見据える人たち
「さて……」
空高く月が上がった空の下、汜水関の城壁の上で月を眺める一人の男。
傍には数名の兵が周囲に目を光らせ、不審な人物が近寄ってこないように警戒している。
「来ないと言う選択肢は無い」
郷刷としてはここで逃げてもらった方がましだが、寄り集まった諸侯を見れば今更逃げ出すような者は居ないだろうと見た。
居たとしても撤退は出来ない、他の諸侯は戦力の低下など見過ごせる筈など無い。
中には偽りの洛陽の状態に正義感を燃やす諸侯も居るかも知れないが、そこは運がなかったと諦めてもらうしか無い。
余程上手く切り抜けられたなら、あるいは合戦にて死なず捕虜となればまだ運はある。
無論生きている時間が伸びたと言う意味での運であり、連合軍が朝敵となっている今逃がしてやる理由など何処にも無い。
陛下も恐らく見逃してやる気はない、自身の身柄と董卓様の命を狙われ許してやれる程の余裕もないだろう。
董卓様の言もあっただろうが権力との繋がりがはっきりと見えるだろう袁家を内側に入れると言う、皇帝陛下から見れば博打に成るそれを認めた事も董卓様に執着していると思える一因。
連合軍を退けた後は適当な褒美でも与えて冀州に追い返すか、本初様が陛下の命に逆らわないと見て使い勝手の良い駒として用いるか。
前者のほうが確率は高そうだと郷刷、本初様は目立つことを由とするので一見してそう言う風に見える。
そのため皇帝陛下は本初様の事を権力に纏わり付く宦官などと同様の存在程度にしか見ていないだろう。
この大陸が皇帝陛下の下で安寧の世となるならそれでも良い、下手な動きをせねば難癖を付けられることもなく冀州に引き篭もれる。
今この時、その未来に至れるかの分かれ道。
ここで退けられなければ群雄割拠の時代に突入するだろう、戦うことを由とする世界など遠慮する。
だからこそここで叩き潰す、安寧の世を遠ざける者らなどここで消えてもらう。
「………」
空で太陽の光を反射する月から峡谷へと視線を落とす郷刷、見据える先にはまだ見えない連合軍。
数日後には起こるだろう、この汜水関を中心とした、それぞれの命運を賭けた戦いが始まるだろう。
赤い命の水が多く流れ、大地に染みこむ唾棄すべき愚かしい戦いが。
連合軍がひしめくであろう峡谷を見て、如何に侵攻を阻むか、それに腐心する郷刷であった。
連合軍の真夜中の軍議、それが終わって夜が明けた。
劉備軍を先頭に峡谷へ入っていく連合軍、夜襲モドキは不寝番や追い払うための巡回を増やして対処した。
数日中には連合軍は汜水関に至り、篭もり待ち受ける董卓・袁紹軍と激しい戦いを迎えることになる。
誰も彼も間もなく戦いとなると知って、それぞれ緊張に体を強ばらせていた。
「……このまま行っていいのかな? 壁で居ろって言うのも無理だと思うけど」
「正直に言って敵軍が関から出てきたとして、正面から相手には絶対に出来ません」
「曹操さんの壁になれと言うのは時間稼ぎだと思います、籠城する相手を出向かせる手があるかと……」
何らかの策を使って関から出陣させる、その策のせいで迎撃の用意が間に合わないかもしれないための時間稼ぎ。
鳳統はその可能性があると一刀に告げ、諸葛亮もそれに頷く。
「でもでも、関に篭られるより出てきてもらったほうがまだやりやすいんじゃないかな」
「それはそうですが……、出てくるのが董卓軍ではなく袁紹軍だったら不味いです……」
「あの金ピカ兵士たちか……」
「黄巾賊の本隊討伐の時の動きを見れば、袁紹軍の一兵一兵が高度な調練を受けていると思えます」
「一人一人が強いって事か……」
「はい、同数であれば勝敗を決めるのは将と策に、将に率いられる兵の質です」
戦いの大前提、その三つを揃え如何に上手く運用できるか。
袁紹軍は質の高い兵を持ち、策は知将とも噂される玄胞が放ってくるだろう。
そして将については華雄に張遼が汜水関に詰めている、組みしているからには勝つために華雄や張遼に袁紹軍の兵を割り当てるという可能性も十分ある。
正しく厄介、優秀な将に痛い所を突いてくる策、そして思うように動かせる質の高い兵士。
三拍子揃った状態と見て良い、正面から戦えば苦戦どころか立ち所に全滅させられるかもしれない。
「ですからまともに戦うのは絶対に避けなけれいけません」
「だけど俺たちは曹操の壁にならなきゃいけない」
「はい、だから策が必要となってきます」
無ければ押しつぶされて終わり、どう上手くいなすかが焦点となる。
「二人とも策があるのか?」
「策と言えるほどの物ではありませんが……」
進軍する峡谷は董卓・袁将軍の領域、向かっている先が関なので罠を仕掛けることもできない。
「曹操さんが一体どのような策を使ってくるのかは予測出来ませんが、私たちの役目は向かってくる敵軍を抑えると言う役割ははっきりしてますので、押しつぶされないように動くだけです」
大きな彼我の戦力差、策を用いるにも単純なぶつかり合いになるのであまり意味はない。
「率いる相手の将によりますが、上手く混乱させられればこちらの消耗を抑えつつ時間稼ぎをします」
「愛紗さんと鈴々さんに向かってくる将を足止め、出来れば戦闘を行えない程度に痛手を与え捕らえるなりして貰わなければなりません」
武将である関羽と張飛に董卓・袁紹軍の将を打ち据えてもらわなければならないと話す二人。
負担はかなり大きいだろう、それでも真実を知りつつも勝てる状況を引き寄せるには一騎当千の実力を持つ二人に尽力してもらうしか無い。
「……相手の方も洛陽の状況を知っているでしょう、その時にでも事実を確かめるのはどうでしょうか」
勿論董卓の風評が事実で、それを知ってなお与する将なら遠慮無く叩きのめさねばならない。
逆に風評は事実無根で、悪い事など一切してないのならその場で董卓・袁紹軍に付いて曹操軍へと攻撃を仕掛けねばならない。
それがどのような風評を生むか、間違いなく強大な董卓・袁紹軍を前に命が惜しくなって連合軍を裏切ったと言う物が流れるだろう。
それでも目指すのは大陸の平和、こんな世の中は続いてはいけないからこその行動。
自身らの悪評で大陸に平和が齎されるなら問題ない、汚名の返上など後で幾らでも出来るのだから。
「……そうだな、絶対に確かめなくちゃ」
「ならば必ずややってみせます、我々が果てるのはここではなくずっと先の未来なのですから」
「負けるつもりなんてこれっぽっちもないのだ!」
一刀の命はもとより劉備に関羽と張飛、諸葛亮に鳳統、さらには劉備軍の兵士たち。
この大陸の平和を、それを願った劉備に共感し共にある者たち。
ここでこの願いを潰える事なんて駄目だ、今まで戦ってきて亡くなった人たちのためにも。
今を生きる人達のためにも、この願いは潰えさせる訳にはいかない。
「……こんな戦い、早く無くさなくちゃな」
「うん!」
一刀の呟きに皆が頷く、進んでいく劉備軍の遠い先に戦いの舞台が見え始めていた。
袁紹が連合軍に付いたら、のifを書いてみるか……
次はようやく戦いです