悩む人たち
こっからは連合軍側の視点が多くなります
洛陽の東、郊外にある虎牢関と汜水関のさらに東の平原で大小さまざまな軍勢が集まって一つの巨大な軍勢が設営。
その陣の中でも最も大きい天幕、連合に参加する諸侯らは傍に軍師や側近を控えさせて軍議にいそしむ。
集まる諸侯は自己紹介をし、誰が連合の盟主になるかもすんなり決まった。
袁術が自薦して、他の諸侯は反対もせず認めた。
実際には一人を除いて誰も盟主になどなりたくはなかった、各々が目的があって足並みを揃えるのは一筋縄どころではないからだ。
そう言った点では自薦した袁術にほんの少しだけ感謝する。
「……桂花、あなたはどう見る?」
「今参加している諸侯で落とせると踏んで参戦しなかったのか、他に何か考えがあって参戦しなかったのか、判断しかねます」
「麗羽の性格だと絶対に参加してくると思ったのだけど」
「私もそう思いますが、おそらくは玄胞が留めたのでしょう。 この一連の戦の結果を予想しての静観かもしれません」
諸侯が集まる天幕の中の一角で、曹操と荀イクが隣り合って小声で会話。
「……連合が勝っても負けても漢はもう持たないでしょうね」
連合に参加する諸侯の殆どは知っている事、聡い者なら簡単に予測できる事を玄胞が予測出来ないとは思えないと荀イク。
曹操も同意し、不可解な玄胞の行動をいぶかしんだ。
「……一体何を考えているのか」
「……申し訳ありません、私も図りかねます」
「桂花が謝る事ではないわ」
曹操は考える、玄胞は何を思って行動しているのか。
今の状況も不可解だが、その前の行動も考えて答えに行き着かない疑問。
特に隣に座る荀イクを手放した事、荀イク、郭嘉、程昱が自分の麾下に入り、高い能力を示した時から思うようになっていた事。
荀イクらの話では玄胞は有能な文武官を欲しがっていた、だと言うのに殊更有能な荀イクらを態々手放したのか。
曹操自身気に入る才の持ち主たち、なぜ仕官試験の始めから才を見抜いていて手放したのか。
その上曹操を警戒視しているのに、戦力を増強させるように荀イクらを送り出した。
曹操が玄胞の立場に居たら手放しはしなかっただろう、何らかの手段で篭絡して留めるようにしていたはず。
それとも荀イクらが敵に回ったとしても問題ないと判断したのか、そうであれば傲慢としか言えない。
しかし荀イクらが見た玄胞は驕り昂ぶる人物ではないと、昔の話ではあるが曹操が見た十代の頃の玄胞も常に平身低頭な人物であった。
果たして名が売れているからと言って他人を見下すか。
「……あの男の考えは一線を画しています、見せない動きを予想するのは危険かと」
荀イクが曹操に囁くように言ったその時、天幕の入り口が慌しい声と共に一人の斥候が駆け込んできた。
「軍議に闖入、真に申し訳ありません! 是が非でもの報告があります! 何卒ご容赦を!」
「何ですか? って曹操さんのところの斥候じゃないですか、勝手に入ってこないようにしっかりと躾をしておいてくださいよ」
良い話を聞かない袁術の側近、悪くはないが良くもないと言う一介の将としては能力不足が否めない張勲が言う。
と言っても軍議の進行は可笑しく思うところはなく、普通に進んでいた最中の闖入者は曹操軍の斥候。
「無様を見せて申し訳ないわ」
諸侯とその側近や軍師だけが集まる軍議に闖入など、本来ならばその場で手打ちにされても可笑しくはない行為。
だが曹操の斥候の顔には大量の汗が流れ、表情は非常に苦しそうにしている。
それを見てただ事ではないと曹操は処罰は後に報告を先に聞いた。
「何があった」
「はっ! 汜水関に動きあり!」
「まさか、関から出てきた?」
「いえ、汜水関を守る新たな将の旗が立ちました!」
それを聞いた一堂はまだ旗を掲げる事の出来る将が董卓軍に居たのかと思い耳を済ませた。
「……それで、旗の字は?」
曹操は脳裏で不快な警鐘が鳴っている事に眉を潜めて聞いた。
「金色の玄旗、袁紹軍です!」
「なっ! 嘘でしょ!?」
それを聞いていの一番に声を上げたのは荀イク。
すぐに他の諸侯も話し合う声が大きくなり、天幕の中はざわめいた。
「……袁紹が董卓に付いたようね」
そう呟いて曹操は視線を驚いている袁術へと向けた。
「袁術、一つ聞きたいわ」
「な、なんじゃ……」
「勿論袁紹にも送ったんでしょうね?」
何が、とは言わない曹操。
単純な軍事力では袁紹が頭一つ飛びぬけている、この反董卓連合に袁紹が加わっていれば袁紹が持つ諸々で勝率は跳ね上がっていただろう。
逆に董卓に袁紹が付いた今、連合軍の勝率は間違いなく下がっている。
錬度の高い質の良い装備を着けた兵が数万、下手をすれば十万を超える数が董卓軍に加わった。
彼我の兵数差が洒落にならないほど広がったはず、もしかしたら倍の差が付いたかも知れない。
「送ったのよね?」
答えない袁術にもう一度聞く曹操。
袁術は袁術で視線は張勲に向けられていて、代わりに答えるように催促している。
「……えーっと、袁紹さんに檄文は送っていませんね」
「………」
曹操を含め、数人の諸侯が小さく溜息を吐いた。
「正直袁紹さんは必要無いと思ったんですよ」
「……もう良いわ、送ったとしても応じなかったでしょうね」
曹操がそう思った理由は簡単、このタイミングで汜水関に金色の玄旗が立ったと言う事は事前に準備していた可能性が高いと言う事。
多くの諸侯が静観か連合に参加していると言うのに、董卓に迎え入れられて汜水関に旗を立てている。
周りが皆敵か中立を保つ中に、たった一人味方に立つと言う事に疑問を抱かず迎え入れた。
それは事前に通じていたか、董卓がよほどどういう状況か考えていない馬鹿か。
後者ならまだ楽だっただろうが、曹操は恐らくは前者だと考えた。
(……董卓が皇帝を傀儡にしている事や圧政が無い事を分かっていたんでしょうね)
どこで繋がったか、恐らくは袁紹が宦官を廃した時だろうと当たりをつける。
「……色々考えなおさないといけないようね」
勝てる算段はどれほどあるのか、恐らくは大きく広がった兵数の差が勝率に大きく響いた。
「袁紹が凄いって聞いてるけど、どんくらい凄いんだ?」
諸侯の一人、西涼の太守の馬騰の名代、馬超が疑問に思ったことを聞く。
「そうね、軽く私の軍勢の三倍は出せるくらいの存在ね」
「三倍!?」
現在の曹操軍の兵数は三万、三倍と言うからには九万は出せると言う事。
そしてその九万がそのまま董卓軍に追加されたかも知れないと言う事。
それを聞いて他の諸侯が大きくざわめく、寄り集まった連合の中で曹操軍の三万と言う数は大きく、兵数はついで二番目の数。
一番数が大きいのは袁術軍で七万の軍勢、おそらくはかき集めたのか質より量な袁術軍なため兵の錬度は残念になっている。
しかし無いよりましである事は確かで、袁紹軍を除いた董卓軍との兵数差を埋めたはずであったが、袁紹が董卓に付いたせいで意味が大きく薄れた。
「軍議を続けましょう、このまま黙っていても勝てるものも勝てなくなるわ」
それからの軍議は一応の進行を見せたものの、充実したものでは無い事は確かだった。
汜水関までの進軍の順番や、採る陣形などを話しただけ。
その先からあまり進まず軍議が終わり天幕から敷いている自軍の陣地へと戻る劉備、諸葛亮、そして天の御遣いの北郷 一刀。
戻る最中に会話は無い、話しかけようと思っていても諸葛亮がうつむいて何かを考えていたため、話しかけ辛かった。
そうして陣地に戻り、諸葛亮は劉備と一刀に断ってすぐさま鳳統の下へと走る。
「……朱里ちゃん、どうしたのかな」
「……袁紹が董卓に付いたって聞いた時から黙ってたな」
「そっとしておいた方がいいのかな?」
「……多分、これからの事だから聞いたほうが良いと思うよ」
一刀は自身の知識と照らし合わせて今の状況を考えていた。
一刀が知る『三国志』では袁紹が董卓に付いたなんて見たことも聞いた事も無い、それどころか袁紹は反董卓連合の盟主になったはずだ。
なのに袁紹は反董卓連合に参加せず、よりにもよって董卓に付いた。
そもそも三国志の有名な人物たちが皆女の子だったり、三顧の礼を済ませていないのに諸葛亮が仲間に入っていたりしてあまり当てにならなかったのは確か。
その上全く知らない人物が有名になっていたりして、参考にするにはちょっと考えるくらいの差はあった。
(……玄胞、全く聞いた事ないけど)
軍議の最中に聞くのは袁紹と言う名前より、玄胞と言う名前であった。
悪いと思いつつも一刀は聞き耳を立て、他の諸侯の小さな会話を何とか聞き取っていた。
明らかに意識しているのは袁紹ではなく玄胞、流れている噂も袁紹よりも玄胞の方が良く耳にしていた。
「桃香、朱里たちが何を考えてるのか聞きに行ってみよう」
「うん、そうだね」
劉備軍が誇る二大軍師、諸葛亮と鳳統の下へ向かう二人。
諸葛亮が向かった先は鳳統の天幕、そこに二人は居ると言う。
到着した天幕の前から二人に入っていいか聞き、しばしの間をおいてから帰ってきた返事に一刀と劉備は天幕の中に入る。
「朱里、軍議の途中から何か考えてたようだけど……」
「……はい、ご主人様。 雛里ちゃんと話し合ったんですが、かなり拙い状況だと思うんです」
「かなり拙い? 確かに九万の軍勢は途轍もないけど……」
「それもあります、でももっと拙いことがあるんです」
「もっと? 何がもっと拙い状況なの?」
部屋の隅で諸葛亮と鳳統は座り、真剣に話し合っていて、一刀と劉備が入ってくるまで話していた。
そしてそれが終わり、一刀がどう言う事かを聞けば拙い状況だと返す。
「……私たち、正確に言えば反董卓連合軍に参加している全ての諸侯が、皇帝陛下に弓引く逆賊になるかも知れないことです」
「……え?」
劉備が呆けた声を上げ、一刀も何を言われているのか一瞬分からなかった。
「……桃香さま、ご主人様。 玄胞さんの風評は知っていますか……?」
おずおずと鳳統が帽子のつばを握ったまま、一刀と劉備を上目使いで言った。
「……玄胞、何でも凄い人ってのは聞いた事あるけど」
「うん、民に優しいって聞いた事あるよ。 難民でも家とかご飯を用意してあげるって」
「そうです、風評では人格者で内政から軍事、さらに外交まで精通していて、犯罪などをとても嫌う方だと聞いたことがあります」
風評では理想的な文官であり、諸侯が挙って欲しがる人物。
玄胞さんのおかげで袁紹さんが凄く大きくなったと、そんな風評の人物です、と諸葛亮が言う。
「そんな人が、どうして洛陽の民を苦しめている董卓に味方するのか。 檄文が届いたときに、私と朱里ちゃんが一緒に言ったことは覚えていますか?」
「……あ、董卓の圧政は嘘かもしれないってことか」
「はい、檄文の内容は偽りで、本当は圧政なんて無くそれを知った玄胞さん、いえ、袁紹さんは皇帝陛下と董卓さんを守るために味方したんじゃないかと、そう考えたんです」
「それじゃあ、私たちが今やってることは……」
「この予測が当たっていれば、間違いなく私たちが今洛陽の人たちを脅かしている。 皇帝陛下に対して弓を、剣の切っ先を向けている状況になるんです」
そこまで言われて、諸葛亮と鳳統が真剣に考え話し合っている拙い事態だと気が付いた二人。
「……そんな、じゃあ私たちは……」
劉備は両手を口に当て青ざめ、一刀はこの状況に対してどうすればいいか必死に考えていた。
「桃香さま、ご主人様。 これはまだ当たっているか分からない事です、檄文の通り本当に洛陽で圧政が敷かれていて、風評は本当にただの噂で、袁紹さんはそれに便乗しているのかもしれません」
「それに、漢王朝が崩壊の兆しを見せて諸侯の権力争いの場になっては居ますが、まだ漢王朝が完全に崩壊したわけじゃないんです」
「……立て直せるかもしれないってことか、二人はどうするべきだと思う?」
「……様子を見るしか出来ないと思います。 本当に圧政が行われていれば連合軍のままで、そうでない場合は連合軍から無理やり離反してでも董卓さんに付いた方がいいと思うんです」
「……戦力の差がとても大きくなっているはずです、普通に戦えば足並みが揃わない連合軍は負けると思います。 でもそうなってから遅く、どちらに付くか早い段階で決めないと支持を得られなくなります」
負けそうになったから勝ちそうな董卓に付くと思われて、皇帝や民には信用を得られない。
徳を失い義に欠ける行為と言われて、巨大な濁流を乗り越えられる力を付ける切っ掛けを失うことになる可能性が大いにあると鳳統。
「それじゃあ、それじゃあ今からでも董卓さんに……!」
「桃香さま、今は無理です。 今そんな事をすれば他の諸侯から攻撃されます」
どちらに居るか早い段階で決めなければいけない、だが今董卓に付く事は出来ない。
どう足掻いても様子を見ることしか出来ない、出来る事と言えばしっかりとその時を見極めてその時に迅速に行動できるようしなければならない。
「……洛陽の民が本当に圧政を受けていないか、それをなんとしても確かめよう。 それから決めるしかない、このまま連合軍に居るか、董卓に付くか、最悪この戦いに大義は無いって退くのも出来るだろ?」
食料も心許ない、凄く格好悪いが兵を養えるだけの兵糧が無いと誰かに分けてもらうしかない。
「……そうだ! 役目を兵糧と交換出来ないかな?」
「役目と交換、ですか?」
「連合に参加する前に言ったけどさ、戦い続けるだけの兵糧が無いからさ、斥候とか先陣を務める代わりに兵糧を分けてもらうってのはどうだろう? 前に出るからには厳しい状況に晒されるかもしれないけど、他の諸侯よりも前に出れるわけだし……」
「先んじて向こうの様子を確かめる訳ですね」
その返事に一刀は頷く。
「……でも情報を得るには難しいと思います、戦いになったらそんな余裕も無くなってしまいます」
相手も本気で攻撃してくる、劉備軍は連合軍の中では間違いなく寡勢。
下手をすればあっさり全滅と言う可能性も大いにある。
「そうだとしても情報を得なきゃいけない」
「……そうですね、兵の皆さんにも頑張ってもらわなきゃいけませんし。 それに多く損耗すれば退ける口実も出来ます」
戦う兵の命を払って得る情報、決して安いものではない。
「それに情報を得られれば、すぐにでもこの戦いに大義は無いと強く宣言して引けば皇帝陛下に楯突く気は無かったと言える事も出来ます」
最悪すぐにでも降伏して兵が命を落とすのを止めなければならない。
「……でももしも、董卓が圧政を敷いていなくて、連合から抜けられない場合は……」
「……うん、それしかないと思う」
最悪、その場で連合軍に攻撃を加えなければいけなくなる。
一番良いのは本当に圧政を敷いている場合だが、その可能性は低くなってきている。
本当に圧政を敷いていて、連合軍が勝利を収める事が出来るならまた違う動きを考えなければいけないが、勝てる可能性も下がってきている。
どれを選んでも逃げかそれに近いもの、だが一刀たちには庶人を苦しめる気など一切無い。
例えそれで悪評が広まったとしても、一刀たちはそれに対して文句は言わない。
一刀たちが目指すのは民が苦しまない世界、自分たちの悪評程度でその世界が近づくなら我慢しよう。
「……よし、愛紗たちにも話しておかなきゃな」
「そうですね、とても大事な事ですから」
劉備と鳳統が頷く、一刀はこれから起きる戦いに、今後の進路が決まる事に一つ決意した。