武官試験の終了を見る人
「武官は予想通りか」
文官の試験が終わり、採点後の250名の順位を決めている間。
武官の試験がどれ位進んでいるかの確認に、広場に顔を出していた玄胞。
広場に居た人数は100を下回り、二人一組の十組が広場の中心付近で得物を振るって戦っている。
今回の試験では前回と違って有望な者は大分少ない、良くて精々百人長程度の人物が数十人。
玄胞が見たところ、才能有りと認めた人物は飄々と戦い、傷一つなく相手の攻撃を軽くいなしていた。
「やはり素晴らしい、専用の部隊も考えるか」
毅然と立ち、その身で花開く大輪の才覚に玄胞は唸る。
武芸は及第点どころか、玄胞が求める理想に近しい者。
百人長どころか千人長でも役不足、万の軍勢を引き連れる将軍でも見劣りしないだろう。
十二分に統率力もありそうで、一歩引いて俯瞰的に見ることも出来そうな、どの陣営も欲しがるだろう一線級の武将。
「うぇー、あんなのと戦わなくちゃいけないんすか?」
いつの間にか玄胞の傍に寄ってきていた文醜が、広場で戦う受験者を見て一言。
「勿論」
表情を変えずに言った玄胞に、文醜はがくーんと肩を落とした。
「物は考えようですよ、あの方も力量を見抜くだけのモノは持っています。 恐らくは対峙して、槍の一突きで終わるでしょう」
「それはそれで悲しいんですけど」
ここは戦場ではない、怪我させる程度ならともかく、殺してしまえば色々と問題となる。
仕官を求めてきたのであれば打ち付けるだけ、実力差を示すなら寸止めでも十分と玄胞。
「間違いなく前期ほど手合わせする数は少ないので、前回ほどにはならないでしょう」
「なりたくないっす」
「戦場であんな風にならないでくださいよ」
擦り傷切り傷でボロボロの姿、戦場でそんな姿になれば討ち取られる可能性が非常に高いと言う事に他ならない。
将がそんな姿では隊の兵の士気にも影響する、武将と言うのは第一に力を必要とし、第二に兵を引っ張れる勢いを作り出せること。
それを持ってし、一群となって戦場を駆けられる者のことと玄胞は考えている。
当然それは最低条件で、軍師の策を理解し、多種多様な状況に対応できる柔軟な思考を持った者であれば言う事はない。
「……なりたくないっす」
「ですから、己を磨くことを忘れないように」
残念ながら文醜は玄胞が求める水準に達していない、だからこその言葉。
「御意ー」
頭をかく文醜を見ながら、玄胞は広場へと視線を戻す。
あと十分もすれば文醜の出番となる、曲がりなりにも袁家の将軍なので気を抜きすぎないで頑張って欲しいと玄胞は考えていた。
「ふっ」
槍に似せて作られている訓練用の棒を軽やかに扱い、相手の受験者を突き倒す。
避けようとした行動も予測の範疇、吸い込まれように胸に突きつけられる。
「それまで!」
審判の兵の声にたあいもない、そう考える棒を突きつけた少女。
この程度で武官、兵を率いようとする心意気が認めるが力が足りぬと棒を収める。
「後二人か、期待できるものかね」
踵を返すその途中、広場の先、名家と宣伝するに相応しいのであろう大きな城の手前。
階段の上にはあの男、袁家の筆頭軍師と名乗った玄胞 郷刷。
見るからに文官然とした、得物を手に持ち戦場を駆けると言う男には見えない。
それどころか一角の存在にすら見えない、そこらに居そうな庶民と言った感じにしか見えないと少女。
(はてさて、本当に噂の御仁か)
顔は凡庸、背はそれなりの高さ、気になると言えば一瞬だけ見せたあの瞳。
惹かれる訳もなく、圧力を感じるものではない、どこか強く見られているとそう感じた少女。
今見る玄胞からはそんなものは一切感じられない、そうして僅かな間であったが玄胞を見つめる少女と視線が交差し。
玄胞は小さく笑みを作り、少女は軽く頭を下げる。
(実際話してみたほうが早いか)
そうして少女、姓は趙、名は雲、字は子龍。
一部では『神速』とまで言われる槍の使い手、文武両道と玄胞が求めるに足りる人物である。
玄胞の主である袁紹は退けて、袁家の支柱と言われるあの凡庸に見える男がどのようなものか。
興味を得るに足るか、趙雲は仕官のことを忘れて玄胞のことを考えていた。
優秀有能、将として取れるのはごく僅か。
やはり見立て通り四人くらいか、と玄胞。
玄胞の手には仕官希望の受付書、それを四枚手に持ち眺める。
書かれている名は趙雲 子龍、戯 志才、程立 仲徳、荀イク 文若の四つ。
趙雲 子龍は武官、残り三名は文官と偏ってはいるが、今現在必要とされるのは文官。
一軍を率いるだけの将が少ないのは事実、だが今の袁家に求められるのは武を誇る者ではなく。
知を要し乱れを治め、街を発展させる事が出来る知将。
富国強兵とよく言ったものだと玄胞は考える。
豊富な財力に名声、兵力も諸侯の中で随一。
今の袁家に足りない物は当主の頭と優秀有能な将くらいなもの。
それを補う為の定期的な仕官の募集であり、袁紹の勉強だったりする。
それらが揃えば天下に覇を唱える事も可能、だが袁家当主である袁 本初は漢王朝の臣下。
元より漢王朝、天子を支える三公を輩出したことからも逆らう気などない。
漢王朝とのパイプ、大将軍でもある何 遂高との関係も悪くはない。
逆に宦官の集団でもある十常侍と非常に仲が悪い、玄胞としても専権を振るう十常侍は邪魔なので排除しようとしてるが守りが異様に堅い。
何大将軍も邪魔だと考えているので、既に十常侍との水面下で争いとなっている。
それが激しくなり水面が大きく揺れる際、比例して漢王朝は大きく揺るぎ、最悪崩壊してしまうだろう。
そもそも今現在でも弱体化の一途が見られるため、そう遠くない内に群雄割拠の時代に突入すると確信が玄胞にはあった。
(帝の体調が振るわないと言う話もあります、急がなければなりませんね)
無論それだけで袁家が揺らぐとは思っていないが、揺らがせるどころか崩壊に追い込めるだけの才覚を持つ者を玄胞は知っている。
その者の思想からすれば袁家は間違いなく邪魔になる、群雄割拠の時代に突入すればたちまち頭角を現し、天下に覇を唱えるだろう人物を知っている。
「……さて、我らが主様はいつ花開けるのやら」
ふぅ、と連日の執務で疲れ気味の玄胞は広場で行われている試験を見つめ続ける。
代わる代わる広場中央で武官希望者の入れ替わり、勝った者は仕官への道に留まり、負けた者はその道から外れる。
次々と勝者と敗者に別れ、数が減っていく様子を見続ける。
64名が32名へ、32名が16名へと減らして五回勝ち抜いた者だけが広場に残った。
それを確認した玄胞は立ち上がり、16名を視界に捉え。
「よくぞ戦い抜きました、皆様方の武は我らが袁家で保証しましょう」
おお、と武官希望者たちがどよめく。
玄胞が言ったのは仕官を認めると言う事に他ならない。
それに対してのどよめきであった。
「さて、栄誉を勝ち取った皆様方にはこれからもう一度戦ってもらいます。 ……心配なされずとも結構、既に貴方方を迎え入れるのは決定しております、負けても何の問題もありません」
16名の内、殆どが体のどこかに傷を負い疲労を溜めている。
そんな様子でも玄胞は戦えと言い、対戦する相手を呼びつける。
「文醜殿、出番ですよ」
「待ちくたびれたー」
と手には刃が潰された大刀を持った文醜。
少しだらけて広場中央まで歩いてくる。
「当袁家の武官の文醜殿です、今から一人ずつ彼女と戦ってもらいます」
「さーて、だれからやる?」
「では某から」
と一歩前に進み出たのは趙雲。
「いや、趙雲殿は最後に」
それを止めるのは玄胞、間違いなく16名の中で一番強く、また疲労も少ない。
流石に手を抜くだろうが、文醜の頑張りで気絶させなければならなくなったりするのも少々図り辛いと玄胞。
留めた玄胞に趙雲は形の良い眉を僅かに動かし。
「玄胞殿がそう言うのであれば」
と潔く引く、それを聞いて玄胞はなるほどと趙雲への評価を上げる。
「では其方の方から」
玄胞が指名し、文醜が前に出る。
それを機に戦う者を除いて周囲から遠のき、戦いが始まった。
疲れが溜まる受験者と、少し前まで昼寝していた文醜とでは体力の面で差が出る。
その上、武にしても将としてはそれなりにあるために早々負けはしない。
故に何度か打ち合うだけで受験者は叩きのめされたり、得物を弾かれたりした。
(……ここは粘って欲しかったんですがね)
疲れていても戦わなくてはいけない時がある、気力を振り絞って敵に向かう気概を見せて欲しかったと考える玄胞。
気絶させられたならともかく、得物を弾かれて降参する者では兵の士気にも係わる。
負けても問題ない、と言ったのも気質を見るための一言であった。
そうして玄胞は次々と文醜と戦い負けていく受験者たちを見続ける。
そして15人目を文醜が叩きのめして、最後の一人。
「某の出番ですな」
「よっしゃ! 手加減してください!」
と、行き成りのお願いに趙雲は面を食らう。
「……文醜殿、ここは逆でしょう」
「アニキも見てたんですからわかるでしょ? 無理ですよ、勝てないですよ」
文醜にも当然自分の力には自信がある、だが趙雲のそれとは全然違うことに気がついた。
「それでも戦わなければいけないのが文醜殿です。 それでは趙雲殿、存分に槍を振るっていただきたい」
「あ、ああ。 そう言うのであれば」
「ああ! ちょっと待って! この前いい酒が手に──」
「私の手が届く範囲で、趙雲殿が欲しい物を用意させますが」
「いざ参る!」
玄胞の言葉にあっさりと乗り、棒を操る趙雲。
うわぁ!? と文醜が声をあげ、放たれた棒の一突きを辛うじて弾く。
「ほう、これならどうか」
弾いた事により趙雲が感心し、さらに速度を上げて棒を突く。
金属がぶつかり合う激しい音を鳴らし、次々と繰り出される攻撃に文醜はひいひい言いながら捌く。
「無理無理無理無理無理!」
「今も防いでおられるではないですか」
悲鳴を上げつつ辛うじて防ぐ文醜に、まだまだ余裕を持って棒を突き出す趙雲。
それを身ながらやはり素晴らしい才覚、ぜひとも袁家に留まって欲しいと考えていた玄胞だった。




