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取り決める人

 賈駆、張遼、そして郷刷の三人が一室で向き合う。

 賈駆は郷刷から手渡された紙束を捲りながら、その内容を読み進める。

 基本方針として洛陽に住む民に対しての見せる姿勢、例えば問題ない程度まで税率を引き下げるなど。


「……この税率を下げるって言うの、修繕費とか考えると徴税だけじゃ賄えないんだけど」

「それはこちらから出します、協力すると言う名目上不和を起こさない限界まで引っ張り出せるように動きましょう」


 そう言って次の頁を、と捲る事を勧める郷刷。

 それに従い賈駆が一枚捲れば、出せる物資の数や金が書き記されている。


「一つ目の役割、同盟を結ぶに当たっての陛下に対する献上品、と言うのは如何ですかな」

「……これ、あなたたちにとってどれくらいの勘定なの?」

「どれどれ? ……まじかいな」


 賈駆とて董卓の傍で執政に係わってきた、紙上に載る数値は軽々しく出せるものではない。

 横から覗いた張遼もその金額に驚く。


「今袁紹様が持つ財は諸侯の中で最も高く、追随を許すものでは無いと自負させて頂きたい」


 下手をすれば次ぐ財を持つ諸侯よりも、一つ桁が違う差があるかも知れないと郷刷。


「……端金って訳ね」

「どんくらい持っとんのか想像出来ひんな」

「損失を恐れ、利益を求めるのは成功しません。 損失を許容してこそ得られる利益もある、今の財があるのは失う覚悟をしてからの結果ですよ」


 金や食物を生む最も必要な存在、働く庶人を袁紹の領内に増やせたからの結果。

 税を減らし、街を整備し、兵の巡回頻度を上げて治安の向上。

 それだけでも人は集まるが、そこに仕事の斡旋と雨露を凌ぐ家屋を用意していればさらに跳ね上がる。

 洛陽城内に収められている土地台帳に記されている袁紹領地の人口の数は、年を隔てるごとに上昇の一途を記されているだろう。

 今の袁紹が治める領内になるまでに掛かった費用は、郷刷が施した内政案の数倍は掛かっている。


「こちらの事はともかく、この件に関して掛ける懸念は油断ならない物と、そう見てくだされば」


 絶大な財力とは言えぽんっと出せる量ではないのに、それをしたと言う事に本気だと賈駆は見る。


「分かったわ、絞り粕になった後まで使い尽くしてあげるわ」

「期待していますよ」


 そうでなくては困ると頷く郷刷、今この場は貪欲に他者を利用して優位に事を運ぶ物が求められる。

 周りの諸侯が全て敵になる可能性がある以上、微温湯に使って日和見している暇など無い。

 それを促したのは郷刷で、促されたのは賈駆。


「考える時間も必要でしょうが、数日中に我々は戻らねばなりません。 何時までも洛陽に駐留している訳にも行きませんから、できるだけ早く決めてもらいたいのです」

「………」


 紙面へと落としていた視線を一度上目遣いのように郷刷へ向け、再度紙面に視線を落とした賈駆。


「分かったわ、あなたたちが帰るまでには必ず」

「それは良かった、後はこの事を董卓様と陛下に話し納得してもらわねばなりません」


 そうして賈駆の気が進まない用件を郷刷は口に出す。


「董卓様はともかく、陛下の意向に反しているとは言え許容できる事ではないですし、説き伏せ我々が問題なく動けるよう計らっていただきたい」

「……分かってるわ」


 ずっと黙ったまま、そんな事は出来ない。

 董卓を傍に寄せて袁紹を遠ざける、劉協が望んだ事とは言えこれから起こり得る事を考えれば是非とも解消しておきたい事。

 黙したまま進めても、いざとなったら動きに支障が出るかもしれないためであった。


「陛下に上奏し、説き伏せて認めさせなければなりません。 状況の好転を図るのが軍師の役割ですから」


 簡単に言ってくれると賈駆、陛下の意向に反して動いている事に、下手をすれば董卓共々極刑になりかねない。

 その事は郷刷も重々承知している、その上で説き伏せろと言う。


「……それに失敗したら?」

「見捨てます」


 クッ、と賈駆は小さく喉から声が出た。

 感情を消した表情で郷刷は言い捨てる、だが賈駆はその言葉が本当でない理由を思いついて反論した。


「そんな事出来ないくせに、あなたたちの事を話すんだからしっかりと責がそっちにも行くわよ」


 それを聞いて郷刷はふっと笑う。


「ええ、間違いなく追求してくるでしょう。 ですが今の漢王朝にその力はありますかな?」


 確かに皇帝は存命中で影響力もそれなりにある、責任を追及する相手が弱小勢力ではなく、諸侯の中で随一の力を持つ袁紹ならどうか?

 庶人の人望、溜め込む財力、六桁を超える大軍勢、優れた将官が少ないとは言え巨大な勢力に変わりは無い。

 まして幼いながら聡明である皇帝、劉協が矛を袁紹に向け構えるか。

 勿論皇帝の力を使って袁紹討伐の勅命を出して、地位などで他の諸侯を釣る事もあり逆悪として討伐を命じるかもしれない。

 そうしてそれに従う諸侯はどれ程居るか? と言う話。


「陛下が勅命を下し袁紹様を討たせたとしましょう、ではその袁紹様を滅ぼした矛先が次に向くのはどこでしょうか?」


 結果は変わらない、今度はその矛先が董卓に向くだけ。

 結局は董卓に未来は無い、賈駆は劉協を説き伏せもしもの時に対して袁紹の力を得られるようにしなければならないと言う事。


「賈駆殿からしてそれほど難しい事ではないでしょう? 聡明な陛下であれば、しっかりと理を説き危険性を問えば認めてくださるはずです」

「……分かってるわよ、袁紹が洛陽に留まるのは有事の際のみ、それだけでも認めてくれるでしょうね」


 おそらく劉協が懸念するのは袁紹が洛陽に留まり、何らかの方法で董卓を廃し劉協を手中に収め傀儡とされる事だろうと賈駆。


「袁紹様は漢王朝の臣下であり、決して奸臣になろうとしている訳ではないと言い含めてくだされば」


 董卓に命の危機が迫らなければそっちの方が良いと内心の賈駆。

 だがそれをさせないのが机を挟んで向こう側に座る男、賈駆が董卓を守りたいように、郷刷も袁紹を守りたい。

 そうなれば決して袁紹を今の董卓の位置になど座らせない、座ったとしてもすぐに降りるよう計略をめぐらせる。

 それくらいやってのけるだろうと、玄 郷刷をそう見る賈駆。


「そちらの方は賈駆殿にお任せして、二つ目の役割をこなせるよう董卓様が擁する将官方に御目通りを」


 郷刷は言いながらも黙して座っていた張遼を見る。


「全員?」

「ええ、全員です」

「? なんやあるん?」

「有事の際、軍を率いるのは私ですので」


 会って話し、その特徴をしっかりと掴んでおきたいと郷刷。


「先立って張遼殿と幾ばくかの時を過ごしたいのですが」

「……なんやその言い方、ずいぶんとあれやな……」

「……たしかにあれね」


 じーっと、一対四つの瞳が郷刷を見た。


「お二人のような見目麗しい方々とお話しするのは吝かではないのですが、それに現を抜かして命を落とす羽目になるのは是非とも遠慮したいのですね」

「見目麗しいって……」


 はっとして郷刷の言葉に顔を赤くし始める二人ではあったが。


「僻みです」


 あっさりと自分の気持ちを吐いた郷刷に、見る間に残念そうな視線になった二人。


「……あー、兄さん言っちゃ悪いが……」

「顔は凡庸よね、庶人の服着て往来に居ても絶対気づかれないでしょ」

「ええ、袁紹様に仕えて最初の頃は門番にすら通してもらえませんでしたからね」


 ぶっと噴出す張遼に、連られたように噴出しそうになる賈駆。

 郷刷が言った光景が有り有りと想像できて笑ってしまったのだ。


「まあ自分の顔に嘆いても美しくなるわけじゃないですからね」

「ぷっ……くく、そりゃあそうかて、嘆いて幾らでも綺麗になれるんやったら世の中大変な事になっとるで」


 遠慮なく声を漏らす張遼に、わざとらしく咳をして笑いをごまかす賈駆が話を進める。


「んんっ、将軍を全員連れてくればいいのね?」

「はい、実際軍を動かす所も見たいですが、頻繁に演習を行えば不安がりますから」


 分かった、明日か明後日には向かわせるわと賈駆。

 頷いて賈駆は立ち上がり、戸へと歩き出す。

 張遼もそれに付いて行こうと立ち上がり。


「霞、あんたは残りなさいよ。 一軍の指揮を話し合っていた方が後々に助かるでしょ」

「別にいまやのうてええやん、うちが兄さんに襲われたら一体どないするんよ!」

「私が千人居ても指一本触れる事は出来ないでしょうが」


 実際手を出そうと襲い掛かっても、郷刷は何をされたか分からないうちに床へと張り倒されて意識を失うだろう。

 頭は回るが腕っ節はからっきしの郷刷に土台無理な話、むしろ張遼に勝てる男などそれこそ武の方面で英傑級の存在になってしまう。

 そんな男は見たことが無い、居たら逆に拝みたいものだと郷刷。


「どうしても二人きりが嫌だと言うのでしたら、顔良殿か文醜殿でも呼びますし、明日以降皆さんと一緒の時でも良いですが」

「……ん~、せやなぁ……。 何もせんって約束できる?」

「約束も何も、張遼殿から見て私が戦えるように見えます?」

「見えへん」


 即答する張遼に、でしょう? と返す郷刷。


「話でもしつつ象棋でもしましょうかと言う話ですよ」

「……それやったら」


 郷刷からしてそこまで恐れる事かと思った、やましい事など合意の上でしか出来ないしそもそも郷刷はそんな事をする気が無い。

 好かれていないにしても、この提案を受けた時点で二人きりになるのが嫌だというのも除外された。


「無理しなくても結構ですよ? 確かに一対一で話し合ったほうが良く分かると思いますが、男女二人きりと言うのも情操に悪いでしょうし」

「……せやなぁ、まあうちも兄さんに興味あるし、付き合ったるで」

「それはよかった、代えの茶と菓子でも持ってこさせましょう」


 頷く張遼に頷き返す郷刷、そうして賈駆を見る。


「それでは後日、何刻か決めておいてもらえれば助かりますが」

「……そうね、皆の予定が合えば夕刻にでも向かわせるわ」

「分かりました、決まったら知らせをお願いいたします」

「ええ、それじゃあね」


 紙束を脇に抱えて部屋を出て行く賈駆、残されたのは郷刷と張遼。


「それでは用意させますので、しばしお待ちを」

「出来ればとびっきりの美味い茶と菓子を頼むで」

「ええ、美味しいと評判のを用意させましょう」


 そうして郷刷は従者を呼び出して茶と菓子、そして象棋を用意させた。

 数分とせず頼んだ物が持ち込まれ、いざ象棋を広げて向き合う。


「賈駆っちを負かした実力が一度っきりの偶然や無い事を見せてもらうで!」

「分かりました、ご希望に沿う事にしましょう」


 そうして五分後には郷刷の部屋から「なんやそれ!」や「なんでそっちからこれるんや!?」と言う悲鳴が聞こえてきたのであった。

すすんでいないよう

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