嬉しがる人
「お待ちしておりました」
「おりましたー」
そう言って頭を下げたのは二人、郷刷と文醜が頭を下げた。
「………」
「玄胞殿、今日はお話があると聞いてきた、と呂布殿は申しておりますぞ!」
寡黙な呂布を代弁して陳宮、その二人の隣には華雄が腕組みして立っていた。
「はい、今日来ていただいたのはそのまま、私が御三方と話をしたかったからでして」
「話? 一体何の話があると言うのだ」
「今後の事で、賈駆殿から話を聞いておりませんか?」
「いや、賈駆はただお前に会いに行けとしか言っていなかったが」
「……なるほど、話したいと思った理由は、恐らく次の戦場で我々と共に動く事になりますので」
その言葉に、三人の視線が強まる。
「それは一体どう言うことだ? 何故袁紹の将官である貴様と我々が肩を並べなければならんのだ」
「何と言ったら良いか……、詳しくお話しますので中に入りましょう」
郷刷がそう促し、いぶかしむが気になる話の為従う。
宿へと入り、階段を上って郷刷の部屋がある階層へ。
部屋の戸を守る兵とすれ違い、室内へと入れば数名の女官が壁際に立ち佇んでいる。
「どうぞお座り下さい、何か必要な物があれば用意させますので」
十人ほど囲って座れる円卓の上に、香り良い茶が置かれ、それを助長させる菓子がいくつも置いてある。
一番に動き出したのは呂布、それに続いて陳宮。
その二人を見て顔を顰めたまま華雄も続いて椅子に座る。
「それではお話しましょう、必要と思われる部分は全てお話しますのでお聞きになるだけで構いません」
郷刷、文醜も三人に対して正面に座る。
茶や菓子を勧め、郷刷は語りだした。
現状に置ける董卓軍の危機、それに巻き込まれた袁紹軍。
公言しない秘密裏の同盟を結んだ事、その同盟の真意は襲来が予想される他の諸侯が寄り集まって出来た連合軍の撃退の為。
連合軍が出来、戦になればその戦う全軍の指揮を賈駆から自分に移譲されていると郷刷。
先の軍事演習は郷刷の成否と是非を図るもので、賈駆を打ち破ったことでそれが認められた事。
そして今回の寄ってもらった事は人物像を正確に把握するための話し合い、と言う為と説明する。
「つまり、周囲の奴らが襲ってくると言う事か!」
「はい、流れる風評を抑え切れなければほぼ間違いなく」
「お、これうめぇ」
「………」
茶を飲みつつ菓子を口に入れる文醜が呟けば、呂布がその菓子を見て手を伸ばし口に含んでモグモグと。
「襲われれば十中八九董卓軍が負けると、それを覆す為に我々が協力し同盟を結んだと言う事です」
「ふん、どことも知れぬ輩など我が武で蹴散らしてくれるわ!」
「残念ながら、華雄殿に匹敵する所か凌駕する武将が幾人も向こうには居られます。 言葉通りにしたいのであれば、せめて呂布殿に打ち負けない位になっていただかなくては」
「なに!? 我が武が名も知れぬ輩に劣ると言うのか!!」
侮辱されたと受け取って勢いよく立ち上がる、肌が痺れそうな殺気を込めて郷刷を睨む華雄。
「名が知れて居ようと居まいと、強者は強者に変わりません。 隣の呂布殿が名を知られるまで簡単に一掃されるような弱者であったと?」
「それとこれとは話が違う! 呂布は呂布、それだけだ!」
「ええ、そうです。 呂布殿は呂布殿、華雄殿は華雄殿。 私も文醜殿も陳宮殿も、ただ自分自身で変わりません」
そこに有名かどうかなど関係ない、郷刷はそう言って華雄の矛盾を突く。
「そ、それは音々が食べようと思ったのですぞ!」
「お? すまんすまん」
「……おいしい」
真剣な眼差しで向き合う郷刷と華雄、さらに盛られた菓子を取り合う呂布と陳宮と文醜。
「華雄殿より強い者が居る、それは既に証明されていますでしょう?」
郷刷がちらりと見たのは華雄の隣に座る呂布、ただ武だけで問えば並ぶ者は居ない極み。
「確かに華雄殿はお強い、私程度の相手では徒手でも蹴散らせるでしょう。 しかし来る次の戦場は一筋縄では行かない武士ばかり」
郷刷は一つ笑って見せ華雄の心、求める物をくすぐる一言を吐く。
「曹操の夏侯 元譲、劉備の関 雲長や張 翼徳が有力な武を持つ者ら、それに……孫 伯符も」
最後の一言に、華雄の瞳が燃え上がる。
「孫? あの孫堅の娘か!!」
「ええ、間違いなく出てくるでしょう。 華雄殿のお話は聞いております、私としては雪辱を晴らすお手伝いにと」
「……貴様、文官のくせに武人の考えをよく分かっているな!」
雪辱を晴らす戦場を用意する、とその一言でがらりと感情を変える華雄。
「必ずや華雄殿と孫家が相対する戦場をご用意しますので、ご協力を」
「良いだろう、貴様に協力してやる」
「これはこれは、有難うございます」
郷刷は礼を述べながら、華雄の人物像を見る。
少々偏った武人気質の人物、華雄よりも強い武人は大陸に存在していると言っただけで怒り出す。
よほど自身の武に誇りを持っているのだろう、貶した訳ではないのにこれでは少々拙いと郷刷。
「協力していただけると決まった所で、少々戦術の確認を……」
そう言いつつ紙を取り出して、華雄に見えるように広げるが。
「戦術? そんな物は必要ないだろう」
郷刷は広げた紙、簡易的な地形が書かれる地図をそっと仕舞った。
「確かに華雄殿には必要ありませんでしたな」
「戦術など不要だ、どんな奴が相手だろうと正面から吹き飛ばしてくれる!」
華雄殿は猛将にして勇将と言う風評は間違っていなかった。
これでは賈駆殿も相当手を焼いただろう、見るに華雄殿は攻撃的であり、拠点防衛など守りに関しては不向き。
軽い挑発で門を開き出撃しかねない、そこから一気に崩れてもなんらおかしくは無いだろう。
部将としての使い勝手はかなり悪い方だ、逆に張遼殿辺りであれば臨機応変に動きどんな戦場でも有効な部将としてやっていける。
しかしながら華雄殿のような部将も使い所を間違えなければ、張遼殿よりも高い武功を上げる。
小細工が必要の無い戦場では、こと正面から打ち込める華雄殿の気性は重宝する。
勢いが大事な場面もあり、それを引っ張りあげる武勇を兼ね備えている。
そのような場面であれば圧倒的な功を上げることになる、その状態へと持っていく事が軍師の役割。
試すつもりが試される、ここまで互いに真価を発揮する必要性が出てくる華雄殿も中々飛びぬけている、とそう考える郷刷。
「その場面が来るよう、私も可能な限り助力させていただきます」
それに華雄は鷹揚に頷き、郷刷は茶を勧める。
話は終わったと視線を動かせば、皿に盛られ無くなり掛けている菓子が見えた。
「……おいしいですか?」
「……ん」
菓子は呂布、陳宮、文醜の三人があっさりと平らげた。
洛陽でも人気がある菓子であるから美味いのは当然であったが、結構な量があったはずなのだがあっさりとなくなる光景は郷刷を唸らせる。
「必要ならまた用意させましょう、日も暮れていますし夕餉も如何ですか?」
「……帰って食べる」
「そうですか、帰る前に呂布殿に少しお聞きしたいのですが。 もし戦になり、前に出る必要が無い上そういう命令も無い、その時呂布殿は如何しますかな?」
「……じっとしてる」
「ありがとうございます、華雄殿は?」
「前に出る!」
「わかりました、陳宮殿は?」
「呂布殿が動かないなら音々も動かないのです!」
三人の答えを聞き郷刷は頷く。
「お答えいただきありがとうございます、菓子を包ませますのでお帰りの際にはお持ち下さい」
その後は軽い談笑、一刻も無く三人は帰って行った。
「全然強そうには見えないよな、恋はさ」
いつの間にか真名で呼ぶ仲になっていた文醜。
「常時万の兵を討ち果たす状態の訳が無いでしょう、むしろそれが出来るからこそ切り替えることも必要ですから」
実際万の人間を殺しても、それが悪い人間であれば後悔の一つもしないだろう呂布。
それどころか好きな相手に危害を加えようとする存在が、基本善人でも容赦なく討ち果たす。
結局一筋縄では行かない、その中には勿論張遼も含まれるが、と郷刷。
「敵に回したくない相手の上位に位置してますから、怒らせないようにしましょうか」
「へいへーい。 てかさ、あたいが居た意味あったのか?」
「あったでしょう、率先して菓子を取ったのが気を解しましたし」
警戒していた、勿論話した事があっても気を許すかどうかは別の話。
郷刷は気楽に振舞う文醜をその為に置いていた、昨日の張遼は途中まで賈駆がいたのでそれは必要なかったが。
「まあ、これ以上の事は事が起こってからにしましょうか」
「……ほんとに連合なんて作ったりするのかなー?」
「組まない方がよっぽどましなんですがね」
そうならないために動くと、一つ溜息を吐きながらの郷刷。
「……さて、そろそろ本初様が帰ってくるはずですので出迎えの準備をしておきましょう」
「だな、……めちゃくちゃ買ってきそうだよなぁ」
「そのための付き添いですので」
董卓軍の三人が来る前に、郷刷は袁紹を買い物へと行かせた。
勿論お使いではなく袁紹が欲しい物を買いに行くためのもの。
その付き添いで顔良と数名の女官、さらに荷物持ちに親衛隊を数名つけた。
袁紹の性格から考えるに限界まで色々買ってくるだろうとの予測、そのため荷物持ちの数を少なめにした。
その予想は当たり、それを文醜と話した半刻後に袁紹は帰ってきた。
「ただいま帰りましたわ」
「お帰りなさいませ、これまた随分と買い込みましたね」
荷物持ちの親衛隊の手にはこれでもかと言うほどに荷物と、顔良や女官たちも手に何かを持っている。
手ぶらなのはただ一人、袁紹だけであった。
「わたくしの街よりも小さな市でしたけど、中々有意義な買い物が出来ましたわ」
ひょいっと顔良の手からぶら下げられていた一つの包みを取り。
「日ごろよくやっている安景さんに労いの一つも掛けて差し上げなければ、この袁 本初の名が廃りますわ」
差し出された包みに、つい手を出して受け取る郷刷。
「あー、いいなぁ~。 麗羽様、あたいにはないんですかー?」
「勿論、猪々子さんにも買ってきてさしあげましたわ!」
今度は隣の女官から包みを取って文醜に渡す。
「ん? あったかい?」
「蒸し立ての肉まんですわ」
「肉まん……、アニキのは?」
嫌そうではなかったが、どう見ても適当に買ってきた肉まんに文醜は呟いた。
「……ここで開けてもよろしいでしょうか?」
「構いませんわ、この私の素晴らしい感性によって選ばれた素晴らしいお土産に感動する事間違い無しですわね!」
ゴッテゴテに飾り付けられた包装紙を外せば、横長い木箱。
それの蓋を開けば、箱に敷かれた乳白色の柔らかな絹の上に、薄い黒縁の眼鏡が入っていた。
「眼鏡、ですか」
「ええ、安景さんは目が悪いでしょうから、私の顔がはっきりと見えるよう眼鏡を掛けるべきだと思いまして」
確かに弱い明かりを付けた部屋で何時間も書類仕事をしていれば視力は落ちる、実際郷刷の視力は落ち十台の頃に見えていた遠くまでの景色が今はぼんやりとしか見えない。
「……では失礼して」
折りたたまれていた眼鏡の細いつるを開き、耳に掛けて装着。
「……これは」
眼鏡越しに写る景色は鮮明で、袁紹が言った通りはっきりと見える。
これには驚いた、どれが合うのか調べていないと言うのに一片の霞みすらなく見えている。
「え、度が合ってるんですか?」
「……ええ、しっかりと」
「……麗羽様が適当に選んできたのに」
顔良も驚いた、本当に適当に選んだと言うのにぴったりと度が合っていたからだ。
「……素晴らしい、本初様のお目に、この玄胞 郷刷、真に感服いたしました。 このような素晴らしい物を頂き、感謝の念が絶えません」
郷刷は笑顔を浮かべて礼を述べる、言われた袁紹も嬉しそうに笑みを浮かべる。
「でしょう? やはりわたくしの感性は素晴らしすぎて自分でも恐ろしくなりますわ」
そして高笑い。
「はい、これからはこの眼鏡を使わさせていただきます。 それでは夕餉やお風呂の準備が出来ておりますので」
促されて袁紹は女官を連れ自室へと戻っていく。
「……本当に合っているんですか?」
「ええ、隅々まではっきりと見えますよ」
「適当に選んだんだろ? なんでそれでぴったり合うものになるか分からないんだけど」
「私もわからないよぉ……」
「その部分は深く考えないようにしましょう、説明しても理解されないのが本初様ですから」
「……正体不明の麗羽様に仕えるあたいらも正体不明になったりしないよな?」
「文ちゃん! 怪物になるみたいな事言わないでよ!」
そうして予想外のお土産に喜びつつ、二人にも風呂を勧める郷刷であった。
郷刷は怪しい人から眼鏡っ男にランクアップしました
これが今年最後の更新