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悩みながらも進む人

 河南から帰還を果たし、黄巾党に襲われた街で程昱と合流して河北の街へと戻る。

 その後袁紹に街の復興に掛かる金額や資材などを纏めた報告書を上げる、勿論簡略にこれに使う金は幾ら、あれに使う資材はこれだけ、と言う具合に。

 別に難しく書いても袁紹が読めないというわけではない、文字を読めるし書けもするが読むのがめんどくさくなって放り出す時があるからだ。

 勿論その時は叱る事になるが、難しく書いて読むのに時間が掛かったり、途中で放り出して叱る事になるよりましなので簡潔に書くようにしているだけ。

 他の者が読む時にも時間の短縮になっている一因なので、今更止めるの止められないと言った状況だった。


 その報告書を袁紹に上げて、しばしの間仕事時間の延長や文醜や顔良との閨を共にする事の禁止などのお仕置きを言い付ける。


「な、なんですってぇ!? 安景さんの為にこのわたくしがわざわざ護衛を送って差し上げたと言うのに、なぜわたくしがお仕置きをされなくてはなりませんの!」

「その心遣いには感謝しております、ですがそれとこれとは話が別です。 本初様はこの袁家になくてはならない存在、だと言うのに守りを薄くするとは何を考えておられるのですか!」


 郷刷としては確かに嬉しい、主は我が身を案じて下さるのかと胸が熱くなるが。

 そのために自身より重要な袁紹の身を危険に晒すとは、嬉しさよりも悲しみや怒りの方が大きく沸き立った郷刷。

 語尾を荒げて袁紹に問いかけ、優先順位を考えろと強く言う郷刷。

 その滅多に見ない郷刷の怒る姿と声に袁紹は驚くが、元の気性か反論しようとするも。


「本初様、どうか私の意を汲んでいただけるよう願います」


 制するように素早く膝を着いて頭を垂れる郷刷。


「我が身は本初様あっての物、本初様が居なければ我が命はこの世から疾うに去っておりました。 本初様が居てこその我が命、本初様が居なくては私が生きる理由は無いのです」


 ですから、何卒御自愛くださいませ。

 そう身を切るような声で袁紹へと切実に願う、それを前にして袁紹は反論しようとして開いた口を閉じた。

 郷刷が言い切り、袁紹が口を閉じてからたっぷりと三十秒ほど。


「……しかたありませんわね、安景さんにここまで言われるのでしたら、寛大な心を持って受け入れるのがこの袁 本初ですわ!」


 自信満々にそう言う袁紹、その言葉を聞いた郷刷はゆっくりと立ち上がる。


「感謝いたします、これからは今回のような事は絶対にお止めください」

「不本意ですけど、しかたありませんわね。 安景さんのお願いなのですから、聞いてあげなければ名門名家の袁 本初の名が廃りますわ!」


 口元に手を当て、おーっほっほっほっほと高笑いをする袁紹。

 郷刷もそれを眺めて笑みを浮かべて一言。


「では後四刻、こちらの採決をお願いします。 それと夜は一人で寝てくださいね」


 そう言って笑みを浮かべたままの郷刷、言われた袁紹は高笑いを止めて石化した。







 郷刷は固まったままの袁紹を起こし、椅子に座らせ机に向かわせて筆を握らせる。

 そして目の前に紙の束を置いて袁紹の部屋から出て行った。

 今頃は一人文句を言いながらも筆を走らせているだろうと郷刷。

 そのまま自室に戻り、話を聞きたいと客将の四人と顔良を呼ぶように遣いを出す。

 文醜を呼ばないのは居てもあまり意味が無いからで、今郷刷が求めているのはそれなりに頭が回る者たち。


 郷刷としても天の乱れを象徴するような乱、こと袁家領内での乱の見通しは既に出来ている。

 欲しいのは郷刷が考えた見立てを第三者、あるいは俯瞰的に見る者たち。

 一人の限界点など高が知れている、人は群れてこそ真価を発揮する存在だと郷刷は考えているからだ。

 そんな事を考えつつも、やるべき仕事をこなしながら五人が来るのを待つ。

 一分、二分と時が立てば一人二人と現れ、戸の向こうから声が掛かる。


 郷刷は招き入れ、他の方も着ますのでもう少しお待ちをと断る。

 それからまた数分とせず五人が郷刷の部屋に集まった。


「お呼び立てして申し訳ありません、こちらから押し掛けるのも礼を欠きますので」


 それなりに広い、と言っても竹簡が三、紙の書が七と言う具合に部屋の半分ほどを埋めている為に本来の広さは感じられない。

 その郷刷の部屋に六人、郷刷を支点に扇状に座る五人。


「男が女の部屋に押し掛けるのは一つしかありませんからな」

「あいにくとまだ日は高いのです、それにはまだ早いのですよー」

「二人とも、そんな話をしに来たんじゃないでしょ!」

「………」

「安景さん、一体何を聞きたいんですか?」


 ふざける趙雲と程昱、それを咎める荀イクに無言で鼻血を垂らす郭嘉、最後に呼び出したことに疑問を掛ける顔良。


「皆さん聞いているかと思われますが、大陸全土で発生している賊、黄巾の乱なのですが」

「ふむ、黄巾党か。 蒼天は死に絶え、今こそ黄天が立つと言うのでしたかな?」

「ええ、と言っても袁家の領内で蜂起は見られていませんので、来るとしたらこの前のような国境を越えてと言う可能性でして」

「蜂起が見られないって、本当にここだけ別世界のような気がするわ」

「不満が有るから立ち上がっている黄巾党なのですから、それが無ければ立つ意味が無いですからね」

「はい稟ちゃん、ちーん」

「……ちーん、それだけ玄胞殿の政策が優れていると言う事でしょう。 お金は掛かりますが非常に機能的ですので、必要とする費用が抑えられれば瞬く間に広がってもおかしくは無い政策です」

「金の有無で決まる事ですから、それよりも今この時点で行う対策について意見が欲しいのです」


 そうして郷刷は話し出す。

 まずは国境警備隊の強化に各街の防衛力強化、防壁が無い街なら防壁の築造など。

 黄巾党が入り込んできたら討伐の為に必要となる兵の徴兵や調練、装備の手配。

 そしてその軍が動く為に兵糧の効率的な運搬方法など、郷刷が考えている事を聞かせる。


「……うーん、私が居る意味あるのかなぁ?」

「ありますよ、私が居なければこれらは顔良殿がやっていたのですから」


 顔良は武将寄りではあるが、文官としてこなしていけるだけの能力はある。

 言った通り郷刷が居なければ、袁紹は顔良に多くの事を押し付けていただろう。

 そしてその顔良の性格からして断れず、様々な担当を兼任して苦労していたはず。

 ちなみに今郷刷が袁紹から任せられている担当は、内政と軍備の政務、兵站、戦における作戦参謀など。

 流石に袁紹自らしなければいけないものはやっていないが、袁家に係わるおおよその事柄は郷刷に行き着いて袁紹の裁定を待つことになる。


「ええー!? そんなの無理ですよー!」

「いや、実際にやれと言ってるわけではないのですから」


 郷刷がやっている事全てを顔良がやっていたかもしれないと言う事だけ。


「……そうね、軍備と内政に文句を付けられないけど、気になるのは情報の伝達ね」

「と言うと?」

「この前の賊は直接あなたに来たんでしょう? 軍勢ならともかく賊程度なら街単位で判断して、一番近い街に増援を送ってもらうという事も出来たはずだと思うけど」

「……なるほど、確かにそうですね」

「いかにお兄さんがやり手だとしても一人に集中し過ぎだと思うのです、若い身空とは言えお兄さんが居なくなった時の事を考えておかなければいけませんよ?」

「そうですね、考えてはいるのですが……」

「一角の者が少ないとは言え、それほど頻繁に現れる人たちではないのでもっと他の者でも扱えるようにすると言うのは?」

「確かに安景さんが居なくなると皆困るような形な気がしますね」


 そう責められ、一人唸る郷刷。


「別に安景殿は他の者が信用できないと言う訳では無いのでしょう? 人を見る目があるのですから、この際後継者と誰かを見繕うのはいかがか?」


 考えていない訳ではない、だが手も出しても居ないと言う状況。

 これには郷刷の思いが関係しており、そうして本当に良いのかとあぐねいている。


「……これについては私自身で考え決めます、今は黄巾の乱の対策に穴が無いか聞きたいのです」

「そうね、その他の考えとしては賛同するわ」

「私も、不備は見当たりませんし」


 案としては妥当の物で、文官三人と武官二人はそれで問題は無さそうと言う。


「……分かりました、話を聞かせて頂き有難うございます」


 その後は軽い雑談、趙雲と程昱が荀イクをからかったり。

 袁紹の話になって、閨で顔良が可愛がられている話で郭嘉が鼻血を吹いたり。

 それなりに友好を深めている五人を見つつ、郷刷は女三人寄ればなんとやらと考えていた。

 その雑談も終わってそれぞれが部屋に戻る、その中で仕事をしながら黄巾の乱の先を考える。


 際立つ英傑たちはどのように動くのか、群雄割拠ともなれば動かずには居られないだろう。

 郷刷が昔に会った曹操や、袁術の下に居た孫策など。

 危険な輩はそれなりに居る、時が進めばさらに増える事も十分ありえる。

 となるとやはり後の事も考えねばならないか、趙雲たちに指摘された後進の者。

 人とは私利私欲を持ち、郷刷が袁家で台頭してきた頃に居た、賄賂を受け取り袁家の金を横領していた者たちの様な輩になるかもしれないと言う危惧。


 それが無ければ喜んで育てるのだが、今のところそのような人物はお目に掛かれた事は無い。

 郷刷が望む後継者に一番近いのは程昱だが、何れ袁家を出て行くであろう人物だから乗せる訳にもいかない。

 勿論袁紹が何らかの理由で亡くなってしまえば全ての問題は解決する、袁紹が居ない袁家など知ったことかと郷刷は遠慮なくその後を追う決心が疾うの昔に出来ているからだ。

 だがそれは郷刷にとって一番避けるべき事、袁紹を争いなどで死なせたくは無いという気持ちが非常に大きい。


「……儘ならないな」


 少し理想を持ちすぎているのかもしれない、と郷刷は椅子の背凭れに背を預けて天井を仰いだ。

むずかしい

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