頭があれな人たちと話す人
がんがんいこうぜ
「まったく、こうも世の中が乱れているとは」
唐突に現れた頭に黄色い頭巾を巻いた男たちを、趙雲は遠慮なく叩きのめす。
最初に叫んだ男が気絶する前に言った言葉は『身ぐるみ置い』だった。
十人くらい居たが、世に名立たる英傑になるであろう趙雲と、鎧を脱いで身軽になっている親衛隊の五人に瞬く間になぎ倒された。
郷刷はこの中で一番弱いのでやることもなく、とりあえず周囲を見回して他にも居ないか警戒していただけだった。
「しかし、乱れた世にこそ子龍殿のような方が光輝きやすい。 それはそれで悲しい事ですよ」
趙雲が持つ武が光る世界とは何か、それは他者と対峙し打ち倒す世界。
例えば近いうちに恐らく来るだろう天が乱れる時、野心を持ち天下に覇を唱える者が立つ時。
自身がその覇を唱える存在になるか、あるいはその存在に付き従って主の覇を成す為に手助けをするか。
郷刷が悲しいと言った事は天下に覇を唱える者やその手助けをする者の事ではなく、それに巻き込まれる者たちの事だ。
下手に庶人を戦禍に晒さず軍略と内政の均衡を上手く取れる者ならそれほど不満は起きないだろう、問題は均衡を取れず片方に傾けてしまった時だ。
「民が悲しむと、袁紹殿の領地では真そのように思えませんな」
「国があって民が居るのではありませんからね、それが分からない内は誰であろうと愚か者です」
「では安景殿は賢者と言う訳ですな」
「賢者であろうと限界はあります。 出来る事と出来ない事は明確に区別し、適した役割を全うすればこうなる訳ですね」
趙雲と親衛隊の五人が馬に乗り、進み出しながら郷刷は答える。
「私が案を作り上げ、それを実行する為の資金を出したのが本初様。 どちらかが必要なモノを持っていなければ、領地のあの光景はありえませんでしたよ」
「適材適所、か。 武官と言えば先ほどのように得物を振るう事が本懐ですが、太平の世となれば武の有り難味は薄れよう」
「……子龍殿からすれば私の考えは不本意かもしれませんね」
「それはどういう?」
「確かに武は振るってこそだとは思いますが、それは最初だけで良いと思っています。 ……例えばですね、袁家に一騎当千の趙 子龍ありと喧伝出来、それが抑止力となれば文官としては言う事無しでしょう」
噂通りと知らしめる為の戦いは必要、だが何度も戦いに明け暮れるのは命を失う可能性もある。
最初に優れた武を持つということを示し、その後はそれを盾に相手を牽制する事が望ましい。
確かに最も武が輝くのは戦場だろうが、何も活躍の場はそこだけではない。
警邏や賊退治でも武を振るえる、より高みを目指すと言う事なら話は変わってくるが。
「なるほど、つまり讃えられると言う事ですかな」
「ええ、勿論今の話は不穏の影など無い太平の世であった時と言う、非常に難しい前提でしょうが」
「安景殿はこれより天が乱れると?」
「間違いなく」
「その根拠は?」
「……時が来るまで誰にも言わないと秘密にしてくれるなら」
「しましょう、この趙 子龍、誰であろうと他言しないと誓いましょう」
それを聞いた郷刷は、周りの親衛隊にも絶対に喋らないで欲しいと言いつける。
親衛隊の面々はしっかりと頷く、それを確認した郷刷は口を開いた。
「……帝は長くはないでしょう、その後に起こる後嗣争いで天が乱れるかと」
それを聞いて趙雲と親衛隊の面々にそれぞれに驚きが顔に表れる。
「……それは真ですかな?」
「これでも宮廷と繋がりがあるのですよ? 信頼できる情報ですので間違いである事は低いでしょう、私としては後嗣争いだけで留まれば良いと思っていますが」
「二人の後継……、そういう事ですか」
後嗣争いとはお互いが幼帝を仰ぎ、傀儡として操って権力を握る事を主とする。
その後嗣争いに勝利する為には後援する劉の血筋を持つ皇太子を帝位につける必要がある、凌ぎ合って帝位に就ける際に最も簡単な手が一つ。
「謀殺……、それが両方に起こり得ると」
「最悪の予想ですね、これが起きれば間違いなく歴史に残る戦乱になるでしょう」
後嗣争いなど目ではない、数え切れない死者が出るでしょうと郷刷。
「正直に申しまして、宮廷の謀略事は簡単に手を出すべきではない事ですので見過ごす事になりましょう」
「知られれば目を付けられますからな、安景殿にとっては避けるべきことでしたか」
力が衰えているとは言え、未だ漢は存在して諸侯は皆漢王朝の臣下。
宦官が専権を振るい、帝の名を使って勅命を出せば絶対に抗えない強制力を持つ。
袁家が宦官を廃そうと動いていることに気が付き、諸侯に袁家は帝に叛意有りと出されればその瞬間全ての諸侯が敵になる。
袁家を、袁 本初を守りたい郷刷にとってそれは非常に拙い事、故に干渉は細心の注意を払い、成功すると確信した時でないと絶対に手を出さない。
未だ宦官を廃せない理由はそこにある、簡単に手を出せないのは宦官たちも謀殺を狙われていると知っている為に守りを万全に固めているからだった。
「避けれるのでしたら避けたいのですが、擦り付ける相手にも悪いですからね」
「……それは?」
言葉の意味が分からないと、趙雲は郷刷の問うが。
「これ以上は流石に」
「客将が知るべきことでは無い、と言う事ですかな」
「程昱殿にも似たような事言いましたね」
「ふむ、でしたら聞かないでおきましょう」
「助かります」
笑みを向けて趙雲に礼を言う、恐らくはこれ以上先を聞かせられることは無いだろうと。
郷刷は趙雲を見ながらそう思った。
それなりに談笑しつつ、一行は袁術が収める河南へと到着する。
既に向かう旨を記した手紙を持たせた使者を思ってあるので、円滑に拝謁する事が出来るだろう。
七人は街を歩き、その様子を確認する。
「雲泥の差ですな」
そう趙雲が呟く、街の様子は随分と寂れている。
趙雲が言った言葉は袁紹が治め郷刷が整える街と比べたこと、活気が無いと言ってよかった。
「随分と徴税を厳しくしているのでしょう、庶人が賊になるのも頷けます」
趙雲と親衛隊の五人は頷く、特に親衛隊の面々は頻りに頷いている。
郷刷が内政に口を出してくるまで、この街ほどではないが寂れていた事を思い出していたのだ。
子供の頃は生活は苦しく、一生懸命仕事の手伝いをしても腹一杯に食事を出来る事なんて滅多に無かった。
成長するに連れ何故豊かにならないのかと、その原因を知った時には大いに不満を持った。
中には袁紹に殺意を持つ者も居た、だがそれも数年と続かなかった。
袁家内に於ける郷刷の台頭、それが袁家の変革期だった。
急激とも言っていい変化、見る間に豊かになっていく街。
成長期における腹一杯の食事、それだけでも大きく不満を減らしたのだ。
そうなった原因が噂話に上る、新しく加わった袁紹の配下が仕掛けたことだと。
男たちは成長し大人になり、どのような人物かと気になった者は大勢居る。
救世主だとはやし立てる者も多く、実際そう言う者たちの世を救ったと言って間違いはない。
仕事が無く食事を満足に取る事が出来ず餓死する者が大幅に減り、街には何人もの兵が警邏として巡回し、悪さを働く者も激減する。
大多数の者にとってこれは夢ではないかと、そう思っても仕方が無いことであった。
そんな中に街を統治する袁家からの徴兵、正確にはやる気がある者だけを引き込む志願制の募集だった。
十分な成長を遂げた男たちはそれに志願する、自分たちに腹一杯の食事を与えてくれた者を知り、こんな夢のような世界を壊させないよう守る為に。
そんな思いを胸に抱く多くの志願者たちの前に、満を持して現れたのは袁家に仕える数十人の官だった。
一見して目を引くような者は居ない、玄 郷刷様はこの場に居ないのかと、たかが徴兵の志願者の前に現れるわけがないだろうと。
そんな予想を、武官文官問わず混ざった一団の中から足を踏み出して抜け出た一人の男。
その姿は凡庸だった、本当にそこら辺に居そうな男が徴兵志望者たちを見下ろしながら言ったのだ。
我が名は玄 郷刷である、と。
驚きも一入、騒ぐ声を無視して進み兵になる為の話は進み。
『これより貴公たちは家族を、友を、愛しき者たちを守る武者である! その思いを裏切らぬよう精進して励むが良い!』
見た目からは想像も出来ない鋭い声で、皆を奨励した。
今郷刷の周りを固める親衛隊の面々はその志願した者たちの一人であり、調練に励み親衛隊にまで栄達した今の袁家を守ろうとする者たち。
どちらかと言えば袁家より郷刷個人に忠誠を誓う者、郷刷はそう言うのを嫌っている為に口には出さないのだが。
「……長く持たないでしょうね」
郷刷の呟きにまたも頷く、趙雲も親衛隊の面々もその言葉の意味が分かっていた。
その呟きは諦めに近く、どうにもならない事を表していた。
そうして少々気落ちした一行は街の中心にある大きな城に足を向け、袁術へと目通りを願う。
案内された一室で待つ事一刻、従姉妹とは言え他家の使者をこれほど待たせるなどと、他の者なら激怒しているだろう待ち時間。
郷刷はこれくらい待つだろうと予測していたので想定内、やっと準備が整ったと呼び出されて趙雲と親衛隊の五人と別れて玉座の間へ向う。
その途中、玉座の間から出てきた女性とすれ違う。
一瞬だけ郷刷は視線を鋭く、背は郷刷より頭半分ほど低く、膝裏近くまである僅かに薄い桃色の長い髪を持つ女性を見た。
その視線に気が付いたのか、ほんの僅かに視線が交差し、郷刷は真っ直ぐと頭を下げる。
「………」
それに対して女性はほんの僅か、分かりにくい位に頭を下げて玉座の間から離れていった。
郷刷はその後姿を見送り、玉座の間へと入った。
「お久しぶりでございます、公路様」
その部屋の真ん中奥、煌びやかな玉座に座る金髪で背丈の小さい袁術とその隣に立つ蒼紺の短髪で乗っけただけの小さな帽子を被るを張勲。
その二人を前にして進み出て、郷刷は膝を着き頭を垂れて言葉を掛けていたが。
「なんじゃお主は、行き成り妾の事を字で呼びおって!」
「………」
郷刷の言葉にぷんぷんと頬を膨らませて怒る袁術。
それを前にして、ああ、私の事すら覚えていないのかと郷刷。
「お忘れなのですか? もう何度もお会いして言葉を交わしておりますが」
「何を言っているのじゃ! 妾はお主の事など──」
「美羽さま、この方袁紹さまのお付きですよ? 何回か会っていますし」
「ほんとうかの、七乃? こんなどこにでも居そうな男など全然覚えておらんのじゃ」
と一応助け舟を出す張勲に本当かどうか疑心暗鬼な袁術。
それに対し、袁術に関する最近の出来事を話す郷刷。
「玄 郷刷です、半年ほど前に蜂蜜を贈らせていただいた袁 本初様の臣下、玄 郷刷でございます」
「んー……? おお! あの壷一杯の蜂蜜をくれた郷刷か!」
「やっと思い出していただけましたか」
「じゃがお主はこんな顔だったかの? 全然覚えておらんのじゃ」
「もう何年もこの顔のままです、早々変わったりはしておりません」
「それで、郷刷さん。 今日は何の御用で?」
「おお、そうじゃった。 妾は忙しいので早くすませてくれたも」
「美羽さま、ハチミツ水ですよぉ~」
少し足を揺らしながら、張勲が差し出したハチミツを溶かして甘くなっている冷えた水を受け取ってグイっと飲んでいた。
「この度、私が拝謁願いましたのはここ、北南で起こった賊の話の事でございます」
「んっく、んっく、っぷはぁー!」
と美味しそうに湯飲みから口を離し、全然話を聞いていなかった袁術。
「その賊が北上し、我が主、本初様の領地に現れ街を荒らしたのです」
「ちょっと待ってくださいね」
袁術がハチミツ水を飲んで口の周りが汚れ、それをふき取る為に制止を掛ける張勲。
「はい、これで綺麗になりましたよ」
「うむ、それで玄胞、今日は何用で参ったのじゃ?」
「河南で発生した賊の事です」
「なんじゃと! 七乃、ほんとうかの!?」
「ええ、最近喚く人たちが一杯居ますしねぇ」
「その賊が河北まで北上し、本初様が治める街の一つを荒らしたのです」
そこまで言って郷刷は考える、これは拙いと。
領地の内情を把握していない袁術、把握していて報告をしていない張勲に焦る郷刷。
「ええと……、どういう事じゃ?」
「美羽さま、ここで暴れてる人たちが袁紹さまのところまで行ってまた暴れたって事ですよ」
「なるほど、そういうことかの。 それで、それが一体なんなのじゃ?」
さもどうでもよさそうに袁術、そもそも郷刷がここに来た理由を全く理解していない事に少しだけ眉を顰めた郷刷。
「本初様はお怒りになられています、街を荒らされ多くの庶人が亡くなりました。 我が軍の兵も同様です、本初様はこの落とし前をどう付けてくれるのかと、そのために私が今日参らせていただきました」
「なーんじゃ、麗羽姉さまの兵が弱いからいけないのじゃろ?」
「そうですよぉ、もーっと上手くやれば死んだ人は少なくなったでしょう?」
「……正直に申し上げます、本初様は非常に怒っておられます。 私が参ずる前に袁術様の下と手紙を出した際、返事と共に十万の兵を付けて送られました。 この事は袁術を討てと、そう言っておられる事に違いはありません」
袁術側から袁紹の怒りを静めてくれなければ、大軍を持って攻められても仕方が無いぞと誇張して郷刷は言う。
「袁術様が上手く統治なされていれば賊など発生しなかったと、そのツケを本初様が払ったと言うのが怒りを湧き立たせている原因でございます」
「な、なんじゃと!? なんでそんな事になるのじゃ!」
飛び上がるように袁術は立ち上がり、慌てて郷刷を見る。
「そ、そうですよぉ。 だいたいその賊って言うのが本当にここから出てきたものか分からないじゃないですか!」
大兵力を持って討ちに来る、それに対しておびえを見せる袁術と張勲。
「残念でありましょうが、捕らえた賊が皆公路様が治める河南の出身だと。 もとより私が出向く事になったのは、その相手が本初様の従姉妹であらせられる公路様だからこそなのですぞ」
つまり従姉妹でなければすぐに攻めていたと、郷刷は逃げやすい道を作る。
「本初様とて従姉妹であらせられる公路様を討つのは心苦しい事なのです、だがそれを決断しなければならないほど被害を被ったのですよ」
ですから、と要求する。
「本初様の怒りを静めるため、また攻めさせない為に被害に見合うだけの賠償をお願いしたいのでございます」
そう言って、郷刷は深々と頭を下げた。
前回の倍近い、分けた方が良かったね。
つか袁術と張勲に全然可愛げが無いな、再現できていないって事ですねくそったれ。