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睨む人


 洛陽、漢の中心、支配者たる皇帝が座する都。

 袁紹一行は黄河を渡り入港、船から下りてすぐ視界に入るのは董卓軍。

 港からの進攻を防ぐために数万の兵が港内と、その港の周囲に展開している。

 当然戦略的な判断、戦いの場は何も地面の上だけではない。

 大陸南東の呉周辺では長江を上手く利用した水軍などがあり、また兵も精強と噂され侮れる存在ではない。


 そう言った点では間違いなく賈駆は軍師で戦略と言うものを分かっている。

 船を下りた後も攻撃を加えられず、袁紹一行が洛陽に向かおうと港から出ようとした時に案内が来た。

 賈駆からの使い、案内するよう仰せ付かって来たと話し、それに付いていく。

 三刻ほど掛かって洛陽に到着し、また別の使いが現れる。

 今度も賈駆の使いで、すぐに謁見の用意を整えて欲しいと聞いた。


 想定していた事、元から袁紹は謁見する気満々で向かっていたのだから問題など無いが続けて伝えられた言葉も有り得ると想定していた事。

 謁見の対象が袁紹だけではなく郷刷も含まれていた、董卓軍の指揮権を握るのであるからには皇帝もたった一言でも言葉を掛ける必要があった。

 そこに含まれる意味が激励ではなく、指揮権を握る玄胞と言う人物を確認するためのものであったとしてもだ。

 これが賈駆が提案した事か、それとも皇帝自身が望んだ事なのかは郷刷には分からない。

 だが郷刷としてはどちらでも良い、謁見時に発言が許されるのであれば現実を認識しているか確かめる事が出来るから。


 才能だけで言えば名君になれるだけのものはある、それを生かすことが出来るかは今後次第としか言えない。

 争い自体を望まない董卓と賈駆からすれば、今回のような事は二度と起こしたくは無いだろう。

 となれば皇帝に対する物言いは自然と争いの無益さを説くものとなる。

 郷刷としてもそれは大いに望む事、戦い、戦争など無ければ袁紹の身の安全など幾らでも図れるからだ。

 勿論これは戦いに勝利してから、全てはそれからの話。


 あっという間に結論付けて、郷刷、もとい袁紹一行は洛陽に入り、宮殿へ。


「おー、麗羽様とアニキだけでいいのか。 ついてこーいって言われてたらどうしようかと思ってた、皇帝様に会うとかすげぇー肩こりそうだし」


 途中で親衛隊の大半は宮殿に入る事は出来ず、郷刷は袁紹ともども武器となる物を預けて使いに付いていく。

  その道中は皇帝の威厳を誇示する幾つもの見事な装飾の巨大な門に煌びやかで長い通路、その中を袁紹と郷刷は宮中を早足で歩み、宮中の中でも最も豪華な装飾がなされた大きな扉の前。

 使いの者はそこで足を止めて、袁紹に頭を下げて引いていく。


 開かれる扉、そこは玉座の間、南皮の城にある袁紹の玉座の間より広く、それでいて豪華。

 国の主が存在する相応しい空間で、その一番奥にある壇上には龍の彫刻が成された玉座。

 これも華美に装飾されて、座る人物の権力がどれほど巨大かを表す一つの指標。

 だが玉座には誰も座っていない、玉座の間に居るのは護衛の兵と張遼、そして賈駆が立っていた。


「入って、陛下はすぐに来るわ」


 賈駆が袁紹と郷刷を見るなり言い、入室を促す。

 断る意味も無いので玉座の間に入る。


「賈駆さん、すぐ陛下に謁見すると聞いたのですけど」

「だからすぐに来るわ、その前に言っておきたい事があるから早めに来てもらったのよ」


 そう言って賈駆は袁紹から郷刷へと視線を移す。


「時間が無いから手短に済ませるわ、陛下との謁見の時に長い挨拶とか褒め言葉とか要らないわ。 陛下にも時間が無いし、要点を話してもらう事は了承して貰ってるから」

「それなら仕方ありませんわね、分かりましたわ」


 明らかに郷刷へと言った言葉を袁紹が頷く。


「……なんや、やっぱかわらへんなぁ」


 アハハと張遼が笑う、短い間だけではあったが何となく袁紹の人柄を感じ取ってそう言う人物なのだと笑う。

 そんな張遼に鋭い視線を向ける賈駆、心に余裕が無くなっているその姿に張遼は嗜めた。


「あかんでぇ、賈駆っち。 軍師たるもんはどっしりと構えとかんと、周りが心配になるやろ?」


 なあ、兄さん。

 そう郷刷を見て張遼が言う。


「焦って良い事など一つも有りませんよ」


 それが命令を出す人物ならなおさら、不安がっていたりしたら動く下の者たちも心配になる。

 戦になると言う事で気を張っていると言うのもあったが、張遼の言う通り士気に関わりかねない。

 たとえ劣勢でも冷静に判断しなければならない、それを失ったとき軍師としての価値は無くなる。


「………」


 ほんの僅か、口を開こうとした賈駆だったが周囲の兵を見て吐こうとした言葉を変えた。


「……そんなことはどうでもいいの! 良いから謁見の時は無駄な言葉は要らないの、分かったわね!!」

「勿論」

「賈駆さんったら、この私のようにもっとこうどっしり構えたらどうですの?」


 今の状況を分かっていないかのような袁紹に、賈駆は頬を引き付かせて黙る。

 もうすぐ皇帝が来る、その時に怒鳴り声を上げているなんて見せられないと口を閉じる。

 それから一分も経たず、一人の女官が現れて賈駆に耳打ち。


「……陛下が御成りになられるわ、良いわね?」


 賈駆が壇上の前隣、絨毯の端に立ち皇帝を待つ。

 袁紹と郷刷も身形を確かめ玉座へと続く絨毯の端に佇み待つ、そして現れたのは二人の少女。

 本来なら皇帝の臨席の際に挙げられる掛け声もなし、静まり返った玉座の間には皇帝たる劉協とその斜め後ろを歩む董卓の姿。

 頭には冕冠、漢の皇帝のみが着用を許される礼服に身を包んだその姿。

 未だ十にも満たないながら、その瞳には知恵を宿す理性が垣間見える。


 ゆっくりと歩む劉協と董卓、玉座に着けば董卓は玉座の隣に佇む。

 そうして準備が整う、賈駆が劉協と董卓に頭を下げた後声を上げる。


「袁 本初! 玄 郷刷!」


 まず袁紹が進み出て、壇上の一歩手前で最上級の礼式、膝を着いて頭を垂れる。

 同じように郷刷も袁紹の斜め後ろで礼の後、膝を着いて頭を垂れる。


「冀州が州牧、袁 本初、陛下をお守り致したく馳せ参じまいりました」


 頭を垂れたまま、いつもの袁紹の印象が吹き飛ぶような真剣な声で告げる。

 それは当然、いつものような物言いは絶対にしてはならないと袁成の教育は今も息づき、袁紹はその教えに忠実に従う。


「面を上げよ」


 賈駆が劉協の代わりに告げ、袁紹は顔を上げる。

 それを確認した後劉協が口を開き、言葉を紡ぐ。


「袁 本初、知って居るぞ。 袁 文開の子と聞いた事がある、汝はことわざに聞く袁 文開の影を踏める人物足るや?」

「この身は未だ未熟、目指しこそすれ決して貶める事無く偉大な親として継ぐ者と誇りを」

「では袁 文開と同じ、汝は朕に違う事無く忠誠を果たすものとするか?」

「陛下の御心のままに」

「では袁 本初、汝に命じる」

「如何なるご用命でも」

「朕の洛陽に向かってくる者たちを退けよ」

「我が一身にて果たしましょう」


 この問答の中で袁紹は感動していた、自慢の母が陛下に知られていると。

 内心飛び跳ねたいぐらいに喜んでいるが、そんな真似など皇帝の前では出来ないと口を閉じる。


「それと、玄 郷刷」

「はっ」

「面を上げよ」


 名を呼ばれ、郷刷が力を込めて返事。

 顔を上げて玉座に座る劉協を見た。

 やはり幼い、当然身形は整い、それを着込む劉協も見劣りしないほどに可愛らしい。

 後数年もすればもっとはっきりとその片鱗が現れ、将来は眉目秀麗の美女になる事が容易く想像できる。


「汝の名も聞いている、力を集めるために腐心してるそうだな」

「その通りで御座います」

「その力を集め何とする?」

「この大陸に平和を」

「では今の状況、汝はどう思う」


 そう聞かれ、郷刷は賈駆に言われた通り飾る言葉無しに語る。


「拙いと言わざるを得ない状況であります。 十三の州牧の内、半数以上が参加し、陛下の御身と董卓様の頸を狙っております」


 それに表情を変えたのは董卓と賈駆、劉協も眉を僅かに顰める。


「では玄 郷刷、汝ならどうする」

「使える物全てを使い、矛を収められるように仕向けます」

「……この状況でどう収めると言うのだ」


 興味が向いた、郷刷の一言に劉協と董卓と賈駆がそれぞれ食い付いた。

 それも当然、この三者は戦いなどしたくは無い、今すぐ双方矛を収められるなら喜んで飛びつくだろう。


「今この洛陽へと連合軍が攻め込んでくるのは先に申しましたとおりでございます、そして連合軍の狙いも同じ。 事態の収拾、および解決を願うのなら董卓様を差し出せば終わ──」

「ならぬ!」


 郷刷が言い切る前に劉協が勢いよく立ち上がり、それは出来ないと否定する。


「はい、董卓様を差し出しても終わらぬでしょう。 連合軍に参加している諸侯らが欲しいものは三つ、陛下の御身と董卓様の頸、そして名を高める為の戦いにおける戦功、おおかたこの三つと思われます」


 郷刷も劉協の否定に頷いた、董卓を差し出し頸討たれたとしても次の目標が袁紹に変わるだけだと言う。


「もっと絞れば陛下の御身を握り傀儡として権力を握るか、董卓様を討ち戦功を上げて大陸に名を知らしめるか」

「はっきりと申せ!」

「連合軍を洛陽へと迎え入れます、最低限達成したいことは洛陽を董卓様から取り戻して陛下の身を救い出す事です。 董卓様は連合軍に戦き素早く逃げ出したと言う事にでもすれば、少なくとも誰も傷つくことはなくなるでしょう」


 それが最も簡単で、誰も傷つかない方法。

 もっと付け加えれば連合軍にではなく、味方すると迎え入れた袁紹が仕掛け、董卓を後一歩のところまで追い込んだが逃げられた、なんて言い訳でも恐らくは通用すると。


「……それも、ならん」


 だがそれも劉協は否定する。

 郷刷としては予想通り、劉協は董卓に依存しつつあるのが分かっていた。

 その予想は簡単、劉協は未だ十に満たぬ年齢で母の王皇后は何皇后の嫉妬を受けて毒殺され、霊帝と諡号を送られた父の劉宏はつい最近崩御した。

 父の死に際して劉協は人目を憚らず悼み悲しんだ、そこに幼いながら聡明な劉協の姿は無く、父がこの世から去った事を理解してなくただの子供であった。

 聡明であるが故為を掛けさせまいと殆どの子供にある我侭を押さえつけ、ずっと宮殿で暮らしてきた。


 そこに同年代の子供など居らず、周りには劉協を利用しようとする大人ばかり。

 当時の劉協は知らなかったが与えられる知識は偏った物ばかり、何が正しいのか何が間違っているのか、それすらも知れず過ごしてきた。

 勿論宦官が居なくなり、董卓の庇護下に入った劉協はまた利用されるのだろうと、自分に力が無いことを知りどうしようもないと達観していた。

 だが当の董卓はまったく違った、何かを強要する訳でもなく、劉協に今やりたい事をしてみてはどうですかと奏上。

 劉協が何かをする際に邪魔することも無く、無理が無い程度にしたいことをすれば良いと董卓は言った。


 劉協はいぶかしみながらも本を読みたいと言えば、董卓は色んな本を用意させた。

 劉協が外に出たいと言えば、董卓は危なくないように沢山の護衛を付けさせて市を練り歩かせた。

 それからの日々は劉協にとって目新しく初めて見る事ばかり、警戒が消え親愛を覚えるのはそう遅くは無かった。

 しかし言動が優しいからと言ってすぐに懐くほど劉協は素直ではない、劉協の父である劉宏が亡くなる前から優しい言葉をかけてくる者は沢山居た。

 では何故心を許したのかと言えば董卓が今まで優しい言葉を掛けて来た者たちとは違う、心の底から来る本当の優しさであったからだ。


 普段は宮殿に篭りっ放しで外には虎視眈々と劉協に取り入ろうとする者ら。

 皇帝の娘とは言えその境遇に董卓は不憫に思い、本当の自由ではないとは言え出来る限り外がどのようなものか知ってもらおうと行動した結果。

 賈駆はこの事についてあまり関与しなかった、正確に言えば関与出来なかった。

 降り注ぐような仕事を毎日何とかこなし、どうすればさっさと皇帝の下から離れられるか、そればかりで他の事に注意を向けられるほど余裕が無かった。

 気が付いたときには劉協は董卓にべったりで、董卓は董卓で劉協を放って置く事が出来なくなっていた。


 幼い劉協の境遇、優しい董卓の性質、それが上手く填まり込んだのではと、仮定と推定で塗り固められた郷刷の予想は現実とピッタリと重なっていた。

 要約すれば皇帝は我がままを言っているだけ、董卓と離れたくないという子供の我がまま。

 そして董卓はどうなるか分かっているのにそれを半ば認めている事、そして賈駆は董卓の気持ちを尊重して無理強いをしなかった事。

 その結果が今の状況、董卓・袁紹軍と反董卓連合軍と言う構図になっていた。


「分かっております、でしたら和解を諦め徹底抗戦となりますがよろしいでしょうか」

「……他にはないのか?」

「ありますが成功するとは思えません」


 たとえば勅命を出して連合を解散するように要求しても、董卓が皇帝を利用して出させたとして突っぱねるだろう。

 董卓が皇帝を傀儡にしていない事実として劉協に謁見する事を認めても、まず罠ではないかと疑い軍を置いてのこのことやってくる訳も無い。

 先に上奏した董卓を連合軍に差し出す事や、董卓が洛陽から劉協を置いて逃げ出す事。

 一番良いそれを認められぬならもう戦うしかないと郷刷。

 事の進展の早さを考えると洛陽に近い諸侯は洛陽の状況を知っていただろう、勿論洛陽から離れた地域の諸侯は洛陽の様子を探る前に檄文が舞い込んできた可能性もあるが、そうでないと知っても今更離脱出来ない手前もあるだろう。


「正直に申し上げます、一応の和解案も考えてはおりましたが主軸に戦いを置いて私めは行動しておりました。 我が主、袁紹様の軍も連合軍と戦うために参りました」

「………」


 劉協、董卓、賈駆、それぞれが苦しそうな表情を作る。


「戦を避ける手を打ちながらも戦を行うことになったこの現状、既に戦わずして済ます時期は疾うに過ぎております。 陛下、何卒御命じくださいますよう、平和を乱す輩を討てと御命じくださいますよう願い申し上げます」


 郷刷が膝を着いて頭を垂れ、袁紹も膝を着いて頭を垂れる。


「……出来るのか?」

「出来なければ我が身が存在する意味はありません。 出来ると言うことの証明に一つ、陛下にお約束出来ます」

「……約束?」

「はっ、もし私めの指揮にて敗北いたしたならば、責を負い陛下の前でこの命を自らの手で断たせていただきます」

「ちょっ!?」

「あ、安景さん!?」


 賈駆が声を上げ、袁紹も声を上げて郷刷を見る。

 守れない約束はしない、出来る事なのだからどのような約束でもしてみせると郷刷。


「私の込める覚悟とはこの命と等しいと、そう考えていただければ」


 勿論命を懸けるこれは策の一つ、確かに負けても冀州に引き篭もると言う手を実行するがジリ貧なのは目に見えている。

 それに負けて逃げるにしても確実に逃げ切れる保証などない、だったらここで連合軍の力を削ぐ所か一部の諸侯を殺してしまおうと郷刷は考える。

 郷刷が危険視する諸侯を討つ事が出来ればかなりの余裕を持てるだろうと考え、そのまま一気に安寧の世を作り上げる気で居た。


「……わかった、ならば命じる! 袁 本初!」

「はっ!」

「玄 郷刷!」

「はっ!」

「この洛陽に迫る逆賊を悉く討ち果たせ!」

「この一命を賭して!」






 そうして謁見が終わり、早々に連合軍への対策を練り直すためにもと来た道を戻る最中。


「安景さん、一体どう言う事ですの!?」


 カアッ! っと目を口を見開いて右手の人差し指を郷刷の胸に突きつけながら迫る袁紹。


「どうもこうも、そのままの意味です。 ここで負ければ後は無い、でしたら勝つために己と周囲を高める必要があります」

「周囲? 私の兵が負けるとはまったもって思っていませんのですけど。 ……ああ、そう言う事ですのね!」


 何かを思いついたように袁紹が強く頷いた。


「董卓さんの兵が足手纏いになって邪魔になるって事ですわね? それで安景さんは董卓さんの兵に邪魔になるんでしたら容赦しませんわよ! っと言いたい訳ですわね?」

「よくお分かりで」


 外れている袁紹の答えに郷刷は頷く。

 実際は命を掛けて戦うのは前線で戦う兵だけではないと、そう言う意味を込めて一体感を作り出すための言葉。

 そもそも必要であれば前線にも出る郷刷、その最中流れ矢で命を落とす事もある。

 だからこそより強く宣言する、負けて死ぬのは兵たちだけではない、指揮をする郷刷も命を掛けて戦いに挑むのだと。


「……それ本気で言ってるわけ?」


 背後掛かる声に袁紹と郷刷が振り返り、見た先には腕組みした賈駆。

 ジト目で先ほどの会話を聞き、正気を疑うように見ていた。


「ああ、良い所に。 賈駆殿、これより策を練り直すのでお時間を頂きたいのですが」

「……良いけど、それよりさっきの話──」

「勿論その時にお話します」

「……こっちよ」


 口を尖らせて賈駆は歩き出す。


「それでは本初様、まだしばらくの時間がありますので、本隊や顔良殿が到着するまで英気を養っておいていただきたく」

「分かりましたわ、安景さんに任せておけば問題はありませんわね」


 そう言って高笑いしながら案内の後を付いて去っていく袁紹。


「……ちょっと、さっきの話は本当なの?」

「どちらですか?」

「両方よ!」

「本当ですよ、命を掛けて戦うのも、邪魔になりそうな兵を有効活用できる場所に容赦なく置く事も」


 勿論その後に郷刷の生死が掛かる事を董卓、袁紹両軍に広める事も合わせて話す郷刷。

 それを聞いた賈駆は負けた際の逃げる当てが一つ減った事に少々落胆する。


「……ねぇ、もし、もしよ」

「はい」

「……もし負けて洛陽から逃げ出す事になった時に……」

「受け入れましょう」

「……え?」

「正当性はどちらにあるか、それは洛陽の民が知っている事です。 それに一部の諸侯とは顔見知りですので、一方的に襲ってくる事もないでしょう。 勿論逃げ切れて冀州に無事入れる事が前提の話ではありますが」

「……本当に良いの?」

「災いを呼び込んだ原因であるから? まあ確かにそうではありますが、勝てば得する事もこちらにはありますからね」


 そう言う郷刷を賈駆は見上げた。

 なんとも都合の良い話、命を危険に晒す事になった原因を受け入れると言う郷刷。

 当ても無く放浪するより、どこかに匿われたほうが安全であるし、もし人相書きなんかが出回ったりすれば宿などは早々利用できなくなる。

 盗賊なんかも出回る治安の悪い所に足を踏み込んだりしたら、正直に言って簡単に捕まってしまうだろう。

 その危険性が無くなるのであれば喜ぶべき事、賈駆が郷刷の立場なら間違いなく突っぱねるだろう。


「そうなった際には陛下も一緒に来てもらう必要が出ますね。 攻め込んでくる者らは徹底的に糾弾しなければなりませんし、平和を乱す逆賊相手に決して屈しない事を宣言してもらう必要もありますね」

「……あんたの考えが分からないわ」

「では正直に言いましょう、私としては呂布殿、張遼殿、華雄殿、それに賈駆殿。 貴女たちが欲しいのです」

「………」


 真剣な瞳で自分が欲しいと、そう言われて呆ける賈駆。


「失礼な話ではありますが、董卓様と陛下は貴女たちの付録に過ぎません。 欲しいのは精強な兵を率いる一騎当千の将、欲を言えば忠誠心も欲しいのですけど、それは難しいでしょうから」

「……そうね、そっちの方がしっくりと来るわ」


 色事になるなんて考えた賈駆は、疲れているかもと手を額に当てた。


「勘違いもなくなった事です、さっさと策を練りましょう」

「……ええ、そうね」


 そうして賈駆と郷刷は、作戦を練れるよう宮殿の一室へと歩んでいった。

 そしてああでもないこうでもない、具体的な方針から防衛手段などを考える。

 董卓・袁紹軍の勝利条件は連合軍を洛陽に入らせる前に崩壊させる事、敗北条件は董卓・袁紹軍の壊走。

 守りきれば勝ち、そう言う戦。

 協議の結果、汜水関で連合軍を押し留める、悪くて虎牢関で撃退する事。


 平原での軍勢の直接接触により勝敗の決定をなさずとも、恐らくは関を突破させずに勝てると二人は踏む。

 そのために関の修繕もしており、防衛をより強める設備も用意した。

 一撃で関の門を打ち破る物でも持ってこなければ、足並みを揃えられないだろう連合軍に勝ち目は無い。

 だからと言って油断はしない、想定外などいくらでも起き得ると軍師の二人は知っている。


「……それでは」

「ええ、私も汜水関に出向くわ」


 情報の伝達速度は重要だと、郷刷との一戦にて賈駆は思い知った。

 状況を自分の目で確かめ、すぐに対処を成せる事が出来れば負ける可能性は低くなる。

 その代償に己の命の危険が跳ね上がるが、この際無視しなければならない状況に立っていることも賈駆は分かっている。


「袁紹様が董卓様に付いた事を知らせて、戦意を挫きに行きましょうか」

「……大層驚くでしょうね」


 頭の回る諸侯なら、董卓に付く事がどれだけ厳しいか分かるだろう。

 だからこそ諸侯の中で最も大きな袁紹が董卓に付いた事に驚き目を剥くだろう。

 勿論驚かすだけでは済ませない、手痛い一撃を食らわせて思い知らせてやる。

 お前たちがやっている事は非難される事なのだと。


 それから総司令の郷刷、副司令の賈駆は袁紹軍本隊の渡河が終わる前に汜水関へと出向いた。

 汜水関には数万の兵が守り、郷刷は関の防壁の上に上って懐から取り出した眼鏡を掛ける。

 そして遠くに見える恐らくは斥候を捉えた。


「……旗を立てろ!」


 関の遠くでうろつき様子を伺っているその斥候を見て、存在を誇示させるために一際大きな、金色の袁旗を防壁の上に立てさせた。


「恐れ戦け、己の所業を呪うがいい……」


 立てられ風に靡く旗を見て、慌てて馬で走り去る斥候を見ながら郷刷は睨む様に見て呟いた。

優しいだけじゃ駄目なのさ

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