないと成し得ない事ですよ?」
と、五人は軍学に花を咲かせる。
武官の趙雲に残り四人の軍師と言う偏った物だが、趙雲もそれなりに知識があるので付いていく事が出来。
わからない所でも注釈を入れて、実際に兵を率いる将としての意見も交えて話す。
「おっと、有意義な話ですがここまでにしておきましょう。 まずはやるべき事をやってから、それから街に出ましょうか」
そう言って玄胞は変わらず先頭で進み、四人は後に続く。
一行は袁家の館、と言うか城に近い屋敷を後にして袁家が治める街へと繰り出す。
「私は本初様から軍略に内政まで幅広くの事を任されています、軍の事は親衛隊を見ての通り。 内政面にて正直にお聞きしたい事がありまして、この街は他所の街と比べてどう言った感じでしょうか?」
幅十間(約18メートル)以上はあろうかと言う大通り、そこには人がごった返して中々の混雑が見受けられる。
その様子を見ながら玄胞は後ろの四人に疑問を掛けた。
「……とても大きな街ですな、これほどの規模の街は初めて目にしましたぞ」
「星と同意見です、これほどの規模で活気がある市は洛陽にも無いのでは?」
趙雲が良い街ですなと頷き、郭嘉もその規模に感心する。
荀イクと程昱も、初めてこの街を目にした時は驚いたものだ。
街の周囲にある巨大な壁面、東西南北にある門も巨大で横六間はあろうかと言う壮大さ。
実はこの街は都である洛陽なのではないかと、そう思うほどに大きいのだ。
「それは良かった、随分と力を入れて開発し続けていますからね。 街も年々大きくなっていますし、まだまだこの街は大きくなりますよ」
「ですが弊害は解決出来ているのですかー?」
治安から賊、裕福だと見ればいかがわしい者らが近寄ってくるはずと程昱。
それに対して玄胞は頭を横に振って問題無いと言う。
「一通りの法は敷いて有ります。 商人を襲う賊が出ればすぐに兵を派遣してますし、警邏にもかなり力を入れています。 税に商店区画に仕入れの斡旋から販売経路まで、新規参入の方々にも商売がしやすいよう支援を入れてますので」
「ど、どれだけお金が掛かっているのかしら……」
分かるだけの事を指折り数えで荀イクが計算していく、それに対して玄胞は。
「初期の投資で金数万は掛かりましたね、その後も問題点の改善などでまた数万ほど掛かりましたが」
「す、数万……」
「失敗する事は考えなかったのですか?」
「勿論、草案だけでも三年掛かりましたからね。 これが他所でしたら失敗すれば間違いなく傾くのですが、袁家の財力からしたらまだまだ余裕がありましたね」
苦笑しつつ玄胞は一つ語る。
「自信を持っていた訳じゃ有りません。 考えて考えて、考え続けて三年掛かっても解消しなければいけない問題ばかりありましたから」
実行すれば必ず失敗する、改善の余地が幾らでもある草案。
玄胞としてもまだまだ練り上げる気があり、いずれ実行したい一大計画と言うものだった。
少なくともあと十年ぐらいは考えて改善して行こうと、そういう思いがあったと言うのに現実のものとして実現しているこの状況。
「その草案が本初様に見つかりましてね。 これは何なのかと聞かれて、金を上手く回せる計画ですと簡潔に答えたら、じゃあやりなさいと命じられましてね」
「……なんて考え無し」
費用は軽く金数万と掛かり、今やっても間違いなく失敗すると言っても袁紹は取り合わない。
下手をすれば金十数万は掛かり、損失もかなりの金額に及ぶと説明するも。
『安景さんが考えたものなんでしょう? だったら失敗する訳が無いじゃありませんこと?』
と、疑う余地の無い絶大な信頼を寄せて袁紹は実行しろと命じた。
袁紹の頭が足りなかったと言われればそれまでだが、その頃の玄胞は感銘を受けてしまった。
金がこれだけ必要と袁紹に問えば『お任せしますわ』の一言で認められる、これも実行の踏み切りとなった出来事。
寄せられる信頼に答えようと考え続け努力に次ぐ努力の繰り返し、問題点があれば解決策を考え実行し、改善していく。
今もなお問題点が浮き上がり、解決策を模索して対処していく、進み続けていく計画なのだと玄胞は言う。
「終わるのは十年以上先でしょうね、問題点が無くなれば他の計画に移ろうと思っていたりします」
「なんと、まだあるのですかな?」
「幸運な事に実行するだけの財が本初様はお持ちですからね、少なくとも損をさせる気は一切有りませんので」
「と言う事はお兄さん、お金があるから袁家に仕えているのですかー?」
「いいえ、この案を思いついて実行するだけの財を袁家が持っていて、草案として纏め実行する事になっただけです。 お金が有ろうと無かろうと、私は本初様の臣下ですよ」
玄胞が言った通り、袁 本初が財を持ち得ていなくとも玄 郷刷は付き従い続ける。
膝を着き頭を垂れる理由は、金と言うそんなどうでも良い事ではないのだから。
次から動き出します、黄巾党に向けての動き
と言うか未だ麗羽さんの出番なし
街の大きさは適当