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帰りながら練る人

「金五千、ですか」

「うむ!」


 郷刷の呟きに、袁術が自信満々で頷く。

 大金だ、これだけ有れば何人の人が腹一杯の食事を毎日毎日、何年も食って過ごしていけるだろうか。

 それでも黄巾党が襲い掛かった街が被った被害からすれば、圧倒的に足りないと言える。

 始めに想定した賠償、河南から河北へと人員の移動。

 それでなければ決して埋めることは出来ない、『数千の亡くなった者たち』。


「……分かりました、金五千を賠償として受け取らさせていただきます」

「玄胞よ、麗羽お姉さまへ良きに計らえ!」


 玉座の間、袁術と張勲と郷刷。


「はっ、それともう一つだけ」

「ま、まだ欲しがるのか!?」


 その言葉に、金五千は捻出した物だと理解できた。


「いえ、こちらは忠告です。 あまり重税を課さない方がよろしいかと」

「なんじゃ、玄胞はわらわのことまで口を出してくるのか!」


 郷刷が袁紹に対して一言諫言を出している様を袁術は何度か見た事がある。

 今郷刷が言ったようにたった一言、『それは止めた方が良い』と。

 袁術のお付きの張勲が普通であれば皮肉とすぐ分かるような言葉を袁術に掛けても、理解できず褒め言葉と認識する。

 思考が未熟で、馬鹿にするような言動をとっても区別を付け難いと言う点があるのに、郷刷の諫言の一言が非常に耳障りに感じる袁術。

 実際その諫言後、袁紹が酷い目に有ったのを見て笑い飛ばした事がある。

 その酷い目が自分にも起こるのではないか? とおかしな直感を感じたのかもしれない。


「不快を感じられたのなら真に申し訳ありません、ですが本初様も私も、公路様が健やかに居られる事を望んでおります」


 もし何かが公路様にあれば、多くの者が悲しみますゆえ、と郷刷。


「むむむぅ……」

「張勲殿も、そう思われませんか?」

「もちろんですよ! 美羽様が居なくなったりしたら泣いてしまいます。 美羽様のあんな姿やこんな姿が見られないなんて……」


 よよよとその場で崩れ落ちる張勲、袁紹に心服する郷刷と同じように、袁術に心服する張勲。

 一見他者が見たらその演技染みた言動にふざけているのかと思うだろうが、郷刷から見れば真に心酔していると分かっているのでなんとも思っては居ない。

 もとより張勲とはこのような人物で、袁術の為ならなんのその、勿論限界はあるが袁術の為ならば最大限に尽くす存在。

 能力や性別を除き、郷刷との違いはそんなに無い。

 主の為ならえんやこらさっさ、邪魔になる相手を排除する事を躊躇わない。


 その中で二人を分ける違いと言えば、郷刷はただ甘やかす事はせず時折諫言で窘めている事。

 一方張勲は只管甘やかす、その結果が袁紹以上の、我侭言いたい放題の袁術であった。

 とは言え、そんな袁術でも孫策の謀反の際死んだとなれば少々面倒臭いことになる。

 袁術は間違いなく汝南袁氏の血族、袁紹の従姉妹に当たる為、袁術を討ったとする孫策に対して兵を挙げるかもしれない。

 郷刷としては孫一門を討つ事は吝かではない、だが直接孫策を観察して思うのは、戦うことになれば梃子摺ると判断した。


 出兵したとしても他の諸侯の領地を通る必要があり、勿論快く通過することを認めはしないだろう。

 気を良くしてもらうために贈り物は必要であろうし、通過途中で反転してこちらに襲い掛かってくるのではと考え絶対に通さないと突っぱねる可能性も大いにある。

 そう言った好ましくない状況を避けるため、郷刷は諫言に張勲を巻き込んで進言した。


「七乃もそう思ってくれているのか! じゃが税を軽くすればハチミツ水が飲めなくなるではないか……」


 蜂蜜は嗜好品と言う面が非常に強い、生きる為に絶対必要と言うわけでもなく、蜂蜜を取る際には命がけにもなる。

 さらに効率的な採取の方法もない為に、手頃な大きさの桃が五個入るだけの甕に満杯に入った量でも馬鹿らしいほどの値段となる。

 それを知ってか知らずか、少し気落ちした袁術が呟く。

 それがいけないのだと郷刷は内心呟く、やはり袁術は統治者たる器ではない。

 窘めなければならない張勲も、そのような気が無い事は意見で分かる。


「美羽さま、玄胞さんの言葉を聞いておきましょう。 美羽さまが居なくなったらみーんな悲しみますし、美羽さまも死にたくはないでしょ?」


 郷刷の諫言に後押ししてくる張勲、言葉の一部には思いが込められている。

 郷刷の言葉を推してくる理由を張勲は間違いなく理解している、だからこそ袁術に助言を行う。


「むむむ、わらわも死にたくないのじゃ!」

「具申を聞き入れてもらい真にありがとうございます、それでは私はこれで。 後日任書を持たせた受け取りの者を送らせていただきます」


 そう言った郷刷は早々と玉座の間から退出して行く。

 それを見送った袁術と張勲は。


「……七乃よ、ほんとうに玄胞の言うことを聞くのかの?」


 どうにもハチミツ水を飲める回数が減ることに不満な袁術。


「はい♪ 確かに玄胞さんの具申を聞きましたから」


 胸の前で指を組む張勲の言葉に、袁術はがっくりと肩を落とす。


「いやじゃのぉ……」

「美羽さま、勘違いしちゃ駄目ですよ。 確かに玄胞さんのお話を聞きましたけど、誰もそうするなんて言ってませんよ?」


 あくまで聞いただけで、減税を行うと言っていないと張勲。


「ならば今までとかわらないと言うことかの?」

「そのとーり、美羽さまはそのままでいいんですよ♪」


 笑みを浮かべて張勲、袁術は合点がいって嬉しそうに笑う。


「なーんじゃ、玄胞の言うことはいっつも当たっておったからの。 七乃が言うなら今回は外れるとな」

「え? ……いつも当たってる?」

「うむ、玄胞が麗羽お姉さまに高笑いをしながら歩くのは止めた方が良いと言ってな、それを聞いても止めなかった麗羽お姉さまは小石に躓いて盛大に転んだのじゃ!」


 他にも他にも、と袁術が指折り数えで郷刷が諫言して袁紹が遭ってきた酷い目を笑いながら話す。

 その些細な酷い目の連発の諫言を聞いて、一瞬過ぎった悪寒が気のせいだと考え直す張勲。


「それなら大丈夫ですね、美羽さま♪」

「じゃの!」


 二人して郷刷の諫言など気にすることはないと決め付け、玉座の間で笑っていた。

 そして袁術が語る諫言の中には、税の管理が含まれていることを袁術は知らなかった。









「……と言うようなやり取りが行われているかもしれませんね」

「まさか、そのような……、ありえるか」


 使者としての役割も終わり、郷刷と趙雲、親衛隊の面々は馬に乗って河北への帰路へ着いていた。

 その上で郷刷が居なくなった後の玉座の間にて行われたかもしれない会話を予想していた。


「私の言葉を聞いて減税するも良し、しなくとも良し。 結果が現れる時間が前後するだけですので、私としてはどちらでも良いのですよ」


 郷刷の中では袁術が太守の座から転げ落ちることは既に決定済み、今考える問題はその事ではない。

 考えるのは謀反が成功した後の事、己の欲望を優先し民を虐げ贅を尽くす袁術は孫策の手により討たれるか否か。

 つまり袁術の生き死にである、郷刷の目の前でそれが行われるなら止めるが、間違いなく郷刷の目の前でそれは起こらない。

 だから孫策に出来るだけ殺さないでくれと言った、もしそれが叶えられ放り出されたら回収する手筈を踏むことにしている。

 以前よりあまり甘やかすのはどうかと張勲に言っていたが、聞き入れていない事は現状で証明されている。

 孫策が民意を受け殺さなくならざるを得ないなら郷刷はそこで諦める、袁術はそうされても仕方がない状況へと自ら追いやっているからだ。



 そうなったらなったで予想した出兵の可能性もあるので、やはり死んで欲しくはないなと郷刷は思う。


「忠告も出しました、そうなったとしても文句は言えないでしょう。 ……いえ、袁術様は言うでしょうが」

「仕様が無いと言うことですな、しかしまあどのように育てばそこまで我侭になるのやら」

「簡単ですよ、他者を考慮せず褒めたて欲しがる物を与えるだけです。 それを行っている張勲殿も同罪として討たれる事もありえますな」


 うん、と頷き細作を増員しておいた方が良いか、戻るなり目をより強く光らせることを考える郷刷。

 機を見るに敏としなければ置いていかれる、あらゆる事に対して情報とは非常に重い。

 知るか知らないか、たった一つの些細なことを見逃して滅ぶことも有り得るからだ。

 戦いとは得物を持った人のぶつかり合いだけにあらず、目に見えぬ水面下の戦いも戦場以上に激しい戦いとなる。

 それを制し、物事を有利に運ぶ者が勝者となるのだと、これからの世に重要となる事に思いを馳せる郷刷だった。

袁術&孫策はこれで終わり、次からこそ黄色い頭巾の賊たち

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