座って語る人
「はぁ?」
何言ってるのあなた? と言いたげな、上手く爆弾を受け流す孫策。
「まあそう反応するのが当然でしょう、私は袁家所縁の者ですし」
玄胞はその様子を見て、ごく当然とそう反応すると確信して頷いていた。
「予測としては袁術様が私に探ってくるように命じた、とでもしましょう。 そう考えて、袁術様と張勲殿がそれを思いつくと思います?」
「……ちょっと待って、玄胞殿は一体何がしたいわけ?」
行き成り尋ねてきて、少し言葉を交わした後に普通出ないだろう言葉を吐いた玄胞。
下手をしなくても侮辱されたと怒り、剣を抜き斬りかかられてもおかしくは無い言葉。
だが孫策からすれば吐いた言葉より、謀反を起こすと至った玄胞の思考が気になった。
「ああ、そうでした。 この度私は我が主の袁紹様より、袁術様から賠償の交渉役として遣わされた使者でございます」
河南で発生した賊が北上し、河北まで至って袁紹が治める一つの街に襲い掛かったと、その被害の賠償と警告を兼ねた使者と玄胞。
「……よく辿り着けたわね」
「はい、正直私としても驚きました。 まあ数が数ですし、河北へと辿り着いてもおかしくは無いのですがね」
「どれくらい?」
話逸らしのついでに、興味心で孫策は尋ね。
「賊が七千ほど、大半が頭に黄色い頭巾を巻いていたのですが」
「なるほど、黄巾党ね」
孫策は合点がいく。
大層な思想を抱え、実際には略奪や強盗、容易く殺人を犯すならず者が集まる一団。
初期には高潔な思想があったのかもしれないが、今では醜く膨れ上がった豚のような集団。
逆に言えば悪人が隠れ蓑にしているとも考えられた、そう考えたとしてももうどうにもならない状態。
河南で発生した賊、黄巾党が河北に向かったのはより多く奪えると判断した為だろうと孫策は考えた。
「黄巾党? なるほど、一時的に黄巾賊と名付けていたんですが間違ってはいなかったのですね」
孫策の言葉を聞いて一つ頷く玄胞。
「知らなかったの? 黄巾の乱って言って全土に広がってるわよ?」
詳しい一報が全土に走ったのは玄胞たちが河北から出た後だった。
知ろうにも少数で河南へと向かっている最中、情報を届ける者が居ても玄胞たちが今どこに居るのか分からないので結局は知れなかったが。
「ああ、そうなのですか。 別段気にする事でもないですが」
「……本気?」
「捕らえた黄巾党の者たちは大体が今の生活を苦にしてなった者たちでした、まあ元から悪人も居ましたが、それから考えるに生活が苦しくなければ黄巾賊になる必要がないと」
そう考えているのですが、と玄胞。
確かに仕事と食べる物と雨風を凌げる住居を持つ、今の生活に満足している者たちがわざわざ犯罪を犯す理由が無いと頷く孫策。
特に袁紹の領地は富んでいて、国境を挟んで隣の街とは雲泥の差があった。
黄巾党なる者が街で呼びかけても満足している庶人たちは反応しないし、呼びかけた者は罪の無い庶人を危険な目にあわせようとしたとして警邏に取り押さえられるだろう。
「衣食住を持ってして、それでも犯罪を起こす者は心を病んでいる者でしょうか、一般的に犯罪と言われる事を犯罪と思えない人たちかと」
「では、玄胞殿は黄巾党を予見して事に至ったのですか?」
「いいえ、もとより何年も前から世が乱れてきていました。 天の乱れと言って結局動かすのは人なのですから、その人を動かす物を用意出来れば乱れなく人は動ける」
いえ、違いましたね、と自ら否定の言葉を吐く玄胞。
「天を乱すのは人であり、治めるのも人。 ですがそれを成す為には並大抵の人物では不可能……」
「つまり天が乱れるのは……」
人の所為であり、才覚を持つ英傑の所為と。
「馬鹿な、世が乱れるのは愚者が権力を掴もうとする行いの所為であろう」
「愚者であろうと才覚を持つものは英傑、今の宦官はまさに才覚を活用した者たちの良い例でしょう。 謀に頭角を現し、人心掌握に長けた者たち」
乱れるのも治めるのも、それなりの才を持つ者たち以外にありえないと玄胞。
「清廉高潔、良いでしょう。 だが今の黄巾党を見れば理解出来ましょう? 人を動かすものが必要なのもまた人、人は誰かと寄り添わなければ立てないのです」
人の世の中は無数の人で出来ている、如何に優れていようと人一人では何事にも限界がある。
だからこそ英傑は人を惹き付け、一団となって動く。
だが常に清廉高潔のままではいられない、様々な思惑を持って一団と動けば清濁併せ持つものになる。
流れる川は常に清流にあらず、外因で雨が降り地が緩めば濁流となって流れる。
実際の川とは違い、一度濁流となれば清流に戻る事は難しい、黄巾党ほどの規模ともなればなおさら。
「……へぇ、面白い考えね」
「何時の世も才覚ある者が多くの者を動かす、この度の天の乱れで世を動かす者たちの一人が孫策殿、貴女だと思いまして」
「おだてても何もでないわよ?」
「簡単に出るようでしたら失望いたします。 独立の機会が迫る中、障害になる側に近しい者へと話すなどと考えられません」
笑みを浮かべて孫策を見る玄胞。
それに対して孫策も笑みを浮かべて返す。
「孫策殿」
「なに?」
「今私の事を葬ろうと考えましたね?」
玄胞は微笑み、まるで談笑をしているかの如く言い放つ。
「何言ってるのよ、どうして貴方を殺す必要があるのよ」
「危険だと感じたでしょう? 孫策殿の邪魔になると、勘が囁いたのでは?」
「まさか」
半笑いで何を言ってるのかと孫策、周瑜は最初から硬い表情のままで玄胞を見ている。
玄胞も笑みを浮かべて孫策を見ていたが、不意に笑みを消して真顔になる。
「危険視してもらった所で本題を話しましょう、できるだけ袁術様を早く蹴落としてください」
「だからぁ……」
「このままでは河南の民が持ちません、黄巾の乱の例もありますし近いうちに河南で大規模な蜂起が起こるかもしれません。 私としてはまた黄巾賊が群れをなして河北に向って来られるのは迷惑な事この上ないのです」
ですから今回の賠償、全て貴方方に寄付しますので、と玄胞。
「……自分が何を言っているのか分かってるの?」
まさしく謀略、知られれば今の地位から一気に転落してもおかしくは無い話。
むしろ弱みになって漬け込まれかねない、それを理解しているのか平然と話を続ける玄胞。
「独立する時期が悪いのでしょう、私としては早期に独立していただきたいのですが。 ああ、それと謀反が成功した際に、できるだけ袁術様を殺さないでおいて欲しいのです」
あのような方でもそれなりに気に入られていますから、そう助命の願い出。
「……話になってないわよ、これ以上続けるんだったらお帰り願うけど?」
「流石に兵は貸せませんが、金や兵糧などは支援させていただきますが」
「……誰かある、お客様のお帰りよ」
「そうですか、それでは失礼します。 ささ、子龍殿も」
「あ、ああ」
怒涛とも言っていい会話に、気を抜かれていた趙雲が立ち上がる。
「必要だと思ったなら、私宛てに一言『約束』と手紙を書いて送ってもらえれば即座に送りますので」
一度頭を下げて出て行く玄胞、それに続いて趙雲も頭を下げて部屋を出て行った。
それを見送った二人はそれぞれの感情を表情に張り付かせていた。
「……何あの人」
「分からん、だが危険な人物と見て構わないだろう」
自らの危険を冒してまで孫家に謀反を勧めてくる男。
何故そこまでするのか、二人には話された内容が真実かどうか分からない。
言葉通り河南の民を心配して? それとも黄巾党がまた河北に侵入してくるのが嫌だから?
あるいは懸念通り袁術の探り? 前者二つより後者の方が信憑性があるのは確か。
謀反を勧めてくるに当たって玄胞に利点が見えてこない、むしろこの話を切り出してきた時点で欠点にしかなっていない。
「……とりあえずは受け取れないわね」
「ええ、受け取れば何をされるか分かったものじゃないわ」
下手に受け取って袁術が難癖つけてきたら堪ったものじゃないと孫策。
おかしな行動をする玄 玄胞に、怪しく変で何を考えているのか分からない男と評価する二人。
「……あの男に細作を放つか」
「明命でも付けてみる? 思わぬ情報が手に入ったりして」
「考えておくわ……、全くこの時期に余計な……」
おかしな言動を起こしていった玄胞に、周瑜は頭を悩ませる。
そんな周瑜を眺めつつ、あの男に手を出すのは危険だと勘が囁いているような気がした孫策だった。
一方、玄胞に惑わされる二人を他所に袁術の城への帰路。
馬に乗って進む玄胞と趙雲、それと護衛の親衛隊。
その中で趙雲が玄胞に向かって疑問を投げかける。
「安景殿、あのような物言いで孫策殿たちが動くと? 警戒して動きを抑えるのでは? いや、そもそも切り掛かられていても不思議ではありませんぞ」
そう言いながらも孫策が斬り掛かってくるような素振りを見せなかったので、趙雲は黙して言動を目に収めていた。
確かに孫家へと向かう前に玄胞が言った、悪くないだろう体験は出来た。
客室で足を組みゆったりと座る孫策には、どこか言い知れぬ迫力があった。
玄胞と孫策の会話の中で出た、『世を動かす者』と言う言葉の意味を理解できた。
あれが王才、多くの者に傅かれる、頂点に立つであろう存在。
「その時は孫一門が滅ぶだけです。 それを行わなかった今、間違いなく動くでしょうね、今回の事で私に対し細作を送り込んでくるかもしれません。 いえ、もう送っているかもしれませんが」
玄胞としてはいつか必ず孫家は独立を果たすと見ている、それが早くなるか遅くなるかの違いでしかない。
ここで予想を裏切って動かないと言うのも玄胞にとって悪くない、独立が遅れれば遅れるほど他の勢力が伸びて抗い難くなるからだ。
今回の発破は恩を売る為と言うよりも、玄胞が孫 伯符なる者を見極める為にやった事だ。
それに恐らく軍師と見て良い周 公瑾も観察する事が出来た、彼女も素晴らしい才覚の持ち主だと玄胞は見抜く。
「世の英傑たちが蠢き始めている、黄巾の乱もありますから間違いなく天が乱れるでしょうね」
「……安景殿の考えが全く分かりませぬな」
「私だって子龍殿の考えは分かりませんよ、もし簡単に分かり合えるとしたら世の中太平となるか、途轍もない規模の戦乱にでもなるでしょうな」
人にはそれぞれ思惑がある、それが透けて見えれば起こるのは一体何か。
恐らくは戦乱になる、人の欲が透けて見える時、何を考えているのか分かる。
自分を打ち倒そうとしている、その前に相手を倒してやろうと。
不審が不信を呼び争いへ、他者の欲を認められる者か、よほどの清廉高潔な存在でないと人は群がらないだろう。
そう考える玄胞はその両方ではない、偏った俗物。
「帰ったら触れを出さなくてはいけませんね」
結局は己の欲望に忠実な一人の男、玄 郷刷であった。
めいりんがぜんぜんしゃべってないね