今度は文官試験へと顔を出す人
これなら纏めてでも良かったか。
武官希望者とは別に、文官希望者の試験会場。
室内での筆記試験、その広々とした会場で250名もの人々。
ずらりと並べられた椅子と机、武官希望者とは違って静かに座っていた希望者たち。
その会場に入るなり視線を一身に受ける、玄胞は気にせず流し教壇の上に立つ。
「この度は袁家に仕官を望み、真に感謝いたします。 当方はこの袁家に仕え筆頭軍師を任せられている姓は玄、名は胞と申します」
外の広場とは違い、室内であるために音量を控えつつも奥まで通るように玄胞は話す。
名を聞いてざわりと会場が一度ざわめくが、言葉を発さず静かにして欲しいと一つ咳。
その意を汲み取り、たちまち会場からざわめきが消える。
「始めに、己の才を生かしてくれる主を求めている方々もいるやも知れません、ですが一つ言っておきましょう」
もう一度文官希望者を一遍して、強く言った。
「そんな志は才覚があってこそ、要らぬ高望みは身を滅ぼすでしょう。 当袁家は今光り輝く才覚を持ち、未来に花開く蕾と言う才覚を持つ者を求めています」
それ以外は容赦なく弾きます、と冷たく言い放つ。
玄胞の話を聞く中で気の強い者も何人か居る、一人の少女が立ち上がって玄胞を真っ直ぐ見据える。
「……ほう、これはこれは。 貴女は素晴らしい才覚をお持ちですね」
「うっ……」
立ち上がるなり言葉を発しようとした、まるで犬か猫の耳のようなモノが付いた頭巾を脱いだ少女は行き成り褒められて言葉を濁す。
玄胞は細めた視線のまま、文官希望者である少女の言葉を待つ。
「……貴方が噂に聞く袁家の支柱、玄胞殿であるなら少しは納得もできますが──」
「才を見抜き、十全に能力を生かす事が出来るかと、そう言いたいのですかな」
「その通りです、所詮噂は噂でしょう。 噂に名高い玄胞殿が今仰られた事が本当に出来るか否か、己の目で見届けなければ信じられる者は居らぬでしょう」
「では今それを証明しましょうか? 今この場で最も才と知を持ち得る人物を選び出して見せましょうか?」
それを聞いてざわりと、玄胞が会場に入って名乗りを上げた時よりも大きなざわめきが上がる。
「……本当に出来ると?」
「その前に、貴女の姓名を聞かせていただけませんか?」
貴女、と言い続けるのも少々会話がしにくいと玄胞。
「姓は荀、名はイク(彧)、字は文若と申します」
「では荀イク殿、こちらに来ていただきたい」
それを聞いた荀イクと名乗った少女は怪訝な表情をして、玄胞が立つ教壇の前に歩む。
「……これで宜しいかな?」
「……まさか」
机を挟んで荀イクを目の前に、玄胞は一言。
その言葉の意味を理解した荀イクは目を見開く。
「そのまさかですよ、今この会場で最も優れた才と知を持つものは貴女です」
起きるのはざわめきと、納得がいかないと不満の意思。
「他にも非常に優れている方もいらっしゃいます、そちらの眼鏡を掛けている方や、あちらの少々小柄な方も。 歴史に名を残すほどの英傑とお見受けします」
ですが、と一言区切り。
「今この場に居る皆様方で一番優れていると、私がそう思うのは荀イク殿、貴女です」
「……それは、証明とするには不適切と言わざるを得ませんが」
「そうですね、今試験を終了させ、私が才能ある者に声をかければ済む話でしょう。 ですが声を掛けられなかった他の方々は納得しないかと」
玄胞は荀イクを見た後、その背後、広々とした会場で椅子に座って話を聞く文官希望者を見る。
「ですからここで宣言しましょう、袁家の当主様より人事を一任されているこの玄胞。 今より行う筆記試験でこちらの荀イク殿よりも上回る成績を残した者は、その時点で袁家の仕官として登用させていただきます」
「なっ!?」
玄胞は少し笑って宣言、荀イクはそれを聞いて担がれたと悟った。
荀イクとて自信がある、そんじょそこらの庶人よりただ頭が回る程度の相手に負けるとは思わない。
玄胞の見る目が確かで、荀イクが最も優れているとすれば250名の中で最高の結果を出すだろう。
そこに荀イクを上回る成績を出した者を即登用と言う餌、肉体と違って知の限界は知り得ている数だけまでしか引き出せない。
受験者の最高を餌で計る、玄胞はその為にわざと荀イクを最高と言い立て煽ったのだと。
「荀イク殿、不満ですか?」
「当たり前でしょう!」
「そうでしょうか? 私は荀イク殿が最高の結果を出すと思っているのですが、それとも自分の才を誇示する事に遠慮を?」
うぐぐ、と荀イクは唸る。
才を示し、有能な主の下で遺憾なく能力を発揮したいと言う気持ちもある。
それなりに広まっている玄胞に、その才を見初められたと噂に上れば自身の能力を欲しがる者も出てくる。
その中に惚れ込んでしまうかもしれない才を持つ者が現れるかもしれないと、先見にて考える荀イク。
キッと睨む荀イクに、受け流して軽い笑みを返す玄胞。
「それでは席にお戻りを」
怒りに沸いたような表情のまま踵を返し、充てがわれている席に戻る荀イク。
「それでは始めます、終了時間は一刻、時が来れば銅鑼を鳴らしますのでその時は筆を置いてください。 それでは始め!」
一度銅鑼が控えめに鳴らされ、受験者たちが素早く筆を取って紙に書かれた問題を解き始める。
その周囲、部屋の壁際には複数の見張りが立ち、不正をしていないか受験者に注意を払っていた。
「それでは顔良殿、あの影が時間を指したら銅鑼を鳴らして紙を回収してください」
「はい」
「私はやり掛けの執務をこなして来ますので、終わったら人を遣わせて呼んでください」
顔良は頷いて玄胞を見送る。
はてさて、飛び抜けて有能な者が数人居るがどれだけ惹きつけられるか。
主以外で留まりたいと思う理由を作っておかなければ、と玄胞は自室兼執務室へと戻っていった。
荀彧はまだそこまで男嫌いってわけじゃありません、曹操と会う前ですので。