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率いて激突する人

 たった一度の偶然で位人臣を極める事となった董卓。

 望まぬ栄転に疲弊する事になるが、それを和らげようと親友で軍師である賈駆が仕事の代行をこなす。

 一夜にして倍倍に増えたやるべき事、その執務の量に賈駆も疲弊の溜息を漏らす。

 それでも大切な董卓のため、執務を片付けていきながらとある事、何進軍を併合した董卓軍の軍事演習を認可する。

 理由は取って付けたかのような練度確認の為というもの、これについては誰も不平を漏らさない。


 実際は影で言われているかもしれないが、表立って何かを言ってくる者は居らず董卓の代官である賈駆が認可した事である為問題ない。

 そうして決められた軍事演習内容、演習に当たる兵は全て元何進軍の兵であり、董卓・袁紹共々一兵たりとも参加しない。

 率いる将も互いに参加しない、動かすのは軍師である賈駆と郷刷が部将となる。

 数は五千ずつ、行う場所は洛陽の西。

 董卓・袁紹軍共々将兵が参加しない理由はごく簡単、出来るだけ公平になるよう。


 例えば董卓軍随一の武を誇る呂布が参加すれば一人対一万の兵でも戦闘が成り立つし、董卓・袁紹軍兵士が参加しないのも練度の差があるためである。

 だからこそ何進軍から兵を分け、率いるのは軍師である二人だけと言う、知略や統率力を図るもの。

 交わした約束では、郷刷が勝てばもし諸侯が寄り集まって董卓を討伐する為の連合軍で来た場合の、その戦闘に参加する全軍の指揮権を郷刷に移譲。

 賈駆が勝てばその話は無くなり、袁紹軍が董卓軍の下に付くと言うもの。

 袁紹にとって地方太守の小娘の下に付くのは憤慨物であるが、郷刷が勝つと確信してかあっさりと認めた。


 そこまで決めれば後は勝敗を決するのみだが、賈駆は勝敗の行方はそれほど気にしていない。

 郷刷が風評ほどではなく賈駆に負けるようなら袁紹の名声を使う方向でやり、勝ったならば全軍の指揮を移譲すれば名分が立つ。

 しかしながら軍師としての矜持もある、勝っても負けても一長一短、だったら自分の進めたい方向へと進路を向ける。

 情けないようなら叩き潰し、賈駆を上回るようならその知略に免じて移譲しようと考えていた。

 そうしてやるべき事を纏め、賈駆はその日の仕事を終える。


 それから三日間、賈駆は策を練り上げつつ仕事の合間に兵の視察を行う。

 洛陽の城壁の上から指揮する事となる並んで動く兵を見て、董卓軍の兵よりも少々動きが悪いが、そこまで酷い訳ではないと見る。

 これなら幾つも考えた策が使用できると賈駆は頷く、となれば気になってくるのは郷刷の動き。

 報告では率いる部隊の百人長や千人長などを集め、何か語らって居るそうだ。

 流石に全体の動きを見るために、一度演習の具合も確かめたそうではあったが。


 しかし見に来たのは一度、動かしたのも一度だけ。

 それだけで十分なのかと、それだけで自身に打ち勝てるのかと賈駆。

 見下している? そうも考える賈駆だが、郷刷が負けを生む慢心を持つのかと言う事で疑問を持つ。

 協力の提案を聞いた時、非常に不快そうな表情を浮かべていた。

 協力の提案によって齎される不利益を一言で看破し、以前に話した時も賈駆の話を先読みしていた節があった。


 ここで負けて董卓軍の指揮下に入るなど、不利益にしかならない事を選ぶだろうかと。

 賈駆の見立てではそれは無いと考えた、至上の目的が賈駆と似通っている為だった。

 賈駆は董卓を守りたい、郷刷は袁紹を守りたい、だったら自身の目的に沿えるよう油断なんてするわけが無いと賈駆。

 恐らくは全力を尽くしてくると、どうせ見下し油断してきても全軍の指揮権を委ねるには不適切と打ちのめすつもりなので結局賈駆がやる事は変わらなかった。






 そうして賈駆が協力の要請を申し出た夜から五日、予定した演習の日が来た。

 場所は洛陽の西側、見渡しが良い平原にて兵数五千の軍勢が二つ、距離にして五町(545メートル)ほど間を空けて相対して向き合っていた。

 北側には郷刷が率いる軍勢、南側には賈駆が率いる軍勢、開始の時が来るのを待っている。

 それを城壁の上で眺めるのは六人、日傘を差して郷刷を応援する袁紹、文醜、顔良の三人と、董卓側の陳宮、張遼、華雄の三名。

 董卓は皇帝の傍に居て、その護衛に呂布を置いている為に二人ともこの場に居なかった。


「さーて、どっちが勝つんやろうな」


 後数分もすれば開始の銅鑼が鳴らさせる、演習を行う軍勢と同じくそれを待つ六人の中の一人。

 その用兵にして『神速』とも呼ばれる張 文遠が独特の口調で言う。


「玄 郷刷とやらどんな奴かは知らんが、賈駆が負けるとは思えん」


 腕組みをして答えたのは華雄。


「どうやろうなぁ、風評通りやったら賈駆っちは油断できひんで? と言うわけで、同じ袁紹軍に聞いたほうが早いやろな」


 話を振られて三人が張遼を見る。


「賈駆さんがどれほどできるか知りませんが、安景さんには届きませんわ!」


 と郷刷が勝利する事を疑わない袁紹に。


「麗羽様と同じで賈駆さんがどのくらいか分かりませんけど、安景さんが負けるのはちょっと想像できませんね」

「そうそう、ちょっと前まですっげぇ頭の良い軍師が三人ばかり居たんだけど、そいつらに教えれるぐらいにはアニキも頭が良いからなぁ」

「いやいや、具体的な話はないんかい!」


 そう答える顔良と文醜。

 数で劣る賊相手にこんな策で打ち勝ったとか、そういう話を期待して振った張遼だったが返って来たのは頭が良いとか当てになりにくい物だった。


「うーん、そう言われても……。 あ、そう言えば多めの黄巾党が麗羽様の領地に入り込んできた時、五分くらいで黄巾党を包囲して殲滅してましたね」

「多めってどれくらいや?」

「うーんと、あの時は一万を越えてたような……」

「で、そっちの数は幾らやったん?」

「一万五千ほどでしたね」

「あー、それは勝ってとうぜ……ん? 五分で包囲?」

「はい、攻め気を誘って鶴翼陣で包囲しきって、戦いは一時間ほどで終わりましたね」

「途中で投降を促したわけかいな?」

「いえ、殲滅ですけど?」

「一万超えを一時間やて?」

「非常識なのです!」


 ですよねー、と張遼に答えていた顔良が同意を示す。

 軽く数日かかる戦いを、会戦一時間で終わらせるなど早すぎると張遼と陳宮。


「やってる事と言えば包囲して槍で突っついてただけだし、うちの兵士はしっかり叩き上げられてるからなぁ」

「所詮賊ですし、やろうと思えば董卓さんの兵士でも出来ると思いますよ? 流石に一時間は無理でしょうけど」

「兵の練度かぁ、理解はしたけど納得はできひん。 まあ素早く包囲できるくらいには統率力があると思ってええんやね?」

「そうですね、ほんと手足のように兵を動かしますから」


 ふーんと張遼、顔良の話通りだとしたら悪くない軍師。

 もしかしたら指揮下に入るかもしれない相手の部隊を見て、観察する事にした張遼。


「さぁーて、安景さんの華麗で優雅な殲滅劇が始まりますわよ!」

「賈駆っちもかなりやるんやけどなぁ」


 高笑いの袁紹に返す張遼であったが、聞いていなかったのか高笑いし続ける袁紹。

 そうして銅鑼が鳴り響き、二つの軍勢が動き出した。


「んん~? あちらは遊撃陣で賈駆っちが魚鱗陣やな、どっちも待ちの陣形やない」


 賈駆と郷刷、共に陣形を整えて相手に向けて進軍する。


「詠殿は中央から食い込んで分断する気かもしれないのです、その後左右中曲で分断された敵部隊へと打ち付け四散させる気かもしれないのです」

「しかしあっちの兄さんも同じ考えのようやな? どっちが先に中央を食い破れるか見ものや」


 見る間に二つの部隊の距離が詰まり、あと二町(約220メートル)ほどの距離で郷刷軍が速度を緩めて完全に足を止めた。


「遊撃陣で足を止めるんかい、動いてこその陣形やのに何考えとるんか……」


 足を止めた事に対して、攻める時と見たのか賈駆が進軍速度を上げる。


「お、兄さんの後曲が動いとる、前曲を迂回して……なーるほど」

「詠殿の縦の分断に対して、玄胞殿は横の分断を狙っているのです!」


 共に分断狙いと陳宮が両腕と共に声を上げる。


「安景さんは中央部隊を同じく中央部隊で受け止めて、その隙に左右後曲で分断を図る、と言うことですね!」

「正面対決ですわね!」

「それが一番早くて燃えるよな!」


 張遼と陳宮の説明を良く分かっていない袁紹と文醜に説明する顔良。


「となると賈駆っちからは兄さんの後曲が見えとらんはずや、中央が突破できるなら問題はないんやけど三枚で待ち構えとる。 手間取ると中心から割られるで」


 張遼が言う通り、互いの先頭がぶつかり賈駆軍の前曲が押し込んでいくが。

 玄胞軍の後曲が前曲の側面から進み出て、押し込まれ鶴翼陣の形になった前曲の前方、賈駆軍中曲の側面へと突撃を掛ける。

 それに気づき分断させまいと賈駆軍後曲が陣形を変え始めるがもたつき、それよりも早く左右の側面を突かれ抉られていく賈駆軍中曲。

 側面を突いた玄胞軍後曲は強引に押し込み続け、賈駆軍後曲が陣形を整えた時には賈駆軍前曲は完全に包囲されていた。


「あちゃー、これは拙いわ。 賈駆っち間に合うか!?」


 賈駆軍後曲が一点突破を狙う鋒矢陣に変わり、賈駆軍を分断した玄胞軍後曲へと突撃する。


「うお! もう陣形変えてきおった!」

「まさか、玄胞殿は前に出てるのですか!?」


 その突撃が始まってから玄胞軍後曲が魚鱗陣に変化して待ち構える。

 賈駆軍に比べ魚鱗陣に変更する為動き出す速度が異様に速い、後曲に居た筈の玄の旗が賈駆軍前曲を迂回しつつ後曲の魚鱗の底辺にあった。

 つまり今郷刷は賈駆軍前曲を包囲する玄胞軍前曲と魚鱗陣を敷く後曲の間、いわば玄胞軍勢の中心とも言える位置に出張っていた。


「大将討たれたら終わりやっちゅうに、良く前に出よるわ……!」


 蜂矢で突っ込む賈駆軍後曲、魚鱗で待ち受ける玄胞軍後曲。

 共に前曲が残っているのに後曲同士がぶつかり合う、そうして決着が付く理由は簡単。

 蜂矢で突破出来ればその進路上に居る郷刷を討つことになり、突破出来なければ包囲されている賈駆軍前曲が殲滅され、残った玄胞軍前曲が蜂矢の側面を突く。

 時間との勝負、貫くのが先か耐え切り賈駆軍前曲全滅が先か。

 お互いの後曲の先頭がぶつかり、十分も掛からず勝敗が分かれた。







「残念やったなぁ、賈駆っち」


 と、そう言って城門近くで賈駆に労いの言葉を掛ける張遼。

 演習の結果、郷刷に軍配が上がった。

 後曲同士のぶつかり合いはお互い削れながらも、蜂矢が魚鱗を突破する事は叶わなかった。

 包囲され混乱する賈駆軍前曲に、削って行きあぶれていく玄胞軍前曲が魚鱗の底辺へと集まり、隊列を成して削り切れぬ厚みを作り出したが為に突破できなかった。

 

「……伝達速度の差ね」

「ええ、同じように賈駆殿が前に出ていれば逆の結果になっていましたよ」


 郷刷は伝達速度と兵の練度を把握して前に出た方が良いと判断した。

 前に出ればその分伝令を伝える速度が上がり、より素早く行動に移せる。

 より近く早く、己の身を危険に晒してまで迅速な行動を選んだ郷刷に、敗北条件に大将たる軍師の旗が倒される点の為後曲に居た賈駆。

 それが勝敗を決めた。


「それにしても随分と混乱が目立ちましたが、賈駆殿の伝令に付いてこれなかったのでは?」

「……ええ、矢継ぎ早に伝令を出しすぎたわ」


 効率を求める賈駆が玄胞軍に対しての対応策を次々と出し、何度も舞い込む命令に対応しきれず賈駆軍は混乱をきたした。

 流石に混乱を沈静化させたが、時既に遅く賈駆軍は分断されていたという話。

 大して郷刷は決めた策通りにしか動かしていなかった、賈駆軍が攻撃的な陣形なら遊撃陣に、防御的な陣形ならば縦二列の衝軛陣と言った具合に。

 臨機応変が求められる状況になりそうであれば、郷刷は前に出るという具合に決めていた。

 その目論見が功を奏し、この結果に繋がったと郷刷。


「よぉーくやりましたわ、安景さん! これで我が軍が勝利する事は確定しましたわね!」

「はっ、しかし他の諸侯が襲ってこなければあまり意味がないのですが」

「それでもですわ。 まあ、誰がこようと悉く討ち果たすのは決まっておりますわね」


 そう自信満々に袁紹、言う通り他の諸侯が組み襲ってきて、負ければ袁紹と董卓が酷い目に遭うので負ける気などさらさらない。


「……まあ、それほど時間は無いですが直せる所は直していかねばなりませんね」

「直せるところ? 袁紹の高笑いでもなおすん?」


 いつの間にか郷刷の傍に寄っていた張遼が、ヒソヒソと袁紹に聞こえないよう囁く。


「いえ、戦うとなったら重要なのは兵と拠点の防御と耐久力ですよ」


 つまり兵には調練を耐えられる程度に厳しくして、洛陽への進路上にある関の修繕など。

 僅かでも質を上げておいた方が良いと、そう郷刷は張遼に言った。


「それもそうやなぁ、そういえば兄さんの所の兵、随分と動くやないか」

「厳しくしておりますからね、……教導隊でも連れてきた方が良さそうですね」

「それは確かにな、もし何進軍の部隊を当てられたら悶えそうだよなぁ」


 文醜が言うとうんうんと顔良が頷く、袁紹軍の兵数は六桁に及び調練内容を手引き書として整えている。

 その中からより高みを目指す者に教える為、より厳しい訓練を実際に潜り抜けた指導する者が必要となる。

 そのため一番厳しい調練をこなした親衛隊の中から引き抜き、教える事が上手く精強な者で構成された調練のみを行う教導隊と言う物を創設している。

 つまり今の親衛隊は袁紹軍の選良兵団であり、教導隊も同等の位置にある精強なる部隊。

 それを貸し出し、兵の練度を高めようという案。


「まあそれは賈駆殿の考え次第ではあります、よろしければ色々と支援させていただきますが」

「そうね、ある程度これからの過程を決めておかなくちゃいけないわ。 周りを強くするというなら力を貸して欲しいわ」


 負けは負け、悔しくない訳ではないがある程度は任せられる。

 内政に関しても出来ると言う話もあり、文官としては文句は出ないだろうと賈駆。


「わかりました、詳しい話は後ほどですが、よろしくお願いします」


 そうして各々が挨拶を交わす。

 それは董卓と袁紹が生き残る為、二つの勢力が力を合わせ始めた瞬間であった。

軍師(笑)

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