見通せない人
進んでないよ
他の軍よりも一足先に迎撃の準備を終えた孫策軍は、襲来した董卓・袁紹軍の夜襲を待ち構えていた。
十数秒の時間が有れば鎧と武器を持ち敵襲に備えることが出来る、それだけの練度を持つ孫呉の兵は精兵揃い。
同様の事が出来る他の諸侯は曹操軍ぐらいしか居ない、一二を争う兵を持って備えたが来ない。
「……こっちの様子を見て、って訳じゃなさそうね」
まるで夜襲を見透かしていたような反応、夜襲してきた部隊の将が出来る者なら攻撃を敢行するのは避けるだろう。
少なくとも孫策が夜襲部隊の指揮を執っていたなら、素早く整えられた陣容を前に意味の無い被害を出さない為に退く。
そもそも奇襲と言うのは相手の無意識、不意を突いた攻撃方法。
相手が万全の状態で迎え撃ってくるならただの野戦と変わりない。
故に孫策軍の威容を見て退いたかと、そう思ったのだが。
「……なーるほど、仕掛けてこないのは当然よね」
武人として優れた能力を持つ孫策、得物を持って戦うために最も必要な『身体能力』。
特に相手を感じ取るための感覚、視覚や聴覚、嗅覚なども当然優れている。
その五感の一つ、視覚により夜襲を掛けてきた存在を捉えた。
常人の中で優れる視覚を持つ者の倍以上、近くから遠くまではっきりと捉える目が暗闇に紛れる騎馬を見つけた。
頭の天辺から足のつま先まで黒の衣服で固め、乗る馬にも黒を纏わせたその姿。
その姿は鎧を身に着けていない軽装、少なくとも夜襲を掛ける兵の姿ではない。
夜の闇に溶け込む事、そして余計な重しを避けた構成。
つまりはただの『嫌がらせ』、正確に言えば連合軍兵士の気力を削ぎに来た玄胞の戦略。
ただでさえ遠征で士気が低下しやすいのに、満足に睡眠すら取れなくなると容易に士気は低下する。
それが数日続くだけで脱走兵が出始める、それを狙った嫌がらせ。
「対応は?」
「近づけさせない」
孫策の問いに即答する周瑜、その周瑜の隣に居た陸遜も頷いていた。
玄胞の策は連合軍兵士の気力、正確に言えば睡眠を妨害する事による疲労の増加を狙うもの。
命令を出す将が元気でも、前面に立って戦う兵が疲れ果てていたなら戦闘は起こらない。
起こるのは一方的な蹂躙、それを避けるには睡眠を妨害する輩を近付けさせなければ良い。
都合の良い事に明日には汜水関と虎牢関がある峡谷に進軍する、今晩は確実に追い払って峡谷の中で休息を取ればいいが……。
「なーんか嫌な感じがするのよねぇ」
「……我らを誘っているか?」
「かも知れないわね」
「ん~、連合軍の士気を低下させる以外に何かあるんですかねぇ?」
「難しいな、もとより峡谷に進むのは決まっている事、早めに進ませる利点など無いと思うが……」
連合軍を掻き回して兵の気力の低下を狙ったのに、そのせいで気力を減らす前に進攻させる事になる。
なんて有利にするどころか不利を招くもの、はじめから兵数や関に篭っている有利があるのに不利を招くなど何の意味も無い。
「これはちょっと考えなきゃ行けないわね、皆で」
「……そうだな、情けない事に奴の手管が見えん」
「そう言う訳で袁術ちゃんの所へ行って来るわ、後の指揮を頼むわね、祭」
「任された」
「穏も一緒に来い」
「はい~」
恐らくは孫策軍だけで手が回るものではない、そう判断して連合軍の盟主である袁術の下へと行く孫策と周瑜であった。
その場面よりほんの少し時を遡る、敵襲の声を聞いて飛び起きたのは北郷 一刀。
重たい瞼をこすりながら天幕を出て、そこに丁度駆け寄ってきたのは張飛。
「お兄ちゃん、敵襲なのだ!」
「すぐそこまで来てるのか?」
「こっちには来て無いのだ、孫策の兵士が戦いの準備していたのは見たのだ」
「孫策は確か連合軍の真ん中らへんに居た気がするけど」
袁術の客将だからか、袁術の傍に陣を張っていたような。
「明日汜水関を攻めるから、鈴々たちもお昼に前に出たのだ」
「……そうだった、まだ寝ぼけてるな」
一刀は両手で顔を揉む、劉備軍は用意できなかった兵糧を連合軍の雑用をこなす事で兵糧を譲り受けた。
斥候から周囲の警戒まで、果ては先陣までこなす事になった。
端から見れば連合軍の一将兵ではなく、ただの体の良い雑用係にでも見えるだろう。
「鈴々、桃香たちは?」
「愛紗たちと指揮を執っているのだ、鈴々はお兄ちゃんを起こしにきたのだ」
「そっか、ありがとう。 それじゃあ桃香たちのところに案内してくれ」
「こっちなのだ!」
張飛は一刀の言葉に頷いて駆け出していく、それを追いかけ走り出した。
張飛の足の速さに置いて行かれそうになりながらも、集まっていた劉備軍の中核を見つけて走り寄る。
「ごめん! 遅れた!」
息を切らせながら駆け寄り、状況を聞いた一刀。
「ご主人様、確かに連合軍の周りを敵兵がうろついたようですが、攻撃してきた訳じゃないようです」
「攻撃してきていない?」
「はい」
応えたのは諸葛亮、それに続くのは鳳統。
「……恐らく計略です、連合軍の周りで動き回り、こちらを寝かせない心算なんだと思います」
「……そういう事か、敵が近くにいるのに暢気に寝ていられないもんな」
諸葛亮と鳳統が頷く、周囲に敵をうろつかせてこちらを一晩中警戒させておいて疲れさせようって魂胆。
来ないと高を括って無視したら本当に攻撃してくるかもしれない、不安を刺激するような計略。
しかもこっちは使えなくて向こうは使えると言う物、攻城……攻関か? とりあえず片方が篭り、もう片方が攻める時に効果が高まる計略だ。
「……本気でこちらを倒しに来てましゅ、ます」
噛んで言い直した鳳統が、顔を赤くして帽子のつばを引っ張り顔を隠しながら続ける。
「……数の有利に胡坐をかかず、確実にこちらの状態を損なわせようとしてきています」
「幸い明日には峡谷に侵入するので、今晩を凌げばこの手はもう使えなくなります」
「敵はどこから来たのだ? 汜水関はちゃんと見張っていたのだ」
「多分洛陽から西の函谷関から出てきたんだと思います、今になって仕掛けてきたのも移動に時間が掛かったんだと思います」
「……それって拙くないか?」
諸葛亮の言葉に一刀は気付き、思った事を口にする。
それを聞いた諸葛亮と鳳統はまた頷く、一方劉備や関羽、張飛は何が拙いのか理解しかねた。
「……もしかしたら挟み撃ちに遭うかもしれない」
「……なるほど、我々が峡谷に侵入し汜水関を攻撃し始めた頃、峡谷を通って我々の背後から攻撃を仕掛けてくると言う訳か……」
関羽が一刀の言葉に気が付き、懸念した事を口にする。
「もしかしたら今回の夜襲は、我々を峡谷に押し込める為の計略かもしれません。 この嫌がらせで兵の士気が低下するのは避けたい、峡谷に入れば後ろだけを気にすれば良い、こちらがそう考えて汜水関攻略を早めるのを狙ったのかも……」
「向こうは短期決着を狙ってるのか?」
「それは分かりません、董卓・袁紹軍が決着を急ぐ理由はない筈です」
「向こうもご飯が無くなりそうで急いでたりして」
「……それはちょっと」
劉備が思いついた事を言って、諸葛亮がそれは無いだろうとやんわりと言った。
「だ、だよねー……」
「俺たちと違って袁紹は金持ちなんだ、兵糧が足りないなんて事も無いだろうし……」
汜水関と虎牢関を抜けた先には洛陽がある、兵糧が足りなくて困っていると言うのはちょっと考えられない。
「こっちとしても短期決着は望む所だけど、ちょっと怖いな」
決着を急ぐ理由が分からない、関の守りは堅いようだしこっちが攻めあぐねれば状況はどんどん悪くなる。
きっちり守れば勝てる、それは俺でも分かるのにじっくりと腰を据えて攻撃を凌ごうとしない理由は一体なんだ?
「……申し訳ありません、ご主人様。 私たちも理由は……」
「うーん……」
考えるが全然分からない、一刀よりも断然頭の良い諸葛亮と鳳統が推測すら出来ない事に悩んでも仕方がないと結論を出す一刀。
「……そうだ、他の皆に相談してみるってのは? 流石に負けたら拙いんだし、一度皆を集めて話し合った方がいいかもしれない」
歴史に名を残すような人たちが居るんだから、話し合えば手がかりを見つけられるかもしれないと一刀。
「それは良い考えですね、袁紹さんの考えが分かればこちらも決めやすいですから」
諸葛亮の言葉に皆が頷き、次の行動が決まる。
「愛紗と鈴々はこの後の指揮を頼めるか?」
「はっ、お任せを!」
「任されたのだ!」
「桃香と朱里と雛里は俺と一緒に袁術の所に行こう、他の諸侯を集めたもらうんだ」
「うん!」
「そうしましょう」
「はい」
俺たちの今後に左右させる事になるかもしれない、そう考えて一刀たちは夜の帳が下りた大地を歩んで行った。