本音を吐く人
嘘で誤魔化しては居ないか、そう郷刷は楽進を見ながら考える。
郷刷は楽進と話していて、その言葉に乗っている真剣さが手に取るように判った。
物事を真剣に考える、角の取れない喋り方も性格に影響されての事。
真っ直ぐなこの感性は好ましい、そして郷刷が考える今後に対しても好ましい。
真面目に考えれば考えるほど深みに嵌まっていく、世を憂いているからこそのしがらみ。
「周泰殿はどう言った理由で来たのです?」
問題とするのは組み敷きやすい楽進ではなく、恐らくは工作員の訓練を受けているだろう周泰。
と言っても工作員には多数の種類がある、破壊に間諜、妨害と言ったそれぞれの役割。
人は万能ではない、郷刷のように頭が働いても腕っ節はからっきし、と言うような事が全てだ。
そこに例外は無く袁成や曹操でさえも不得意な事はある、言い換えれば二人は他の者よりも出来る事が多いだけの話。
つまり周泰もその例に漏れず不得意な事が有り、郷刷が危惧する間諜能力と周泰が持つ間諜能力は別物と言ってよかった。
今の楽進や周泰のように直接対象と接触する型の間諜は得てして口が達者、人心を把握する事に長けている。
郷刷から見て周泰は間諜の才覚がある、しかし危惧するような才覚が無いことは分かる。
しかしながら人は才能だけで生きている訳ではない、不得意な事でも経験や努力である程度は覆せるからだ。
才覚は宝石の原石、磨かなくては十全の力を発揮できないと言った所、それでも美しいものは磨かなくても美しい事もままあるが。
「私も凪さんと似たような理由です」
それを聞いた郷刷はなるほど、と頷く。
無論そこに信用は置いていない、対面的にただ頷いただけ。
楽進との話も全て信じているわけではない、たとえ話した内容が全て嘘で塗り固められてあっても何一つ問題は無い。
前提から大きく違う、もとより二人の話を信じる信じないと言った段階ではないからだ。
話の内容は二の次、郷刷が注目するのは言葉ではなく動きであった。
人と言うのは何をしても行動に現れる、現に楽進は会話の中で僅かに視線を逸らしたり俯いたりした。
勿論言葉に乗る感情も大事だ、楽進が言った言葉には力が篭っている事が感じられた。
そう言う点で真面目なのだろう楽進を組み敷きやすいと評価した郷刷、言動の端々に感情が乗っていた為わかり易かったのだ。
問題とするのは工作員であろう周泰、武で示すような外面の工作員では無く、心や精神に語り掛ける内面への接触方法を訓練した工作員だと手に余る。
ふとしたときに行われる、本人が意識していない状態で出る『癖』などを矯正していれば、内心を読み取らせ難くなる。
郷刷が懸念したのはそういう理由があってこそ、周泰がそちら側の訓練をしていればあまり接触をしない方が良いと判断している。
今回設けた場での話はそう言う意図、それほど時間が無いだろうこの時に基準を置いておく必要に駆られた結果。
「それと生まれは揚州九江郡下蔡国の庶人の出となります!」
「……そ、そうなんですか」
真剣な表情で周泰が元気良く答え、想定していた状況と全く違う様子に僅かばかり毒気を抜かれた郷刷。
「私が生まれ育った街はお世辞にも良い街とは言えません、ですけど私の両親が過ごし、私を生んでくれて、そして育ててくれたあの街が好きなんです」
楽進とはまた別の真剣味を帯びる周泰。
力の篭った瞳を郷刷に向け、続けて口を開いた。
「ですから袁紹様が治める南皮に来たんです!」
随分と熱が入っているのか、理由となる部分が丸ごと存在しない言葉を口にする周泰。
何も無い所から推測しろと言われても郷刷には出来ない、楽進も理解できずにキョトンとして周泰を見つめ、趙雲は笑いを堪えているような素振りを見せている。
「……周泰殿、話の脈絡が繋がっていません」
自分の生まれた街が好きだから南皮の街に来た、ではどうして南皮の街に来たのかと言うのが抜けている事を指摘する。
「あ、すみません! 私に何か出来る事が無いかと思ってここに」
「……南皮の街で、と言うことですか?」
どうにも所々主語が抜けて要領を得ない、きらきらと輝きそうな瞳を向けてきている周泰に一つずつ確かめていく郷刷。
「いえ! 下蔡の街にです!」
「……なるほど、ここで得られた何かを下蔡の街で役立てたいと」
「はい!」
これは本心か? と郷刷は疑う。
疑念だけで見れば楽進の話も幾らでも疑える、だからと言って疑い過ぎれば疑心暗鬼を生ずる事となる。
そこで郷刷は抱えている前提を持って動く、信じる信じないではなくただ話を聞くだけに専念する。
「自分を育んでくれた両親、そして街のために力を尽くす。 とても素晴らしい事です、そう言った点では私がやっている事は周泰殿が思うことと一致しておりますね」
一つ頷いて郷刷が続ける。
「私の生家もこの南皮にあります、この土地で生まれ育った。 生み育ててくれた両親と、安全な土地を作っていた袁家に恩返しをしたい」
「……ならばもう十分過ぎるほどと言っても良いでしょうな」
「自分もそう思います」
南皮の発展具合からすれば恩は返している、そう判断するには十分すぎる。
「いえ、私が言う恩返しと言うのは皆さんが思っているようなものじゃないと思われます」
「これほどの規模ではまだ足りないと仰るか」
今でも十二分に素晴らしい街と言えるのに、これ以上望むのは少々強欲ではないかと。
趙雲は以前聞いたように、郷刷がまだこの街は大きくなると言っていたのを覚えている。
その点で言えば断言も致し方なしと思えたが、これで満足出来ないとなると果てが見えなくなると趙雲。
「違います、私が言いたいのは街の事ではありません。 私がやりたい恩返しとは……」
だが郷刷はその問いに首を横に振る。
左手の趙雲、正面の周泰、右手の楽進。
それぞれを一度見つめた後、一呼吸を置いて口を開いた。
それは差し詰め弓に矢を番え、正確に狙いを定めるもの。
「争いの無い、永きに渡る安寧を大陸に齎したいのです」
そうして心を穿つ為の矢を、郷刷は放った。
僅かな時間を見つけて
時折他のオリキャラどうよ? って感想を頂けるんですが物語上とりあえず皇帝たる劉協さまは出す事に致します