可哀想だと思いながら書く人
進んでない
「アニキー、戦争でもしに行くのか?」
「文ちゃん、安景さんの護衛って麗羽様から聞いたでしょ!」
報告書を袁紹の元に送って、返事を待つこと八日ほど。
場所は官吏の屋敷、玄関先にて対峙していたの三人。
返事を持ってきたのは文醜と顔良の二人だった、玄胞は返事を差し出す二人を見て目頭を揉んだ。
「……必ずどちらかが傍に居るようにと言ったでしょう」
「えー、だって姫がアニキを守れって」
「麗羽様は安景さんを心配して私たちを送った……と思います」
顔良は目頭を押さえる玄胞を見て、自信なさげにそう言う。
心配してくれるのは良い、だがそれで自分の護衛まで向わせ、その上戦支度までした三万の兵まで送り込むなど。
これが袁 本初が初めて玄 玄胞の考えを上回った瞬間であった。
「それに話し合いに行くのになぜ三万もの兵を連れて行く必要があるんですか……、本初様は私が出した報告書をしっかりと読んだのですか?」
「い、一応……。 手紙を開いて三秒ぐらいで皆さんを用意させてましたけど……」
「それは読んだとは言わないでしょう……」
玄胞は一つ溜息を吐いて、文醜と顔良を見て命じる。
「連れてきた兵を全て河北へと連れ戻してください、勿論二人も一緒に戻ってください」
「……えっと、すみません。 麗羽様の命令が上なんで……」
「……ここは私の命に従ってくれませんか? 責任は全て私が取りますから、それにお二人には本初様に伝言を伝えてもらいたいのです」
一応最後の一文を読んだのだろう、袁紹自ら出向かわなかったのは玄胞の意を汲んだということだが。
それで袁家頭領で総大将でもある袁紹が座する城下町の守りを一気に薄くするとは、袁家の重臣の護衛とは言え決してやってはいけない事。
袁紹が気を掛けてくれる事を嬉しく思う反面、今の袁家があるのは玄胞の手によるもので重要視しているとしても。
袁紹を絶対としている玄胞にとって、今回の事は愚者や無能な者にも劣る事と認識していた。
冀州外周部より安全な中心とは言え絶対にやるべきことではない、だからこそ玄胞は。
「今回の事について、私が戻るまでにお覚悟を決めておいてください、と」
ほの暗く、玄胞は声を一つ下げて二人へと言葉を伝える。
袁紹が馬鹿げた金額の代物を買ってきた時も、文醜が仕事を丸まる放り出した時も、顔良が必須の大事な書類を提出し忘れた時も。
溜息を一つ吐いて仕方が無いですね、で終わらせた玄胞が、一度も見せた事が無い表情と聞かせたことが無い声で二人へと伝える。
普段温厚な人が怒ると怖い、それと同じようなものを文醜と顔良は感じ取って逆らうべきではないと了解したのだ。
「御意っ! あたいたちはこれから河北に戻ります!」
「ま、まま待ってよ、文ちゃーん!」
言うなり屋敷の外へ走り出す文醜と、それを追いかけていく顔良。
二人とて袁家で一番偉いのは袁紹だと理解しているが、今の袁家を支えているのは玄胞とも分かっている。
文醜としては確かに袁紹に怒られるのは避けたいが、それ以上に玄胞が怒る姿が怖かったので従った。
顔良も妙な圧力に怯えたが、玄胞が袁紹の事を思い言った事だと、敬愛しているのだと理解したので従った。
戻ったとしても袁紹に叱られる二人ではあったが、玄胞が戻ってきて袁紹が叱られる事は分かっていたのでそれほど恐れる事ではなかった。
逆に文醜はどれほど玄胞が怒っていたか丁寧に説明して脅してやろうかとも考えていた。
「……さて」
出そうになった溜息を玄胞は押さえ、従者に紙と筆を持ってこさせるように言う。
今回の事で玄胞は怒るに怒れない、怒らないが叱るつもりでいる。
玄胞としては今回侍従長とも連携するつもりだ、小さい頃から知っている侍従長との挟撃であれば袁紹も聞かざるを得ないだろうと。
「それで、お兄さんは星ちゃんを連れていくのですか?」
背後で一連のやり取りを聞いていたのであろう程昱に、玄胞は振り返って考えを話す。
「護衛として付いてきてもらえれば助かりますね、趙雲殿次第ではありますが」
「それで風は置いていくと」
「はい、程昱殿にはここで指揮を続けてもらいます。 それに付いてきてもらっても、袁術様とお会いするのは私だけですので」
流石に同席させるつもりは玄胞にない。
これは二つの袁家の問題であり、いずれ去る客将にこれ以上深く政治面での接触はさせられない。
今まで趙雲と程昱に話したり任せた仕事は知られても全く問題ない事、大体眼が向く所には有能な将が少ない所と兵力と財力が抜きん出ている事を強調させているのもある。
客将の面々が袁家を離れ、他の諸侯の下に行った後の、群雄割拠の時代になり敵対する事となれば間違いなく今まで知った情報を主へと流すだろう。
そのための牽制、将は居らずとも兵力は強大、迂闊に手を出せば大きな被害を被ると忠告させる為だ。
期間にも寄るが戦力がそのままと言うわけもなく、今よりも戦の可能性が大きくなれば軍備の増大も図り、今以上に強大な存在になるだろうと予測させる。
そしてそれを予測してしかるべき領内の状態を見せている、そうして絶大な財力に強大な兵力、それが逆転する。
絶大な財力を使って強大な兵力を絶大な兵力に、玄胞としてはその絶大な兵力を巧みに操る英傑が居れば、袁家を食い破ろうとする者は激減すると予測する。
無論早々信頼できる英傑が手元に来るとは思っていない、それが出来なければ一人の天才より十人の秀才、十人の秀才より千人の凡人で代用する。
つまり極めて得難い者より代替可能な多数の者で補うと言う、物量作戦、人海戦術とも言える戦法を取ると決めている。
一人の天才の中には千人の凡人を葬る存在も居るが、疲れを知る人間なのだから二千三千と波状攻撃を繰り返して撃破すると言う手もある。
それを成すための財であり、領内の幸福度を上げる為の政策である。
群雄割拠の時代に突入し、いくつかの領地を奪い取る事が出来ればさらに効率は上がる。
例えば河北よりさらに北に位置する公孫賛、旨味はそれほどではないが背後の憂いを断つ事が出来る、その代わり北方民族の相手をせねばならないが。
あるいは同盟を結ぶのも良い、同盟の支援として装備などを送れば恩を売る事も出来動きを抑えられる。
それでも良いと考えるのは、公孫賛自体は人柄もありそれほど野心に燃えているわけではないので組み敷き易いと言った理由だった。
「私としてはついていきたいのですが、駄目ですか?」
しゅんとして、上目遣いを見つめてくる程昱に一言。
「駄目です」
笑みを作って拒否する。
「……お兄さんはいけずですね、そんなんじゃ女の子に嫌われてしまいますよ?」
「何故駄目なのかは分かっていますよね?」
「わかりますとも、わからいでか」
「その心は?」
「……ぐー」
「これは大変だ、だいぶお疲れのようですから寝かせて置いて行きましょう」
そう白々しい寝息に、玄胞も棒読みで言いながら運ぼうとして一歩近づくが。
「はっ! やっぱりお兄さんはいけずなのですね」
「いけずです」
と、部屋に紙と筆を用意できたと言う従者に頷き、その部屋に入っていく。
「警邏に行ってる趙雲殿を呼んできてください、河南に行く際の護衛を頼みたいと」
「はっ」
玄胞の従者は頷き、部屋を出て行く。
「まあ難しい所でしょうね、高慢に我侭、人の話を聞かないと。 本当に他の人では話を聞かないのですか?」
丸机の椅子に座る玄胞の反対側、程昱が向かい合うように椅子に座って玄胞を見上げる。
「聞きませんよ、それに都合の悪い事もあの二人はすぐ忘れますから」
知らない振りではなく、本当に記憶から抜け落ちるのだから困る。
今回の事を貸しにしても、いつか貸しを返してほしいなぁと言っても本当に何のことかわからないと言われるだろう。
その辺りが非常に面倒なのだと玄胞は語る。
「……もうそれは病気だったりするのでは?」
「健康そのものです」
その言葉に程昱の表情はそれほど変わっては居なかったが、雰囲気が可哀想な人を思うようなものになっていた。
玄胞もそんな程昱とさほど変わらなかった、真正の馬鹿ではないはずなのでまだ何とかなると淡い期待を込めて玄胞は袁術への手紙を綴った。
がんがんすすもうぞ