攻城戦で考える各々の人
「報告! 袁紹軍が動き、曹操軍も動き始めています!」
「うそ、予想以上に早いじゃないの!」
孫策は驚きの声を上げる、甘寧率いるかく乱部隊を侵入させ、黄巾党の目を引き付けるため黄蓋隊が砦の前に進軍し始めると僅かに遅れて袁紹軍の陣地が動いた。
鎧を着込んだ兵が見る間に隊列を整え始めて、今にも進軍しそうな様子を見せていた。
「私たちが動くのを見越していたわけね、流石と言っておくべきかしら。 伝令! 黄蓋に袁紹に動きあり、早急に城へと取り付けと伝えなさい!」
「はっ!」
「もう一人! 周瑜に策の前倒しを行うと!」
「御意!」
急いで馬に乗って走っていく伝令を尻目に、孫策は号令を上げる。
「こりゃ離れて見てたら間違いなく置いてかれるわね。 孫策隊! すぐさま黄蓋隊に追いつくわよ!」
「応ッ!」
そうして進軍速度を上げる、城攻めは黄蓋に任せると言った手前、動き出している袁紹軍は本格的な城攻めの陣形。
数も多く黄蓋隊が包み込まれる可能性があり、続く曹操軍も孫策・黄蓋隊よりも大きい。
後方で黄蓋隊の城攻めを見ていたら間違いなく一足遅れるどころか、先頭の黄蓋隊に続いて袁紹・曹操軍の後になってしまう。
後に付けば先に頸を上げられる可能性が跳ね上がる、そんな拙い状況などごめんだと言わんばかりに孫策隊は速度を上げていく。
その速度を上げて進軍する孫策隊を遠目で眺めながら、曹操は腕組みして出陣準備完了の報告を待つ。
曹操としてはこの光景を見る事になるとは思っていたが、袁紹がここまで早く動くとは思って居なかった。
総大将である袁紹の事を考えれば最初に動く孫策に曹操軍、次いで公孫賛・劉備軍、最後に袁紹軍と見れていたが。
軍を動かすのは袁紹では無く、その軍師とも言える郷刷である事を考えれば少なくとも公孫賛・劉備軍よりは早く動くだろうと見ていた。
「……昼を完全に切り捨てた訳ね、随分と大胆、でも結果は英断」
曹操としては僅かながらであったが朝や昼に動く事も考慮に入れていた、だが郷刷は夜に動くと決断して孫策の次、大軍である事を差し引いても迅速に動きを見せる。
もし昼に動いていたら確実に遅れていた、その危険性を冒してまで決断したのは何か情報があったのか、それとも郷刷の先見の賜物かと曹操。
「華琳様! 出陣の準備が整いました!」
曹操の右腕たる夏侯惇の報告に、曹操は頷いて城を見据える。
城壁の向こうから赤い光ともうもうと上がる煙が上がっていた、孫策は見事中に兵を送り込み火計を成功させたようだと曹操は評価を上げる。
「春蘭、あなたが刎ね飛ばした敵大将の首、私の前に持ってこれるわね?」
「お任せ下さい!」
「期待してるわよ。 夏侯惇隊は城門が開き次第突入、敵大将の首を上げよ! 夏侯淵隊は夏侯惇隊が被害に遭わないよう城壁の弓兵を悉く殺し尽くせ!」
「御意」
曹操の左腕たる夏侯淵にも命じ、曹操は右腕を月へと掲げ。
「我らが曹操軍の精兵よ! この場で最も優れているのは誰か示す時が来た! この天下に見せつけよ! 愚かな賊どもの末路を! 全軍、出陣!」
意気高揚と声を高らかに、曹操は黄巾党殲滅の号令を下した。
「季衣、華琳様の事を頼むぞ! 夏侯惇隊は私に続けぇ!」
「右に同じだ、頼むぞ」
「はい! 任せてください!」
「うむ、夏侯淵隊は夏侯惇隊の援護に付く! 遅れるな!」
許緒の頷きに夏侯淵は笑みを浮かべて進み出す。
そうして曹操軍の二隊が勇み城へと駆け出していった。
「で、大将。 うちらは何するん?」
と曹操のすぐ傍に居た李典が曹操に問う。
「そうね、真桜たちには城から逃げ出してきた残党の処理をやってもらおうかしら」
「りょーかい」
「一人も逃がさず片付けるのよ、逃がして喧伝させるのも悪くは無いけど、ここは一人残さず殲滅した方がはるかに期待できるわ」
「えげつなー、まあ自業自得やな」
「はっ、お任せ下さい」
「頑張るのー」
李典、楽進、于禁がそれぞれ頷く。
「あ、でも大丈夫なんですか? 黄巾党は十五万って聞きましたけどー?」
「黄巾党の十五万は見てくれだけ、実際に戦えるのは半分以下でしょうね。 数だけの相手が砦に篭っているだけよ、と言っても侮れば痛い目を見る」
だからこそ私たち、玄胞や公孫賛・劉備軍も誰かが動く事を期待した上で待機していたと言う訳ね。
その結果、孫策が動いて今の状況よ、と曹操は周りに言い聞かせる。
「はぁーん、手柄を横取りっちゅーわけやな」
「城門を開けた手柄なんて誰も欲しがらないわ、欲しいのは敵大将の首だけ。 そういう理由で手柄の横取りと言う事にはならないわ」
「皆考えているんですねー」
「……華琳様、げんほうと言うのは?」
「袁紹の軍師、無能な袁紹の代わりに仕事の一手をこなしている男よ。 軍備、軍略、内政、殆どの事を判断して決めている、実質袁家の支配者」
「凄い方なんですね」
「始めて見た時は背が高いだけで冴えない男だったわ、実際は違ったようだけど」
へー、ほー、そうなんですかー、と頷きの声を曹操は耳に入れる。
「さて、玄 郷刷、あなたはどう動くのかしら?」
曹操は自隊を城へと寄せながら、袁紹軍を動かす郷刷の一手を予測していた。
そんな曹操と時を同じくして、郷刷は命令を出す。
「伝令。 荀彧、郭嘉、程昱の各隊は衝車を用い城門から右の城壁の上を確保、弓兵を悉く殲滅せよ。 趙雲隊は衝車隊が城壁の上の弓兵を片付けた後、衝車から城壁の上へと移動し地理を把握後、最短経路で進み敵大将の頸を取れと伝えよ」
「はっ!」
「あたいらはー?」
「弓兵は衝車隊に処理させますので、孫策・黄蓋隊の右に張り付いてください。 城門が開き、城内に入ったら手当たり次第黄巾党を討ってください。 一人も逃さずお願いしますよ」
「りょうかーい」
「左側の弓兵はどうするんですか?」
「それは曹操様がやるはずです、やらなかったら孫策・黄蓋隊がやるでしょう」
しなければ曹操様の隊は城内に入るのが遅れ、損害を受けるのは曹操・孫策・黄蓋隊ですからと郷刷。
「本初様は城門より半里ほど離れた位置に布陣していただき、逃げ出してくる黄巾党にその威容を見せ付けていただきます」
「我が袁家の名門精兵の素晴らしさ、説くと見せ付けてあげようではありませんか」
高笑いする袁紹、それに郷刷は頷く。
「さて、黄巾党を殲滅しましょうか」
そうして各軍が動き出す、黄巾党本隊を討ち取ったと言う功名を得らんが為に。
「あんなのまで持ってくるなんて、袁紹も本気のようね」
城門に近付きつつ当たる距離限界で矢を放ち、城壁の上に居る弓兵を射殺していく様を孫策は黄蓋隊の少しだけ離れた後ろで眺める。
左側面からは曹操軍、右側面からは袁紹軍、その間に挟まれる孫策の軍の正面は城門。
「もうすぐ城門が開く! 一人たりとも遅れるな!」
そう声を上げ、右から城壁の近付きながら矢を射る衝車を見た。
その背後には趙旗が翻り、その部隊はいくつかに別れ待っているかのように佇み、兵が何かを支えるように持っている。
「あれは……、梯子!? 本命はそっちで陽動にしたわけか!」
城門はそれほど大きくは無い、一つの部隊が通るだけで埋まるような幅。
となれば城門前に陣取る孫策軍が入り通るまで待たなければいけない、それを嫌ってか孫策・曹操軍を敵の分散に使って城壁から入り込む気だと孫策は見た。
「本格的に拙いわよ、早く開かないと先に頸を取られる……!」
そう呻く孫策を尻目に、袁紹軍の衝車隊、それに指示を出して黄巾党の弓兵を射殺していく軍師三人。
「焦る事は無いわ、しっかりと一人一人狙って撃ちなさい!」
「負傷した弓兵は直ちに交代を」
「矢の補充は絶対に忘れずにー」
衝車の射手台から次々と矢が放たれ、黄巾党が応射で撃ち返すも射手台前面を鉄で守られ矢を弾く。
矢を放つ一筋の穴からでなければ射手に当たらない為、一方的な射撃戦となっていた。
ばたばたと射殺され倒れていく黄巾党弓兵、それに慄き逃げ出す有様を見て射手台の弓兵が合図を出す。
「今よ! 梯子を掛けて侵入しなさい!」
合図を受け取った荀彧が趙雲隊に指示を出す、それを受けて待機していた趙雲隊は駆け出して城壁に梯子を掛け始める。
数人が城壁すぐ近くで梯子に結ばれた紐を引っ張り、城壁の高さより長い梯子を引っ張り上げて掛ける。
「趙雲隊よ、私に続け!」
梯子が掛かるなり、趙雲が待っていましたと言わんばかりに駆け出し、愛用の直刀槍・龍牙を片手に跳ねるように梯子を駆け上がる。
城壁の上に居た黄巾党の弓兵は、梯子を駆け上がってきた趙雲が一足で城壁を飛び越えたように見えただろう。
衝車の射手台から援護の矢が放たれ、次々と上り城壁の上へと集まる趙雲隊。
趙雲から見える位置には矢が届かない弓兵ばかり、衝車も城壁沿いに移動し始めて次々と矢を射掛け始める。
「絶景かな」
目の上に手を翳し日を遮って城内を見下ろす趙雲隊。
趙雲は敵牙門旗を確認し最短経路を見抜いて、振り向きざまに槍を掲げる。
「ここからは敵陣内、強かな抵抗も予想されるが所詮は賊よ! 我らが一番槍、敵大将の頸を取り最も精強である事を示そうぞ!」
趙雲隊は選りすぐりの精兵で構成された一隊、そんじょそこらの雑兵では相手にならない武を持つ者たち。
そしてそれを率いるのは神槍と名高い趙雲、慢心や驕りなく趙雲隊は鬨の声を上げる。
「進め! 我々の進む道を邪魔する党巾党は悉く討ち取らん!」
趙雲を先頭に、城壁の上を駆けて行く。
「さて、ここからは競争よ。 孫策、曹操両氏よ、私を独走させてくれるでないぞ」
趙雲は笑みを浮かべ、諸侯の名立たる武将に失望させてくれるなと呟いた。
趙雲が梯子を上るとき、趙雲隊と下に居た衝車隊は多分地面を見つめていたはず
劉備……?