始まった人
数日前に行われた緊急の召集、それに前回居なかった者を含めた評議。
具体的な名を挙げれば文醜や顔良、ほぼ全ての文武官が集い、玉座の間で玉座に座る袁紹とその隣に立つ郷刷に視線が集まっている。
「先日の緊急の評議で言った事は覚えておいででしょう、他の諸侯が南下して恐らくは連合を組む事となったようです」
僅かにもざわつかない。
その中ではっきりと告げる郷刷に、誰もが閉口して言葉に耳を傾ける。
「残念ながら予想以上に速く動き出した事により、予定していた兵数は即時に出せない状況となっております。 よって五万、既に出陣の準備が整っている五万を主力とし、残り三万を予備兵として準備が整い次第出立させることになります。 その予備兵の指揮を……、顔良殿、お願いできますか」
「はい! わかりました!」
郷刷が玉座に近い顔良を見て聞けば、顔良は返事をして強く頷く。
「アニキー、あたいはー?」
その顔良の隣に居た文醜が頭の後ろに手を置いて聞いてくる。
「文醜殿は主力で一隊を率いてもらいます」
しっかり休んだのか、数日前の顔色が嘘のように健康的な顔。
顔良と一緒に残し予備兵の準備を整えさせようと思ったが、顔良に構い準備が遅れる可能性もあったので一緒に主力へと編成させた。
「勿論本初様は主力の総大将を務めていただきたいのですが」
「あらあら、わたくし以外に総大将と言う顔が務まると思いまして?」
「まさか、本初様でなければ意味はありません」
「でしたら」
そう言って立ち上がる袁紹、郷刷は頭を下げてから一歩下がった。
「この名門名家の頭領、袁 本初が総大将を務めれば誰であろうと負けはしませんわ! 皆さん! 陛下に仇をなす輩などちょちょいのちょいで一捻りですわ!」
「オオオオオッ!」
武官たちが腕を挙げて雄たけびを上げる、文醜もとりあえず真似して叫んでいた。
文官たちは腕を組みつつ顎に手を添えたり、隣の者と話したりしている。
郷刷は袁紹の高笑いが一周した所で、静まるように手のひらを向けて示す。
「本初様、あまり時間を掛けるのもこちらに良い事などありません。 ここは可及的速やかに洛陽へと赴き、連合軍の者らに本初様の存在を示したほうがよろしいかと」
「それは確かに、私が居ると分かれば皆さんも驚いて尻込みするに違いありませんわね」
うんうんと袁紹が頷き、郷刷が着席を促す。
そうして袁紹が玉座に座りなおせば、郷刷は主力の隊を率いる部将とその副官を呼び上げる。
名を呼ぶ毎に声を上げて返事をし、力強い言葉で拝命を受ける。
洛陽へ行く者、南皮に留まる者、適材適所と言う言葉は郷刷の目によって現実の物となって現れる。
個の武勇、統率力が認められればこの度の出征に参加し、そうでない武官は鍛錬と冀州の守りに付く。
元から出征に参加しない、軍師ではない文官らは州内の情勢に気を付け、予備兵の準備などを整える。
主だった者、総大将である袁紹は元より、袁家の双璧である文醜と顔良、客将である趙雲も戦場に出る。
当然、指揮を執る郷刷も袁紹軍主力と共に洛陽へ向かい、賈駆と対応策を練る事になる。
そうして一通りの任命が終われば、己のやるべき仕事へ向かい動き出す。
準備のため袁紹も侍女たちとともに自室へと戻り、郷刷も己の仕事へと向かう。
「子龍殿、仕事はどうでしたか?」
玉座の間から出て行こうとする趙雲に背後から声を掛ける郷刷。
「アニキー、星ってばあたいよりも仕事が速いんだぜ」
「それは単純に文醜殿が遅いだけでは?」
「そ、そんなことないやい!」
郷刷がはっきりと言ってやれば、うわーんと泣きながら玉座の間を飛び出していく。
「星さんがしてくれた仕事が結構多い上に、文ちゃんがやる時間よりも短くて……」
「でしょうね」
それも肯定した郷刷に、手を口に当て「文ちゃん、ううっ」と呟いて文醜を追いかけていった。
「慣れない仕事でしたでしょう?」
「確かに、ですが遣り甲斐のある仕事でしたな」
うむ、と頷く趙雲。
本来は袁家の将軍職に就く文醜、顔良がやるべきそれなりに機密度が高い仕事。
ある程度簡略化しているとは言え、文醜、顔良が一週間ほど掛かる仕事を四日ほどで終わらせたのだから早いと判断しても問題はない。
しかも慣れていない状態で四日なのだから、慣れればさらに短縮できるだろう。
「それは良かった、こちらも予想通りで助かりました」
「……そのような事も予見されたか、真にもって安景殿は底が知れませんな」
「それしか能がありませんので」
事実、それがなければ郷刷はそこら辺に居る男にしかなれない。
「子龍殿、その知だけではなく、武の方も期待させていただきます」
「任されよ」
ふっと軽く笑う趙雲、郷刷も同じように軽い笑み。
「ええ、子龍殿なら期待は裏切らないでしょう、存分に期待させていただきます」
趙雲との会話が終わり、各々が準備を整え瞬く間に出立の用意が出来た。
時間にすれば半刻も経っていないだろう、もとより整っていなかったのは食料であり、八万と言う大軍勢の糧食を賄うことが出来ないために分けたのだ。
軍勢を縮小し、五万に限定すれば十分に足りる量は揃っている。
この糧食は街の備蓄から引き出されており、街の市場から購入して揃えた物ではない。
無論購入すればすぐにでも揃えられるが、そんな事をすると値段が跳ね上がり庶人が買いたくても買えないと言う状況に陥る可能性があったからだ。
また足りない理由は郷刷の予想が外れたからであり、当たっていれば最低十日ほどの時間が掛かるはずであった。
冀州の他の街から余裕がある分を送らせ、それで八万の軍勢でも十分な食料を用意出来ていたのだったが。
現実は予想通りに進まないと言う、こちらの都合などまったく考慮しない当然の出来事。
結果主力の五万、予備の三万と言う編成で出る事になった。
洛陽の食料を頼る案もあったが、当然洛陽での食料の値段が上がるので自前で用意する事となった。
そんなこんなで南皮の街の外には五万もの軍勢が規則正しく整列し、出立を待っている。
一言で言えば壮観だろう、金色の兜と鎧を着た兵がずらりと五万人。
太陽の光を反射してぎらぎらとしている、間違いなく目に悪く、戦場では一番に目立つだろう。
そして街の壁の上には大勢の庶人が一目大群を目に収めようと集まり、あるいは出陣する者らに声援を送るために集まっていた。
そんな中で積み上げられた壇上に袁紹が登り立ち、壮観な光景に頷く。
「本初様、激励もよろしいのですが結構な日が照っております。 軽く一言、力強いお言葉を掛ければ兵は百人力でしょう」
郷刷は軽く耳打ちし、袁紹は頷く。
「確かに暑いですわね」
空は快晴、如何に鍛えているとは言え蒸せる兜と鎧を着たまま立ち続けるのも体力を奪っていく。
ここは短く分かりやすい言葉、つまり袁紹がよく言う言葉で励ましてやれば良いと郷刷。
「それでは皆さん! 雄々しく、勇ましく、華麗に出陣ですわ!」
袁紹の言葉がすぐに全軍へと伝えられていき、一兵卒に至るまで腕を掲げて雄叫びを上げる。
それは轟音、五万の大声音が大気を叩いてビリビリと耳を打つ。
袁紹は袁紹で今まで聞いたことのない音に体を震わせて驚き、すぐに耳を塞ぐ。
「み、耳が……、もうちょっと静かに出来ませんの!?」
郷刷が拳を作った右腕を挙げ、手のひらを大きく広げる。
それだけで鬨の声は静まっていき、十秒後には静まり返る。
「それだけ皆は本初様の思いを汲み取ったのですよ」
腕を下ろして袁紹に言う郷刷、続けて出陣の号令を出した。
「全軍、出陣!」
張り上げた声に反応して五万の兵が順次反転、洛陽への道を進みだす。
「……本初様、これが始まりです。 貴女がこの大陸に和を齎す、その第一歩」
郷刷は一歩前に進み出て、振り返って進軍する五万の兵を見るようにと腕を向ける。
「文開様が望み成し得なかった事を、貴女が、成すのです」
一つ一つの言葉に力を込めて言い、差し出した郷刷の手を袁紹は取り。
「勿論ですわ、安景さんもしっかりとついてらっしゃい!」
袁紹は不敵な笑みを浮かべ、郷刷と共に歩みだした。
関係ないけどマジキュー4コマ 真・恋姫無双 萌将伝四巻表紙の桂花がまじ可愛い
可愛すぎて俺はもう駄目かもしれん、後は頼ん……だ……