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確かめに行く人

 曹操が治める許昌の街の城、その城内の一角にある玉座の間には四つの人影。

 その影の一つは玉座に座り、呼び出した少女に命を下していた。

 玉座に座る影は曹操、呼び出されたのは楽進。

 曹操の左手には腹心の一人である夏侯淵に、右手には二人いる曹操親衛隊隊長の一人である典韋が佇む。


「自分に間諜が務まるとは思えないのですが……」


 呼び出された楽進は曹操からやって欲しい任務を聞かされるが、その内容に対して疑問を浮かべて問う。


「いいえ、凪は間諜として麗羽……袁紹の所へ行ってもらうんじゃないわ」


 楽進が聞いた任務はどう聞いても間諜をしてこいとしか聞こえなかった。

 だが曹操は違うと言って、早合点した楽進に真意を聞かせる。


「凪の生真面目さを買って確かめてきて欲しいのよ、玄胞と言う男の人物像を」

「げんほう……、黄巾党本隊を討った時に聞いた人の事でしょうか?」

「ええ、袁紹の腹心ね。 桂花たちの話が信じられないと言うわけじゃないのだけど、どういった人物か判断する材料を色んな角度で欲しいのよ」

「どのような人物か私の目で確かめてこい、と言う事ですか」

「そうよ、私が欲しいのは袁紹の近況ではなく玄胞の情報よ。 袁紹の近況を調べるのは放っている細作で間に合っているわ、だからあの男に接触して確かめるために凪には袁紹の所へ行って欲しいの」

「私や姉者は顔見知りだから行ってもつまみ出されるのが関の山、最悪捕らえられるかもしれない。 となれば他の者を選出するのが当然で、選ばれたのが凪だ」

「そう言う事、そもそも春蘭は間諜に向いていないし、真桜や沙和も向いていない。 言わずもがな、季衣や流琉も送れないわ」


 ふふ、と曹操が笑い夏侯淵も同じように笑みを浮かべる。

 この場に夏侯惇が居れば曹操の言葉で落ち込んでいただろう、その光景を思い浮かべて曹操と夏侯淵は笑みを浮かべ、典韋も想像したのか苦笑いを浮かべている。

 状況や能力、性格を鑑みて一番適任なのは楽進だと曹操は言う。


「わかりました、お任せ下さい」

「頼むわね、情報を集めると言っても間諜の真似をしなくても良いわ。 ただ一人の客将としてあの男と話せば良い、深く踏み込む必要は無いわ」

「はい」

「それと、もし捕らえようとしてくるのなら全力で逃げなさい。 細作の者たちに貴女を逃がすよう細工をさせるわ」


 楽進から良い返事を聞けて満足に頷く曹操、それと逃亡の手助けの準備をしておくから危険ならば逃げるようと言いつける。

 それを聞いた楽進は頷き、南皮へと足を運ぶ事になった。






 そうして楽進は黄河を渡り馬に乗り数日掛けて南皮、袁紹が治める街へと到着する。


「……凄いな」


 袁紹が治め座する南皮の街、そこは楽進が今まで一度も目にした事が無いほどの巨大な街であった。

 真新しい高さ三十間(約54メートル)以上はありそうな城壁に、その城壁に見劣りしない巨大な門。

 楽進が右を見れば十町(約1キロメートル)以上先まで続く城壁に、左を見れば右と同じように遠くまである城壁。

 その威容に唖然として佇む楽進の脇を次々と多くの人がすれ違っていく、右手は街の中へと入って人の波に、左手は街から出て行く人の波。

 楽進が呆然としていた僅かな間にすれ違った人々は優に百を超え、その流入と流出の数で街の規模がどれだけ凄まじいか一目で分かる。


「……よし」


 このまま呆然としていては駄目だと自分に言い聞かせ、乗ってきた馬を引きながら門へと進む人の流れに合流する楽進。

 流れに乗ってどんどん門へと近付いていく中、外門の傍には五十人を超える金色の鎧を着た門番が目を光らせていた。

 別にやましい事をしに来た訳ではない楽進はその門番を気にせず足を進め、咎められる事無く外門と内門を進み街の中へと入った。

 門を潜りぬけ広がる世界もまた驚くに値する光景、目に入るのは横幅十間(約18メートル)以上は有る大通り。

 変わらず人の流れは多い、遠くには内城の囲う二十間(約36メートル)はあるだろう城壁と、その上に拵えられたいくつもの城楼が見えた。


 城壁と城門が長く大きければ、内側にある街もまた当然広く大きい。

 それを認識させるに十分な人込みと遥か遠くに見える城壁、これほどの大通りだというのに歩みが妨げられるほどの人の流れを初めて体験した楽進。

 楽進が始めて陳留や許昌の街へとに入った時、綺麗に整っている街並みに感心したが、この南皮の街はそれ以上だったことに驚いた。

 これほどの街は他にあるのだろうかと疑問に思うほどの景観、そしてこの街並みを作り上げたのは今から確かめに行く玄胞と言う男との噂。

 並みの人物ではないと一見して分かる、曹操や三軍師などの非常に優れた人物たちに一目置かれる事はあるとようやく楽進は認識する。


「……とりあえず城に向かったほうがいいんだろうか」


 ごった返す人込みにうんざりしつつも、とりあえず楽進は大通りの向こう側に見える城壁へと歩き出した。


「あ、すみません……。 あの、そこを通していただけると助かるのですが……」


 そうして楽進は馬を駅馬車に預け、大通りを三十分以上も掛けてなんとか内城の城門近くへとたどり着く。


「……はぁ」


 戦っても居ないのに疲れ溜息を吐く楽進は顔を上げ、内城の城門を見た。

 そこには大通りの人々とは質が違う人の群れ、城門には袁家仕官試験会場と書かれ掲げられた大きな垂れ幕。


「あれか」


 話に聞いた仕官試験、玄胞に接触するにはまずこれを受け武官として合格しなければならない。

 よし、と再度気合を入れなおして内城の城門へと近付いていく。

 城門の右には武官はこちら、左には文官はこちらと書かれていた。

 整然と並ぶ列に楽進は加わり、十分ほど時間をその列の中で過ごして受付書を受け取り、筆を借りて書いていく。


(……これって字を書けなかったらどうするんだろう?)


 さらりと自分の名前などを書きながら、浮かんだ疑問を考えながら書いた受付書を受付に手渡す。

 受付はその受付書を一遍した後、楽進に上半分が赤く塗られ数字が書かれた縦長い小さめの木の板を手渡した。


「申し訳ありませんが、開始時刻になるまで内城の広場でお待ち下さい」

「はい」


 頷いて勧められた城門を潜る。


「………」


 城門の内側、すぐ広々とした広場があり端には受験者と見られる人たちが各々に過ごしていた。

 楽進は一遍してそれほど出来る人物が居ない事を把握する。

 楽に行けそうだ、そう考えて頭を振る。

 油断は禁物だ、油断して負けて失格になったりしたら曹操様になんて言い訳したら良いか分からないと気を引き締める楽進。

 そうして楽進は他の受験者と同じく、広場の端に移動して小さく深呼吸を繰り返して氣を練って整える。


 それから氣を整える事十分ほど、時間になったのか袁家の文官と思わしき人物が現れ試験開始の宣言と試験内容を話す。

 その内容は支給される刃を潰した得物を持って一対一での戦闘、それに六回勝ち残る事。

 六回、六回は結構大きい、最初の方で強い相手と戦う事になれば後が厳しくなる。

 楽進とて負ける気は無いがその可能性もある、一片たりとも気が抜けないなと気合を入れる。

 そうして始まり、番号札に書かれた数字を呼ばれて続々と広場の中心へ集まる受験者たち。


 刃を潰した得物を選び、戦闘開始の宣言と共に各々の得物が相手へと振るわれる。

 それを眺めて次々と勝者と敗者に分かれていく、どんどん組合が終わって代わる代わる受験者たちが入れ替わり、ついには楽進も呼ばれて広場の中心へ。

 試験官に得物を選ぶように言われるが、楽進は己の腕に嵌める手甲を見せながら問う。


「自分は徒手なのですが、この手甲を使っても大丈夫ですか?」

「大丈夫です」


 試験官は楽進が嵌める手甲・閻王を見て頷く、相手の男も大丈夫なようで頷く。

 楽進と対戦相手、そして周囲の受験者たちも構えて試験官の合図を待つ。


「……準備はよろしいですね? それでは始め!」


 開始宣言と共に周囲が慌しく動く、その中で楽進は腰を落としてすり足でジリジリと対戦相手の男に近付く。

 その相手の男は刀を両手で持ち、にじり寄る楽進の隙を窺う。

 だがそれも直ぐに終わった、男の動きに隙を見つけた楽進が一足で懐へ飛び込み、刀を振るわせる間も無く脇腹へと左拳が突き刺さる。


「ふぐっ……」


 衝撃が男の腹に走り、漏れた息と共に呻き声を上げて膝から崩れ落ちた。


「……ふぅ」


 楽進は崩れ落ちたその姿を見て、構えを解きながら溜息を吐く。

 慎重に行った、負けてはいけない為の行動。

 そうして楽進は二勝三勝と勝利を重ね、その中で拙い相手を見つけた。

 長い黒髪を靡かせて長刀を振るい対戦相手を一撃で打ち倒す少女、楽進はその姿を見てただ強いと確信する。

 正面から戦って勝てるだろうかと、そう思わざるを得ない動き。


 例え負けると分かっていても戦い勝たなければいけない、今はその時と力を込める。

 その中で出来るだけ戦わずにすむようにと思わずには居られない、主である曹操の命を遂行するためには負けられないからだ。

 そうして四勝、五勝と勝ち残りに王手を掛けた所で懸念が現実となった。


「二十七、周泰! 六百二十七、楽進! 共に前へ!」


 進み出るのは楽進が遠慮したい相手、周泰と呼ばれた黒髪の少女だった。

 ここに来て……、そう考え出し惜しみ出来る存在ではないと見る。

 相手の周泰も真剣な表情で楽進を見ている、共に似たような考えを持ち出来れば避けたかった相手であった。


「……準備はよろしいか?」


 楽進と周泰、共に構えを取り集中する。

 視界に収めるのは相手のみ、決して油断は出来ない相手。


「始め!」


 その宣言と同時に仕掛けたのは楽進、周泰が扱う得物の範囲は広く、その長刀を扱う周泰の速度も恐るべきもの。

 攻撃力はともかく、速度と攻撃範囲が劣る楽進に待ちは無い。

 胸の前で構えた腕をそのままに、懐に潜り込もうと周泰へ突進する楽進。

 相対する周泰も待ちは無く、一気に駆け出して長刀を水平に構える。


「はぁっ!」


 踏み込みながらの周泰の掛け声と共に長刀が水平に、楽進の胴ヘ向かって振るわれる。

 その周泰の動きを見て、楽進は上半身を深く沈みこませる。

 二尺ほども大きく頭を下げ、長刀が頭頂部の髪を薙ぐほどのすれすれで回避し、絶好の機会を外さないと楽進の右拳が跳ね上がる。


「なにっ!?」


 当たれば気絶間違いなしの一撃を、周泰は踏み込みと同時に楽進の頭上を飛び越えて回避する。

 楽進が振り返った時には既に着地して、反転しながら長刀を水平に振り抜いていた。


「ぐっ!」


 楽進はその身軽さに驚きつつも辛うじて手甲で攻撃を受け、後退る。

 開いた距離は三間(約5.4メートル)ほど、お互いに息を一つ付いて様子を窺う。

 楽進としては予想以上の運動能力に悔やみ、周泰は倒したと思える一撃を防がれた事に予想へ上方修正を加える。

 お互い一筋縄では行かないと、残っていた余力、出し惜しみを止める。


「……はああああ──」

「………」


 楽進の声を上げる呼気に対して、周泰は小さく呼吸を繰り返して機会を伺う。

 危険と判断した周泰が、吐き出される楽進の呼気が止まる前に一気に仕掛けた。

 弾ける様に駆け出し、肩に担ぐように構えていた長刀を、腕をしならせながら放つ。

 周泰にとって最も早い一撃、防がせる気など無い一撃に楽進は臆面なく踏み込んで、氣を込めた左腕を頭の斜め上へと構える。

 それと同時に右拳を腰溜めに引き絞り、風を切って迫る長刀を左腕の手甲にて受け流し、潰れた刃の下で滑られながら一気に懐へ。


 それは先の攻防と似た状況、周泰は同じ状況を踏ませる事無く迫る拳を後方へ飛んで避ける。


「──ああああああっ!」


 終わらぬ呼気に、楽進は勝利を手繰り寄せた。

 身を翻して後退した周泰へと向かい、着地に合わせて左拳を突き出し、左拳の先から放たれたのは氣弾、

 気炎が収束し、破壊力を持って飛び、周泰へと襲い掛かった。

 その氣弾を防ぐ間も無く、周泰に当たって吹き飛んだ。

 打ち出した左拳を直ぐに戻して、再度氣弾を撃てるよう構える。


 氣弾に当たって吹き飛んだ周泰は空中で体勢を立て直して着地するも、余りの威力に取り落とした長刀は後方へと飛び。

 膝を着く周泰はなんとか立ち上がろうとするも、足に力が入らない。

 立ち上がるには後数十秒は必要、だがその数十秒を待つほど楽進は甘くない。

 よって。


「……うう、負けました」


 次弾を放たれる前に、周泰は降参の意を示した。

 周泰は悔しい感情を表情で表していた、一方楽進は降参の言葉を聞いて安堵のため息を付いていた。

 もし立ち上がって戦えていたなら、負けていたかもしれないからだ。

 恐らくもう一度戦う事になったら、氣弾はもう通用しないだろうと楽進は見ていた。

 単純な実力差もある事ながら、楽進が勝てたのは周泰が切り札たる氣弾の存在を知らなかったからであり、次は十分に警戒した上で対処される。


 そう言った点を踏まえて楽進は勝てたことに安堵した。


「……大丈夫ですか?」

「はい、なんとか……」


 がっくりと肩を落として呟く周泰に、楽進は近付き手を差し出した。

 周泰はその手を取り、引っ張り立たせてもらう。


「……先ほどのは氣、ですよね?」

「そうです、氣弾を見切られてたら負けていたのは自分だと思います」


 率直に楽進は話し、周泰は悔しながらも楽進を褒める。


「でも凄いです! 氣弾なんて初めて見ました!」

「えっと、結構修行しましたから……」


 手を合わせ笑顔で褒める周泰に、少し顔を赤くして照れながら返事をする楽進。

 その二人の間、広場は先ほどの常人離れした光景に静まり返り、試験官も半口を開けて黙りこくっていた。

 そうしてその静まり返った光景に、静寂を打ち破る一つの拍手を耳にする。

 その拍手の出所、楽進と周泰、顔を向けた先には階段を下りてくる男と女を見た。


「いやはや、中々どうして珍しい物を」


 笑みを浮かべて拍手する男に、同じように笑みを浮かべつつ男の傍に居る女。


「……貴方は?」

「ああ、申し遅れました。 私はこの袁家で筆頭軍師を勤めさせていただいている玄 郷刷と申します」


 この男が、そう考えながら頭を下げる郷刷を見た楽進。


「中々興味深くはありますな、氣と言う物は使いこなせば戦いに有利になると言う見本……ふむ」


 右手を顎に置く女、趙雲は好奇の目で楽進を見ていた。


「さて、これにて試験は終了です。 勝ち残った方々は当袁家にて登用させていただきます、敗退された方は残念ですが今回は見送らせていただきます」


 そう通る声で宣言した後、周泰を見て小声で呟く。


「周泰殿は例外ですが、その気があるならお話した後考えてみますが如何でしょうか?」

「……是非!」


 強く頷く周泰に、笑みを浮かべる眼鏡を掛けた郷刷を見る楽進。

 ここでようやく曹操から命じられた郷刷の判断、任務をこなせる第一歩を踏み出した楽進であった。

あと二、三話で次の章・・・あれ?


話としてはごく僅かしか進んでいないですが、袁紹の街SUGEEEEEEE! をやりたかっただけですごめんなさい

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