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大事な人の為に頑張る人

「関の破損した箇所、特に壁を重点的に修繕、有力と目せる諸侯に対しての細作、風評の操作、董卓軍を含む兵の練度の底上げ、最低でもこの四つだけでもやる必要はあるでしょう」


 場所は一等級の、袁紹軍の高官が泊まる宿。

 会話を交わすのは郷刷と賈駆、あと張遼も何故か居た。

 何故居るかと言うと賈駆が宮廷から外出する姿を見かけ、後を付けてきたらこの宿に入ったからだった。


『……宿? それも一等の所やん』


 年頃の娘が一人宿へ、立場上めちゃくちゃ重要な賈駆が護衛の一人も付けずにこっそりと。

 そこまで考えて張遼は答えにたどり着く。


『……なんや、賈駆っちも女やったんやなぁ』


 張遼からして賈駆はお堅い人間と見ていた、人の事を言えないが色恋沙汰にうつつを抜かすような性格じゃないと。

 そんな事してる暇があったら董卓の為に仕事をしているはず、そんな風に見ていた張遼。

 別に悪い事じゃ無い、と今の状態を考えれば誰かに寄り掛かりたくもなるだろう、と。

 賈駆は息の抜き方と言う物が分かっていないように感じていた、いつも肩肘張って董卓の為強くあろうとしていた。

 気丈な賈駆が誰かに頼る、董卓に寄り掛からんし、うちらにも寄り掛かるような真似はしない。


 そんな賈駆が寄り掛かる相手とは? そんな好奇心をくすぐられてとても気になった張遼。

 駄目だ駄目だと思いつつも足は遠慮なく賈駆の後を付ける、受付で会話をしてから宿の奥へと消えていく賈駆。

 少し待ってから張遼は受付へと話し掛け、賈駆がどこへ行ったのか聞いた。

 勿論受付は教える訳が無い、貴人が泊まる事もあるここでそんな事をすれば信用にかかわると首を横に振る。

 張遼は何とかして聞こうにも頑なに首を横に振って教えないと受付、仕舞いには警備を呼んで張遼をたたき出そうとする。


 しかしながら張遼は用兵家として知られているが、その武も高く一騎当千に値する。

 追い出そうとする警備を軽くいなし、しょうがないと自分の身分を明かして賈駆、賈 文和が向かった部屋を聞き出した。

 そうしてこそこそと足音を忍ばせてその部屋へと向かう、幾つかの階段を上り、一番値が張る部屋がある階層へと顔を出す。


『……あちゃー、やっぱ居るよなぁ』


 居るのは体つきから一目で分かる兵、流石に鎧は着ていないが腰には剣が下げられている。

 何か用事が有って付いてきたなら堂々と話し掛けられるが、今の張遼は人の色事に首を突っ込むと言う体裁の悪い状態。

 賈駆の相手は気になるが、顔が見たいと押し掛けるのも無粋、そう考えてしょうがなく諦めるかと踵を返せば。


『何してんの? アニキにでも用事があるのか?』


 振り返った先には文醜が居た、軽そうな普段着で張遼を見ている。


『……ん? そういやそうやったなぁ』


 文醜と見て、ここは袁紹が泊まっとる宿やったな、と張遼。

 今更ながらに思い出して一言、護衛を付けずに来たんは月にも秘密のことやったか、と。


『いやな、賈駆っちが一人で高価な宿に来たのを邪推しとったわ』

『邪推?』

『そうや、邪推や。 賈駆っちが誰かと逢引しとんのかとな、すっかり忘れとったわ』


 手で頭を掻きながらの張遼、それを見て文醜が言葉の意味を理解して一言呟く。


『逢引……、逢引ねぇ。 そうだとしても相手がアニキだと話が進まないだろうなー』

『ん? なんやあるん?』


 賈駆が会いに来た相手、それは玄 郷刷。

 今はまだ秘密にしとく話やから、一人で出向くのは分かる。

 逢引じゃない、恐らくそれは間違いないだろうと考え、勘違い話から飛び火した話に興味が湧いた張遼。


『アニキって結構モテるんすよ、うちで一番出世した人だし。 見た目は普通っすけど、頭は切れるし金も結構持ってるって話でさ』


 性格も優しげで滅多に怒らず怒鳴り散らしたりしない、結構な上玉だって斗詩がそう聞いたって聞いた。

 いっつも上がる残念な所は容姿が不細工じゃないけど格好良くもない所だって、いやーそこは良く分かるけど。

 あははははー、と笑いながらの文醜。


『又聞きかいな……』

『そりゃそうっすけど、実際見合い話も結構来てて断るのが面倒臭いって愚痴ってたの聞いたことがあるっす』

『なるほどな、そりゃ名門名家の袁紹の腹心ときたら強欲な奴らが目に付けるやろなぁ』


 世に風評として知られ、実際能力があると分かれば婿に取ろうとしたり嫁を送ろうとする者が居ても不思議ではないと張遼。


『つまり兄さんはそんな気がないっちゅうわけやな?』

『そうそう、いい歳なのになー』


 張遼から見ても二十歳を越える男だと言うのは分かる、疾うに嫁が居ても何らおかしい事はない。

 立場から見れば選り取り見取り、気に入った娘が居なかったと言う事だろうかと考える。


『すみませんね、いい歳なのに婚姻を結んでいなくて』

『霞、あんたが軽い性格だと分かっていたけど、そんな所にまで目を向けるとは思ってなかったわ』


 背後から聞こえた声、二つとも聞いた事がある声。

 話に夢中になったせいか、いつの間にか見つかってはならない人物に接近を許した。


『……い、いやぁ、ちょっと耳に挟んだだけやん』


 ゆっくりと張遼が振り返れば話の元である背の高い郷刷と、眼鏡を掛けた董卓軍の筆頭軍師であるちっこい賈駆。

 両手の人差し指をつつき合わせながら及び腰で言い訳をし始める張遼。


『うちは賈駆っちが一人でどこに行っとんのか気になっただけやし、兄さんの話も猪々子が言い出した事やし、……なぁ猪々……」


 元凶にしようと再度張遼が顔を文醜へと向ければ。


『……に、逃げおった』


 初めから居なかったかのように、忽然と姿を消していた文醜。

 余りの足早さに愕然とした張遼は、そのままお縄に付く事となった。

 と言っても事情を知っているし、何か軍師二人では思いつかない案が出るかもしれないと話に加わる。

 そうして郷刷、賈駆、張遼は室内で顔を合わせて話す。


「……まあ一番大事やのは三番目やろうな」


 そういう張遼に、二人は頷く。

 下手に董卓とって苦しい風評が流れるのは拙い、黄巾の乱の時のように瞬く間に全土へと風評が広まれば董卓討つべしと言う声が上がる事は間違いない。

 ましてや今この時、黄巾の乱が終決してそれほど時が経っていない。

 皇帝を傀儡とし専横専権で暴政を引いていると、そのようなものが流れれば簡単に嵌る。

 あっという間に体制が整えられ、戦への先走りへとなる。


「常に次善を想定しなければならないのが軍師です、風評操作を第一としても残り三つを疎かにする事は出来ないでしょう」

「ええ、負ける可能性は少しでも減らさなくちゃ」

「……周りは困ったちゃんばっかりやな」


 張遼は出されていた茶に口を付けた。

 奸心や野心がない一人の娘が皇帝の傍に居るだけで、邪魔だと排除しようとする。

 実際に起こった事ではないにしろ、そう考えている諸侯が居る事に張遼は残念に思う。

 なんで月のような優しい娘が辛い目に遭わなきゃいかんのやと、まこと嫌な世の中やと苦心する。


「……世は正義の押し付けばかりですよ、悪は無く沢山の正義だけしかない」


 黙りこくっていた張遼の内心を見透かしてか、郷刷が答える。


「いらんお世話やな、自分だったら上手く出来るなんて高く見すぎやろ」

「……残念でしょうが、それを持つ者が今この世の中に居る。 さらに台頭するに打って付けの黄巾の乱に、今回の董卓様の出来事。 天の時と言って良い時機は間違いなく躍進を呼ぶでしょう」


 断言した郷刷に、張遼は一つ溜息を吐く。


「……月は優しいから帝を放り出せんのや、まだ大きければやりようはあった。 違うか、賈駆っち」

「そうよ、幼いが為の状況よ。 今皇帝を放り出せば宦官のような輩がまた現れる、そうすればまた傀儡に逆戻り」

「月は馬鹿やない、そんくらいわかっとんのや。 だけど帝はちゃう、しょうがないとしか言えんが周りが見えとらん!」


 皇帝である劉協は宮中に篭りっぱなしで外の世界など知らない、与えられる情報は傀儡とするために都合の良い偽りばかり。

 聡明だとしても限度がある、そして今回の宦官一掃。

 間違いなく郷刷はこの事に噛んでおり、無関係とは決して言えない。

 董卓は偶然その戦乱に発端に納まってしまっただけ、一言で言えば運が悪かったとしか言えない。

 だがその事について郷刷は後悔や懺悔する事もない、袁紹が乗り気であったと言うのもあるが戦乱は近い内に起きるという確信も持っていた。


 賈駆が協力の話を持ち出して来た時と同じく、どうしようもないなら容赦なく見捨てるつもりは今でもその胸に秘めている。

 しかし今はその時ではない、手を貸し動くのが董卓への贖罪となるならやれるだけの事をやる。

 その行動の果て、郷刷は握った手を握ったまま引くか離すかを選択する事になる。


「……張遼殿、言っても変わらない事を言うのは気が滅入るだけです。 もっと建設的なことを考え行動しましょう、例えば張遼殿を置いて逃げ出した文醜殿にどんな罰を与えるか、などはどうでしょうか?」

「……は、ここは自分空気読むところやろ」


 まさに暗い雰囲気だったにもかかわらず、こんな話が出てくるなど思いも寄らなかった二人。


「……ほんと、今そう言う話をする時じゃないでしょ」

「そうでしょうか? やるべき事はここに纏めてありますし、私としては今やる事は殆どないのですがね」


 紙の束、やるべき案件事項を郷刷は疾うに纏めていた。

 後はこの紙束に賈駆が不備がないか目を通し、案件の是非を決めるだけと言える。


「……なんや、兄さんも堅物に見えてそうでもないんやな」

「私に諧謔が有るかは分かりませんが、少なくとも暗い雰囲気を払いたいと言う思いくらいは湧きますよ」


 紙束を賈駆に渡し、渡された賈駆は溜息。


「勝ちますよ、己が決める主の為」

「最初からそのつもりよ」

「やな!」


 郷刷は小さな笑みを、賈駆は当然と一つ息を、張遼は破顔して笑みを。

 勝つも負けるも己次第と、揺るがぬ意をさらに固めんが為に強く頷いた。

文醜さん! こんな役回りばっかりでお許し下さい!

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