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心配する人

 郷刷は洛陽から撤退していく袁紹軍、南皮に戻る軍勢の中で郷刷は手紙を開く。

 その内容を読んで一言呟いた。


「……ここまで受け入れるとは、やはり気は変えられないか」


 たった一つにして最大の要因、袁紹軍が洛陽全ての軍権を握る事。

 やはりそれが避けられない最大の障害、これを無くしていなければ変えられなかった。


 賈駆は変わらず袁紹に皇帝、ではなく罪を擦り付ける気。

 気が変わっていない証拠とも言える、先に渡したやるべき事の概要を記した紙束。

 その内容のほぼ全てが取り入れる事にしたと書かれた手紙、それを読んで賈駆の次善が変わらないことを確信した郷刷。

 そんなもの疾うに理解しているからこその渡した概要の紙束、先を見越しての構想。

 もし賈駆に渡した概要の紙束が天の御遣いこと北郷 一刀に渡り、その内容を読み解いたらこう思うだろう。


 これって『イメージ戦略』じゃないか、と。


 董卓が専権を振るい暴政を敷いていた、と言う討つ為の大義名分を掲げた諸侯らに牽制する為のもの。

 董卓は悪い奴だ、皇帝の権限を勝手に振るい洛陽の市民を苦しめている!

 実際そんな正義感を持って攻め込んでくる者が居るかわからないが、そんな大義名分を掲げて董卓を討ち倒して洛陽に入りその光景、圧政の欠片すらなければどうなるか?

 他の諸侯は間違いなく歓迎されないだろう、むしろ争いを押し付け市民を不安にさせたと悪い風評が立つ。

 そんなものは欲しくない為に諸侯は風評を操ろうとするだろうが、勿論郷刷は洛陽に攻め込み董卓を討った諸侯は己が権力を握りたいが為に攻め込んだ悪鬼だと煽り立てるつもりだった。


 諸侯を敵に回して庶人を味方にする、両方敵に回せば敗北に王手を掛けられたも同然だからだ。

 金や食料、戦う力でもある兵やそれを率いる将官も、全ての元は庶人である為最優先に位置させる。

 袁紹の領地でやっている事とさほど変わりない、今回はそれが諸侯の足に突き刺さる武器となるだけ。

 これは負けた時の話であるために、勝った時はこの限りではない。

 勝って追い払う事が出来れば逆賊として討てる大義名分が手に入る、成果によっては官位や領地を賜わる事も出来るだろう。


 結局勝っても負けても乱世が来る、そして生き残る為に必要である力が増長を呼ぶ。

 今回のように、あっさりと乗って決められては押さえられない。

 今はそれほど考えては居ないが、今以上に有力な諸侯へと育てば、考えて欲しくない事を考え始めるかもしれないと、事の良し悪しに危惧を抱く。

 袁紹にとって好ましい事ではないが、命以外を捨ててもらう事を想定に含んでいる。

 そのためにももう少し外にも力を入れておくか、そう考えながら手紙を閉じて懐にしまう郷刷。


 万の軍勢の中心から、一度だけ振り返る。

 小さくすら見えなくなった洛陽、あの地が戦場となるかもしれないかと思いを馳せた。






 そうしてそれなりに時間を掛けて南皮へと帰還する。

 やる事など幾らでもあると郷刷は城に戻るなり、自室へと戻りますと袁紹に断りを入れ歩き出すが。


「そういえば安景さん、賈駆さんが話していたあれ、いつになるんですの?」


 それを止めたのはやはり袁紹、郷刷は振り返って予測を口にする。


「残念ながら分かりかねます、風評の広がり具合で最短数ヶ月から最大数年と言っところでしょうか」

「おそいですわねぇ、こうぱぱっと広がったりしませんの?」

「何事も準備があるのです、軍勢、装備、兵站、細作、風評操作、使用する物資と金、領地の防備、領地に侵入してきた敵の対処方法、少なくともこれくらいはやっておかねば後が厳しくなります」


 さらにそこでいつもやっている仕事が加わるますので、と袁紹に見えるよう指折り数えで言っていた。

 それを聞いて袁紹は形の良い片眉を僅かに吊り上げ。


「良い事を思いつきましたわ! 安景さん、董卓さんが専権を振るっていると噂をばら撒きますわよ!」


 いきなりの裏切り行為を宣言する袁紹に、郷刷は呆れるより流石と内心褒め称えた。

 恐らくは連合を組んでくるだろう他の諸侯、正確には曹操を叩きのめしてその姿を笑ってやろうと考えている。

 意味はそれだけで、他の事は含んでいないだろうと見た。


「なるほど、悪くない案です」


 そう、悪くは無い。

 遠からず董卓は狙われるだろう、その時期をこちらで操作すると言う意味合いでだ。

 だが現実はそう簡単には行かない、噂を広め連合結成を早める事は簡単でも遅らせる事は難しい。


「ですがこちらの都合を整えてから、と言うのは如何でしょうか? 互いに準備が完璧に整った上での正面衝突、と言うのも王道で良いでしょう。 しかしながら戦いとは勝った者が正義、わざわざ敗者に回るような真似は控えるべきかと」

「良い案だと思いましたのに」

「そもそも曹操様が連合に参加するとも限りません。 董卓様を討つべしと言う風評が流れ、曹操様が参加すると細作から報告が上がってからでも遅くはありません」

「あらあら、あの野心たっぷりこってこての華琳さんが参加しない筈がありませんわ!」


 そう自信満々、間違っては居ないと断言する袁紹。

 郷刷の見立てでも参加しないと言う選択肢は無いと見る、飛躍する機を感じて放置するような人物ではない。


「……確かに、では最短で準備をさせますのでそれが終わり次第に流す、と言うのは如何でしょうか?」


 だからと言って今流して早めても、連合と戦う事になるのは袁紹軍も含まれているので最低限準備を整えて居なくては話にならない。


「どれ位でおわりますの?」

「そうですね……、最短で三週間程でしょうか。 無論本初様のお手もお借りできれば二週間に縮める事が出来ましょうが」

「三週間が二週間……、うぐぐ……」

「たったの一週間、如何なされますか?」


 仕事を増やしたくない、でも曹操をはやく叩きのめして笑ってやりたい、そんな考えが袁紹の脳内で鬩ぎ合う。

 いやならやらなくても良いんですよ? たった一週間も待てないわけじゃないでしょう。

 そう言って袁紹の顔を伺う郷刷、伺われる袁紹の顔は葛藤が手に取るように分かる表情だった。


「……良いですわ、やってやろうじゃありませんか! あのにっくき物真似クルクルのちんちくりん小娘が地面に這い蹲る姿が見れるのでしたら、たったの一週間!」


 グッと拳を握って仕事をすると宣言する袁紹。

 物事を簡単に図って即決断する袁紹が悩み降りかかる面倒臭い事を承知するなど、普段であれば絶対に承知しない袁紹がそれだけ本気だと言うのを郷刷は理解する。


「分かりました、直ぐにご用意いたしますので本初様は執務室へ」

「い、今からですの?」

「勿論、私も寝ずに仕事をしますので」

「……安景さん、寝ずに仕事をしておりますの?」

「ええ、ここ半月ほどは睡眠の時間が増えておりましたが、客将の方々も去りましたのでまたいつもの時間に戻るでしょう」


 ちょっとした休みだと認識していた郷刷、知られても問題ない書類仕事を任せていた三人が居なくなった事でそれがまた戻ってくると言う寸法。

 もう何年も続けている事で苦しいと感じている訳ではないので、ここ半月は体を休めるいい機会になったと思っていた。

 それを聞いて袁紹の表情が、また別の感情へと切り替わった。

 郷刷はそれを見て、手を振り親衛隊に離れるよう指示する。


「……安景さん、やっぱりこの話は取り止めにしますわよ」


 それを聞いて郷刷は首を振る、他者に見せたくは無い懸念が当たった。


「本初様、その程度のお気持ちで止めるのでしたら初めから仰らないでいただきたい」


 浮かべていた笑みを消して袁紹を見下ろす郷刷。


「本初様はお分かりでしょう? 貴女が支配する者の中で最も強い権力を持っています、だからこそころころと決定を変えるのは拙いのです」


 あれをしろ、やっぱりこっちに変更、それを止めてそっちをやれ。

 簡単に変えてくれれば、混乱を生むし不満も生まれかねない。

 支配者であればそのような真似は止めて、一度決めた事は最後までやり通して欲しいと郷刷。


「わかっておりますわよ、ですからわたくしは安景さんに命令しましたわ。 この話は無かった事にすると、この、わたくしが、そう言いましたわよ」


 そう強調して言う袁紹。


「……分かりました、今回の話は聞かなかったことに致しましょう」

「分かればよろしい。 では安景さん、仕事は誰かに任せて一月ほどしっかり休みなさいな」

「……なぜそうなるのですか?」

「簡単な事ですわ、安景さんは寝る時間を惜しんで仕事をしていらっしゃるんですもの。 それはつまりこの働き者のわたくしよりも働き者と言う事ですわね? それは気に入りませんわ、この! わたくしが! 部下よりも仕事をしていない怠け者と思われるのは癪に障りますわ!」


 つまり自分が一番偉いから一番仕事をしていると、そう思われたいからかと考えた郷刷。


「それは違います、こうなっている原因は私の不徳と致すところ。 決して本初様が怠け者になると言う事ではないのです」


 一刻も早く袁紹から薄汚い輩を引き剥がしたくて放り出した、管理状態が整っていないにしてしまったのだから自分に皺寄せが来ているということ。

 その体制を整えるにはまだ掛かる、出来る文官が入ってこなければ少なくともあと数年はこのまま。

 自業自得と言う言葉が一番似合う、万が一にも袁紹が仕事をしていないとは言えない。


「お黙りなさい! このわたくしが! 安景さんより偉いわたくしが命じていますのよ! 親衛隊!」


 声を荒げて袁紹が親衛隊を呼び戻す。


「安景さんを部屋に押し込みなさい、わたくしが良いと言うまで決して部屋から出してはなりませんわよ!」


 離れていた親衛隊が駆け寄り、袁紹の命令を耳に入れる。

 その命令に親衛隊の面々は顔を見合わせ、袁紹と郷刷の顔を交互に見て困惑する。


「なにをしていらっしゃるの!? 早く連れてお行きなさい!」

「……はっ」


 一番の権力者は袁紹、従わぬ訳には行かないと親衛隊が郷刷へと詰め寄る。


「お待ちを! 休むのは事が終わってから十分です! 今はっ!」

「なりませんわ!」


 しっしっと手を振って連れて行けと袁紹。


「申し訳ありません、玄胞様」


 郷刷が言った言葉が止めとなる、内容を察した親衛隊が郷刷の腕を掴み無理やりにでも引っ張っていこうとする。

 それに抗おうとするが、鍛え上げられた親衛隊の面々に叶わず引っ張られる郷刷。

 袁紹はそれを見聞きする事無く、背を向けて自室へと戻っていく。


「玄胞様、ここは袁紹様に従ったほうがよろしいのでは」

「……自分で歩けます、離してください」


 駄目かと、聞き入れてもらえないと諦める郷刷。


「……後で顔良殿を呼んで来て下さい」


 このような展開になるとは予想だにしなかったと郷刷、袁紹の言う通り全ての仕事を誰かに任せて休むのは絶対に出来ない。

 せめてやるべき事を顔良に知らせておかなくてはと、周囲を囲む親衛隊の一団の中から一つ溜息を吐いた郷刷だった。

これは違うかなと思ったけど、接触した時間も有るしこういうのでも問題ないかと妥協

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