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纏まる人たち

「居た居た、軍議やるんだったら私も誘ってくれても良いだろ?」


 天幕の入り口から顔を見せたのは公孫賛、いつもの鎧を纏い声を掛けてきた。


「白蓮、何かあったのか?」

「何かあったって、夜襲モドキがあっただろ? それでちょっと考えたんだが、早めに汜水関に向かわないと拙いんじゃないかと思ってな」

「ああ、今その話をしてたんだ」

「挟撃の可能性も話してたのか?」

「うん、難しいところは挟撃の裏があるかどうかって事で話してるんだけど……」


 識者たちの話し合いからあっさりと脱落してしまった一刀、とりあえずこの軍議で行われている話し合いの主題について公孫賛に話した。


「裏って、私たちに後ろを警戒させるための夜襲モドキじゃないのか?」

「それもそうだけど、皆夜襲には本命の裏がありそうだって話し合ってるんだ」

「……流石ってところだなぁ、軍師たちは深い所までよく考えるよ。 ……うちにも一人出来る軍師が居ればもっと楽なんだけどなぁ」


 はぁ、と公孫賛は溜息をつく。


「白蓮にも良い軍師が見つかるって」

「だといいがなぁ」


 嘆く公孫賛は多くの面で人一倍に物事をこなせる、武将として、軍師として、執政官として。

 運がないと言えばいいのだろう、人柄も良く人も良い、他者を認める度量もある。

 だが英傑と巡り合う運は有っても公孫賛を主と定める英傑と出会う運が無かった。

 その結果重要な局面を任せられる人材を公孫賛は持って居ない、どんな場合でも常に公孫賛が判断を下してきた。

 立場上それは当然だが、どの面でも一番仕事が出来るのが頂点である公孫賛であるのは笑い種に近い。


 優れた軍師による上等な献策を受けることが出来ず、優れた武将による強烈な一撃を敵に与えることが出来ない。

 書き出せば拙い状況に見えるが別に配下が居ない訳ではない、公孫賛ほどではないが仕事が出来る者は居るし、精強な騎馬兵団を抱えている。

 後世に名を残すような優れた人材が居なくともやっていけると言う良い見本である、そもそも諸葛亮や鳳統の優れた軍師に、関羽に張飛の豪傑。

 その人物らに巡り合い信頼を得ている北郷 一刀や同じように才覚豊かな人物らを配下に置く曹操、孫策などその他が異常なだけ。

 公孫賛の状態が全体で見れば普通のことであり、何らおかしい事ではないのだ。


「それで、夜も更けてるしこのまま延々同じ議題を話しててもしょうがないと思うが、結局どうするんだ?」


 半ば繰り返しになっていた軍師による話し合いに、公孫賛は終止符を打とうとしっかり聞こえるよう話しかける。


「……公孫賛、貴女はどう見ているのかしら?」

「どうって、進むしかないだろう? ここで連合軍を解散出来る訳も無いし、このままここでじっとしてる訳にも行かないだろう?」


 敵の行動には何か裏があります、それがわからないんで進軍を止めます。

 なんて真似をすれば至極あっさりと悪い風評が流れるだろう、解散など以ての外。

 皇帝を救い出すという大義名分を掲げておいて罠が怖いから逃げました、など諸侯としての力を大きく落とすこと請け合い。

 これまで援助してきた有力者たちは離れ、臆病者の烙印を押された諸侯の下に来る奇特な人材などこの広い大陸でも数えるほどしか居ないだろう。

 今の情勢でのし上がろうと考える者たちからすれば絶対に認められない、そもそもここで引けば間違いなく董卓・袁紹軍は喜んで連合軍に所属していた諸侯を各個撃破のために動くだろう。

 故に連合軍はどう足掻いても前に進むしかなかった。


「そんな事わかりきっているわ、聞きたいのは連合軍の進退ではない」

「なんだ、その話してたんじゃないのか?」


 曹操の返答に公孫賛は首をかしげる、てっきりありそうな罠を前に進軍するかしないかの話かと思っていたがそうではなかったらしい。


「公孫賛、玄胞と会った事は?」

「……そりゃああるけど」


 少し言葉を溜めた後頷いた公孫賛、知人が敵側に居れば怪しまれるし下手をすれば酷い目に遭いかねない。

 だが話していた内容を聞いていた公孫賛は、曹操の配下には袁紹の下に居た者も居るらしい事を聞いたので素直に喋った。


「どんな男だった?」

「どんな男? 別に取り分け気になる所は無かったけど」


 見た目云々で言えば『そこら辺の庶人の中に居そうだな』程度で終わる容姿。

 当然曹操が聞きたいのは容姿に付いてではなく、公孫賛の私見で性格や考え方の事。


「そう言われてもなぁ、冀州との交易でちょっと話しただけだし」


 事実幽州と冀州は交易を行い、公孫賛は冀州の馬と比べて上等な馬を、袁紹は潤沢な食料などを交易として交換していた。

 それを行う際に玄胞は公孫賛に赴き、馬と物資の交易比率の調整のために姿を見せた。

 その際に公孫賛と玄胞は言葉を交わし、交易を交わした。

 私的な話をした事はしたが深く踏み込んだ事ではなく、公孫賛があの袁紹の下だと苦労も多いんじゃないかと玄胞を気遣った。


「……それでなんて?」

「真正面から『苦しい思いと感じるから苦労になる、そう思わなければ苦労など存在しない』って言われたな。 珍しく風評通りの奴なんだなぁって思ったよ、それが董卓に付くなんて思わなかったけど」

「そう、参考になったわ」


 金や地位で靡かない能臣、主君を裏切らない理由として玄胞の性質に関わる事だと曹操などは考えていた。

 義理堅い性格、裏切ることを良しとしない考え、そう見るが程昱はそれに加えて一つの考えを取り出した。


「お兄さんは麗羽さんに惚れてるのかも知れませんねぇ、まあ男と女ですし」


 身も蓋も無い事ではあるが、命を懸けるには遠慮したい袁紹に好き好んで従っているのだからそういう事もあるかもしれないと程昱。

 性格はあれだが容姿の分で見れば上等部類に入り、体つきも実際かなりのものである。


「それで、天の御遣いさんはどう思いますかね?」

「は?」


 唐突に話を振られた一刀は声を漏らす。


「同じ男としてどう思いますかって事ですよ~」


 そう陸遜に言われ、そう言う事かと頷く一刀。

 この場で男は一刀しか居らず、性別上同じだから聞いてきた。


「……でもそれって考えて意味があるのか?」


 玄胞は袁紹を慕っています、それで? と言う話。

 玄胞の恋や愛を考えて、玄胞が仕掛けてくる罠がどんな物なのかわかる事なのか。

 そう考えた一刀は素直に聞いてみると。


「敵を知り、己を知れば百戦危うからずって事ですね~」

「孫子の兵法って奴か……」


 玄胞と言う人を知れば、立てる策を見抜けるのではないかと言うもの。

 一理有る……のか? と一刀は半信半疑ながらも応えた。


「そうだな、本気で惚れているんだったらありそうだなぁ」


 聞こえてくる袁紹の風評はいい物ではない、なのに粉骨砕身で仕えるのは玄胞が袁紹に何かを思っているからだろう。

 惚れている惚れていないかはわからないが、苦労を苦労と思わないほど心酔してるなら誘いに乗らないのもわかる。


「心の底から役に立ちたいって思ってるなら裏切ろうとは思わないし、何としてもこっちに勝とうとするんじゃないか?」


 ごく普通に当然のことを口にする一刀、この場に集う配下の者は同様の思いを抱いている。


「当然過ぎて参考にならないわね」


 曹操が言えば、荀イクなど軍師組も頷く。


「無理して意外な返答しても混乱するだけだろうし、普通に考えれば好きな人の為に頑張ろうって思うだろ? なんか皆の話聞いていると、玄胞さんが途轍もない化け物のような感じに聞こえるんだ。 玄胞さんだって人間なんだろうし、完全にこっちの動きを読み切るなんて出来ないはずだし」

「そんな事出来たら下手な占い師より性質が悪いな」


 一刀の隣で公孫賛が言って頷く、言う通りなら連合軍はここで負けるしか運命は無い。

 だがそんな事が出来たならもっと前から動き、反董卓連合を結成させるような真似はしなかったはず。

 

「それとも皆玄胞さんに勝つ気は無いのか? 滅茶苦茶凄い人だから負けるのは仕方がないって、そんな凄い人を超えてやろうって気は無いの?」

「そんな訳無いでしょ!」


 かっとなって叫びながら立ち上がるのは荀イク、一刀は荀イクを見て「わかりやすいなぁ」と思いながら続ける。


「俺はここに居る軍師の人たち相手に頭では絶対勝てない、そんな軍師の人たちが危惧する玄胞さんにも当然勝てないと思う。 でも軍師の皆は違うんじゃないか? 皆から見て玄胞さんは絶対に勝てない人って訳じゃないんだろ?」


 情報が無いからわからない、だったら進んで情報を得て、そこから玄胞を凌駕して見せればいい。


「……あんたバカでしょ、そうなる前に致命的な一撃を受けたら反撃する力も残らない事くらいわからないの!?」

「だからそうならないように皆の力を合わせるしかないって事だろ? 今更逃げることは出来ないし、やらなきゃいけない状況じゃないか」


 連合軍とは名ばかりの烏合の衆なのか? むしろ即興でも力を合わせられないほど協調性を持っていないのか?

 ここで引く選択肢など持って居ない一刀たち一行、進んで確かめなければならない状況に煽りを入れた。


「天の御遣いさんの言う通りなんじゃないですか? 少なくとも進まなきゃいけませんし、長引かせてもこっちが不利になるばっかりじゃないですか」

「……だからと言って策も無しに進むなど自殺行為に過ぎないだろう」

「ならどうしますか? 残念ですけど私は玄胞さんの作戦なんてわかりませんし、ここで引いちゃうとお嬢様が色々と袁紹さんに酷い目に遭わされますから退きたくはないんですよねー」


 飄々と言う張勲、それを睨むように見る周瑜。


「まあ進むしかないでしょうね、あれ相手に何とかなるって言えないけど」


 孫策のいい加減な一言、軍師泣かせとも言える発言だが、結局の所各自連携を取って被害を抑えるようにするしかないと言うのが実情。

 戦に罠など常套、それを恐れてここで足踏みをすれば状況が悪くなるどころかあっさりと負けに転がってしまう。


「……確かに、玄胞に注意を払い過ぎているのは確かね」


 仕掛けてくる策は注意を払っておくべき事、だが意識を向ける必要があるのは何も玄胞だけではない。

 天下の飛将軍と名高い呂布に神速の用兵として知られる張遼、さらには勇将にして猛将である華雄。

 そこに袁紹軍が加わり増大した兵力に常山の昇り竜、神槍とも噂される趙雲が居る。

 玄胞ばかりに目を向けていたら間違いなくこの内の誰かに手痛い一撃を食らわされるだろう。


「そう言う事、まんまとしてやられたってことでしょうね」


 言う孫策も考えて何かありそうだとは思ったがそれが何なのかはわからない、何か危険な感覚を覚えるが進まなければより拙い様な気がする。

 だからこそ眉を顰める周瑜を尻目に言ってのけ、一点に集中しすぎた意識を引っ張り戻すために口にする。


「あるかどうかわからない罠に対策を立てるよりも、まずこっちの連携を整えるほうが先決じゃない? みーんな負けられないわけだし、ねえ?」


 見渡して孫策。


「そちらの方が建設的のようね」


 出ない答えより、今決められる事を話した方が為になる。

 そう考えて曹操は至極あっさりと切り替える。


「先陣は劉備に決まりとして、次鋒をこちらに任せて欲しいのだけど」

「か、華琳さま!?」

「策があるようですねぇ、曹操さんがそれで良いならこちらとしては文句ありませんよ」


 荀イクが曹操の提案に声を上げ、張勲はそれを認める旨を出す。


「まー、お兄さんが何をしてくるかわかりませんが、前の方に居た方が使いやすいですしねー」

「危険です! 劉備の手勢では壁にも……」


 俺たちを壁にする気かよ、と一刀は思うが事実大群相手に正面から戦える戦力ではないから物言いに思う所があれど黙る。


「罠を張って待ち構えるなら、向こうから出向いてくるように仕向ける。 何も十万の兵を私たちだけで迎え撃つ訳ではない位わかっているでしょう?」

「それはそうですが……」

「私たちが後ろに居ても色々と無駄になる、だから前に出なければならない。 そこからは桂花、風、貴女たちの活躍を期待しているわよ」


 玄胞の策を、罠を見抜けと曹操は言い、敬愛している曹操から期待していると言われれば荀イクはそれに応えたくなる。

 それに玄胞には色々考えさせられることを言われた、それが正否かどうか確かめられる機会でもある、故に。


「お任せください!」

「難しそうな話ではありますけど、ここで落とさせたくはないので頑張りますよー」


 強く荀イクは頷く、その隣で程昱もいつも通りの気が抜けたような返事を返す。


「……俺たちも考えなきゃいけないな」

「うん」

「……厳しい戦いになりますね」

「……頑張ります」


 トントン拍子で決まっていく連合軍の動き、一番最初に、そして最も苛烈な攻撃に晒される劉備軍一行はこれからの激戦に覚悟を決めるのであった。

普通の人こと白蓮さんは普通に有能な人ですよ、周りが異常なだけで普通に優秀

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