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探る人

 南大通り、南皮中央に置かれた内城を中心として東西南北に伸びる大通りの一つ。

 その半ばに店を構える大きな高級飯店、高級と認められるだけの値段の料理を提供する。

 無論高級なだけ、それだけではあっさりと廃れ店をたたむ事になるのは必然だが、既に八年ほど前からやっていると言う飯店。

 少なくとも店がやっていけるだけの収入があるのは間違いない、後は味の問題だけ。


「ようこそお越し下さいました」


 一間四尺(約3メートル)ほどの豪華な拵えをした戸を押して開けば、店の中から声が返ってくる。

 飯店店内の入り口付近には一つの奉仕であろう、腰当たりまで深い切れ込みが入った鮮やかな旗袍チャイナドレスを着た女性が数名。


「ご予約をされたお名前を」


 それを聞いて一言予約制だったかと呟く、気軽に入れる店で無いのだから予約制や一見様お断りも考慮しておくべきだったと郷刷。


「予約が無ければ無理ですか?」

「申し訳ありませんが、それか常連様とご一緒でなければお断りさせて頂いております」


 それを聞いてしょうがないかと郷刷はあっさりと諦める、道すがらに「南大通りで一番有名な高級飯店はどこか」と適当に聞いたのは失態であるためだ。

 その飯店はどんな店か、またどう言う制度があるのか聞かなかった郷刷の失敗。


「すみません、別の所を探さなくてはいけないようです」

「確かに仕方が無いですな」


 その店の様式や慣例を無視して押し込むのも気が引ける、どうしてもここで食事をしたいと言う訳でもない。

 ただ単に有名だから、と言う理由だけでここに着ただけだからだ。

 楽進、周泰にも謝って店を出ようとする。

 そうして戸に手を掛け、引こうとすれば入る時と比べて軽い手応えで戸が開いた。


「っと」


 店の中と外、内側に居る郷刷は外側に居る数名の男たちを見た。

 郷刷と同じような文官服と、質実剛健な装いをした武官、どちらも郷刷が見たことの有る男たち。


「これは玄胞様」


 郷刷の顔を見るなり、郷刷には劣るが目の下には中々濃い隈を作る文官の一人が声を上げる。

 武官の方も郷刷の顔を見て頭を下げた後に声を掛ける。


「玄胞様もここで昼食を取られるので?」

「そのつもりでしたが」


 予約制の上一見様お断りな飯店なので他の店を探そうとしていたと話せば。


「ではご一緒にどうでしょうか? 我々もここの常連ですので」


 武官と比べて文官の給金は多い、月に何度か高級飯店で食事をとっても問題ないくらいには懐は暖かいだろう。

 文官の方が給金が多いのは能力給が加算されているからだった、主に文字の読み書きが出来、一定以上の書類仕事をこなせる者は相応に貰える給金が増える。

 文官と比べ武官は文字の読み書きが拙い者が多い、自分の姓名は書けるが他の文字を書くのに時間が掛かると言った者が多い。

 無論不公平だと不満が上がった事は有る、それに対して郷刷は至極簡単な解決策を上げる。

 簡単な話、文字の読み書きが出来るから能力給を加算するのは文官、武官であればその武と部隊指揮能力を示して能力給を加算してもらうという具合だ。


 どちらも役職に合った能力給、給金を増やして欲しければ能力を高めろという話である。


「それはありがたい、大通りを歩くのも一苦労ですからね」


 趙雲たちも押し潰されそうな人込みを歩き続けたいとは思わなかったので、まさに袁家の文武官たちは渡りに船と言った具合だった。

 少し話した後失礼、そう言って郷刷の横を通り過ぎて店の受付へと向かう文官。


「ところで玄胞様、そちらのお二人はもしや?」

「楽進殿と周泰殿です、武客将の方々ですよ」


 がっしりとした体格の武官、背は郷刷と同じぐらいの男は二人を見る。

 背の高さで言えば郷刷の頭一つ分ぐらい小さな少女たち、趙雲よりも小さい二人は見た目から言えば武官には見えないが。

 今の袁家の通説の一つに「客将扱いの人物は非常に優れている」というものが有った、実際これまで客将として居た存在は一角の人物ばかり。

 荀イクら文官の三軍師や趙雲のような武官など、歴史に名を残すような存在で、特に血の気の多い武官らは客将に挑みかかる事も結構ある。

 趙雲もその洗礼を既に受けていた、武人として手合わせを望まれれば断るわけには行かないと嬉々として袁家の武官を悉く叩きのめしていた。


 この武官の男も趙雲に叩きのめされた一人であり、世の中の広さを体感した男。


「趙雲殿、貴女から見てこのお二人はどれ程の方々でしょうか?」

「貴殿が十秒ほどで気絶させられる位の者らですな」

「うぐっ……」


 話を振られた趙雲はあっさりと「お前じゃ勝てない」と断言した、郷刷としても同意だったので一つ頷いていた。

 ちなみに趙雲はこの武官を三秒で気絶させている、三倍以上早いが三倍以上強いと言う訳ではないが、楽進と周泰以上に趙雲は強い。

 そんなことを言われれば、再度世の中は広いと思い直しただろう。

 可愛らしくか弱そうな女の子が、凶悪な得物を持って大の男たちを次々となぎ倒す姿に多くの武官が自尊心を傷つけられただろう。

 凹んだ者らには才能もあるが特殊な身体能力強化方法を使っているのであれほど強いんだと、そう説明して慰めている。

 ではそれを覚えようとする者も居るがそう簡単には行かない、簡単に覚えられたら兵の水準が恐ろしく上がりとてつもない事となるだろう。


 今度手合わせを願おうか、そう悩む男に手合わせをするのなら受けると楽進。

 周泰も同様に言う、郷刷の見立てでは趙雲、周泰、楽進の順で、そこから勝負にならないくらいに離れている武官の男。

 一般的に見れば武官の男はかなり強い方なのだが、比べる相手が悪いとしか言えなかった。

 とりあえず後程と言う事になり、戻ってきた文官と共に小太りの男が頭を下げてくる。


「当飯店の店主でございます。 この度は真に申し訳ありません、玄胞様とは知らず……」


 文官の男が呼んだ名と話を聞いたのだろう、ペコペコと何度も謝りながら頭を下げてくる。

 この店主の行動は仕方がなかった、南皮の街に住む者、特に店を構える経営者などは一気に死活問題になる。

 冀州州牧である袁紹とその腹心で街を富ませた郷刷、この南皮で絶対の権力者たる存在だからだ。

 機嫌を損ねて一言街から出て行けと言われれば、街から叩き出される事になる。

 故に無礼を働いたと何度も頭を下げ許しを請う、それを見た郷刷は気にする事は無いと手を向ける。


 そもそもこうなっているのは郷刷の所為でもある、州牧である袁紹の容姿は知れ渡っているが郷刷はそうでもない。

 袁紹は時折街に出ては高笑いをしつつ市で馬鹿みたいに色々買っていくため、ある程度あれが袁紹だと知られているが。

 郷刷は普段は城に篭りっぱなしで書類仕事ばかり、引き篭もりと言って良いほどに表に出ない。

 精々巡見で街を回るくらいで、初見の相手に自分が玄 郷刷だと言っても信じる者は皆無。

 容姿が凡庸な為、凄い人物に見えないという点もある。


 飯店に入って最初に名乗らないのはそういう理由があってこそだった。

 とりあえず店主に頭を下げるのを止めさせて、本題を切り出す郷刷。


「一つお願いがありまして、四人で十分な個室はありますか?」


 袁家の文武官たちには申し訳ないが部屋を別々にお願いしたいと郷刷。

 大事な話があるので四人だけで食事をしたいと、そんな事でしたらお安い御用と店主は頷いて自らから案内し始める。


「そちらの食事代は私が持ちましょう、存分にお楽しみください」

「いえ、この程度で奢侈を頂くのは心苦しくなりますので」

「……そうですか、貴方方も賭けで儲けた訳ですね?」


 足を止め笑顔を向けて唐突に言う郷刷、それを聞いて石化したかのように文武官たちの動きが止まる。

 その表情には何故知っているのかと、冷や汗が額に流れていた。


「賭け事は感心しません、それも他者の私事など持っての外」


 そう言った後郷刷は趙雲を見て。


「元締めを知っていますか?」

「残念ながら、私も猪々子に持ち掛けられただけですので」

「そうですか、では貴方方は知っていますか?」


 文武官たちはハッとして、頭を横に振る。


「……元締めが居るはずなんですが」


 配当金やらを配分する元締め、胴元が居るはずだがと郷刷が呟く。

 性格的に文醜が元締めな気がしたが、分配金の計算などを面倒臭がるであろうために恐らくは文醜ではないと見た。


「知らないとなると詳しく調べねばなりませんね……。 とりあえず、昼食を楽しんできてください」


 行きましょう、と郷刷が促して店主と共に四人が飯店の奥へと消えていく。

 その後姿が見えなくなるまで見送った後、ぽつりと男たちが呟き始める。


「……教えたほうが良いよな?」

「……だが、あの方も押し付けられただけだし」

「……とりあえず、玄胞様が詳しく調べ始めたと教えておいたほうがいいでしょうね」


 その呟きに文武官の男たちは頷く、そうしてとばっちりを受ける事となる苦労人に同情していた。

あと二、三話で次の章だといったな、あれは嘘だ

終わると思ってたけどそんなことなかったぜ!

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